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黎明記  作者: ポテチマン
第1章 邂逅
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第11話 変身!

突然だが千秋は今、無職になっていた。

三十日月たちと別れた後、千秋はとりあえずそのまま会社に行っていつも通り仕事をこなしていた。その間、ぼんやりと昨日のことを思い出し色々と考える。自殺しようとしたら、死神に助けられたこと。幽霊、神などの超常的存在がいること。自分や上司が取り憑かれていたこと。死後の魂は管理されていること。死んだらあの世なんてないこと。自分の人生のこと――。

ガタッ!と気づいたら千秋は椅子から勢いよく立ち上がっていた。周りの同僚たちが目を丸くて千秋の方を見る。

「あの…!僕、この会社、辞めます。」

しんと静まり返った空間に、震えながらも意志の感じられるハッキリとした千秋の声が響いた。


――数ヶ月後

「いいんですか…?その、思いっきり変わっちゃいますけど…。」

「はい、思いっきり変えてください。」

千秋は少し戸惑っている美容師に対してキッパリと答える。先程美容師に見せたスマホにはハイトーンカラーの上、髪もパーマをかけたイケイケな髪型の男の画像が映し出されており、癖のない黒髪の、よく言えば真面目そう、悪く言えば地味で面白みのない髪型の今の千秋とは全く逆のヘアスタイルであった。今までは見た目を気にする時間も余裕もなく、とりあえずある程度社会に溶け込めるような無難な格好を意識して生きてきた。が、数ヶ月前に思い切って9年間働いてきた会社を辞めてから、千秋は色々と考える余裕ができた。今まで自分は、80歳くらいまでは生きるのではないかと漠然と考え、とりあえず社会人として立派な一人前になったあと、時間的にも金銭的にも余裕ができたら好きなことをしよう、みたいに何となく考えて、社会の推奨する人生設計をなぞって生きてきた。しかし、人間は必ず死ぬ。それは数年後かもしれないし、明日かもしれないし、瞬きした次の瞬間かもしれない。三十日月と初めて会った日、それをよりリアルに実感した。突発的に自殺しようとして人生を終える寸前だったというのもあるが、筋肉男との出会いも大きい。あの男だって見た目はまだまだ若く健康的で、死というイメージとは程遠い存在のように見えた、が、彼は死んでいた。千秋は目の前のその事実にショックを受けたと同時に、まだ若いから死なないなんて言うのはただの慢心だということに気づいた。もし自分の残りの時間が少なかった時。社会がどうとか世間体がどうとか、家族恋人友人がどうとか関係ない。自分がやりたい、自分が好きになれるような、自分にとって楽しいと感じる、そんな人生を送りたい。本当の意味で生きていると感じたい。千秋の思考はそんなふうに変わった。だから今すぐにでも何か始めたくて、そして手っ取り早く自分を変えれると思い向かったのが美容院なのであった。まずは見た目から。実は、ずっと内心では派手な髪型に憧れていたのだが、今までは校則や就業規則、周りの人や親の目があり結局髪を染めることすらせずに、出来るだけみんなと同じような目立たない髪型にしていた。しかしやっと長年の密かな夢が実現する。千秋は仕上がった自分の髪型を想像しながら、期待に胸をふくらませてワクワクとしていた。――鏡越しの幽霊と、目が合うまでは。ここ最近、千秋はずっと引きこもっており外に出ていなかったため、幽霊の存在をつい忘れていた。ちなみに千秋の部屋には幽霊はいなかった。なので久々に見る幽霊に驚いてしまい、つい「うおっ!?」と声を出してしまう。運良く、美容師さんはハサミではなく、今は髪を乾かすためにドライヤーをかけていたため怪我をすることはなかったが美容師さんは凄く驚いており、「え!?どうしました!?」と千秋に聞く。

