153.気持ちの変化
翌日になり船の実験場へ向かうと、そこには大き目の水路と何艘かの小型船が置いてあった。船の大きさは公園の池によくあるボートの二倍くらいのサイズだろうか。しかしあるのは手漕ぎ船と帆船の二種類で、一番楽しみだった魔導機工船は置いていなかった。
その並べてある船を見ながらアレコレと偉そうなアドバイスをする羽目になったのだがもちろん専門知識なんてあるはずもなく、今まで見たことのある船と比べておかしなところがあれば指摘する程度である。
たとえば置かれていた帆船はマストと帆が完全に固定されていたが、これは絵画からは作動する箇所が判別できないため出来上がった代物だろう。それがなぜ動かなければならないのかはミーヤの知識ではわからず、確か風を受ける方向によって向きを変えるのではなかったかと言うにとどめる。
他にもわかる範囲で助言はしてみたが有用なことはほとんどない。それでも鉄で船が作れるであろうことを伝えた時にはノミーは歓喜して大興奮だった。この先本当に大型船が完成するかわからないが、様々な形状や仕組みでの建造を試行錯誤していくうちに、いいアイデアにたどり着くかもしれない。
地球でも小さな船から始まって、やがて大型船が作られて大航海時代なんてものがやって来たのだから、似たような歴史をたどる可能性は十分にあるはずだ。そんな内情までは明かせないものの、話をしているときのノミーは子供の様に楽しそうだった。
わからない者同士で盛り上がっていると、いつの間にか一人の女性が遠巻きに覗いていることに気が付いた。長い髪のエルフ女性だが、もしかするとノミーの奥さまだろうかと会釈をする。
するとうれしそうに近寄ってきたので、もしかして警戒させていたか邪魔になってはいけないと気遣われていたのか気になってしまった。しかしそれが杞憂だったことがすぐにわかった。
「おお、領主様、いらっしゃらないかと思って心配しておりましたが、やはりどこかに隠れていらしたのですね? 相変わらず人見知りが過ぎますぞ? 神人様、こちらのお方はジョイポンの領主様で、ヒアルロ・ノーシー様でございます。ご先祖は四百年ほど前にいらした神人様と懇意にされていた由緒ある家系なのです」
「お初にお目にかかります。領主を務めておりますヒアルロでございます。とはいっても実務は全てノミー殿が引き受けてくださいますのでわたくしがすべきことはほとんどないのですけれどね」
そういってミーヤの前にかしずき、手を取るとその甲へとキスをした。やはりと構えていたのでなんとも思わなかったが、隣にいたチカマはあわてて両手を後ろへ回してからミーヤの背後へと隠れてしまった。
「これはご丁寧にありがとうございます。私はミーヤ・ハーベスと申します。まだこちらの世界に降り立って日が浅く、不慣れで無礼もございましょうが、今後ともよろしくお願いいたします」
「ととととと、とんでもございませんん! わたくしが領主となるまでさかのぼること約三百年、歴代領主たちは新たな神人様とは出会えておりませんでした。そそそそそ、それが再びこうしてお会いできる喜びびびびび!」
「ほらほらヒアルロ様、また緊張でこわばっておりますよ? もっと落ち着きましょう。神人様、申し訳ございません。ヒアルロ様は突然緊張するたちでしてな。このような美しさを持ちながら社交界へも全く顔を出さない困ったお方なのです」
「ううううう、美しくなんてありません! わたくしはただの無能な領主ですから…… それで大型船建造の目途はたったのですか? とても楽しそうにお話していましたよね?」
「残念ながら。しかしヒントは得られましたから研究は進むでしょう。なんといっても初めて実物の大型帆船を知っているお方にめぐり合えたのです。また新たな問題に直面した時は神人様にお知恵を拝借いただけますか?」
「わわわわわ、私ですか!? 船のことはほとんどわからないので…… できる限り協力はするとだけお答えしておきますね……」
思わずヒアルロの緊張が写ってしまったミーヤは、彼女と見合ってから笑い出してしまった。なんとなく天才肌に思える雰囲気に、魔導機工を研究してる人はやはりどこか変わっているのかもしれないと、ジスコにいた個人番号管理機構の登録係を思い出していた。
何も解決していない割りに大喜びしてくれたノミーに悪いと思いつつも、これでヨカンドへ向かう準備は本当に整った。その後は王都トコスト、ジスコと経由してからいよいよカナイ村へ帰還の予定だ。
もうどれくらい経ったのかはっきりはわからなくなってるけれど、この世界へ来てからカナイ村で数カ月、旅に出てからもう数カ月。と言うことは一年程度は経っていると思われる。
