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絶対、破局 ~願うは、婚約破棄。その一択~

作者: 夏笆







「ああ。僕のキャシーは、ほんとに可愛いな。それに比べてグラディスは、もっと勉強しろとかばっかで、ほんとに嫌になる。はあ。侯爵家のひとり娘なんて、気位ばっかり高くってさ。ほんと、息が詰まるよ」


「エマニュエルは第六王子なのに、そんな思いをさせるなんて。ほんと、グラディスって駄目ね。っていうか、アシュトン侯爵家そのものがなっていないのよ。エマニュエルに相応しくないわ」


 とある侯爵家・・親友ルビーの家であるラッセル侯爵家での夜会で、グラディスは、テラスで抱き合い語り合うふたり・・婚約者とその恋人を、ルビーと共にカーテンの影から見つめる。


「わあ・・誰が来るかも分からないのに、あんな濃厚な口づけまでしちゃって・・あっ、今手が・・・うん。あれは口づけじゃ済まないわね。あそこは明日、念入りに消毒しないと」


「何を言っているのよ、ルビー。いつもは『不倫し易い場所なのよねえ』とか『ばっちり見物席もあるんだけど知らないのかな』とか言いながら物見遊山感覚で楽しんでいるくせに」


 アシュトン侯爵家のひとり娘で跡取りでもあるグラディスは、親友のルビーに冗談めかしてそう言った。


「だって、そもそも王家が不快じゃない。いいこと言って不良債権の息子を押し付けて、婚約が成立したら侯爵家との約束も守らないなんて」


「でもお蔭で、確実に婚約破棄できるわ。慰謝料もちゃんと貰うつもりだから、ルビーにも協力料を払わないとだわね」


「それは、グラディスの親友の座一生でお願い」


 するりと言って自分の腕に抱き着く親友を嬉しく見つめてから、グラディスは使用人が頷くのを確認する。


「きちんと撮れています。このまま設置しておきます」


「音声は?」


「そちらも、ぬかりなく」


「そう。ご苦労様」


 心からそう言ったグラディスは、漸くこの悪縁を切ることが出来ると、満面の笑みを浮かべた。






 アシュトン侯爵家の跡取り娘であるグラディスと、第六王子エマニュエルが婚約したのは、今から一年ほど前のこと。


 元より不出来で、素行も悪い第六王子エマニュエルと同じ年に産まれたのが運の尽き。


 兄王子たちの足を引っ張るばかりの目の上のたんこぶを、婚約が結べる十六になるや否や、王家は侯爵家に押し付けた。


『エマニュエルの素行は、こちらできちんと矯正する。何かあれば、こちらが赴いて罰を与える。決してアシュトン侯爵家及び、アシュトン侯爵令嬢に不快感は与えない。もしもの時は、こちら有責で破棄でいい。きちんと慰謝料も支払うと誓う』


 床に額を付けるように頭を下げ、国王と王妃、それに長男である王太子にまで書面で誓われて、侯爵家としてはそれでも断るという選択肢を奪われ、渋々ながら婚約に同意した。


『浮気?いやいや、若いうちは遊びたいもの。婚約者が心の狭い女性であれば、特に・・のう。ほっほ』


 そうまでして婚約させたというのに、正式に婚約を結んだ途端、国王は、グラディスに嫌味な視線を向けて侮蔑の言葉を言い放ち、第六王子エマニュエルの浮気を、グラディスの心が狭いからだと揶揄する始末。


『よかったですね、あなた』


『ああ。王家は、この婚約を無かったことにしたいようだ。その願い、全力で叶えてさしあげようじゃないか』


 婚約したというのに第六王子エマニュエルの浮気癖は収まっていないと、侯爵家揃って王家に抗議に行った帰りの馬車で、娘を傷つけられ、貶められた夫妻は、ひとの悪い笑みを浮かべて言い合った。


