第13話 再会
第13話
カツカツカツカツ…
だだっ広い空間に3人分の靴音だけが響く。神使と名乗る大男と少女の妙な2人組が千秋の前をつかつかと歩き、千秋はその後を必死について行っていた。まだこの2人を完全に信用した訳ではないが、三十日月黎の名前を出されてはついて行かないという訳にはいかない。そういえば彼女は死神が人間に触れたらいけない、というようなことを言っていた気がする。が、こんな裁判になるほどの重大な違反だったとは思いもしなかったし、とても軽い調子で話すものだから、てっきり自転車の無灯火運転くらいの違反かと思っていた。まあ確かに後から来た三十日月の後輩の死神は、それを聞くと忽ち泡を吹いて倒れていたから、もしかしたら免許なしで盗難車に乗ってスピード違反するくらいの重罪だったのかもしれない。三十日月はどうなるんだろう――。神の裁判なんて全く想像もつかないし、ましてや被告側は神である。人間と同様、懲役とかあるのかな…。死刑、は流石にないかな、だって神だし…。
そうやって千秋が色々と考え込んでいると、クロがちらりと後ろの千秋の方を見遣った。付いてきているかの確認だったのだろうが、たまたまバッチリと目が合ってしまった。何か話さなくては少々気まずい。
「あ、そういえばあなたのお名前は…。」
千秋が大男に対して質問する。
「クロだ。」
大男はまた顔を正面に戻し簡潔にそう答える。
シロとクロ。確かに2人ともそれぞれの髪色と合ってはいるが、それにしても安易すぎる名前である。
「へ、へえ…クロ…様、は今は人間の姿ですけど、動物だと何になるのですか?」
「別に、俺には様付けしなくていい。まあ神使の中には高飛車な性格の奴が多いから強要するやつもいるだろうがな。」
それを聞いてシロがクロを睨む。そして、意地の悪い顔をして千秋へ話し出した。
「おい、人間。こいつがなんの動物になるか知りたいんだよな?お前はなんだと思う?」
「ええと…やっぱ強そうなイメージのある動物ですかね…?虎とか、狼とか…?」
千秋がそう答えると、シロはケラケラと笑いだす。クロはそれを見て不快そうに目を顰める。
「外れ、正解はネズミだよ、ネズミ!クロはほんとに小さくて可愛いよなあ!」
シロはクロを馬鹿にするように言うがシロだって小さくて可愛い兎だったし、千秋からしてみれば50歩100歩であった。というかこの2人、仲悪いのか…?クロはシロをうっとおしそうにしながら、今度は千秋に問いかけた。
「俺のことはどうでもいい。それより、こいつをいつまでも人間呼ばわりするのも失礼だろ。お前、名をなんというんだ。」
「あ、千秋明といいます…。」
千秋が答えるとクロは頷き、
「では、これから明と呼ぼう。シロ、お前も人間ではなくそう呼べ。」
とシロに向かって言う。シロは不服そうな顔をしていたが、渋々了解したようで
「分かった。…よろしく、明。」
千秋の方をじと…と見ながらそう言った。仲が悪いと思ったが、意外とクロの言うことにはあっさり従うようだ。もしかしたら結構信頼しあってる仲なのかもしれない。まあ短時間しか話していないし、この先も会うかは分からないので実際のところどうなのかは知る由もないが。
2人とそんな会話をしている間に、気づけば目の前に巨大な朱色の扉が現れた。十数メートルはありそうな金色の豪奢な取っ手が頭上遥か上の方についていて、扉は豪華絢爛、金や極彩色で彩られた丁寧かつ細かい装飾が施されおり、千秋は圧倒されてしまった。クロが振り返り、千秋に話しかける。
「着いた。この扉の先が誓約殿だ。我々の仕事はここまでだ。」
「えっ…!でもどうやってこんな大きい扉を開けば…!?」
千秋が問うとシロが
「お前は神力を持っているはずだ。扉に手をかざせば勝手に開く。」
と顎をしゃくって扉を方を指した。神力。そういえば三十日月が千秋にも宿ったと言っていた気がする。自分では特に何か変わった感じはしないし、ましてやその力を自由自在に使うことなんてできるとは思えないのだが。
そう疑問に思いながらも恐る恐る手を扉にかざす。普通に考えれば、巨人でもなければこんな扉は絶対開けることはできないだろう。しかし千秋が手をかざした瞬間、ぎぎぎぎぎ…という地鳴りのような凄まじい音とともに重く巨大な扉が動き出し、徐々にゆっくりと開いていった。千秋があっけにとられてその様子を見ていると、クロが千秋に声をかける。
「では、幸運を祈る。」
扉を抜けると、下に続く緩やかな階段があった。もちろん左右に永遠に伸びているかのようなとてつもない広さではあるが、段自体は数えると13段だけであった。階段を降りるとだだっ広い床が広がっており、どうやら水が一面に張っているようだった。30cm程の浅さだろうか、色とりどりの美しい花弁が所々に浮いており、その隙をちらちらと豪奢な金魚たちが優雅に泳いでいる。ゆらゆらと柔らかく揺れる尾はまるで地上の蝶が飛んでいるかのようで華やかであった。
