動物と魔物 ⑧
「がっ・・・!」
視界が揺れる、左半身から痛みが走る。
痛みが意識を覚醒させる。
クロアを貫きながら走り続ける魔物。
そのスピードは動物の速さを超えている。
「こ、いつ・・・!」
クロアが右手で首の様なあたりを掴む。
魔物は振り落とそうと首を振りながら走る。
「くっ・・・」
脳が揺れる、意識が飛びそうな感覚。
「お前も、元は鹿なんだろ・・・!」
飛びそうな意識の中で、クロアは魔力を高める。
この一件の間、何匹も、見てきた。
理解している、骨格や、筋肉の付き方も。
「解体・・・!!」
魔力を高める、自身の固有魔法の発動のために。
瞬間。
魔物の身体が歪に切り裂かれる。
首、足、胴体、角。
乱雑に何度も、無理やりに解体するように。
「ギュアアアアア!!」
魔物が悲鳴のような叫び声をあげる。
同時に、その走り続けていた足が失速する。
「うっ・・・!」
角を破壊したからか、クロアが吹き飛ぶ。
早すぎる速度に身体が動かせない。
背中に衝撃、次いで落下する。
「がぁ・・・あ」
左肩から血が流れ続けている。
吹き飛んだ先が木で、背中に叩きつけられる、呼吸が、止まりそうになる。
(まずい・・・意識が・・・)
駄目だ、それはいけない。
ここで俺が立てなければ、あの子達の心にトラウマを産み付ける。
すでに山が怖くなっているかもしれない、だけどそれ以上の、自責の念に捕らわれる。
(立て・・・意識を飛ばすな・・・)
誰も悪くない、皆この村が、この領が好きで、動いてしまったんだ。
俺が、倒れるわけにはいかない。
「クロア様!!」
「坊ちゃん!!」
声が遠く聞こえる、サキユとヴォルフォだろうか。
「ぐぁ・・・くっ・・・!」
動け、閉じるな、目を開けろ。
俺には回復はできない、ならば魔力量で無理やり押し切れ。
「クロア様、クロア様ぁ!!」
サキユの泣きそうな声が聞こえる、少し落ち着け。
よろよろと、クロアがなんとか立ち上がる。
「魔物は・・・?」
「死んでいます、流石です坊ちゃん」
吹き飛ばされてきた方を見ると、自分を引きずっていた魔物が生命を終えているのが分かる。
「坊!」
遅れて、ディンと子供達がやってくる。
「兄様・・・!」
血まみれのクロアを皆が見て、声が出なくなる。
「落ち着け皆、大丈夫、この程度で、死なない」
「お前ら・・・自分が何をしたか分かって」
「ディン!!」
ディンの言葉をヴォルフォが遮る。
「叱責なら後にしろ、今はそれどころじゃない、早く戻るぞ」
「・・・そうだな」
子供達が俯く。
ルーシも、何もできなかった無力感に襲われる。
「皆、戻る前に、魔物の、身体を・・・持ち帰りたいんだ」
呼吸を整えながら、クロアが話す。
「坊ちゃん・・・それどころでは・・・」
「だから、平気だ、皆、お願いできない?」
俯いているロズ達。
「でも・・・僕達・・・」
「頼む、今は、皆ににしか、できない」
「怖いかも、しれないけど、人手が必要なんだ」
クロアの言葉に、倒れている魔物の死骸を運ぶために子供達が動く。
「サキユ、先に戻って、話を、しといてくれるかい」
「ボク・・・でも・・・」
「・・・わかった、すぐにサルテさんに伝えてくる!!」
サキユが空に上がる。
「できれば、魔物の事も伝えてほしいけど、後でいいか」
血が止まらない、意識がずっと、瞼がずっと重い。
(魔力循環を最大にし続けるだけでは耐えられない・・・どうする)
魔力を使って無理やり動いているが、血が足りなくなってくる。
傷をふさがなければ止まらない。
(口の中で血の味がする気がする・・・匂いが酷い・・・血が溢れ続けている・・・)
血・・・血管・・・細胞・・・
意識が朦朧としているクロアは、その中で思い出す。
人間の身体の作りを、その臓器に、神経に至るまで。
「そうか・・・」
「坊ちゃん・・・?」
混濁する意識の中で、魔力循環の精度が、上がる。
「大丈夫ですか!?坊ちゃん!?」
「聞こえてるよ、ヴォルフォ」
「クロア、準備できたよ!」
