変わった書物には意味がある
王都の市場はかなりの賑わいだ
その中でも俺には欲しいものがあるのだ
「父上、姉様達や母上へのお土産は昨日見繕ったりしなかったのですか?」
「昨日は少し時間が時間だったからな、市場はやはり朝から昼にかけてが一番出店も多い」
「それにお前の儀式がいつ終わるかもわからなかったのだ」
「確かに、それはご迷惑をおかけしました」
俺がここで見つけたい物はとりあえず皆へのお土産と
いびつな文字の書物が欲しい
お店を色々見て回る
王都の名物などもあって目移りしてしまうが俺だけが贅沢をするわけにもいかない
それに妹達に秘密で食べるのもなんとなく罪悪感がある
「ははっ、こういう時のお前は唯一年相応に見えるな」
「からかわないでください、俺はいつも年相応ですよ」
「何をぬかすかと思えば・・・僅か六歳の者が領地経営に口など出すものか」
父が笑いながら俺を見る
昔からよく言われる事だからもう聞き流そう
そんな時に行商人を見つける
「すみません、この書物はいくらでしょう?」
表紙には何も書かれていない書物を指さす
「おや坊ちゃん、その本は中身が読めなくてな」
「中身を見てもいいですか?」
「構わないぞ、ちなみに一つにつき銀貨一枚だ」
銀貨一枚か・・・やはり書物そのものが高い
銅貨<銀貨<金貨<プラチナ硬貨である
すべて十枚で上の価値の貨幣になる
因みに我が領内で働く兵士の年俸が銀貨八枚に届くときもあれば届かないこともある程度
基本的に我々は金貨すらほぼ見かけない
だが中身を見て理解する
「全部中身を見ていいですか?」
商人が頷いたので一つずつ確認していく
当たりだ
「父上、全部買うことはできませんか」
「無茶を言うな・・・だがお前のことだ、何か必要なのだろう」
父が悩んでいる
「二冊までにしなさい、それが限界だ」
困った、せめて三冊欲しかったが
「わかりました、ではこの二冊をお願いできますか?」
「はいはい、銀貨二枚です」
父が払ってくれる
「父上、ありがとうございます!」
「お前が我儘言うのはこういう時だけだしな、たまにはいいだろう」
この二冊は多分領地にかなり貢献する
大事にしなければ
「では姉様達のお土産でも探しに行きましょう」
「中途半端なものでは怒られてしまいそうだしな、少し気合を入れて探すとするか!」
父と二人で散策を開始する、あれなら似合うだのこれなら文句は言われないのでは?などなど二人で王都の店を歩きまわる
どんどんと日が沈んでいく
気づけば太陽はもう眠りについていた
お土産を見繕いショウナ様が用意してくれた宿で荷物を整理する
「ふぅ、父上予算内には収まりましたか?」
「あぁ、これだけあれば皆喜んでくれるだろう」
少々母上へのお土産が多い気もするが致し方ない
家族の中で母上が一番怒らせてはいけないから・・・
「そういえばクロアよ、あの書物は一体何だったのだ」
「リリル達の土産を買うことに夢中で聞きそびれてしまったが、あの書物は何が書かれているんだ?」
「少し説明しましょう」
本の中身を父にも見せる
すると父は
「字が汚くてほぼ読めないではないか、本当にこれに価値があるのか?」
「父上、少し考えてみましょう」
「この国にある書物は総じて読みやすく字も綺麗に並んで書かれている物が基本的です」
「うむ、我が家に置いてある本もすべて読める物だったはずだ」
「その通り」
「では何故読みやすく字も綺麗に並んでいるのでしょうか?」
「書物に記録を記したりするのは基本的に魔道具を使って記録するからな」
そうなのだ、この国では魔道具がかなり日常的に使われている
勿論まったく安くない物だ、それでも貴族平民など関係なく使っている物でもある
例えば魔道具コンロ
料理などを提供している王都の店ではほとんどがこの魔道具を使っている
他を言えば寒い時期などに魔道具ホットハウスという名前の道具もあるらしい、俺は見たこともないが部屋の中をかなり温めてくれる物で冬など関係なく寒い土地では使われているようだ
そして極めつけは魔道具ペンタルという紙に正確に文字を書く道具まである
この魔道具に至っては我が家でも使われている、記録するというのはそれだけ大変なのだ
「しかしこの書物は文字が綺麗に並ばず、まるで手書きのようです」
「確かに魔道具で書いてるとは思えんな」
「そう、手書きなのです」
「これだけ魔道具がある中、何故手書きで書物など書いたのでしょう」
「確かに、ただのメモならまだしも書物となると魔道具を使って書くのが一般的であるからな」
