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149.穢れた神人

 ミーヤは圧倒されていた。さすが王国随一の近代設備を誇る塩工場だ。魔導機工という謎技術を用いて自動で動くらしいポンプで海水を汲みあげ、塩製造用の釜で加熱して完全に水分を飛ばして作っていると聞かされても理解が追いつかない。


 ジョイポンで製造しているのは焼き塩だと、以前ノミーから聞いていたので工程自体に驚きはない。しかしその規模には驚かされてしまった。


 大きな工場内にはバスタブくらいの釜が何十個も並び、タコ焼き器のように海水が注がれて行く様は圧巻の一言である。窯の下には魔導機工によるコンロがあって、ものすごい熱量で加熱された海水はあっという間に乾燥し、後には結晶が残るという仕組みだ。


 そしてこの工程で、出来上がった塩を貯蔵室へ送るために窯から取り出してベルトコンベアーへ乗せる作業だけが人力だった。待機している職人たちがスコップを手に一斉に飛び出してきてせっせと塩を取り出していく。


 窯から塩を取り出して運び出しが終わるとまた次の工程が始まり、自動的に海水が汲み上げられ窯へと注がれる。計ってみると一度の工程がおよそ一時間程度で、これを一日に四回行うらしい。


「工場内での作業は暑さのせいも有りなかなかの重労働なのです。そのため長時間働くことは難しく、長くても五時間程度で交代しています。一日の稼働が終わったら掃除と設備の点検整備を行うので、工場の稼働時間は一日八時間程度でしょうか」


「工場の規模と自動で動くところには驚かされました。さすがジョイポン、魔導機工の活用が進んでいるのですね。私は個人番号管理機構(マイナンバーシステム)以外の魔導機工を初めて見ましたから、ただただ驚きです」


「それはそれは、喜んでいただけたようで何よりです。魔導機工は王都の大池でも井戸水の汲みあげに使われているのですよ? 身近なところでは上水道でも使用していますが、表からは見えませんから馴染みはないでしょうね」


「なるほど! 上水道も王都で初めて見たので魔導機工だとは知りませんでした。ジスコの水道がただの貯水槽式だと知った後だったのでてっきり同じ物かと。なんだか田舎者をさらしたようで恥ずかしいです」


「とんでもございません。新たなものに触れることは喜びです。今回は初めての設備をご覧になれて良かったではありませんか。意外にも思わぬところに商機が隠れているかもしれません。観察力のある神人様ですからなにかひらめくことでしょう」


 なるほど、ノミーの言っていることはもっともかもしれない。それにしてもこの商人は常に相手のことを気遣って配慮を怠らない人格者である。


 それなのに素直に受け取れないミーヤにとっては、まるで人の心を掌握する術にたけた詐欺師のようにも感じられた。いったい本当の彼はどちらなのだろうか。


 こちらの世界はあまりにも善人が多すぎてどういう考えで生きて行けばよいのか悩ましい。基本的には性善説に沿っていれば概ね問題なさそうだが、あまりに人を信じすぎてもいざという時に辛そうだからである。


 いつも疑わしく感じるのは欲に正直な商人ではあるが、商人長やノミーからはそう言った黒い雰囲気を感じることはほぼ無い。ローメンデル卿の開いてくれた晩餐会で出会った方々もいい人ばかりだった。


 つまり、この世界で(けが)れた心を持つのはミーヤだけではないかと自己嫌悪に陥りそうになってしまう。百歩譲って範囲を広げたとしても神人八人であり、この世界で産まれた人たちの清らかさは異常だ。


 それならば、異常と感じるほどの善人性が本物なのかどうか確かめてみることにしようと、ミーヤはノミーへ視線を戻した。


「ところでノミー様? 実は私も塩製造に大変興味があるのです。よろしければこちらに私の工場を建設してもよろしいでしょうか」


「神人様が塩工場を、ですか? 工場を建設すると言うことは、それを稼働させるための燃料や人員も必要になります。もちろんジョイポンへお住まい下さるのであれば歓迎ですが、そうではございませんよね? ですので塩工場を持たれるのは難しいのではないでしょうか」


