第一話 戦勝国大日本帝国と共栄圏
ニュースです。1946年から始まった第二次独ソ戦に終止符が打たれました。ドイツ軍武装親衛隊機甲師団によりモスクワが占領され、スターリンが親衛隊によって即日処刑。その影響でソビエト社会主義共和国連邦が崩壊、ロシア臨時政府が発足いたしました。ロシア臨時政府は即時停戦を提案、ドイツはこれを受諾しここに第二次独ソ戦が終結、これによりドイツの勢力圏がユーラシア大陸にまで伸びたこととなります。また、ドイツの拡大政策について米国をはじめとする自由経済機構から糾弾とともに経済制裁を加速させるとの発表がありました。しかしドイツは旧ソ連のバクー油田地帯をはじめとする石油産出地域を多数掌握しているため効果は薄いと見られています。この件について大日本帝国政府からはいまだに正式な発表が出ておりません。
くわえて、旧ソ連の各研究所から何者かによって核開発ファイルが盗み出された模様です。現在ドイツの保安警察が総力を挙げて捜査しているものの難航しているとの事です。
続いてのニュースです。人間失格などの作者、太宰治氏の遺体が発見されーーー」
コンコンコン、と分厚いドアをノックする音が聞こえ私はラジオを切った。
「天城大佐、会議のお時間となりましたのでお迎えにあがりました!」
「わかりました、いつもありがとう」
「とんでもございません、わたしも支那事変の立役者である天城大佐をお呼びする役目に携われてまこと幸せにございます。」
「大佐か…」
「いかがなさいましたか?」
「いや、なんでもない。会議室へ向かおうか」
「おお、天城大佐!今日も一段と早いですな」
「ええ、おはようございます木暮中佐」
今日も金色の趣味の悪いメガネがキラリと光っているこの男は兵隊運用や作戦立案において皇国で右に出る者はいない。本来なら私がいなければ大佐の座に就くべき人物だ。私を妬んで牙を剥いても良さそうなものだがそんな素振りは一切見せない。むしろ淡々と職務をこなし時に私の背中を押すことすらある。だから周囲は皮肉混じりに「無欲中佐」と呼ぶが、本人は笑って受け流すだけだ。その笑みが何を隠しているのかは私にもわからない。
「それにしても今日はようやく大佐が推し進めていた話の総括ですね。あれが実現すればドイツに牽制もできますし、我が国はより経済発展が可能になります。なんとしてでも成立させなければ…」
「成立させますよ。それよりそろそろ御前会議が始まりますよ、行きましょう」
「只今より御前会議を開会仕る。列席の諸将、諸官、心して議を尽くされよ。また、本日の議題は天城陸軍大佐からの進言であるドイツの拡大政策に対抗するため西はインドから東はハワイまでを含んだ大東亜共栄圏の設立の是非である。では、説明を天城大佐お願いします。」
天城は資料を手に説明を始めた。
「我が陸軍からの提言として、大東亜共栄圏の設立についてご説明申し上げます。」
「この構想はインド自治政府、ビルマ共和国、タイ王国、ラオスやカンボジアが加盟するインドシナ半島連立政権、マレーシア共和国、インドネシア傀儡政権、フィリピン共和国、中華統一政府、蒙古国、ウラジオストク共和国、満州帝国、ハワイを盟主とする太平洋諸島連合政府、計12カ国に加え、我が大日本帝国を入れた13カ国で構成される経済・軍事同盟です。これが成立した暁にはドイツ第三帝国に対抗しうる唯一の陣営となります。また現在協議中ではございますがオーストラリア連邦から加盟申請も受けております。」
「ほう、オーストラリアからも申請が来ているのか。しかし、以前連邦政府はアメリカと良い関係を築いていると言っていたぞ。それが何故我が国に手助けを求めるような事になっているのだ?」
「ご意見ありがとうございます総理。しかし連邦政府とアメリカの友好関係は、今回のアメリカ大統領選で当選したアラバマ政権の経済至上主義によって破綻したと言えるでしょう。オーストラリアはアメリカからの度重なる無茶な資源要求や戦艦・空母建造依頼。更には、特別協力防衛費と称して金を徴収されると言うもはや主権国家としての扱いを受けていません。それに激怒した現党首らが会談した結果大東亜共栄圏に加盟申請することとなったのかと思われます。」
「しかしオーストラリアは旧連合加盟国。アメリカやカナダに隠れているイギリス王室が許しはしないだろう。その点についてはどう考えている?」
「それについては麻生外交官そから説明がございます。」
「只今ご紹介いただきました麻生信之と申します。以後お見知り置きを。早速本題ですがおそらくイギリスは何も言ってこないものと存じます。現在、イギリス王室の第一目標はドイツからのブリテン島の奪還であり旧植民地の維持ではありません。よってオーストラリア連邦を捨てて、交渉材料として我が国に協力要請などをしてくるでしょう。さらに、オーストラリア連邦の旨みをアメリカが独占しているので失っても特に現状と変わらないというのがイギリスの本音だと考えます」
「なるほど…、一つ提案だが今オーストラリア連邦が建造中の米艦隊や空母は鹵獲できないのか?」
「は、一度はその案も出ましたが戦艦や空母数隻でアメリカの対日感情を煽るのは得策ではないということで却下されました」
「確かに敵はドイツだけでいいな。では、戦艦や空母はオーストラリア連邦経由でアメリカにプレゼントしてやれ」
「了解いたしました」
「他に質問がある方はいらっしゃいますでしょうか」
「天城よ、朕からも質問いいだろうか」
会議の場が少しざわめいた。何せこれまでの御前会議では天皇自ら発言をすることがなかったからだ。しかし、そのような空気を無視するように時の天皇が発言を進める。
「貴殿が推し進めているこの大東亜共栄圏の意義を問いたい。これはドイツ第三帝国との最終戦争の布石として取る策であるのか?それとも世界で均衡を保つためか?」
「お答え申し上げますと、これはドイツ第三帝国を仮想敵国とし世界の均衡を保つためでございます。しかしながらドイツ側から何かしらのコンタクトをとってきた場合には然るべき手段を取るためのいわば保険です。さらに、ドイツが我が国の敵ではなくなった場合共栄圏内の国々を順次独立させる予定です」
「説明をありがとう、ただドイツに宣戦布告行う場合は必ず朕に一言頼むぞ」
「もちろんでございます」
「よし朕からは以上だ。会議を進めてくれ」
「それでは、採決に移りたいと思います。賛成の方はご起立ください」
無機質な会議室に椅子と地面が擦り合う音が響く。欠席中である海軍少将以外の諸将が立ってくれたようだ。
「では満場一致で天城陸軍大佐からの提言を受諾いたす。この決定は天皇陛下に誓って覆ることはない、留意せよ。以上で会議を閉会致す」
1949年1月1日天城の提言通り大東亜共栄圏が設立された。オーストラリア連邦も加入、米英からの反発は多少あったものの大事なく進んだ。しかしドイツからは以下のような声明が発表され帝国を含む世界中の国にの動揺が走った。
「大日本帝国による侵略主義の現れは、第二次世界大戦に飽き足らず世界最終戦争を巻き起こそうとしている。日本の暴走を止めるために我が帝国主導の新陣営“統一条約”を興しこれ以上日本が身の丈に合わぬ行動を強行するなら軍事行動も辞さない」