第14話 裁判
「なぜ勤務時間中に仕事を放棄した。」
七三分け男が質問する。
「ああ、ええと…朝弱くて頭が冴えないので、息抜きを少々…。」
三十日月が言い訳する子供のように答えると
「ふーん…結局戻らなかったみてえだけど。しかも確かその日は午前11時から出勤だったろ、何が朝だ。」
と、オールバック男が呆れたように言う。どうやら人間と同じく時間を決めて仕事をするらしい。三十日月は
「朝は午前11時59分まででしょ!」
と言い返す。流石に無理があるように感じるがオールバック男も負けじと
「いや、ギリ認めても10時30分までだな。朝マックが終わる時間だ。」
とよく分からない基準の回答をする。ていうか、朝マック食うのかこいつらは。
「正午あたり、貴方が十五夜様の御殿に侵入し、無断で神器を持ち出したことについては認めますか。」
真ん中に座ってるポニーテールの女性が次に質問をする。この女性はどうやら記録も担当しているようで、さっきからサラサラとペンを走らせている。裁判とは関係ないが、結構天界ってアナログなんだなぁ。そんなことを千秋がぼんやり考えている間、うーん…と気難しそうに考え込んでいた三十日月が弁明を始めた。
「いいや、侵入ってところと、無断でって部分は違う。だって、十五夜とは友人な訳だし。確かに、御殿に行った時あいつは居なかったけど仲のいい友人なら勝手に家に入っても許してくれるかなぁって…え、結界張ってた…?それはその、たまたま効果が切れてたんだって!たまたま!それに神器の件だってただの物の貸し借りで、ちょっと借りるよ〜ってメモにちゃんと残したし!」
あまりの言い分に千秋含めその場にいる全員が閉口する。十五夜と呼ばれる者がどんな人格かは…いや正しくは神格だろうか。とにかく分からないが、いくら仲がいいとはいえ人間の世界では普通に犯罪である。もしかしたら親しき仲にも礼儀ありという言葉を知らないのかもしれない。
「そもそもお前、十五夜とは険悪だったはずだろ…。」
オールバック男が冷ややかな声でそう言う。そもそも親しき仲ですらなかったようだ。
「私は彼を嫌ってないけどね。」
三十日月はそう答える。水が熱湯になっていないのを見ると、どうやら本当らしい。
コホン、とポニーテールの女性が軽く咳払いをし、話を戻す。
「十五夜様は御殿への訪問も神器の貸与も許可をした覚えはない、挙げ句の果て盗んでおいて壊すとは言語道断、と激しくお怒りになっていましたが。」
「え、ほんと?後で誠心誠意、謝らないとなあ〜。」
三十日月はいかにも困った、という風に眉を下げるが声の調子は相変わらず羽のように軽い。そんな様子の三十日月に、七三分けの男のこめかみがピクピクと痙攣する。あれは相当キレてる。前の職場の雰囲気を思い出すこの状況に、千秋は胃が痛くなってきた。
「いい加減にしろ。さっきから聞いていれば反省の色を見せず、下らない言い訳ばかり…!規則を遵守せず、周りに迷惑をかけ、天界のみならず人間界にも悪影響を及ぼす…!なぜ人間に接触した!やはり人間に力を与え自分の傀儡を増やし、天に反旗を翻そうと計画を企てているのだろう!所詮はケガレだな!」
七三分け男の怒号に一瞬、三十日月はピクリと反応する。笑ってはいるものの、口角が気まずげに上がっているようにも見える。他の2人も何故か驚いた表情をしており、オールバック男がおいおい、流石に言い過ぎだろと七三分け男をたしなめる。恐らくだが、ケガレという単語があまり良くない意味を持つのではないかと千秋は思った。三十日月や他の2人が反応したのもこの単語だ。最悪の空気である。――今までの自分だったら、ここで何かアクションを起こすなんてことは絶対しなかった。とにかく、目の前の地獄が過ぎ去るのをひらすら待つだけ…。しかし自分がここで変わらねば、状況も未来も何も変わらない。また流されるだけの昔の情けない自分に戻ってしまう。隣にいる三十日月を見る。自分が窮地の時、三十日月は何の躊躇もなく助けてくれたではないか。
