新年は病と共に ⑧
王都に来る前にある人に手紙を貰っていた。
この宿に泊まっているから挨拶に来なさい、と名指しで呼ばれている。
「中心街は・・・静かだな」
王都は王城を中心にどんどん広がっている。
王城に近づくほど貴族の家や高価な店、最高級の宿などが多くなってくる。
当然、露店や人が少ない。
所謂、貴族街と言う場所。
「この宿か」
そう呟くクロアの前に、非常に高価そうな宿がある。
警備などが居るので貴族であろうと止められる。
「すみません、ご招待された方でしょうか?」
警備の騎士から止められる。
「こちらの手紙を頂いたのですが、確認してもらえますか?」
「少々お待ちください」
そうしてエントランスに案内され、少し待っていると。
見知った顔がこちらに向かってくる。
「お待たせして申し訳ありません、お久しぶりですクロア殿」
「お久しぶりです、ローゼス殿」
「お嬢様も部屋で待っておられるので、ご案内致します」
ローゼス殿に付いていく。
「イストフィース殿の噂もお聞きしましたよ」
「なんでも、カランクレス公爵のご息女をお守りしたとの事」
「そのようですね、父も誇らしげに語っていました」
「素晴らしいご家族だと思いますよ。やはりこの貴族社会ですと、家族でも相続などで揉めることも多々ありますから」
「人によっては納得のいかない事も多いですからね、とは言え家族と仲が悪いよりは良好な方が僕は良いと思います」
「その通りだと私も思いますが、上手くいかないのが世の常ですね」
その時のローゼス殿が、どこか遠い目をしているような気がした。
「こちらのお部屋になります、少々お待ちください」
「案内していただき、ありがとうございます」
ローゼス殿が部屋に入り、すぐに呼ばれたので部屋に入る。
「失礼します」
「いらっしゃい、坊や」
いつもの派手なドレスとは違い、部屋着なのだろうか。
衣装がいつもより落ち着いて見える、部屋でも毎日ドレスなど窮屈なのかもしれないが。
「お久しぶりです、閣下。ご招待を頂き誠にありがとうございます」
「私と坊やの中じゃない、そこに座りなさい」
そうして向かいのソファに座る。
この前とは違い護衛の騎士はドアに二人いるだけ。
「寒かったでしょう、温かい紅茶を入れるわ」
「新年早々にインチェンス領の紅茶が頂けるとは、僕は幸せ者のようですね。ありがたく頂戴します」
「・・・あなたはお世辞もうまくて少し腹が立つわ」
そんな言葉に苦笑いを返しながら、インチェンス侯爵の話を待つ。
「この頃はどうかしら、噂では何かに邪魔をされて苦しんでいると聞いたのだけど」
相変わらず耳が早い。
まぁ南の領でこの人が知らない話など無いのかもしれないが。
「恥ずかしながら少々困っておりました、現在は回復に向かっているのでご心配には及びません」
「あら、流石ね」
「お熱いのでお気を付けください」
ローゼス殿が紅茶を運んでくれる、優しい香りが鼻孔をくすぐる。
「いただきます」
この味を知ってしまうと、家の茶葉が悲しく感じてしまう。
もちろん家で飲むのも美味しいのだけど、味の違いがそれぐらいわかってしまう。
「凄まじい美味しさです」
「ありがとう、でもあなたから貰った手土産も中々だったわ」
「それで、今日はどのようなご用件でしょうか?」
こちらから話を進める、じゃないとこの人には会話の主導権を持っていけれそうなので。
「新年祭の前に挨拶でもしとこうと思ったの、それに言ったでしょう」
「あなたの事は諦めてないって」
ある意味一番困る話だ。
「僕の言葉は変わりませんよ」
「あら残念、ならまた今度にするわ」
「・・・お話は変わるのですが少し聞いていただきたい話があります」
「ザーロ子爵の事かしら?」
流石、本当に耳が早い。
「はい、色々自分でも調べた事がありましてその報告とご協力を願えないかと」
「何を調べたのかしら、あの男の嫌がらせならもう聞いているわ」
「ザーロ子爵の金の流れが不自然な事です」
部屋の空気が少し変わる、ローゼス殿もこちらに目を向けてくる。
「・・・不自然と言うと、どんな所が?」
おかしいと思っていたのだ。
確かにザーロ子爵は我が領より潤っている、でも寒季の時の食糧や薬は値が張る。
