147.想像の回顧
昼間から酒を飲んでご機嫌な二人を連れ歩くのはなかなか困難な道のりだった。ノミーの屋敷までは大した距離ではなかったが、途中で酒を買いこんだり酒場の場所をチェックしながらの千鳥足で倍以上の時間がかかったのだ。
「ノミー様、申し訳ありません。連れはすでに大分飲んでしまいまして…… きちんとしたご挨拶もできず恥ずかしいです」
「おおう、あんたがノミーさんかい。しばらく厄介になりますよっと」
「ちょっとイライザ、ちゃんとご挨拶しなさいな、だいたい自分の足で立ってちょうだいよ。そんなに寄りかかられたら重くて仕方ないわ。」
「ほっほっほ、ジョイポンは気の許せる場所、そう感じていただけているようで何よりです。ただあまり酒造が盛んでないのでご満足いただけないかもしれません」
「いえいえ、この二人は飲めればなんでもいい性質なので問題ありません。お騒がせして大変失礼しました……」
屋敷へ入った途端に大騒ぎをした二人を連れて部屋まで行くとどっと疲れが押し寄せてくる。用意してくれた部屋は家具も高級そうな来客用の部屋のようだ。
玄関や廊下は質素でももてなすべき部屋にはしっかりお金をかけてあり、ノミーの振舞いと合わせてみるとまるで貴族のように感じられた。とはいっても実際に見たことはないが。
部屋にはこの世界では珍しい印象派を感じさせる絵画が飾ってある。そこには古風で大きな帆船が描かれており、大航海時代を想像させる素晴らしい作品だった。
「これって油絵? なのかしら。凄く古いもののようだけど、こんな素晴らしい絵画初めて見たわ」
「ミーヤさま、これはなーに? 魚…… じゃないよね?」
「ああ、海の上に浮かんでいるこれよね? これは船と言う乗り物を描いたものなのよ? 水の上に浮かんでいて泳がなくても移動できるの」
「へえ、ボク見たことないや。ナウィンは見たことある?」
「いえ、えっと、あの…… 見たことありません。話には聞いたことありましたけどこんな形なんですね」
その時扉をノックする音が聞こえた。返事をするとどうやらさっき案内してくれた執事さんがやってきたようだ。
「ミーヤさま、水浴び場の準備が整いましてございます。こちらに体拭きとお着替えをご用意いたしました。場所は部屋を出て右へ行った突き当りとなりますので、どうぞ旅のお疲れをお流しくださいませ」
「ありがとうございます。ちょっとうかがいたいのですが、この船はジョイポンの船なのですか? こんな大きな船見たことないと言うか、船自体の実物を見たことないので興味をもちまして」
「これは大きな船なのですか? わたくしも実物を見たことはございません。この絵画ははるか昔この地を訪れた神人様が描かれたと聞いております」
「相当古いものということでしょうか。もしかして百年とかそれ以上前……?」
「詳しくはご主人様でないとわかりませんが、かなり古いとはうかがっております。本当に実在するものなのかどうかもわからないそうです」
ということは本当に大航海時代の船を、当時の人が描いたものだろうか。その神人がまだこの世界にいるのかはわからないが、なんだか果てしないロマンを感じてしまう。
「不勉強で申し訳ございませんが、詳しくは夕食の時にでもご主人様へお尋ねくださいますでしょうか。なお夕食は十九時頃を予定しております。ご希望通り魚介が手に入りましたのでご期待くださいませ」
「何から何までご親切にしていただきありがとうございます。それではお言葉に甘えて水浴びしてきますね」
ミーヤたちは酔いつぶれたレナージュとイライザを放置し水浴び場へ向かった。ジスコともトコストとも違う文化の香りに期待して扉を開けると、流石に水浴び場に特色はなくありふれた造りだったのでガッカリである。
それでも樽に汲んだ水ではなく、外から引かれている上水道が完備されているだけ大したものだ。王城にはあったらしいが実物は初めて見た。どんな仕組みで水が出てくるのか興味はあるものの、外がどうなっているのか中からはわからない。
いつものように水を温めて三人で背中を流しあいしたのだが、レナージュがいないしナウィンの召喚術は未熟なので、まともにお湯を沸かせるのはミーヤだけなのでなかなかに忙しい。
「はあ、シャワーもないよりはいいけどたまにはお湯につかりたいわね。ナウィンはお湯を張った湯船なんて知ってる?」
「いや、ちょっと、あの…… 想像もつきませんが、さっきの船と関係ありますか?」
「ああ、紛らわしかったわね。全然関係なくて、大きな桶にお湯を這って身体全部そこに浸かるものよ」
「それは、えっと、あの…… それを作ればいいんでしょうか。でも大きな桶なら大工の仕事ですね。お湯を沸かすのはバタバ村で作りましたからできそうです」
「それは素晴らしいわ! カナイ村へ戻ったらぜひ作ってほしいわね」
「え、えっと、あの…… 私もついていって構わないんでしょうか。迷惑じゃありませんか?」
「なに言ってるのよ、チカマだって来てくれるわ。とってもいいところだから、ぜひ一緒に来てほしいのよ。のんびり穏やかで素敵な所なの」
最初は無理やりついてきたナウィンだったが、いつの間にかすっかりと大切な仲間になっていた。何よりチカマと仲がいいことが嬉しい。引っ込み思案なところは一向に変わらなくても、おどおどしている様子はそれなりに無くなっていた。
とは言え危険な場所へは連れて行けないだろうし、今後ローメンデル山にでも行く際は留守番になるだろう。ナウィンは冒険者になりたいと言っているが人には向き不向きがある。
かといって邪魔者であるわけではなく役割分担すればいいのだ。戦闘に慣れた面々もいることだし、戦わなくてもちゃんとした仲間であることには違いない。
シャワーを終えて用意してくれた部屋着に着替えてふと気が付いた。糸が太いためごわついてはいるが、袖の通りや肌触りが随分と心地いい。
それにこの上品な光沢、もしかしてこれはシルクなのではないだろうか。養蚕が出来るとなればさらに夢が広がる。
「この服、とても肌触りがいいわね。きっと高級品に違いないわ!」
「あの、えっと、あの…… これはヨカンドにもある、虫の糸で作っている布地だと思います。カイコというのですが、ミーヤさまは知ってるのですか?」
「やっぱりシルクなのね。カイコとこの布地はヨカンドでは一般的なものなの?」
「いいえ、えっと、あの…… それなりに高級品のはずです。うちでは親が結婚式をするときに着たドレスを大切に飾ってますから」
「なるほどね、カイコ自体が貴重なのか、製糸と機織りが大変なのか…… それとも両方とも難しいものなのかもしれないわねえ」
「そう、えっと、あの…… 織機は作れる人が少ないので高価だと聞いています。ヨカンドの農工組合に頼んでもすぐには買えないらしいです」
「もしかしてナウィンのつてで注文できるかしら? 私どうしても織機と紡績機が欲しいのよ。それがあればカナイ村でも布が作れるでしょ?」
「はい、えっと、あの…… 父さんに頼んでみます。多分買えますけど時間が必要かもしれません」
「わかったわ、それなら次はヨカンドへ行きましょうね。ナウィンのご両親にもお会いしたいわ」
まさかこんな身近につてがあったとは! 考えてみればヴィッキーが織機はヨカンドへ注文してると言った段階で気づくべきだった。細工エキスパートのナウィンが作れないくらいだ、きっと鍛冶か大工製品なのだろう。
こうして、また一つ野望に向かって前進した感触を得てご機嫌なミーヤだった。