第1話:迷子の猫と小さな冒険 -2
「ええと、猫ちゃんのミィは、どんな特徴が?」
リアムは緊張しつつ尋ねた。
「ええ、白くてふわふわで、とっても可愛いの。でも、いつも私を驚かせてくれるわ。この間はね、屋敷の暖炉の煙突に上ってしまって、煙だらけになったのよ」
マダム・ローズは楽しそうに話す。
「他にも、屋敷の隠し通路に入り込んでしまったり、高所の鐘楼の屋根から王都を眺めていたり……本当に困った子なのよ、フフ」
ルナは眉をひそめた。暖炉の煙突?鐘楼の屋根?普通の猫がそんな場所に行くものだろうか。
「……かなり、活発な猫のようですね」
ルナは言葉を選んだ。
「ええ、好奇心旺盛な子でね。でも、どこへ行っても必ず私を見つけてくれる、賢い子なの」
マダム・ローズは、ミィの写真が収められた小箱を差し出した。
「この写真の子よ」
パーティは王都の広範囲を捜索エリアとし、ミィの目撃情報を頼りに捜索を開始した。
「本当に、ただの猫なのか……?」
リアムは屋根の上を身軽に駆け回る白猫のシルエットを見て、呆然と呟いた。
「ほら、リアム! 屋根を伝って行ったわよ!」
ルナが魔法で猫の動きを誘導しようとするが、ミィはまるでルナの魔法を避けるかのように、器用に屋根の隙間を縫っていく。
「あっちだよ、リアム! あの猫ちゃん、煙突に入っていった!」
ジンは、目を凝らしてミィの行方を示した。
リアムが屋根から煙突へ飛び移ろうとして足を滑らせたり、ルナが魔法を唱える隙にミィが視界から消えたり、ジンが狭い場所に入り込んだかと思えば、奥からミィがぴょんと飛び出してきたりと、捜索はまさにドタバタ劇だった。
王都の住民は、冒険者たちが猫一匹に翻弄されている姿を見て、クスクスと笑い声を上げる。
ギルドの受付では、セリアがマダム・ローズからの頻繁な問い合わせに丁寧に対応していた。
「ローズ様、ミィ様は現在、中央市場の屋台の裏手で目撃されたとの報告が入っております。ええ、そよ風の旅団が向かっておりますのでご安心を……フフ、ご苦労様です」
セリアは微笑みながら、旅団からの報告書に目を通す。そこには、ミィの奇妙な足取りと、それに振り回されるリアムの悲鳴のような筆跡が残されていた。
「相変わらず賑やかですね、あのパーティは」
捜索は王都の裏路地、市場の喧騒、そして地下水路へと及んだ。
「くそっ、どこまで行くんだ、あの猫は!」
リアムは地下水路の薄暗い通路を泥だらけになりながら進んでいた。
「待って、リアム! この魔力の残滓、何かがおかしいわ……」
ルナが杖の先を向けた先には、薄暗い水路の壁に、かすかに光を放つ奇妙な苔が生えていた。
ジンが先頭で小走りに進む。狭い水路の奥、湿った空気に微かな甘い香りが漂う。
「わぁ……ひかる、きのこ……」
水路の奥へと進むと、その先には、水路の壁一面に、淡い光を放つキノコが群生している場所があった。そして、その中央で、白くてふわふわの小さな塊が、光るキノコにじゃれついていた。
「ミィだ!」
リアムが駆け寄ろうとした瞬間、足元の苔が滑り、リアムはそのまま水路の濁流にドボン!と落ちてしまった。
「マジかよ!?」
ルナは慌てて魔法でリアムを引き上げようとするが、足元を滑らせ、バランスを崩す。
その隙に、ジンが水路の壁を軽々と駆け上がり、光るキノコに夢中のミィをひょいと捕獲した。
「捕まえたよー!」
ジンは笑顔でミィを抱きかかえる。
マダム・ローズの屋敷に戻り、泥だらけになりながらミィを無事引き渡すと、マダム・ローズは満面の笑みを浮かべた。
「ああ、可愛いミィ! 本当にありがとう。さすがは『そよ風の旅団』ね! 期待以上だわ」
彼女はそう言って、パーティに最高級のお菓子と、惜しみなく金貨をプレゼントした。さらに、優雅な仕草で可愛らしい布袋を取り出した。
「これも、感謝の印よ。私が心を込めて編んだマフラーだから、ぜひ使ってちょうだいね」
差し出された布袋の中には、色とりどりの、しかしどう見ても冬物の手編みマフラーが大量に入っていた。王都は、今は夏である。パーティメンバーは顔を見合わせ、苦笑した。
ギルドに戻り、セリアに今回のドタバタ劇を報告すると、セリアは微笑みながら答えた。
「ローズ様は、引退された今でも、冒険者の勘が衰えていないようですからね。本当にご苦労様でした」
リアムは
「まさか、あのS級のローズ様が、猫一匹でこんなにも手強い依頼になるとはな!」
と感嘆し、夏の盛りに手編みのマフラーを抱えつつも、名誉ある依頼を達成できたことに満足していた。
ルナは
「でも、猫探しにしては、やけに疲れたわね……」
と呟き、ジンはそんな二人をニコニコと見つめながら、ミィのことが書かれた依頼書を大事そうに胸に抱いていた。
小さな依頼でも、大きな冒険がある。そして、その先には、ささやかながらも確かな喜びがある。
そんな冒険者の日常が、「そよ風の旅団」には、今日も続いていくのだった。
毎時1エピソードを更新します。
ほかのスピンオフ作品も並行連載していきます。
ぜひご感想をお寄せください。
また評価とブックマークもしていただけると嬉しいです!!