『でも、このままではまた上手く丸め込まれるでしょうから、時間がかかったとしても確実な証拠が必要ですよね』


 そして、舐めるように体を見て来るエマニュエルを、最初から蛇蝎の如く嫌っていたグラディスも、真剣な瞳でその証拠集めについて思案した。


 それから約一年。


 充分な証拠を集めたグラディスとアシュトン侯爵家は、婚約破棄のその場を、王家主催の夜会前と決めた。










「ね、グラディス。今度の夜会の衣装のことなんだけどさ。父上主催なんだから、こう、ぱああっと派手にしたいんだ。なんたって僕は、王子殿下なんだから」




 はあ。


 十七にもなって、自分に殿下って付けちゃう頭の残念さ。


 まあ、王子教育も、侯爵の伴侶としての教育も一向に進まない、っていうか、受けないんだものね。


 励むのは、女性遊びばかりなり、ってか。


 それにしても。


 やっとこいつと縁が切れるのね・・・嬉しい。




「グラディス?何かいいことあった?すっごく嬉しそうだけど?」


「まあ、お分かりになります?」


 『お前と縁が切れるからだよ!』とは音にせず、グラディスは上品に微笑んで見せた。


「うん、分かる。そうしてると、グラディスも可愛いのに。いっつもきついことばっか言って。少しはキャシー・・じゃなかった、ウェッブ伯爵令嬢を見倣いなよ」


「次期侯爵としての責任がありますので」


 これまた『あの淫乱令嬢を見倣えとは、これ如何に。冗談は、ほどほどに』という言葉を、満面の笑みに隠してグラディスが冷静に言えば、エマニュエルがそれはもう、嫌な顔をする。


「うええええ。女の子は、いつも笑っていなくちゃ。キャシー・・ええと、ウェッブ伯爵令嬢みたいにさ。その方が絶対、好かれるよ。他の子もそういう子がもてているしね」




 何が『うええええ』『その方が好かれる』よ。


 好かれるんじゃなくて、遊ばれている、もしくは分かっていて遊んでいるっていうのよ、それ。


 第一、次期侯爵が、いつもにこにこだけしていればいいなんて、本気で言っているの?


 この馬鹿。




「笑いながら、領地経営は出来ません。領民の安全も守れません」


「だからあ、領地経営なんて、家臣・・ええと使用人に任せればいいんだって・・・領民のこと?そんなの放っておけばいいじゃん。面倒くさいことばっか言ってないでさ、遊んで暮らせばいいのに。領地なんて、金を手に入れるための手段じゃん。なのに苦労するなんて、ほんと馬鹿だよね・・グラディスって」


 幾度目とも知れないエマニュエルの愚かな発言に、幾度目とも知れないにもかかわらずぴきっとなりながらも、グラディスは貴族令嬢としての表層の笑顔をきちんと保つ。


「それで?次の夜会のお衣装のことでしたか」


「そう!色は何にしようかな。最高級の絹以外、生地は無いとして。レースや宝石をふんだんに使って、こう、きらきらさせたい」


 婚約した時から、エマニュエルの衣装も侯爵家が負担をしているにも関わらず、エマニュエルは当然のように自分の意見を最優先にしてグラディスの意見など聞かず、贅沢な品を誂えるのを当然と考えている。


 それは『自分という至宝を手に入れたのだから』というのが理由だというのだが、グラディスはじめ、アシュトン侯爵家にとっては、ちゃんちゃら可笑しい言い訳でしかない。


『僕の妻になるんだから、僕の好みに従ってよね。そして、僕に最高の贅沢をさせること。それが、君の使命と心得て』


 それが、婚約式に臨むにあたって、グラディスがエマニュエルからかけられた言葉だった。


 そして、今もそれは変わらない。


「言ったよね、グラディス。君の使命は、僕の好みに従い、僕に最高の贅沢をさせることなんだって。だからやっぱり宝石も最高の物を用意してよね」




 はああ?


 未だ言いますか。


 何が『使命』ですって?


 私の使命は、領地領民を守り、よりよい方向へ導くことですが、何か?


