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黎明記  作者: ポテチマン
第1章 邂逅
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第8話 夜明け

外に出るとまだ暗く車もたまに通る程度で、都会のど真ん中と言えど街はまだ寝静まっていた。空気がひんやりと冷たい。

手持ち無沙汰だった千秋が昼に座った例のベンチに腰掛けていると、三十日月はビルの端の方に勝手に置いていた、壊れたセグウェイを引きずって来た。

「これだよ、昼間に空を走ってて壊れたセグウェイ。」

確かに辛うじて形を保っているものの、取っ手のある主軸部分はグニャリと曲がりタイヤも斜めに歪んでいて、派手な事故にでもあったかのような可哀想な有り様であった。千秋は昼間、ビルの屋上で三十日月が落ちてくる前、自転車のようなものが落ちてきたのを思い出した。あれは自転車ではなくセグウェイだったようだ。

「空を走ってたっていうのは…このセグウェイも死神パワーで空が飛べるってわけ?」

今日色々と奇妙な現象に遭遇した千秋にとって、もはや空を飛ぶセグウェイがあろうが驚きはしないのだが、一応聞いてみる。

「神力ね。う〜ん…まぁ合ってるっちゃ合ってるけど…。」

と、三十日月はどこかうやむやとした言い方をする。

ではその神力とやらで直せばいいのではないか、直せば落ちはしないだろうし、ていうかそもそも先程老婆から千秋を助けた時も、三十日月は空中浮遊して千秋のいるビルのフロアまで来たのではなかったか。空を神力で飛べるのであれば余計、三十日月が落下する理由が分からない。そして落ちた後、僕たちがどう助かったのかも。千秋がそう疑問に思っていると三十日月はおもむろに会話を変える。

「それで、明はこれからどうするんだい?」

そこで千秋は言葉に詰まる。何かすごい出来事が色々起きた気もするが、結局のところ自分は何も変わってない。ただ、幽霊が見えるようになっただけ。むしろ不幸が追加されたと言ってもいいだろう。

「ええと…そうだな…とりあえず朝までに資料作らないと…。」

資料作りがまだ途中で終わっている。まさか、こんなに休憩が長くなるとは思わなかった。三十日月の方は、それを聞いて驚いた表情をする。

「えぇ…!まだ明は仕事するの…?」

「まあ…まだ終わってないから…。」

苦々しく千秋が答えると、三十日月は不思議そうに

「別に帰って休んで、出勤してからでもいいじゃないか。そもそもこんな時間までいるの時間外労働じゃん。そんなに仕事好きなの?えーと…こういうの、わーかーほりっく?って言うんだっけ。」

と首を傾げながら聞いてきた。もちろん、そんなわけない。千秋は、数時間後には出勤か…と頭の隅で考えながら憂鬱そうに口を開く。

「いや、好きじゃないよ…でもしなくちゃいけないから。」

「はあ…別にさ、しなくちゃいけないことなんてないんだよ。そんな追い込むようなことしてまでさ。」

三十日月は呆れたような表情をして、そう言う。千秋がきょとんと目を丸くして

「でもしないと困るじゃん。他の人とかに迷惑かけるし…僕も、生活できなくなるし…。」

と当然のことを言うと、

「じゃあ言うけどさ、明はそのしなくちゃいけないことのせいで、昼間に死のうとしたわけでしょ。この仕事をしなくちゃ、恋人をつくらなくちゃ、友達もいなくちゃ、生活は安定してなくちゃ…もちろん、後ろに憑いてた悪霊の影響もあるだろうけど。でもさ、このままだといつか同じこと繰り返すんじゃないかな。しなくちゃいけないってのをまず変えてみれば?」

さっきまでヘラヘラしていた三十日月だが、この時だけは真っ直ぐ千秋の目を見据えてそう言う。千秋は黙ってしまう。考えてみれば夢とかやりたいこととかそういうのが何も無くて、ただ親や世間の言うこと、模範例をなぞって生きていた。そっちの方が楽だから。学校も、勉強も、人付き合いも、趣味も、仕事も。そして何か嫌なことがあれば、でもしなくちゃいけないのだ、と自分でそれを選択したにも拘わらず、都合よく親や世間のせいにして嫌々やってきた。そうしていつしか、しなくちゃいけないものたちばかりに囲まれて疲弊してしまい、昼間の自殺に至ってしまったいうわけだ。確かに不幸続きではあった。しかし、自分がそもそもこうした固定観点を持っていなければ不幸だとも感じなかったかもしれないし、環境を変えるなど、そこから脱する方法を講じることだってできたはずだ。そうやって千秋が項垂れて色々と考え込んでいると、三十日月がまた言葉をかける。それは昼間、ちょうど今座っているベンチで聞いたものと似ていたが少し違った。

「君は、確かに生きてると思う。でもそれは身体的な、生存という意味での生だ。本当の意味で生きているかと言われれば、私にはそうは見えないけどね。」

「…その、どうすればいいか分からないんだ。今まで自分から逃げ続けてきたから、空っぽで…。だから生きてるって感じがしなくて、ただ死んでない状態が続いてるだけっていうか…。」

すると、三十日月が目を細めて微笑み、こう返した。

「じゃあ、その生きてるって感じのするものを探せばいいじゃん?色んなこと経験してさあ。これからが始まりだよ。」

千秋が顔を上げると、いつの間にか深い夜の空だったのが白み始めており、清廉な朝日によって街は美しく照らされていた。

夜明けである。

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