「しかも書物そのものが中々高価な物でもあり識字ができなければならない、悪戯に文字を書くにしては平民などではかなり敷居の高い行為です」
「かといって貴族達が暇つぶしで書物を書くでしょうか?しかも手書きで」
「なるほど、その書物がただの悪戯書きでは無いことは理解した」
「となれば、この書物はある程度の地位の人が書いた物であるにも関わらず手書きで書かれている」
「つまり書き手は魔道具を使いたくても使えなかったのでは、と」
魔道具とは名前の通り魔力を流して使う物だ
平民であれ魔力はある、だから誰でも使えるのだ
ある一部を除いて
「まさか・・・!」
「恐らくそのまさかでは無いかと思ってます」
つまりこれは例外者の人が書いたのではないかと言う事
「彼らは総じて特異な歴史を残しています、書物に書かれている言葉をしっかり解読できれば必ず何かの約に立つと思ってこれにしたのです」
「そう思うとあの六冊の本はすべてかなりの価値だったのか?」
「いえ、そうともいえないでしょう」
「実際まだ読み込んでは無いのでわかりませんが、もしかするとただの悪戯書きの本かもしれませんからね」
「しかしお前は中身を見てその二冊を選んでいただろう」
「何か読める、もしくは確信になる何かが書いてあったのではないのか?」
「はい、もちろん中身を少し読みました」
何故この二冊を選んだのか
それはこの二冊が
「恐らくですがこれは農業に関する書物、そしてこちらが自然災害に関する書物です」
一冊目にはなんとなく読める字で
田植え・野菜・肥料と書かれていた
肥料のことが何のことかは知らないが田植えは読んだことがある
二冊目には崩れる・氾濫・汚・などが読めた
近くに山がある我が領内では雨が続くと山から土砂が崩れてくることもある
しっかりと対策をする必要があるが俺の知識だけでは限度がある、特にそういった書物は我が家に無くて困っていたのだ
「なので俺はこの二冊をしっかり解読して見せます」
「銀貨二枚の価値は無ければ困るからな、そういった物はお前の好きにしてみなさい」
「父上も本を読んでみては?いつもエリア姉様にも進めているように」
笑いながら父にからかってみる
「私も読まねばならぬとは思っているが・・・どうも私には向いていないようでな・・・」
父も根っからの騎士道精神、つまりは剣をふるっている時間の方が長い人だ
「では姉様に進めるのは酷なのでは、エリア姉様もこの前ぼやいてましたよ」
「自分も読んでないくせに私には読めって言ってくるって」
「ううむ・・・やはり女の子は賢い方が嫁の貰い手も増えてくれるのだが・・・」
「そうですかね、エリア姉様は正直・・・自分より弱い奴の嫁になんてならない、とか言いそうですけど」
「勘弁してくれ・・・容易に想像ができてしまったわ」
「別にいいのでは?我が領の戦力が多いに越したこともないでしょう」
エリア姉様は家族の次女である、俺の二つ上の姉だ
魔法に関してはほぼ生活魔法しか使えないのだが剣の腕は父と打ち合える我が領内では数少ない剣客だ
固有魔法を持ってはいないがそこらの魔導士より遥かに強いと思う
少なくとも俺は魔力無しでは姉様には多分勝てない
「そうはいってもな・・・エリアも女の子なのだ、可愛い娘を戦士になど・・・」
「そう・・・ですね」
ベニア姉様を思い出してしまう
あの人はあの人なりに楽しんでいるらしいが、それでもやはり
「ままならないものですね、家族と会えないというのは」
「ああ・・・自分の娘を戦場に喜んで送れる親などいるものか」
少しだけ沈黙が訪れる
ベニア姉様が家を離れる時は我が家が最も荒れた瞬間だっただろう
多分あの時が一番忙しい家族の日だった
「もう休みましょう、流石に俺も疲れました」
「そうだったな、儀式を終えてよく動いてるものだ」
「ゆっくりと休みなさい、とはいえ明日は早くから王都を出んと我が家に帰れなくなってしまうからな」
「わかっていますよ、明日は寝すぎないようにします」
「おやすみなさい父上」
「おやすみ」
ショウナ様が用意してくれた宿が上等すぎる
味わったことがないほど柔らかなベッド
父と部屋は一緒だがそれでも落ち着ける
窓からの月明りだけが部屋を照らしている
儀式の時間を考えればかなり眠っていた気もするのに身体に疲れがあるせいか眠気がどんどん襲ってくる
明日は我が家に帰らねば
皆にお土産も渡さないといけない
固有魔法の事も話さないと
コリーネに会った話はするべきかな
その前に祈りをささげる像も作らないと
いろんなことがあった
色々なことを考えている内に
クロアは気づけば、穏やかな寝息を立てていた