今度は自分が助けなければ。
「あのっ…!!!」
千秋は勢いよく席を立って、必死に声を振り絞った。
「黎に助けられました!!!」
「明に抱かれました!!!」
同時に千秋と三十日月の2つの声がだだっ広いフロアに響き渡る。
……しばらくの間キーン、と耳が痛くなるほどの沈黙が訪れた。………は?????あれ、自分の聞き間違いだろうか、よく分からないセリフが聞こえてきたような…???千秋は三十日月の方へ目を向けるが、三十日月は完全に反対側に顔を背けている。ちょっと待て。どういう事だ。最初に声を上げたのは七三分け男だった。
「は…………はああああああああああああ!?!?貴様!抱かれたと言ったか今!!!!!一体どういうことだ!?!?」
それは俺のセリフである。全くもって冤罪……あ、もしかして、最初の屋上での出来事について言ってるのだろうか。落下する三十日月をどうにか庇おうと抱きついてそれで…いやいや、抱かれましたってなんだ!!!間違ってはないんだけども!世間一般的な意味合いだと勘違いするだろ!!!
「い…いやいやいや!違うんです!(だ)きつ(かれた)が抜けてます!!!」
千秋は焦って要領を得ない返答をしてしまう、そのせいで
「はあああああああ!?きす!?抜ける!?!?しょ、職務中に一体何をしたんだ!?!?」
と、聞き間違えと言葉の解釈違いを起こした七三分け男の顔が怒りで真っ赤に染まってしまっていた。これはもう何を言ってもまともに取り合ってくれなさそうだ。
「抱かれる、キス、抜く…あの、順番はこれで合ってますか?」
ポニーテールの女性が眉をひそめながら質問する。記録用に詳細な質問をしてきたのだろうが、そんな細かいところまで真面目に書こうとしないでほしい。というか、全部してないし。端に座ってるオールバック男はもう手に負えないとばかりに頭を抱えていた。三十日月は相変わらず千秋に顔を背けているが、絶対ニヤニヤしているに違いない。ひひっ…という耐えきれなかったのだろう零れ笑いが聞こえてくる。さっき純粋に心配した自分が馬鹿みたいに思えてきた。千秋は、はあ…と溜息をつき天を仰いだ。いや、ここが既に天であるから天の天を仰いでいることになるのか。そして何気なくおこなったその行為に千秋は激しく後悔した。
――巨大な女の顔が浮いていたのだ、しかも、こちらを睨みつけるように――
「あ…ああああ…!」
千秋はあまりの恐ろしさに、ただただ見上げて驚愕することしかできなかった。全身を駆け巡るゾクゾクとした鳥肌が止まらない。一体なんだあれは。今まで数々の不思議なものを見てきた千秋だが、今回はレベルが違う。魂が芯から震え上がるという感覚を初めて経験した。身体中がバクバクと鼓動し、気持ちの悪い汗を流している。
一方、見上げたまま固まっている千秋の様子に気づき、訝しんだ三十日月たちも、気になって千秋と同じように上を向いた。そして恐らくあの巨大な顔を見たのであろう、驚愕の表情を浮かべたかと思うと全員が瞬時にその場にひれ伏した。何かこのまま立っているとヤバそうな気がして、千秋も慌てて他の者達に合わせてその場にひれ伏す。隣で三十日月が緊張した面持ちでただひたすらに床を見つめていた。あれ、何?と千秋が小声で三十日月に問う。三十日月はさっきのふざけた様子からは打って変わって、真剣な面持ちで耳打ちしてきた。
「あそこにあらせられるのは、太陽の神でありこの高天原の主宰神であり三貴子の1柱でもある貴いお方。――天照大御神様だよ。」




