第3話:届け物と珍道中
ギルド「世界の翼」の朝は、いつもと変わらぬ活気に満ちていた。「そよ風の旅団」の三人は、昨日のスライム騒動の報告を済ませ、次の依頼を探していた。
「よし!今度こそ、楽な依頼をゲットするぞ!」
リアムが意気揚々と掲示板を覗き込む。昨日のスライム相手の意外な肉体労働に懲りたらしい。
「そうね。D級昇格もしたことだし、そろそろもう少し落ち着いた依頼で、経験を積みたいわ」
ルナが珍しくリアムの意見に賛同する。
「見て見て、この依頼!」
ジンが嬉しそうに指さしたのは、「遠方の集落への珍しい薬草の届け物」という依頼。いかにも簡単そうな内容に、リアムの顔に再び活気が戻った。
「なんだ、運び屋か!楽勝だぜ!」
依頼主は、王都に住む薬師のマーサ婆さん。少し口うるさいが、根は優しいことで知られている。
「あんたたち、『そよ風の旅団』ね!うちのリッキーがね、辺境の村で熱を出して寝込んじまってね。この薬草じゃないと治らないのよ!絶対に、絶対に、ちゃんと届けておくれよ!」
マーサ婆さんは、細い指で依頼書を突きつけ、何度も念を押した。その言葉の節々には、孫を心配する優しい気持ちが滲み出ている。
「ご安心ください、マーサ婆さん!このリアム、薬草一本たりとも傷つけず、必ずやお届けします!」
リアムは胸を叩いて豪語した。
「リアム、薬草一本たりとも、じゃなくて、薬草自体を傷つけないでよ」
ルナがすかさず訂正を入れる。
ジンはニコニコと「行ってきまーす!」と手を振った。
パーティはアークではなく、馬車を借りて辺境の村へと旅立つことになった。
道中、リアムは馬車を揺らしながら歌を歌い、ルナは魔術書を読み、ジンは道の脇に咲く野花を摘んでいた。順調な旅路に、リアムは油断しきっていた。
「いやぁ、やっぱこうでなくっちゃな!冒険ってのはよ、たまにはこういうのんびりしたのも必要だよな!」
リアムが伸びをした、その瞬間。
「きゃっ! ちょっと、リアム! 道、間違ってるわよ!」
ルナが悲鳴を上げた。リアムが脇見運転をしていたせいで、馬車はいつの間にか獣道へと迷い込んでいたのだ。道は細く、木々の枝が馬車を擦る。
「うわぁ! 大変だぁ!」
ジンが馬車の荷台から顔を出し、慌てて声を上げる。
「くそっ、この道、どこに出るんだ!?」
リアムが焦って手綱を引くが、馬車はますます森の奥へ。
その時、突然、前方からゴーゴーという不穏な音が聞こえてきた。
「嫌な予感がするわ……!」
ルナが杖を構える。
馬車の前に現れたのは、小さな土砂崩れだった。道が塞がれ、先へ進めない。
「マジかよ!?こんなところで土砂崩れだなんて!」
リアムは絶叫する。
ジンの斥候能力が光った。
「あっちに小さな洞窟があるよ!雨宿りできるかも!」
ジンの言葉に、パーティは急いで馬車を降り、洞窟へと避難した。
土砂崩れは止む気配がなく、雨も降り始める。
「困ったわね……このままじゃ、薬草が湿気てしまう」
ルナが薬草の入った袋を心配そうに見つめる。リアムは洞窟の入り口で、苛立たしそうに土砂崩れを睨んでいた。
土砂降りの雨が降り続く中、パーティが洞窟の中で雨宿りしていると、洞窟の奥からカサカサと音が聞こえてきた。三人が警戒すると、奥から一人の旅人が現れた。
その旅人は、古びたローブを纏い、背中には大きなカバンを背負っている。
白く長い髭と、どこか遠くを見つめるような瞳が印象的だ。彼はパーティの姿を見ても驚く様子もなく、ただ静かに洞窟の入り口から外の雨を眺めている。
「まさか、こんな場所で人に会うとはな」
リアムが話しかける。
旅人はちらりとパーティに目を向けたが、多くを語ろうとしない。
「ふむ……遠いところまで、薬草を運ぶとは、健気なことだ」
旅人は、パーティが持っている薬草の袋を見て、小さく呟いた。その声には、どこか全てを見透かすような響きがある。
「この雨じゃ、いつ出発できるか……」
ルナがため息をつく。
旅人は静かに外の空を見上げ、湿った空気を吸い込んだ。
「この雨は、もうすぐ止む。そして、土砂崩れも、それほど深くはない。だが……その先の、古き橋は、そろそろ限界だろうな」
彼はそう言って、森の奥の方向を指差した。
「この道の先を行くのなら、あの橋は避けて、森の東側に回れば、もう少し安全な道がある」
旅人はそれだけ告げると、パーティに背を向け、雨の降る森の中へと再び歩き出していった。その表情は、どこか掴みどころがなく、謎めいている。
「な、なんだ、今の爺さん……?」
リアムは呆気に取られた。
「でも、もしかしたら、本当に雨が止むかも!」
ジンが希望に満ちた目で空を見上げた。
旅人の言葉通り、しばらくすると雨は小降りになり、やがて止んだ。
土砂崩れも、リアムの剣でなんとか突破できる程度のものだった。
パーティは旅人のヒントを信じ、森の東側へと迂回する道を選んだ。そのおかげで、彼らは本当に崩れかかっていた古き橋を避けることができ、無事に辺境の村に到着した。
リッキーのいる集落にたどり着くと、マーサ婆さんの孫のリッキーが、病床でぐったりと寝込んでいた。パーティが薬草を渡すと、リッキーの顔色みるみるうちに良くなっていき、熱も引いていく。
「お、おお……! 婆ちゃん、ちゃんと届けてくれたのかよぉ……」
リッキーは、マーサ婆さんの口癖がうつっているのか、呆れたような口調で言ったが、その目には感謝の光が宿っていた。パーティは、無事に依頼を果たせたことに安堵した。
ギルドに戻り、セリアに今回の珍道中を報告すると、セリアは温かい笑顔で彼らを労った。
「遠路お疲れ様でした。無事に届けられて何よりです。途中で大変なこともあったようですが、皆さんの機転で乗り越えられたようですね」
セリアはそう言いながら、パーティの報告書に目を通す。
そこには、土砂崩れや嵐の描写に加え、「謎の旅人の助言」という項目が書かれていた。
セリアは、その部分に目を留め、ギルドの奥にあるギルドマスター室をちらりと見る。
その部屋の主であるセルは、今も静かに書物を読んでいる。セリアは、その旅人がただの通りすがりではないことを、知っているようだった。
リアムは「まさか、たかが運び屋の依頼で、こんなドタバタすることになるとはな!」と肩をすくめた。
ルナは「でも、おかげで良い経験になったわ」と頷き、ジンは「リッキーくん、元気になってよかったね!」と満面の笑顔だった。
小さな依頼も、油断できない。
だが、どんな困難も、仲間と力を合わせれば乗り越えられる。
そして、その道中には、予期せぬ出会いと、ささやかな喜びが待っている。
そんな冒険者の日常が、「そよ風の旅団」には、今日も続いていくのだった。
毎時1エピソードを更新します。
ほかのスピンオフ作品も並行連載していきます。
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