貴族とは、金が掛かる ①
「今日はここまでにしておこう」
小さな書斎でクロアがパタリとファイルを閉じる
「まだまだ時間が掛かりそうだ・・・」
盗賊騒ぎから数日
インチェンス侯爵から貰ったお金を領民や復興作業の費用及びに襲撃前の日に働いてくれた人達への褒賞金などに使い、今ではもうほとんど残っていない
父や母が帳簿をつけるのが苦手だったため、今では俺がほとんど担当している
元々帳簿などつけた事が無い父は貴族になった時に、勉強のためにかなり本を買っていたのが素晴らしかった
これのおかげでこの歳にも関わらず仕事ができている
とは言え最終確認をするのは父なので俺がこっそりお小遣いにしたりはできない
「さて・・・」
席を立ちようやく完成したご神体に手を合わせる
(コリーネは相変わらず忙しいだろうか、こっちは取り合えず日常が戻りつつあるよ)
ご神体を置く場所などが特にわからないので日にあたる窓辺にコリーネを模したご神体を置いてある
『解体』の修練を重ね、木からやっと作ることができた
これでコリーネとの約束を果たすことができる
そうしていると扉からノックが聞こえる
「どうぞ」
「お兄様、お母様が勉強の時間だって!」
オルカが部屋にやってきた
「もうそんな時間だったのか、伝えに来てくれてありがとう」
「一緒に行こ!」
時々、母が勉強をそれぞれに教えてくれる
それぞれにあった教科を母が一人で教師を務めている
まだまだ学ぶことが多いので本当に助かる
常々、俺は恵まれていると思う
勉学の時間を終え、父から呼ばれたので執務室に向かう
「父上、いらっしゃいますか」
「クロアか、入って良いぞ」
「失礼します」
「今日の報告でなにかありましたか?」
「いや、いつも通り見やすい物だったぞ」
「少し頭を悩ませている事があってな・・・お前にも知恵を絞ってもらおうと思ってな」
「と、いいますと?」
「これは困ったな・・・」
父からの話は簡単な事だったが答えがかなり難しい事だった
「ついに領の経営が破綻寸前とは・・・」
お金が無いのである
夕食前の時間に外に出て気分転換をしながら方法を考える
とは言っても何も思いつかないのだが
「農業はあの本のおかげでかなりのスピードで進んでるけど、明日明後日に成果がでる物でもないしなぁ・・・」
「おーい、クロアー」
「ん?」
いつもの二人がこっちに歩いてきていた
「二人とも、そろそろ夕食なんじゃないか?」
「それを言うならクロアもじゃないの?」
それもそうだ
「お前が随分しかめっ面して歩いてたから何事かと思ってさ」
「うん、僕達にもできる事があるなら言ってみてよ」
いろんな意見を聞くのはいい事か
「あまり大きな声で言ってほしくは無いんだけど、実はね・・・」
「へぇー、うちの領ってそんな貧乏なんだな」
「まぁ確かに、商人さんの話とか聞くと王都近くの町や村はもっとすごいってよく聞くよね」
真っすぐに貧乏と言われると心苦しい
「そう、何か無いかと思って考えていたんだ」
「んじゃぁクロアの魔法で稼ぐとかできないのか?」
「魔法でって、固有魔法の事?」
「そうそう、なんでもバラバラにできんだろ?いっぱい木を倒して薪にして売りまくるとか!」
「確かにこの領なら木は取り放題だけど薪だけで領内が潤うほどは無理かな、買い手もそんなにいないだろうからね」
「なら動物達のお肉とかはダメかな?狩人さん達に手伝ってもらってクロアが解体するんだ」
「クロアが処理をしたお肉はすごく美味しかったから、きっといっぱい売れるよ!」
「悪くはないけど数に限りがあるからね・・・養殖とか牧場とかがあるならそれも有りだろうけど狩りだけでまかなうのは相当大変な気がするな」
「そっかぁ・・・すごく美味しかったんだけどなぁ」
ふむ、しかし魔法を稼ぎにか
王都には色々な魔道具があるから魔法でどんな事ができるのかあまり考えたことが無かったな
「ありがとう二人とも、かなり参考になったよ」
「クロアが良けりゃなんでもいいよ、あたしらは未来の家臣だからな!」
リリーがドヤ顔を決めている
「それならもっと強くなってもらわないとね」
「丁度身体を動かしたかったから、二人ともどうかな」
「よっしゃ、今日こそ勝つぞ!」
「僕は見てるよ・・・ご飯の前だから長くならないようにね?」
いつもの広間に向かう
人も通らない子供達の修練所
三人で駆けていく
結局長引いてしまって各々親に怒られる
そのまま夕食を食べ、その話を聞いた姉からまた食後の運動で鍛錬に付き合う
その中でもずっとクロアは考えていた
何かこの固有魔法を使える方法はないかと
思考を巡らせ続ける、そんな中で次の日
この領で唯一無二の商人が訪れる
「ご無沙汰してます、イストフィース様」
「いつもすまんな、今日も買い取らせてもらおう」
この領まで来る商人の中で彼だけが定期的に我が領に来てくれる
「注文通りの量ですね、流石だねデモール」
「クロア様のお眼鏡にかなって僕も嬉しいですよ」
「そしてお二人にちょっとした掘り出し物があって、お勧めしたい物があるのですが如何ですか?」
「それは、何かの書物?」
「デモールが本を勧めてくるとは、珍しいな」
いつもなら変わった食材や種なり魔物の素材だったりするイメージが俺もある
「ええ、どこへ行ってもいらないと言われてしまって・・・」
「不良在庫を押しつけに来たと?」
「いえいえ、特にクロア様なら気に入るかと思いまして!」
「取り合えず読んでみてください」
「そこまで言うなら、それじゃあちょっと読ませてもらうね」
・・・これは驚いた
昔から欲しかった書物の一つだ
「なるほどね、因みにいくら取る気?」
「書物なのでお高めに・・・と言いたい所だったのですが他の方々にはいらないと言われてほとんど価値が無いようなので、銀貨二枚で如何でしょうか」
二枚か・・・この前の書物より高い
「みんないらないと言ってた物なんでしょう、銀貨一枚ではダメ?」
「クロア様でもこれだけは譲れません、銀貨二枚でもかなり抑えている方です」
確かに、普通に読める書物なら銀貨四枚など普通にする
物によっては金貨二枚まで跳ね上がる、正直金貨一枚でもこれは欲しい
父上を見る
「この前お前には書物を買ったばかりだ、買うつもりでも経費では出さんし私も払わんぞ」
言う前に断られてしまった、つまり自分の小遣いで買えと
「しかたないか・・・」
「銀貨二枚で買うよ、正直それだけの価値は俺にはあると思っているからね」
「お買い上げ、ありがとうございます」
「では数量の確認も終わっていますので、俺はこれで」
「デモールもゆっくりしていってね」
二人に挨拶をして書物をもって帰る
(これで解決できればいいけど、まぁ何はともあれかなり参考になる)
クロアはまた書斎にこもる
父と買ってきた書物を読んでいた時もそうだった
彼は何かを理解する事に楽しみを覚えている
理解出来ないものとは怖いと人は思う
だが彼は理解出来ないものを理解したいと思う
それは知識欲なのか、それとも怖いもの知らずなのか
少なくとも彼にとっては何でもいいのだろう、今はただ目の前の物を読み解きたい
書物の中に、意識は落ちて行く