143.もたらされた怪情報
バタバ村からジョイポンまでは馬でおよそ十日ほどの距離らしい。だがそれはあくまで街道があることを前提として休まずに走り続けてのことだ。田舎であるバタバ村からだとまともな道が整備されているわけでは無い道のりのためもっとかかるだろう。
そもそも街と街の間のように王国で整備した街道があり看板が設置されているわけではないため正確な現在位置も不明だし、頼りになるのは陽が昇る方角と己の勘だけとなる。
豊穣の女神の言っていた通りこの世界に宇宙は存在せず、空の星々はただの風景らしい。太陽もその限りではなく、天体が自転や公転をしていないので陽が昇る方角は完全に固定されている。
というわけで、真東から登ってくる太陽を基準に真北へと進んでいるわけだ。
「この地図って当てになるのかしら。このまま北へ進んでいけばジョイポンへつくように見えるけど途中には目印が何もないわね」
「うーん、この中にジョイポンへ行ったことのある奴がいないからなあ。地図を信じて進むしかないんじゃねえか? でもよ? まだバタバ村を出てから二日目だぜ? そんなに神経張りつめてたら着く前に疲れちまうだろ」
イライザの言うことはもっともだが、当てもなく進んでいると不安が募るものだ。食料はたっぷり持ったしキャンプ道具もしっかり準備してあるから旅自体の不安はないのだが、ひたすら走り続けるしかないと言うのもつまらない。
「今までは寝台馬車で贅沢してばかりだったからね。こんな風に自分で走るのもたまにはいいんじゃない?」
「レナージュったら何言ってるのよ。みんな馬に乗っていて自分の足で走ってるのは私だけじゃない」
「何言ってるのじゃないってば。馬を駆るのだって立派な運動なんだからね」
「そんなに楽ばかりしていると飲みすぎでたるんだお腹が引き締まらないわよ? ずっと街にいて動いてなさそうだったイライザのほうが締まってるじゃないの。身体も固いし、冒険者としてちょっと問題あるんじゃない?」
ミーヤはレナージュが言い返してくると予想していたのだが、それが意外にも当たらず予期せぬ方向から大声が飛び込んできた。声の主はミーヤを挟んでレナージュと反対側にいるイライザである。
「う、運動してないとか、そ、そんなことないぞ? ちゃんと毎日…… そう、ちゃんと鍛えてるんだからな。あ、そうそう、ミーヤへ伝えようと思ってたことがあったんだ」
自分で割って入って来たわりに微妙に歯切れの悪いイライザだが、そんなことよりもミーヤへ伝えたい何かが気になる。イライザは言葉を続けた。
「ジスコを出発する前に冒険者組合へ寄ってきたんだけどな? あそこ何屋だったか、フルルの食い物屋へ寄ろうと思ったらさ。昼過ぎなのにガラガラだったんだよ」
「あらあ、もうブームは去ってしまったのかしらね。赤字になって無ければいいのだけど平気かしら。最近はフルルから連絡もなかったし、最後に連絡が来たときは順調って言ってたのにね」
「いや、そうじゃなくて昼で売り切れだったんだってば。アタシはあまり親しくないし、ちょっとだけ覗いて引き上げたから細かいことは知らん。でも店の奥でフルルが椅子へ持たれて天井見ながら気絶してたぞ」
まさか昼で売り切れなんてことがあるのだろうか。クレープをメインにしているから売り切れなんてそうそう無いはずで、営業時間まではきっちり開けておくことになっていたはずだ。もしかしたらモウブがやっぱり続かなくて鳥の世話係に戻されてしまったのかもしれない。
「何があったかわからないけどちょっと心配ね。夜にでも連絡してみるわ。イライザ、報告ありがとうね」
「たまたま見かけただけだから大したことじゃねえよ。あとな、野外食堂の店は相変わらず長打の列だよ。アタシも何度かネコ焼き買いに行ったけど時間がかかって大変だったなあ」
「ハルは頑張っているのね。倒れてしまわないか心配だったけど続いているなら何よりだわ。ジスコへ戻ったら商人長のところへ顔を出さなくっちゃ」
きっと売り上げも伸びているだろうから約束のリベートが楽しみである。いまだに手に入る目途がついていないが、おそらく高額であろう紡績機や織機が買えるくらい貯まると嬉しい。