しかもそれを倍額で買うなどとんでもない事のはず。
にもかかわらず何故実行できたのか。
「恐らく違法薬の売買を行っています」
「その話、本当じゃ無ければあなたも相当危険だとわかっているのかしら?」
「無論です」
薬が不足した時の原因がザーロ子爵買占めと聞いた時には動いた。
何故彼はそこまでの金があるのか。
勿論借り入れなどの可能性もある、事実ラビラとの折半で薬などは買ったらしい。
だとしても御用商人に金を返せなければ他の貴族に見限られる。
当然だ、商人に借りた物を返せないと言うのは、この国においては恥であるから。
そんな貴族は派閥の者達からすれば汚点である。
故に他の貴族とのパイプも失われるので基本的に返せる目途がある、もしくは単純に商人に逃げられないためにと言う事もある。
「ザーロ子爵の領内にて、ベガトリオン運送が運んでいる物がありました」
「あそこが運んでいるのなら安心では?」
「いえ、問題はベガトリオン運送はそんな依頼は受けていないと言う事です」
「つまり、偽装して何かを送っていると?」
「はい、送り先は西の貴族でした」
「西ね・・・どこの貴族かしら」
「そこまでは調べられなかったのですが、そもそも貴族に送っているのかも怪しいですね」
「それも偽装と?」
「ゼロではないと思いますね、そもそもベガトリオン運送に偽装している時点で正式な贈り物なのかも怪しい」
「なるほどね、でも何故私にその話をしたのかしら」
「閣下はザーロ子爵の領が欲しくはありませんか」
その言葉に、インチェンスは目を見開く。
「あなた・・・何が目的なの」
「目的はただ一つです」
「奴を家を再興不能にすること、その一点です」
「・・・少しだけ坊やの事を見くびっていたわ」
「僕としては見くびっていただける方がありがたいのですけど」
「でも確かに、あの領地は欲しいわ。いい土に広い土地、しかも彼はやめてしまっているけど未開拓の土地もあると聞くわね」
「薬の方を閣下に追って欲しいのです、僕は商人や領民の人達の方を考えますので」
「つまり私には手柄と土地を、あなたは個人的な恨みを果たせるという事かしら」
「そうなります」
「いいでしょう、その話乗ったわ」
「ありがとうございます」
乗ってくるとは思っていた。
この人は恐らく今の地位に満足している人ではない、なので手柄と言うのは欲しいはず。
しかも邪魔な派閥の貴族相手なら恐らく手加減もしないだろう。
とは言えなんだかあっさりと受諾されてしまって拍子抜けしているのも事実。
「では、もう少し詰めましょうか」
「そういってくださると思って配送のルートなどを記録してある物があるのでお渡しします」
「本当に・・・いえ、何でもないわ」
-----∇∇∇-----
「では本日はありがとうございました」
「ええ、私も有意義な時間だったわ」
「ローゼス、送ってあげて」
「かしこまりました」
「お心遣いありがとうございます。失礼いたします」
部屋を出るとそのまま宿の出口までローゼス殿が見送ってくれる。
「クロア殿」
「どうしました?」
「クロア殿は、迷われないのですか?」
「何にでしょうか」
「もし事が上手く行き、ザーロ子爵を堕とした時、それは人を殺める事とほぼ同じです」
「あなたはその行為に迷いは無いのでしょうか?」
「なるほど、そう言う事ですか」
「正直僕は逆に聞きたいですね」
「自分を害してくる者に、容赦が入りますか?」
迷いなど無い彼の目を見て、ローゼスは。
「お強いですな、その歳でしていい目ではありませんぞ」
「よく言われます」
そういって、クロアは笑って頭を下げ帰路を歩く。
「恐ろしい子だ」
ローゼスが呟く、クロアの姿はもう見えない。
「これで準備は整っているかな」
「あとは新年祭の後かな、こちらの予定も大幅に狂ったからな・・・」
帰路にてまたクロアは色々考える。
「全く、すべてのツケを払ってもらおうかな」
徹底的に、圧倒的に、容赦なく。
彼は寒空の下で、解体方法を模索する。
貴族と言う者の解体方法を。
何処をどう潰して、何処をどう破壊するのか、どうすれば動かなくなるのかを。
もう、空には星が灯る時間になりそうだった。




