南の貴族と大海 ①
「お前もすっかり住み慣れているな、ミツタ」
クロアが一匹の熊をブラッシングしながら呟く。
「ギュゥ?」
だらけきっている子熊を見ながら周りを見る。
「あの時、捕まえてきてとは言ったけど、増えたなぁ・・・」
見回せばミツタよりも一回り程の大きさの熊が六匹居る。ミツタを合わせて七匹。
熊の中でもミツタは子熊なのか、周りの熊とじゃれている事が多い。しかしミツタが子熊であるならば、これから成長すると思うとこの熊達より大きくなるのでは無いかと思っている。
「オルカ達はまだだけど、ルーシは始めているんだったか」
約束通り一人でも熊を制圧するほど強くなる事が彼らを飼育する上での条件。
「このままいくと、イストフィース家は熊を倒せて一人前なんて伝統が出来てしまいそうだな」
そんな事をぼやいていると、サキユがこっちに向かってきているのが見えた。
「クロア様。父上様がお呼びです!」
「父上が?何かあったのかな」
「ボクの配達した手紙をの中にクロア様に話すことがある・・・みたいな事を仰っていた気がします!」
「なる程、ありがとうサキユ」
「はい!」
「サキユも配達が終わったなら一緒に帰ろうか」
「お供します!」
元気な声を聴きながら家に帰る。ある意味でサキユは、一番の働き者かも知れないな。
-----∇∇∇-----
「父上、いらっしゃいますか」
「クロアか、入れ」
中から返事が聞こえたので部屋の中へ入る。
「サキユから聞きましたけど、何かありましたか」
「ああ、少し長くなりそうだ。取り合えず座れ」
座りながら何の事かを考える。手紙となるといつも通りインチェンス侯爵関係だろうか。
「お前はシックル伯爵の事は知っているか?」
「何度か聞いたことがありますね。確か港町を治めている南の貴族の一人でしたか」
「その通りだ」
同じ南の貴族であるから名前などは知っているが、イストフィース領と場所が遠くてあまり関係性は無い。
こちらの領が山ならあちらの領は海沿いなので当たり前かも知れないが。
「そのシックル伯爵から初めてではあるが夜会の誘いが来ていてな」
「初めてですか、父上も行ったことが無いのですか?」
「無いわけでは無いが、お前はシックル伯爵に起きた二年前の事件は知っているか?」
「聞いた程度ですけど、確か当時の領主だった夫婦が海の魔物に襲われて亡くなったとか」
「そうだ、そしてそのまま一人息子であったリール殿に爵位が継がれた」
確か、シックル・ラムカ・リール。唯一の一人息子でエリア姉様と同い年ぐらいだったか。
あの歳で伯爵となると、かなり大変そうだ。
「そしてそのリール殿から、誘いが来たのだ。私も彼から手紙を貰うのは初めてでな」
「そういう事だったのですか、しかし何故急に?」
「それについては内容を見れば分かるかもしれない」
そう言われて手紙を渡されたので読む。
「・・・ん?」
内容はごく普通の夜会の誘いでしか無かった。
「普通の誘いでは?」
「お前も心当たりが無かったか」
「もしかして俺がなんかやったとでも思ってたのですか」
「お前は知れず知れずに関係がある時があるからな、聞いておかねばならんだろう」
「流石に全部に関係などしてませんよ・・・しかし名指しで指定があるのは気になりますね」
手紙の内容として一つ気になったのは、俺かエリア姉様のどちらかを指定している事。寧ろ父上にはこれなくても構わない書き方をしているのにも関わらず俺と姉様には指定があった。
「そうだな、誘いではあるがこれは私と言うよりもお前達に宛てられた手紙に見える」
「そう言われましても・・・会った事も無いと思いますけど」
「だろうな、私もシックル伯爵にお会いしたのは昔だったからな。リール殿はその時まだ赤ん坊だったはずだ」
「お互い大変な時期に会っていたのですね」
「そうなるな、思い返せば大変な日常だった・・・」
父上が少し物思いにふけっている間に考える。
少なくとも会った事は無い。しかし俺と姉様どちらかの指定、何か意図があるとしか思えないが。
「シックル伯爵は、確かインチェンス侯爵の派閥でしたっけ」
「そうだな、商業に重きを置いていた貴族であるはずだ。しかしこの頃はリール殿に爵位が移ってからは中々上手くは行っていないようだ。当然かも知れないがな」
当たり前だ、何十年とやってきた両親からいきなり全てを任せられても上手く行くわけがない。
実際本人に会ってみなければ分かるわけでも無いが、ここまで領に口出ししている俺でさえ父上が居なくなったら厳しいのは分かる。
「今は元々いた側近や部下の者達で教育を行いながら回しているそうだが、近年では見る見る衰退していっているのが現状だな」
「流石に厳しいでしょう」
「しかしシックル領での海産物は非常に美味として有名でもあったのだ、実際インチェンス領にある魚などはシックル伯爵が卸しているはずだ」
「でしょうね、この前使ったあの魚もその一つでしょうから」
ここまで話していて尚更疑問が大きくなる。
「そんな中で何故我々に夜会の誘いを出したのでしょうね・・・」
「うむ、私も考えてはいたのだが分からなくてな」
「父上は参加するので?」
「その日は元々ヴォルフォ達に休みを取らせる予定だったからな。私が彼らの役割を果たす約束だったのだが、この誘いを無下にも出来まい」
ヴォルフォ達は新人達の教育係を担っているが、ほぼ毎日働いてくれているので父上が休みを取らせるために考えた案だ。ただ無下に出来ないのも確か。
「ならば俺だけでも行きましょうか、姉様を行かせるのは無理でしょうし」
「だがクロア一人だけで参加と言うのもな・・・当然ではあるがこれは伯爵からの誘いだからな」
目上の爵位の誘いに子供一人で参加と言うのは、心象に悪いかも知れない。
「ではサキユを護衛として、母上を誘いますか?」
ヴォルフォ達に休みを取らせる手前、護衛としては呼びたくない。
「それが、リリルはその日カランクレス家のパトア夫人の茶会に誘われてる。前日からこの領にはリリルは居ないのだ」
確かに。見事に被ってしまっている。だが何があるか分からないこの誘いにそれ以外の誰かを連れていけるかと言われると・・・
「・・・致し方ないのでは、俺とサキユで参加しますよ。姉様を連れていきたい所ですけど、領内に父上しか残らないのは問題が起きた時に大変でしょうから」
以前の戦争と召集で、父上と姉様と俺が居なくなった時にも少し一悶着有ったらしい。少なくともヴォルフォ達含め休ませてあげたいと言う父上の願いを優先するなら、領内には出来る限り人は多い方がいいだろう。
「では、そのように返事を書くとしよう。クロアもその予定で頼むぞ」
「分かりました、サキユにも伝えておきますね」
そうして部屋を出る。
「しかし港町か、時間があるなら見て回りたい物だな」
楽しみでもある。
話や名前は知っている、それに遠くからではあるが見た事はある。けれど、この目で、眼前で海を見てみたいと思う。大海と言うのは目にして初めて広さを知ると、聞いたことがあるから。




