第4話:ギルドの新人教育
D級に昇格したばかりの「そよ風の旅団」は、ギルドの中でも少しだけ、肩で風を切って歩いているような気分になっていた。依頼掲示板を見る目も、以前よりは自信に満ちている。
「フフフ……D級冒険者、か。悪くない響きだな!」
リアムが胸を張ると、ルナは冷ややかに鼻で笑った。
「たった一つランクが上がっただけで、ずいぶん調子に乗るわね。それに、D級になったからといって、楽な依頼ばかりというわけじゃないわ」
「でもでも! D級って、F級の子たちから見たら、すごい先輩だよ!」
ジンが目を輝かせて言う。その言葉に、リアムはさらに得意顔になった。
そんな彼らに声をかけたのは、ギルドマスター・セルだった。
彼は珍しくギルドマスター室から出てきて、パーティの前に立った。
「D級への昇格、おめでとう、そよ風の旅団。さて、そこで君たちに、一つ頼みたいことがある」
セルの言葉に、リアムは目を輝かせた。
「おっ、なんだ!? D級初の特別依頼か!?」
「まあ、そういうことだ。実はね、君たちに、F級冒険者の指導役を頼みたいんだ」
セルの言葉に、リアムは一瞬固まり、そして弾けるように叫んだ。
「はぁ!? 俺たちが指導役!? よーし、任せとけ! 俺がビシバシ鍛え上げてやるぜ!」
「ちょっと、リアム! あなたに務まるのかしら……」
ルナは顔を青ざめさせる。
ジンは相変わらずニコニコと「みんなで頑張ろうね!」と笑顔で気合を入れた。
ギルドマスター室で紹介された新人は、二人のF級冒険者だった。
一人は、コボルトのケル。小さな体に不釣り合いなほど大きな片手剣を背負っている。瞳は不安げに揺れ、常にオドオドしている。
「あ、あの……ケルといいます……よろしくお願いします……」
もう一人は、リザードマンのザック。寡黙で、表情は読みにくい。口数は少ないが、その分、眼光は鋭い。彼もまた、ケルに負けず劣らず大きな両手斧を抱えている。
「ザック……」
とだけ言って、深々と頭を下げた。
「今日の依頼は、『村の周辺に現れたいたずらキノコの退治』だ。君たちそよ風の旅団が先輩として同行し、指導してやってくれ」
セルが指示を出した。
「君たちの経験を、彼らに伝えてやってほしい」
村の近くの森に入ると、ケルは魔物の気配に怯え、ザックは不器用な動きで枝に足を取られ、派手に転んだ。リアムは張り切って指導しようとするが、どこか空回りしている。
「おいケル! そんなにビクビクしてたら、魔物に背中を取られるぞ! もっと堂々としろ!」
「はいぃ……で、でも……」
ケルは尻尾を丸めて震えている。
「ザック! 足元を見ろ! こんな単純な罠に引っかかってたら、いつか命を落とすぞ!」
リアムがそう言うが、ザックは無言で立ち上がると、黙々と泥を払い始めた。
ルナはそんなリアムを見て、呆れたようにため息をついた。
「リアム、もう少し言葉を選びなさい。ジン、悪いけど、ザックの怪我を見てあげて」
「はーい!」
ジンはすぐにザックの元へ駆け寄り、薬草を塗ってやった。
「痛くない? 大丈夫だよ!」
「いたずらキノコ」は、別に凶暴な魔物ではなかった。
人の足元に胞子を撒いて転ばせたり、突然傘が爆発して顔を真っ黒にしたり、光る胞子を撒いて幻惑させたりする程度の、文字通り「いたずら」な存在だった。
「ギャーッ! なんだこれ!?」
リアムが転んで、顔を真っ黒にする。
ルナは爆発するキノコを魔法で吹き飛ばすが、その胞子が服にかかってしまい、不機嫌そうな顔をする。新人二人は、そんな「先輩」たちのドタバタぶりを見て、逆に緊張が解けてきたようだった。
「ケル、あれよ! あの光る胞子を、風で私の方に誘導できないかしら?」
ルナがケルに指示を出す。ケルは震えながらも、小さな魔法の光を放ち、胞子の動きをコントロールしようとする。
「ザック、あそこに隠れているキノコを、あの斧で叩き潰せる?」
ジンがザックに優しく話しかける。ザックは無言で斧を構え、力任せにキノコを粉砕した。
最初は戸惑っていた新人たちも、パーティのドタバタに巻き込まれ、次第に連携が取れるようになった。ケルは勇気を振り絞って光る胞子を誘導し、ザックは不器用ながらも正確にキノコを叩き潰す。パーティは、新人たちの小さな成長を間近で見た。
ギルドの受付では、セリアが新人たちの報告書を読みながら、微笑んでいた。
「あらあら、リアムさん、また突っ込みすぎたようですね。ですが、ケルさんもザックさんも、ずいぶん頑張ったようですね」
セリアはそんな彼らの成長を見守りながら、温かく微笑んでいた。報告書には、リアムが顔を真っ黒にしたことや、ザックが初めて笑顔を見せた瞬間のことが、詳細に記録されていた。
任務を終え、ギルドに戻ったパーティは、セリアに顛末を報告した。
「……ということで、ゴブリンじゃなくて、可愛いキノコでした!でも、あいつら、意外と手強くて……」
リアムが力説し、ルナが苦笑いしながら補足する。ジンはにこやかに、ケルとザックが任務を終えて少し自信をつけた様子を語った。
セリアは報告書に目を通しながら、温かい笑顔で彼らを労った。
「新人教育、ご苦労様でした。ケルさんもザックさんも、とても良い経験になったようです。そして、そよ風の旅団も、誰かを育てるという、また一つ上の冒険を経験しましたね」
リアムは少し照れくさそうに「ふっ、俺たちの指導の賜物だな!」と胸を張った。
ルナは「誰が一番ドタバタしてたか、ギルド記録に残ってるわよ」と皮肉を言ったが、その表情はどこか嬉しそうだ。
パーティは、新人たちが少しずつ自信をつけ、冒険者としての道を歩み始めたことに、ささやかな喜びを感じた。
自分たちが誰かを育てる立場になったことに、新たなやりがいを見出すのだった。
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