もしジョイポンで入手出来たらあまり長居せずにバタバ村か王都へ寄り、そこからジスコを経由してカナイ村へ帰るのだ。そして米と大豆、それに綿花の栽培を始める予定を勝手に立てていた。
「ジスコといえばおばちゃんからの連絡がぱったり無くなったのが気になってたのを忘れてたわ。十日ほど前までは日に何度も手伝いに戻って来いって連絡来てたんだけどね。諦めたのかもしれないけど、それにしては急に音沙汰ないってのも変よね?」
「うーん、フルルの店のことと関係あるのかしら。商人長が酒場へ卵を回してくれていていい関係だとは思うんだけどね。レナージュも後で聞いてみてよ」
そんな話をしながらひたすら走り続け、薄暗くなってきたところで足を止め、今晩はこの辺りで野営をすることにした。特に目印もなく多少雑草が生えているような荒野だが、うまい具合に大きな岩で風を遮ることのできる場所があった。
ミーヤはさっそくフルルへ連絡を、と考えていたのだが、みんなお腹を減らしておりそれどころではない。何とか簡単に済ませようとすき焼き風の煮込み料理にしたのだが、舌の肥えてしまった面々はさらにうどんを入れることを要求し、デザートはフルーツに水飴を絡めて冷やした、いわゆるあんず飴をたいらげてようやく満足してくれた。
唯一、初めてすき焼きを食べたイライザだけが喜んでくれたのだが、毎日でもいいと言いだしたのでそれはそれで困ってしまった。だが作ったものを喜んで食べてくれるのはやはり嬉しいものだ。
調理の合間を見て連絡しておいたフルルからの返信があったのは、食べ終わって片づけも終わり寝ようかどうかと考えている頃だった。
『忙しくて連絡してなかったわね。モウブは街外れの酒場を手伝うことになって連れていかれたわ。それとブッポム様が料理人を探してきてハルの隣にクレープの店を独立させたの。だからお店は私一人になってしまって手いっぱいなのよ』
何がどうしてそうなったのかわからないが、どうやら忙しさが落ち着いたわけではなさそうだ。モウブはあのおばちゃんの元でうまくやれているのか不安だが、フルルと違って怒鳴りつけたりすることはないだろう。
「ねえレナージュ、フルルはこんなこと言ってるけどおばちゃんは何か言ってる? まあでも今頃はまだ忙しいかもしれないし、すぐに返事は来ないかもね」
「今のところ返事はないわね。それにしても結局人を使うことにしたのなら良かったわ。私が手伝ってた時も忙しくて大変だったんだから」
「モウブってあまりテキパキと働ける感じじゃないんだけど平気なのかしら。多少の調理は出来るようになってると思うけど、接客はできないんじゃないかなあ」
「調理はおじさんもいるし、きっと何とかなってるわよ。そうじゃなかったら私に帰って来いって連絡来てるはずだもの」
それもそうかと納得し、この日はさっさと寝ることにした。なんと言っても一日中ほぼ休みなしで走っていたし先はまだ長いので疲れを貯めるわけにはいかない。馬に乗ってる四人はお尻が痛いとか言っているが、ミーヤからしてみればその文句も贅沢に聞こえてくる。
「ねえミーヤさま、今日は一緒に寝よ? もふもふってしたいの」
「もう、チカマったら本当に甘えん坊さんね。寝ぼけてよだれまみれにしないでよ?」
ミーヤは笑いながら獣化を唱えて狐の姿になると、寝ころんだチカマを包み込むように横になった。それを見たナウィンが何となくつまらなそうにしているように見えたので声をかけると恥ずかしそうに近寄ってきて寝ころび、結局三人で丸くなって寝ることになった。
ちなみにレナージュとイライザは例によっていい感じに酔い始めている。明日の朝ぐだぐだしなければいいのだけど、なんて思いながらいつの間にか眠りについていた。
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今回から第八章が開始となります。新たな街、ジョイポンへ向かうミーヤ一行の日常をぜひ覗いてみてください。
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