 ほら見たことか、やはり手中の強大な利権を崩されるようなことを承服できるはずがない。なんだかんだ理由を付けて断ってくるに違いないと思ったが、ノミーの回答はまさに想像していた通りだった。


 しかしこの話には続きが有り、ミーヤはまたもや考えを改めさせられると共に、結局は完璧な自己嫌悪に陥るのだった。


「わたくしの考えは少々異なりまして、余計なお世話であれば申し訳ないのですが…… 塩製造工場自体は神人様が住まわれていて管理しやすい場所へ建設してはいかがでしょうか。その上で、こちらの海には揚水設備だけを建設するのです。こちらの工場にあるものよりも小型で充分ですから、魔導機工の規模も最小限で必要人員もそれほど多くを必要としません。もちろん稼働費用も節約できましょう」


「つまりそれはどういうことでしょうか。もしかしてこちらでは海水を汲むだけにとどめて、別に建設した工場へ運んだ方が良いということですか?」


「さすが、まさしくその通りでございます。神人様がもし塩流通へと進出すると言うなら別ですが、おそらく目指すは小規模生産でございましょう? それであれば海水を運ぶだけでも十分かと。樽の大きさにもよりますが、利便性の高い酒樽と同じ大きさとします。それを一度に百運べば300ポン程度の塩が製造できるでしょう」


 ええっと、確か1ポンがリンゴ一個分で200g程度だったはずだから、300ポンなら60kgくらいになると言うことだ。一人暮らしをしていた時には1kgの袋と卓上用の小ビン一本を一年経っても使いきれなかった。


 ということは今のカナイ村の生活で倍使ったとしても一年で2kg、60kgなら三十人分!? 全て自炊だからもう少し多く消費すると考えても、各家庭で料理するわけではないから大きくは違わないだろう。


 なるほど、海水を運んでカナイ村で製造することは考えていなかったが、働き手の確保や管理のしやすさを考えたら大ありである。年に三回ほどの製造で村全体分は賄えそうだし、それ以上に作れば近隣へ出荷したり土産物へふんだんに用いることもできる。


 つまり雇用の創出と特産物の開発、販売による収入増が期待できそうだ。ゆくゆくは移住者も増えて村の規模拡大にもつながるだろう。さすれば村の収入は増え生活は豊かになるに違いない。


「確かにノミー様のおっしゃる通りですね。でもそんな簡単に教えてしまって良かったのですか? 今後の売り上げに影響するかもしれませんよ?」


「おお、それは恐ろしい商売敵でございますなあ。しかしわたくしも商人ですから利益を求めてご提案のつもりです。率直に申し上げますと、こちらへ建造する揚水設備の地代に管理費、それと整備費用をいただきたく。そしてお支払いは金以外でお願いしたいと考えました」


「なるほど、それは私から何かを提供させたいということですね? それでは魚を使った料理のレシピをいくつかご案内します。あいにく貝料理には詳しくないのでそちらは一つだけ。これでいかがでしょうか」


「むう、これはこれは大歓迎でございますが、ジョイポンで新メニューが好評だとこれまた神人様へのお布施も増えてしまうでしょうな。わたくしともあろう者が商売で上を行かれてしまいました。いやあ本当に神人様のお考えには平伏するばかりでございます」


 引き換えでの提供なのでリベートをもらおうと考えていなかったのだが、ノミーは勝手に支払うことを決めてしまった。こうして商談は成立し、さつま揚げとつみれ、それと貝柱の干物や小魚から作る煮干しと、それらから取る出汁を教えることとなった。


 そのついでに、今まで食べる習慣がなかったという海藻類を、酢の物や汁物にするとおいしいことを教えたのでとても喜ばれたのだった。もちろん乾物を買い付ける約束も取り交わし両者両得である。


 相も変わらずこれらは全て口約束だが、ノミーの店から入ってくるリベート二割のことなんてすっかり忘れていたのでたとえ不履行があってもどうでも良い。なんてことは当然言えるはずもなく、にこやかに笑顔を返すミーヤだった。


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