え、凄い綺麗だけどこのまま進んだら絶対濡れるよな…と千秋が階段を降りながら、どうやって先に進もうかと悩んでいると少し遠くの方で声がした。
「おーーい!久しぶり!!」
忘れもしない、軽快で透き通る、美しい鈴のような声。
顔を上げると、少し先にこちらに顔を向けている三十日月がいた。遠くからでも分かるサラサラとした絹のような黒髪に琥珀色の美しい瞳、前と同じようなシンプルなスーツに身を包み、顔だけこちらを向いてニコニコとしながら椅子に座っている。
――手を鎖のようなもので、椅子の背もたれの後ろにガチガチに拘束されながら。
思わず手を上げて軽く挨拶しようとしていた千秋は、三十日月のその姿を見て閉口してしまった。
「三十日月、勝手に発言するなとさっきから言っているだろうが。」
今度は別の声がする。声が低く威圧感があり、厳しい声色だ。どうやら三十日月よりも奥にいるようだ。千秋が目を向けると、三十日月が座っている椅子の数メートル奥に簡易的な長方形の机があり、そこには3人ほどが腰掛けていた。全員黒のスーツを着用しており、右からオールバックが特徴的で厳格そうな男性、ポニーテールで眼鏡をかけしっかりした印象の女性、最後に七三分けのこれまた几帳面そうな男性。三十日月に注意したのはおそらくオールバックの男性だ。こちらを厳しい目で睨みつけている。
あれ、もしかしていつの間にかどこかの面接会場に来ちゃったのか…?
裁判所なんて行ったことないが、写真やドラマなどで何となくイメージするのは真ん中や左右にそれぞれ大きくて立派な机があって、傍聴席なども含めると人がもっといて厳かな感じなのだと思っていた。まさか神の裁判がこんな簡素なものだとは…。外の扉や建物の大きさなどのスケールに対してのアンバランスさに肩透かしを食らったような感じである。
「貴方は証人の千秋明ですね。こちらに来て椅子におかけ下さい。」
階段のところでぽかんとしてる千秋に痺れを切らしたのか、真ん中のポニーテールの女性が声をかける。しかし床は水が張っているためそのまま進むと靴が濡れてしまう。3人の視線がこちらに注がれているのを感じながら千秋は逡巡したが、いそいそと靴と靴下を脱ぎ、ズボンを少したくしあげて行くことにした。そろ…と床に足をつける。水の冷たい感覚があると思ったが、予想を反して冷たさは無かった。というか、水に足を浸かしている感覚がない。千秋が驚いていると、三十日月が声をかける。
「明、それただの水じゃないんだよ。盟神探湯で使われる神聖な水で普通は触れられないんだけど、穢れた者や嘘ついたり邪な気持ちを持っている者が水に浸かると、熱湯になって火傷しちゃうんだ。」
盟神探湯は確か学校で習ったような気がする。確か古代日本の裁判で使われていた手法と記憶しているが、まさかこの水にそのような効果があるとは…。今のところ特に水の感覚がないので恐らく自分は大丈夫なのだろう、とホッと安心しつつ三十日月の方に足を進めると、ニコニコしている三十日月は何故か裸足で、その足は生々しい赤で腫れ上がっていた。
「え!その足どうしたの…!?早く治療しないと…!」
千秋は慌ててそう言うが、当の本人の三十日月は特に痛がる様子もなく落ち着いており、
「酷いよねぇ…私の発言が信用ならないからって靴脱がせて、火傷したかで判断するってさ。」
と不満そうに言った。これだけ余裕があるということはまあ多分大丈夫なのだろうが、やはり気が気でない。
すると前方からオールバックの男が声をかけてきた。
「嘘つかなきゃ火傷せずにすむんだよ。実際、火傷してんだから信用ならねえだろうが。」
「言い方というかニュアンスの問題で、私別に嘘ついてないもん…あっつ!いたいいたい!!」
三十日月が涙目になりながら足をバタバタとさせて暴れる。やっぱり熱いし痛いらしい。
「ほらみろ。」
オールバック男が呆れたように言う。そして千秋の方を向き、
「千秋明。お前もこうなりたくなかったら正直に話すんだな。ほら、さっさと椅子に座れ。」
と指示する。しかし、こちらに来る時椅子なんて三十日月が座ってるのしかなかった気がするが…そう疑問に思いつつ後ろを見ると、何とさっきまで無かった椅子がそこにはあった。オールバック男が不思議パワーでも使ったのだろうか。動物に変化する妙な者たちに触れられない水、巨大すぎる建物と、もう散々変なものを見た千秋は椅子が突然出たくらいではもう驚かなかった。恐る恐る千秋が椅子に腰をかけると、今まで口を開かなかった七三分けの男が無機質で温度のない声で話し出した。
「これから死神三十日月黎に関する5つの容疑、職務放棄、神器の窃盗及び破損、人間への接触及び不可侵、許可のない強制滅魂、帰幽、これらについての審議を行う。」
「あ、そういえば言いそびれたんだけどさ。」
隣の三十日月が小声で千秋に囁く。
「イメチェン、いい感じだね。」