「あ…いえ、ちょっと虫が飛んでたので驚いて…。」

「ほんとですか!?うわあ、入り込んできちゃったんですかねぇ。」

美容師さんは周りをキョロキョロしながら虫を探している。嘘ついてすみません、美容師さん。千秋がそんなことを思っている一方、美容師さんの左隣にいる初老で少し禿げ上がり、上下部屋着のような格好をしている男性の幽霊は、千秋が虫呼ばわりをしたせいか物凄い形相で鏡越しにこちらを睨んでいる。相変わらず生きている人間と同じくらいハッキリと視認できる。が、こんなに近くにいて美容師さんや他の人が気づかないわけが無いし、客でも関係者でもないのに人が髪を切っているのをただ黙って睨みながら仁王立ちしてるのは明らかにおかしかった。千秋は急いで鏡から視線を逸らし、手元にあった携帯の存在に気づいて縋るように画面を開く。千秋は未だに幽霊との向き合い方が分からなかった。やっぱり普通に怖いので、できれば避けたい存在というのが今の正直な感想だ。携帯のロック画面をスライドすると、さっきまで開いていた千秋の目指すイケイケな髪型の男の画像がでてきた。すると、隣でブフッと吹き出す声が聞こえる。気づくと、さっきの初老の男性の幽霊が自分のすぐ隣に移動しており、スマホの画面と千秋を交互に見ながらニヤニヤとしていた。……もしかして、こいつ自分のことを馬鹿にしていないか…?もう表情から「お前が?この髪型?」と完全に馬鹿にしているであろうセリフが読み取れる。そうだ、幽霊とはこういう奴らだった。もちろん、怖かったり見ていて悲しくなったりする者もいるが、こういう風に馬鹿にしてきたりフランクに関わってくるやつもいる。そりゃ、元は人間なんだから映画の髪の長くて不気味な女だらけということはないだろうけど…。千秋は口元を引き攣らせながら、幽霊を睨む。せっかくの楽しい気分が台無しである。

「あの…お客さん、どうしました?虫、まだ飛んでました…?」

千秋が険しい顔で宙を睨んでいたため、美容師さんが恐る恐る声をかける。

「あ、虫じゃなくてゴミ屑だったみたいです。」

美容院を出るまで、幽霊が激怒していたのは言うまでもない。


イメチェンは成功であった。美容師さんも仕上がりを見てとても満足そうな顔をしており、お客さんめっちゃかっこいいですよ、いい感じです!とべた褒めで少し照れくさかった。しかし、髪型だけでこんなに印象も気持ちも変わるなんて。髪色は明るめのシルバーアッシュに染め、インナーは黒色で印象がガラリと変わった。髪型は全体的にゆるくパーマがかかっており、毛先が少しウルフのようになっていて、数ヶ月切ってない、もさくてダサい髪から一気に垢抜けて別人になったようだった。あと、千秋はいつも黒縁の分厚い眼鏡をかけており(度なし)、施術中は外していたのだが褒められて調子づいた千秋は一旦外に出ると少し迷ったが、そのまま眼鏡をかけずにポケットへとしまった。街の建物のガラスに反射する自分を見て、自然と笑みが零れる。そこには数ヶ月前まで自信なさげに猫背で顔を曇らせていた暗い自分はおらず、今までの人生の中で1番イケてるのではないかと思えるくらいとても輝いていて、自分の好きな見た目をした明るい自分が映っていた。気のせいかもしれないが、周りもチラチラと自分に視線を向けているような気がする。最近、動画サイトで見ている筋トレや男性のメイク動画の影響で見た目や美容にも少し気を使い始めていたのだが、そのせいもあるかもしれない。

「帰りにドラッグストアでも寄って、動画で使ってたファンデーションでも見てみようかな…。」

好きな髪型になって、帰りに好きな化粧品を買う。帰宅後はネット通販で購入した服を着てみたい。それにネイルもしたいし、あ、今日は湯船にゆっくり浸かりたい気分だからバスソルトも買おうかな…。千秋は完全に気分が上がって浮かれていた。

――だから気づかなかったのだ。背後から怪しい2人組が、千秋の後をつけていることに。そして、この後家でのんびりするはずが、とんでもない危機に陥ってしまうことにも――

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