 ふうう。


 落ち着け私。


 この暗愚野郎の婚約者でいなくちゃいけないのも、あと少しよ。


 頑張れ私。




「お色は、エマニュエル王子殿下が青でウェッブ伯爵令嬢が白。そしてエマニュエル王子殿下はオレンジの薔薇を腰に付け、ウェッブ伯爵令嬢は赤い薔薇を同じ位置に付けるのでしたか。今回の位置は、腰なんですね。何か意味が?」


「え?どうして、それを・・知って」


 途端に青くなったエマニュエルを、グラディスは心のなかで、ふふんと笑った。


「それ、とはどれのことでしょうか?エマニュエル王子殿下がウェッブ伯爵令嬢の色であるオレンジの薔薇を、そしてウェッブ伯爵令嬢が、エマニュエル王子殿下のお色である赤い薔薇を、夜会や茶会の度、身に付けているということでしょうか。もちろん、エマニュエル王子殿下の婚約者として、把握しておりますが」


 しれっと言って、グラディスはテーブルに置かれたカップに口を付ける。


「な・・・いつから」


「わたくしたちの婚約式の時から、ですわ」


 結びたくもない第六王子エマニュエルとの婚約、そして婚約式。


 やがてうまく立ち回って破棄をするつもりなのに、なんでこんな茶番をしなくてはならないのか、税の無駄使いじゃないかと思っていたその場で、グラディスは、ウェッブ伯爵令嬢が勝ち誇った顔で自分を見ているのに気づくと、あれがエマニュエルの今の恋人なのだと確信し、探りを入れることにした。


『エマニュエル王子殿下の本命はあたしよ。その証に、このドレスはエマニュエル王子殿下が贈ってくれたものなの。《ごめんな、少しの間辛抱してくれれば、正式な愛妾として必ず迎えるから》って。あたしを愛妾として迎えたら、あたしとの間に産まれた子を、アシュトン侯爵家の跡取りにするんですって。あの女には、子供なんて産ませないって言っていたわ。ふふ。かわいそう』


 かわいそう、と言いながら優越感に満ちた顔で笑っていたウェッブ伯爵令嬢のドレスをじっくりと見たグラディスは、その肩に真っ赤な薔薇が刺繍されているのを見つけ、にんまりと唇を弓の形に持ち上げた。




 なるほど。


 エマニュエル王子殿下が肩に刺繍させたオレンジの薔薇は、あの令嬢の色ってことね。


 それから何ですって?


 ふたりの子供を我がアシュトン侯爵家の跡取りに?


 夢物語は、眠ってどうぞ、だわ。




『あとは、この事実をきちんと証拠に残すだけ』


 憂鬱さも何処かへ吹き飛んだグラディスは、弾むような足取りで両親のもとを目指し、その後約一年をかけて、様々な証拠の品を集めることに成功した。


 






『可愛い僕のキャシー。僕たちの子供を、絶対にアシュトン侯爵家の跡継ぎにしようね。そうすれば、グラディスも君に従わざるを得ない。跡継ぎは、絶対に必要なんだから』


『嬉しい!早くあの女があたしに屈して苦しむ顔が見たいわ!あたし、今すぐにでもエマニュエル王子の子供を産みたい!』


『そうだね。早い方がいいよね。グラディスをおとなしくさせるためにも』


『ふふっ。あの女、気が強いのよね。大っ嫌い』


『僕もだよ。君の方がずっと可愛くて、心地がいい・・ああ、本当に気持ちいい。愛しているよ、キャシー』


『あたしも、すっごくいい・・ああ・・エマニュエル・・もっと来て』




 その会話の後には、エマニュエル王子とウェッブ伯爵令嬢ふたりのあられも無い声が響き渡る事態となり、王城の謁見の前に揃った国王と王妃、そして王太子とウェッブ伯爵夫妻の顔が真っ青になる。


