第1話:迷子の猫と小さな冒険 -1
アルテア王国の中心部、冒険者ギルド「世界の翼」は今日も活気に満ちていた。
巨大な剣を背負う重戦士、ローブを纏うミステリアスな魔術師、厳つい獣人の拳闘士……様々な冒険者たちがひしめき合う喧騒の中、D級冒険者パーティ「そよ風の旅団」のリアム、ルナ、ジンもまた、次の依頼を探していた 。
そんな彼らに、ギルドマスター・セルから思わぬ「重要依頼」が舞い込む 。それは、かつて「百獣の女王」と呼ばれた伝説のS級冒険者、マダム・ローズの「愛猫ミィの捜索」というものだった 。
一見、単純な猫探しに見えたその依頼は、彼らを王都中を駆け巡るドタバタな珍道中へと誘うことになる 。
そして、迷子の猫だけでなく、畑を荒らす魔物や、辺境の村への届け物、さらには新人の指導まで 。様々な出会いと困難の中で、彼らは冒険者として、そして仲間として、少しずつ成長していく。
これは、世界の片隅で繰り広げられる、ささやかながらも確かな喜びと絆の物語の序章である 。
アルテア王国の中心部、冒険者ギルド「世界の翼」は今日も活気に満ちていた。
依頼掲示板の前には、剣を背負った戦士やローブを纏った魔術師、あるいは獣人の斥候などがひしめき合い、獲物を見定めるように依頼書を吟味している。
その喧騒の中、D級冒険者パーティ「そよ風の旅団」の三人もまた、次の獲物を探していた。
「あー、今日もパッとしない依頼ばっかりだな!」
熱血漢の戦士、リアムは大きな体を揺らし、掲示板の紙を乱暴に捲った。赤茶色の短い髪は、彼の猪突猛進な性格をそのまま表しているかのようだ。彼の握りしめた拳には、どんな小さな依頼にも魔王討伐のような情熱が宿っている。
「リアム、もう少し静かにできないの? 紙が破れるわ」
ルナは冷ややかな声で、細身の木製の杖をコツンと床に叩いた。彼女の銀色の長い髪は一つに束ねられ、常に冷静な表情を崩さない。パーティの頭脳担当にして、リアムの暴走に対する唯一のツッコミ役だ。
「大丈夫、大丈夫! きっと僕たちにぴったりの依頼が見つかるよ!」
そんな二人の間に割って入ったのは、小柄な斥候のジンだった。茶色の前髪が目にかかり、いつでもニコニコと笑顔を絶やさないムードメーカー。その身軽さとは裏腹に、意外と掴みどころがない。
彼らがそうして次の依頼を思案していると、受付のセリアが困ったような、それでいてどこか楽しそうな笑顔で声をかけてきた。狐族の獣人である彼女のピンと張った狐耳が、わずかに揺れている。
「リアムさん、ルナさん、ジンさん。実は、どなたかにお願いしたい、とても重要な依頼がありまして……」
セリアの言葉に、リアムは目を輝かせた。
「お、重要依頼!? もしかして、C級昇格の試験とかかっ!?」
「いえ、そうではありませんが……」
セリアは苦笑しつつ、一枚の依頼書を差し出した。
「こちらは、ギルドにご登録されている方からのご依頼なのですが……」
依頼書には、「愛猫ミィの捜索」と書かれていた。リアムの顔から一瞬にして期待の色が消え失せる。
「はぁ!? 猫探しぃ!? 冗談だろ、セリアさん! 俺たちはD級だぜ? 猫探しなんてF級の仕事だろ!」
ルナも呆れたようにため息をついた。
「また、迷子の猫……どうせ、どこかの屋根の上で昼寝してるだけじゃないの?」
ジンは相変わらずニコニコと笑顔で依頼書を受け取った。
「猫ちゃん探し! 可愛いね!」
その時、ギルドマスター室の扉が開き、セルが現れた。異世界出身の元SSS級冒険者、ギルドマスター・セル。飄々として掴みどころのない彼だが、彼の口から出た言葉は、旅団を驚かせた。
「ローズ様からの依頼だ。これはギルドにとっても名誉なことだ。頼んだぞ」
セルの顔には、普段の飄々とした表情とは異なる、いつになく真剣な色があった。その言葉に、セリアも静かに頷いている。セルがそこまで言う人物に、旅団はにわかに緊張を高めた。
「ローズ様って、あの『百獣の女王』ですか!?」
ルナが珍しく声を上げた。
マダム・ローズ。
かつて「百獣の女王」と呼ばれ、数々の伝説を打ち立てたS級冒険者。
現在は引退していると聞くが、その名は今でもギルドの伝説として語り継がれている。
ギルドマスターのセルでさえ、彼女の前では一目置くという。
リアムは唾をゴクリと飲み込んだ。
「ま、まさか、あのS級のローズ様が、猫探しを……?」
ジンは依頼書を大事そうに抱え、笑顔で「頑張ろうね!」と気合を入れた。
マダム・ローズの屋敷は、王都の中でもひときわ豪奢な佇まいだった。
案内された応接室で、パーティを待っていたのは、その名に恥じない優雅な老婦人だった。
白い髪は美しく結い上げられ、纏うローブは上質なシルクで織られている。
「あら、いらっしゃい。あなたがたが『そよ風の旅団』ね。私の可愛いミィが、またどこかへ行ってしまってね。どうか、見つけてくださらないかしら」
彼女は優雅にお茶を飲みながら微笑んだ。その笑顔は慈愛に満ちているが、瞳の奥には、長年の冒険で培われたであろう鋭い光が宿っている。
ミィがいなくなって寂しいという表情ながらも、どこか茶目っ気を感じさせる。
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