ロズが声を掛ける、他の皆も今は必死だ。
「怖い思いをした後なのに、皆ありがとう」
その言葉に、ロズは泣きそうになる。
でも今は、泣いている場合じゃない。
「さっ、早く帰りましょう。坊ちゃんは俺の背中に」
「流石に言葉に甘えようかな・・・」
ヴォルフォの背中にもたれて、山を下りる。
入る時はうるさかった山のざわめきが、まるで何事も無かったかのように、嘘みたいな静けさだけが、夜の山に広がっていた。
-----∇∇∇-----
「クロア!!」
子供達の悲鳴や、魔物叫び声もあったが、他の動物や魔物に襲われる事は無かった。
夜とは言え運が良かったかもしれない。
「父上・・・」
ヴォルフォの背中から、家族の顔が見える。
「お兄様!!」
「兄様ぁ!」
オルカとスーの声は、頭に響く。
「ごめんね、大丈夫だよ・・・この程度じゃ死には、しないよ」
「母様!しっかりして!?」
「ちょっとクロア!約束と違うじゃない!」
俺の怪我を見て母上が倒れそうになっているのを、エリア姉様が支えている。
「今はクロア坊を診るのが先だよ」
サルテが間に割って入る。
「内の診療所に連れておいで、そこで診るよ」
ヴォルフォが運んでくれる。
その前に
「ディン」
「なんです?」
「あまり、責めないであげてくれ、今回の件は・・・俺にも責任がある」
そもそも何故見張りの隙を彼らが分かったのか、俺が昔こっそり抜け出すのを彼らにも教えたから。
それにあの魔物も、魔法のせいだったかも知れないのだ。
全て自分に帰って来たのだ、俺の怠慢だ。
「・・・坊の言いたい事も分かるけどよ、それとこれは話が別だぜ」
「まぁ・・・そうかもね」
ヴォルフォがそれ以上は話させてくれなかった。
付き添いでサキユとルーシ達が付いてきているようだ。
魔物の方は、父上が何とかしてくれるだろう。
「ここに寝かせなさい」
背中から降りて、診療所のベットに横になる。
「ぐっ・・・!」
「こりゃぁまた・・・派手にやられたね」
「お婆ちゃん!お兄様は死なないよね!?」
「お婆ちゃん!」
「これこれ、落ち着きなさい、そんな大声出したら怪我にも響くよ」
「「あっ・・・」」
「ははっ・・・オルカとスーの声が怪我に響くわけないだろう」
そんな事を言いながら、サルテ婆ちゃんが怪我を見てくれる。
「すぐに止血しないとまずいね・・・にしても、随分出血が落ち着いているね?」
「ちょっとした魔力の工夫だよ」
「相変わらずとんでもない子だね、待ってな、今は薬も潤沢にあるからねぇ」
「それはありがたいね・・・」
落ち着いてくると、痛みがさらに強くなった気がする。
先程まで必死だったからだろうか、痛みを忘れて動いていた気がするけど、こうして一息つくと、激痛があるのが分かる。
「く・・・っ」
回せ、回せ、魔力を注げ。
妹達が不安そうにこちらを見ている、サキユはさっきから泣いている。
「ははは・・・」
「お兄様?」
「いや、なんだか、変な感じだね」
「ちょっと前には逆だった気がするからさ」
そう言うとオルカが嬉しそうに笑う。
「あの時はお兄様達のおかげで全然寂しくなかったの!だから今度はオルカがずっと一緒に居ます!」
「僕もいます!」
「ボグも”~!!」
「サキユは泣きすぎだ・・・死なないってば」
「クロア坊よ、ちょっと・・・いやかなりしみるよ」
「わかった」
サルテ婆ちゃんが治療をしてくれる、言われた通り、激痛だった。
「がぁ!!」
「男児だろうが!シャキっとしな!」
「兄様、ファイトです!」
「お兄様、頑張って!!」
この夜は、村全体に不安が広がっていた。
魔物騒動、子供の無断入山、クロアの怪我。
だけど確実に、騒ぎは収まっていく。
山がまた静かになる、山は人にとって宝にもそして墓場にもなりえる。
動物にとって、魔物にとっても、同じだろう。
山の中では、全てが平等なのかもしれない、自然とは誰にも制御できないと理解する、だからこそ人は、共に歩むために、理解するために、寄り添う。
いつも以上に、自然の力を感じる、そんな夜だった。




