新年は病と共に ③
「おはよう、オルカ」
少しは落ち着いてきたが、それでも苦しそうな妹に声を掛ける
「・・・お兄様?」
「ごめんね、起こしちゃったかな」
「ううん・・・でも、あまり近づいちゃダメだってお婆ちゃんが言ってたよ?」
「そうかもね、でもオルカはこんなにも苦しんでるんだ」
「ちょっとぐらい我儘言っても、誰も怒らないよ」
「そうなのかな・・・」
額に触れると子供特有の体温にしても熱すぎる
汗も非常に多い、タオルを取り換えながらクロアは話す
「そうだよ、みんなオルカが心配だからね」
「治ったら父上にも何かをねだるといい」
「えへへ・・・だったらお兄様と一緒に遊びたいわ」
「そっか、元気になったらいっぱい遊ぼうか」
「今はお休み」
「うん・・・」
オルカは目を閉じる
また静かに、そして苦しそうに寝ている
「さて」
この前の事を思い出す
闇属性魔法による吸収
もし可能ならば一つ方法があるのではないかと言う事
まずは俺の固有魔法、『解体』は俺自身を対象として扱えるのかどうかを試した
結果として扱えた、しかも自分の身体だからかかなりイメージ通りに
最初は爪を切った、問題なく発動で来た
次に小指を切った、自傷であっても問題なかった
そして鼻の内部及びに口の中を切った
結果として自分の目に見えていない部位でも発動できた
一つ目の問題は解決できた
次の問題は闇属性魔法による吸引もしくは吸収
最初に木の葉に対して行った、魔法を使って木の葉にある水分や魔力を吸収して枯らすことはできるのかという問題
結果は魔力を微量ながら吸収できた、ただし水分などは不可能で木の葉が急速に枯れることはなかった
しかし吸収できたというのが大きな一歩
次に動物に行った
山に仕掛けた罠に鹿がいた
少々苦労したが直接触れ、吸収を発動した
これは魔力と生命力を奪うようなイメージ
結果は魔力はほとんど奪えたが、生命力はほぼ不可能だった
この二つを元に考えれば恐らくこの闇属性魔法は魔力を奪う事ができると言う事
だが魔力を奪えるだけでは意味が無いのでさらに考える
もう一度鹿に試した、今度は生命力だけを奪うイメージ
そしてこの吸収に非常に魔力を込めた
結果、捕らえた鹿は絶命した
ここでもう一つ分かった
恐らく魔力を吸収するのが本来の魔法
だが俺の膨大な魔力とイメージを合わせることで恐らく実現したのだろう
つまりこれを病原に使うイメージを持てれば、オルカから病を取り除く・・・いや俺に移すこともできるのではないと考えた
「ぶっつけ本番になってしまうな・・・」
他にも病にかかっている領民も居るので、彼らに使えばある意味で実験もできるだろう
しかし成功にしても失敗にしても彼らに迷惑をかけることになるのと、成功した場合俺が動けなくなる可能性がある方がまずいと思いできなかった
だが自分の妹に安全かどうかもわからない魔法を使うのは
盗賊達との戦いよりも怖い
「・・・オルカ」
いつも、この子は笑っていた
いつも、自分の事でもないのに怒っていた
いつも、家族のために働いていた
「絶対に助けるよ」
クロアから魔力があふれ出す
それは、あの明るい夜の時よりも
彼の中で最高の出力で、彼女の中にある病を奪いつくす
黒色の魔法がオルカを包む
額に当てているクロアの手が魔力によって黒く塗りつぶされている
奪え、取り出せ、救い出せ
この子を蝕むすべてを
オルカを苦しめるすべてを
「俺が引き受ける・・・!」
徐々に魔力が収まっていく
部屋に光が戻っていく
「はぁ・・・・はぁ・・・」
久々に魔力が枯渇しているのが分かる
オルカのベットの横に上半身だけ預ける
「はぁ・・・くっ」
分かる
恐らくこれは成功してる
頭が、鼻が、喉が熱い
呼吸がしずらい、眩暈がしているような気もする
「ぐっ・・・」
身体を起こしてオルカを見れば
「すぅ・・・すゃ・・・」
可愛い寝息を立てている顔が見える
額に手を当てると、先程までの熱は嘘のように
この季節には温かい、人の温もりを感じさせる体温だった
「よし・・・・・!」
成功したのだ、これでオルカは大丈夫
あとは
「俺がこれを解体できるかどうかだ・・・」
思考が鈍る
勝手に身体は座り込もうとする
身体が熱いのに、寒いような感覚
(オルカはこんなにも苦しかったのか)
ある意味で当然でもあった
本来、ただの風邪であれば薬や回復魔法などがあればここまで悪化しないだろう
ただし季節が悪すぎたのだ、この時期に栄養のある食事もまともにできない身体では非常に重い症状になっていく
この寒季に食べれるのは干し肉や豆のスープ、加えてクロアが作ったアップアのジャムなど
もちろん他にも料理はあるが、消化に悪い物を食べるのは論外である
なのでほぼジャムだけを食べてオルカは生活していたのだ
栄養が偏っている状態で薬もない風邪
それに加えてオルカはまだ子供、風邪に対する免疫も体力も無い
一歩間違えれば死んでいたかもしれない
だけどクロアは救えたのだ、その病を
しかし、それはオルカを救えただけの話である
(体が重い、考えがまとまらない)
クロアもまた、免疫などがあるわけでも無い
当然この歳の子供にしては強すぎる程の身体だろう
だが魔力の枯渇もしている今は非常に危険である
(まだだ・・・まだ動かせ)
(思考を回せ、魔力を使え、どこだ)
(どこに病が、どこに病原がある)
これほどの体調の中
それでも彼は魔力を巡らせる
ある意味で彼が突然変異と言われるのは、この精神力なのかもしれない
(・・・これだな)
分かる、身体に魔力を巡らせる事で
魔力が最も強く反応している内部がある
(あの盗賊達には感謝しかないな)
クロアが体内を把握しているからこそできる芸当である
「解体・・・!」
魔法を発動する
あまり魔力は残っていない
現状で扱える全てを乗せて
病を解体するイメージをして
彼は・・・
「はぁ・・・!」
成功したのだ
彼は自分の体内に巣食う病原菌を解体したのだ
「成功・・・したのか」
「だけど・・・これは」
魔力枯渇である彼は結果として
オルカの横で眠ってしまった
それは新年を迎えてすぐの出来事だった
妹と手を握る兄
幸せそうに眠る兄妹
窓から木漏れ日が差す寒い朝
二人を祝福するような暖かな光は、あの暗かった新年を払拭するような
美しい夜明けだった