たかがそれっぽっちの期間を振り返って懐かしむなんて大げさかもしれないが、旅の密度が高かったせいもあって村にいた時よりも長い期間が経過しているように感じていた。
つまりそれだけ濃い経験を積んできたはずで、カナイ村の発展に活かせることが増やせているはずだと思いたい。実際にちゃんと収穫もある。
「それじゃ全員賛成ってことでいい?イライザとレナージュはヨカンドへ行ったことあるんでしょ?それなら無理しないでジスコへ戻ってもいいわよ?」
「そうだなぁ、確かにヨカンドに用はないんだけどさ。知らないところでミーヤがうまいもん作ってたら悔しいだろ? だからとりあえずはついていこうかなと思ってるんだよ」
「イライザがそれでいいなら大歓迎よ。でもヨカンドもマーケットが発展していないらしいじゃない? 新しい食材が無ければ作れるものは変わらないわよ?」
「私は滑車弓を試してみたいから行くわよ。ナウィンならいい弓師知ってるでしょ? 知らなくてもいいけど、ツテで安く買えるならうれしいじゃない?」
「ええ、えっと、あの…… 滑車弓なら作っている鍛冶師を知っています。ですが相当高価なものらしいですよ? まあみなさんお金持ちですけど……」
「お金なんて使わないと価値がないんだからいいのよ。ミーヤみたいに大きくて透明な石ころをありがたがるよりはマシだわ。じゃあ出発前祝いってことでパーッと、ね? イライザと二人で出歩いていた時にいい店見つけておいたからさ」
巨大なダイヤモンドよりも酒樽のほうがはるかに価値があると考えている者が約二名、どうやらこれで明日の出発は無くなった。それならいっそのことジョイポンで最後の夜を盛大に楽しむことにしよう。
大勢で街へ繰り出すのも久し振りだし、街にある店へ一度も立ち寄らないのももったいない。今夜は羽目を外してもいい日だと割り切って飲んでやろうと気合いを入れた。
レナージュ達が見つけたと言う酒場は確かにいい店で、魚介料理はもちろんのこと、肉料理も野菜料理もしっかりと味がついていておいしかった。バリエーション豊富とは言えないが塩をふんだんに使えることが大きいのだ。
当然のように暴飲暴食な戦乙女たちはぞろぞろと宿舎へと戻り、ミーヤは明朝のための酔い醒ましをチカマへ預けてからベッドへともぐりこんだ。レナージュとイライザは部屋で飲み直すようだが、その会話が聞こえてきた辺りで意識が遠のき、そして途絶えた。
翌日目覚めてから二日酔いがきれいに抜けた時にはすでに夕方で、翌日出発するための準備に大忙しだったのは言うまでもない。出発が当然のようにさらに次の日になったのは想定内である。
「それじゃヨカンドへ向けて出発しましょ。ナウィンのご両親に会うのが楽しみだし、知らないところへ行くのはやっぱりワクワクするわね」
「まあ、えっと、あの…… そんな立派な親ではありません。結局はお金のために子供すら商品にする人たちですから」
どうやらナウィンは、滞在しているうちにジョイポンへの警戒心を無くしたばかりか、実家への信頼も無くしたようだ。実家で愛情いっぱいに育てられたわけではなく、あくまでよそへ送られるための職人として育てられたことに気付いてからは、両親に対する猜疑心を抱いているようにも見える。
それに確かにノミーの話は論理的で説得力があったのだから無理もない。何と言うか敵の敵は味方、みたいなものだろうか。かと言って完全に自由が得られるわけではなく、安心して身を任せられるとは言い切れない。
いろいろなことを考えすぎて、いったい自分はどこまで疑い深いのかとまたもや自己嫌悪するミーヤである。それぞれ思うことはあっても行先は同じ、いよいよヨカンドへと出発だ。
細工と鍛冶の街とだけの知識しかないので楽しみではあるが、残念ながら料理に関しては期待できなさそうである。それでも大本命の織機と紡績機の情報が手に入る可能性が高そうだし、お土産をたくさん抱えてカナイ村へ帰る日も近い。
それにしてもキツかった営業生活を振り返ってみれば、こんなに楽しみの多い日々を過ごせているなんて夢のようだ。
そんなウキウキ気分で地面を蹴りながらヨカンドへの道を走るミーヤだった。
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第八章はここまでとなります。ジョイポンでも新たな収穫があり、意気揚々と次の目的地へ向かうミーヤと仲間たちの旅はまだまだ続きます。
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