新年は病と共に ①
「もう育っているのか、やっぱり早いな」
本格的な寒季入ってきている
もうすぐ新年が来る
「しかし作業するのが俺一人しかいないのは・・・いつもながら大変だ」
この寒さの中、農作業はきつい
無い物ねだりは意味が無いが
やはり人手は欲しい
「でもこのスピードで成長してくれるなら、本格的に動けそうだ」
(新年か・・・今年はいつも以上に忙しかったな)
フローレレ王国では一年を400日としている
400日は十の花に分かれて一花につき40日
そして寒季と暖季が巡る
新年が始まっておよそ150日が寒季それから暖かくなってくる季節を寒暖季これがおよそ50日
そこから150日が暖季になる
残りの50日が寒くなる季節、暖寒季になっていく
季節の変わり目は早くなったり遅かったりもするので多少の差はあれど基本的にはこの循環である
(今年は22年だったかな、現在の王が王様という立場になった年数がそのままの年数なんだったか)
王国は王が変わるごとに年が変わる
過去の王を見て、統治の年数がわかるから
もっとも長い王で68年続いている
「はぁー」
白い息が中空を舞う
収穫する手は止めずに
(魔力循環を常に使い続けるのにも慣れてきたな)
どんどんと収穫していると一人の小さな人影がこちらに向かってきているのが見える
「あれは」
「兄様ー!!」
泣いているスーがこちらに走ってきている
「どうしたんだ?」
スーを抱きとめると顔を俺の身体に埋めてくる
「オルカが・・・オルカがぁ!」
「!?」
すぐに家に向かう
「オルカっ!」
ノックもせずに部屋に入る
そこには苦しそうに寝ているオルカと看病をしてくれている一人の老婆
「おや、クロア坊か」
「サルテ婆ちゃんが見ててくれたのか、ありがとう」
領地で唯一の薬師サルテ
長年この領地に住んでいて、ウィンがこの地を任された時にもかなり手助けをしていた
「スー君の泣き声が聞こえてね、何事かと思ったらオルカちゃんがこんな事になっているとはね」
朝食の時に元気が無いように見えたのはそのせいか
「婆ちゃん、オルカは・・・何かの病気?」
「いや、これは風邪だね」
ほっ、っと少し不安が消える
「スーも安心しろ、オルカは治るよ」
「ほんとう?」
「もちろん、風邪なんてこの季節じゃ珍しくも無いよ」
スーの頭を撫でながら、落ち着かせる
「スー、一つ頼んでもいいかな」
「・・・はい」
「この事を母上や父上達に伝えてほしいんだ、オルカが風邪になったってね」
「でも・・・」
「大丈夫、オルカは俺と婆ちゃんで見とくよ」
「わかりました・・・いってきます」
とぼとぼとスーが部屋を出ていく
いつも一緒だから不安なのだろう
だが今はそれよりも考えなければならない事が出来てしまった
「婆ちゃん、正直に答えてほしいんだけど」
「何だい?」
「薬の備蓄はまだあるのかな」
「それが・・・すでに尽きてしまっていてね」
「だろうね・・・」
早急に何か考えなければ・・・
部屋に俺と同じように飛び込んできた父上達
丁度良いのでそのまま会議になる
流石にオルカの横でやるわけにはいかないので執務室へ
オルカの看病は婆ちゃんとスーに任せる
「薬の備蓄が無いってどういう事よ!!」
「姉様、落ち着いて」
「だって、オルカが!」
「エリア、落ち着きなさい」
母上からの一言で姉様が止まる
「ねぇあなた、薬を新しく買う事はできないの?」
「・・・実はな」
「なるほど、ザーロ子爵が薬を買い占めているのね」
ザーロ・ドルモ・デンテス子爵
イストフィース領から二つ程離れている領の領主
この国でもっとも多い派閥、貴族主義派閥の一人である
「父上、なんで子爵は買い占め何てできたの」
本来、薬や食料を運んでいる商人は御用商人でも無い限り一人が買い占めるという事はできない
暗黙の了解みたいなもので、大量に買ったりするなら御用商人として扱ってもらわねば商人側も困ることがあるためである
我が領にくるデモールは御用商人では無いがどこにも属していない行商人、つまり誰にも買い占める事は基本的にしないはず
「我々が帰ってきてすぐにデモールに聞いたのだが、普段の倍の値段で良いから売れと頼まれたらしい」
「確かにそれを責めることはできませんね」
とは言え別に禁止されている行為でもない
戦時中などは商人から買い占めるなどよくある話でもある
「しかし何故、薬なんて子爵からしたらあまり必要として無いはず・・・」
我が領には居ないが確か子爵の領には聖属性の回復魔導士が居たはず
小さいが教会もあって、そこに勤めている神官の魔導士が風邪ぐらい治せたりもしたはず
何故わざわざ薬を・・・