「我がアシュトン侯爵家の乗っ取りを企てられて、看過することは出来ません。第六王子エマニュエル殿下有責による婚約破棄を要請します」


「いや、侯爵待ってくれ」


「何を待つというのですか、陛下。こちらとしては、婚姻前に判明して良かったという感想しかありません。陛下も仰っていましたよね?エマニュエル第六王子殿下がこちらへ不快感を与えた場合、エマニュエル第六王子殿下にはきちんと罰を与え、我が家へもきちんとした対応、即ち婚約破棄を認め慰謝料を支払うと」


 『我が侯爵家の乗っ取りなど、最大の不快感を覚えましたが?』と睨みのきいた目で言われ、国王も言葉をなくす。


「で、でもね侯爵。若い時は過ちを犯すものでしょう?」


「そうだぞ、侯爵。ここはひとつ、もう少し様子を見てだな」


「そのような時間は無駄でしょう。ウェッブ伯爵令嬢の腹には、既にエマニュエル殿下の子が宿っているという報告も来ております。ああ、それと他のご令嬢ともエマニュエル王子殿下は関係を持たれていたようで、そちらの方々も身ごもっている可能性ありとか」


 黙り込んだ国王に代わり、王妃と王太子が参戦するも、アシュトン侯爵の容赦の無い言葉に一瞬で撃沈した。






「馬鹿王子との婚約破棄、おめでとう!グラディス!」


「ありがとう、ルビー」


 心地よく陽の当たるラッセル侯爵家のガゼボで、グラディスは心からの笑みを浮かべた。


 謁見の間での一幕から数日。


 エマニュエルとウェッブ伯爵令嬢は、二度とグラディス及びアシュトン侯爵家の人間の前に姿を見せないこと、そしてアシュトン侯爵領への終生立ち入り禁止を言い渡されたと聞き、グラディスは漸く得た安寧に心を委ねる。


「本当に、お疲れ様だったわね」


「まったくだわ。一時は、公爵家にご令嬢がいないからだなんて、八つ当たりまでしちゃったくらい」


 はあ、とため息を吐き、グラディスはアイスティーのグラスを揺らした。


「でも、本当に良かったの?グラディス。婚約破棄と慰謝料だけで、あのふたりにそれ以外のお咎めは無いなんて」


「婚約破棄できれば、私はそれでよかったし。ああ、あと馬鹿王子にかかった費用の回収ね」


 婚約破棄も出来たし、馬鹿王子が無駄に贅沢した費用も回収できた。


 それ以上の事に興味はない、とグラディスは自由を満喫する。


「まあ、グラディスがいいならいいけど。あのふたり、何でもすぐさま婚姻して、領地無しの一代限りの男爵位をもらって、ということらしいけど。どうやって生活するのかしらね。他のご令嬢方も、身ごもっているとか、婚姻してくれると言っていたと言っているそうだし」


「王家と伯爵家が実家なんだもの。なんとでもするでしょ」


 以後、あのふたりがどうなろうと一切興味の無いグラディスが、芝の緑が眩しい、空が青い、などと目を細めていると、ルビーが、ふっと息を吐くのが分かった。


「・・・・・よかった」


「え?」


「無理してるわけじゃなさそうだから」


 晴れ晴れとして言うルビーが、思っていた以上に心配してくれていたのだと、グラディスは、目の奥が熱くなるのを感じた。


「ありがと。ルビー」


「それでね、グラディス。新しい婚約者に、うちの次兄なんてどうかしら」


「え?」


「妹の私が言うのもなんだけど、優秀だし、容姿もそこそこ整っているし、性格も悪くないと思うのよ。まあ、グラディスはよく知っていると思うけど」


 言いながら、ちらりとルビーが見た方向を釣られて見れば、何やら見覚えのある紳士が花束を抱えてやって来るところだった。


「ちょ、ちょっと待ってルビー、そんな、心の準備ってものが」


「久しぶりだね、グラディス」


 そわそわと落ち着かず、何とか逃げだそうとしたグラディスは、さわやかな声で自分の名を呼び、自分の色の花束を差し出すそのひとを、眩しく見上げることしか出来なかった。



ありがとうございます。

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