「・・・父上」
「どうしたのだ?」
「子爵はいつ頃から買っているのですか」
「確か丁度、我らがインチェンス侯爵に盗賊達を届けたあたりからだと・・・」
「そう言う事か」
ウィンから怒気が少し溢れる
「どういうこと?」
エリアが二人の会話に入る
「姉様、簡単に言えば」
「俺達は子爵に喧嘩を売られてるんだよ」
その言葉にエリアが叫ぶ
「じゃぁ私が子爵をぶっ飛ばしてくるわ!」
「なにを言っているのこの子は」
母上が姉様を止めている
「でも、どう言う事?」
母上も完全には理解はしていない様子
「俺達が盗賊をインチェンス侯爵に届けると自然とその話が広がっていく」
「そして襲われたという事は薬や食料は商人から買わないと足りなくなるとわかるでしょう?」
実際問題、盗賊達の一件から数日はデモールからの供給でなんとかなったのだ
「それと今回の件がなにか関係あるの?」
またも姉様が聞いてくる
「つまり、復興作業でいつも以上に病人や怪我人が多くなるであろう俺達の領を見越して買い占め続けているんだよ」
その言葉で全員理解する
「正直薬に関しては分かっていたから、いつも以上に備蓄は多めにとっておいたんだ」
「でも復興作業はいまだに終わっていない、そしてオルカも含めて病人がいつも以上に多い」
聖属性の魔導士が居ない我が領においては怪我人のためにも薬は買う
そのため薬の備蓄は逐一確認していた
なんとかなると思っていたあの時の自分を殴りたい
「一先ず薬の事は理解したわ、子爵の事も」
「そうなると・・・新年祭をどうするか、ね」
もっとも考えなければならない事
それが新年祭
フローレレ王国では新年を迎えて八日目にて王都ですべての貴族を集める政がある
王がその場で演説をし、さらなる発展と繁栄を願うイベントの様な物
問題点はこの新年祭は一族全員が参加するという事
貴族の息子も娘も赤子も誰も彼もが
貴族であるなら参加しなければならない
「薬も無く風邪がすぐには治らないだろうな」
「そうね・・・」
「他の方にお願いして分けてもらう事はできないのかしら」
「私がもっと顔が広ければ、それも可能だったろう」
父は貴族になって数年経つが、それでも男爵なのだ
横のつながりや恩を売った貴族も居ない
確かにカランクレス公爵やインチェンス侯爵にお願いすればそれぐらい分けてくれるであろう
ただしそれは最後の手段だ
下の者が上の爵位の者に頼み事など
見返りに何を要求されるか考えたくもない
「教会に連れ居ていくのはダメなの?」
エリア姉様が言うが
「今のオルカを運ぶのは無理があると思うよ姉様」
「それに一番近い教会が子爵の所だからね、素直に治すとは考えられないね・・・」
「むぅ~」
姉様がイライラしている
家族に暗い雰囲気が流れる
そこにノック音がする
「どうぞ」
「失礼しま・・・みんなここに居たんですね」
ルーシが入ってくる
「オルカの容態が安定はしたからサルテさんがお帰りになりました」
「スーも寝ていて、私にはどうすればいいか・・・」
「そうだったか、ありがとうルーシ」
「オルカは私が見るわ、あなたはまだやる事があるでしょう?」
「そうだな・・・すまないリリル」
「そこはありがとうって言って欲しいわ」
「取り合えず解散しましょう、とは言え時間はあまりなさそうだけどね」
「・・・私、稽古してくる」
姉様の元気が目に見えて無い
いや、俺も含めて家族全員無いんだろうな
「俺も色々考えてみます」
足取りが少し重い
畑に帰ってくる
「クソが・・・」
あの子爵もだが毎年行われている新年祭もだ
新年祭において、一族全員で参加をしていない貴族は不遇な扱いを受ける
王に対して忠誠が無いと思われ、他貴族から冷遇されるという
さらには自分の領に一族を残すという事は新年祭にて問題が起こる事を示唆するとして嫌われている
そうなればこの貴族社会で貴族として生きていくのは不可能だろう
だが一族全員での参加など、余裕のある者でないと厳しいのが事実
まだ俺達の領はマシなほうだろう
残れる戦力があるのだから
戦力も残せない貴族だった場合、盗賊達の様な奴らに食い物にされる可能性もあるのだ
そして何より、この新年祭の開催を常に進めているのは貴族主義の派閥のやつらだ
ある種ふるいの様な物なのだろう
参加できなければ蹴落とすのだろう
そしてそれを笑うのだろう
「害虫共が・・・!」
・・・落ち着け
頭を冷やすためにも外に来たんだろう
今はオルカの事を考えろ
あの子のために、今の俺に何ができる?
新年は必ずやってくる
だがそれは、楽しいばかりでは無い
冷たい風の中
今はただ、妹を助けるために




