第10話 新たな死神
「へ、印鑑…?」
目をまん丸にさせて千秋が呟くと、三十日月は
「そう、印鑑。」
と答え、ポケットから朱肉を取りだし、膝を台代わりにして契約書にポンっと印鑑を押す。印鑑の名前は、名無しとなっていた。
「勾玉とか笏だった時もあるらしいけど、今は印鑑だね。死後の魂はこうやって印鑑になって管理されるんだよ。」
契約書を印鑑とともにごそごそと懐にしまいながら三十日は言う。てっきり、天国とか地獄みたいなところがあるものだと思ってた千秋は、自分が印鑑になってしまうという何とも味気ない死後に呆然としてしまう。そんな千秋の顔を見てか、三十日月は苦笑しながら話を付け足す。
「神話では生を司る神、伊邪那岐神命と死を司る神、伊邪那美命は1日に1500人の子を産み、1000人を殺すという取り決めをされた。が、実際、今のこの国では1日に2000人くらい生まれてる。まあ、つまり伊邪那岐命は1500人は新しい魂をお作りになられる訳だが、残りは管理されている魂の中からランダムに選ぶというわけだよ。だから、生まれ変わりとかが全くないというわけでもないよ。もちろん、前世の記憶とかそういうのは残らないけども。」
なるほど、印鑑という形に変化してはいるが、魂であることに変わりは無いらしい。特に生まれ変わりたいとか、そう強く願っているわけでも何でもないが、千秋は何となくホッとした。しかし三十日月の方は釈然としない、といったような難しい表情をして腕を組み、何か考え込んでいる。
「うーん…やっぱ死者数が多い気がするんだよな…。」
「死者数?まあ、最近だと感染症とか流行ったし…あと高齢化とか、そういうのもあるんじゃないの。」
千秋はそう答えたが、三十日月はまだ納得いかないようだった。
「それもあるだろうけど…にしても多い気がするよ。確かに、過去にも戦争とか流行病で取り決めの1000人を遥かに超えることは何度もあった。でも、しばらくしたらまた出生率のが死亡率を上回る状態になって、元に戻ったんだ。なのに、ここ最近は死亡率が上回ったどころか、こちらが把握していない死が多い。さっきの男だって、あの首の異様な感じからして、明らかに人外による何かの仕業だ。おそらくその何かのせいで、本来死ぬ予定では無かったタイミングで死んだんだ。」
「あ、あの、把握っていうのは、死ぬ人間って予め決まってるってこと…?」
運命論など信じていなかった千秋だが、少しゾッとしながらも思わず三十日月に聞く。三十日月は、
「ああ、うん。」
と、事も無げにサラッとそう答える。
「死者名簿ってのがあって、死神たちはそれに載ってる人達のとこに行って、で、さっきみたいに魂を回収するんだよ。」
名簿といい印鑑といい契約書といい、神だと言うのになんだか人間の会社員のようなことをしているんだな、と思ったが、まぁそれはさておき、死者名簿なんていう恐ろしいものが存在していることに千秋は恐怖を感じた。三十日月は話を戻す。
「そういや明の場合も、自殺直前まで近くに回収にきた死神は居なかった。悪霊が今にも君を突き落として殺そうとしていたのに。――人外による不審死の増加…もしかしたら何か裏があるかもしれないね…。」
三十日月は物騒な話をしているにも関わらず、面白いおもちゃでも見つけたかのようにウキウキとしていて目を光らせている。その不審死の犠牲になる側の人間としては、一刻も早く原因を究明して欲しいところではあるが。
「あ、さっき死神たちって言ってたけど、回収にくる死神って黎以外にもいるの?」
少し前から薄々思っていたことだ。まさか三十日月1人で数千人もの魂を回収している、なんてことはないだろう。
「いるよ!…まあ個性的っていうか、奇神変神揃いだけど――」
「せんぱーーーーーーい!!!!!」
三十日月が言い終わる前だった。どこからか大声で叫ぶ声が聞こえる。千秋はあたりをサッとあたりを見渡すが、都会のど真ん中で早朝から大声を発するような奴はいない。三十日月の方はというと、顔は青ざめ、冷や汗をダラダラと流していた。
「?なんだったんだ、さっきのは…。」
千秋がまた三十日月の方に顔を戻した時だった。
三十日月の後ろから、いや、正確に言うと後方の空中から、こちらに向かってくる者がいた。パッと見、若い男でおそらくさっき大声を発した本人であろう。その男は三十日月の隣までくるとストン、と軽やかに地面へと降りる。
男は身長が千秋や三十日月よりやや低く、170センチあたりといったところだろうか。髪はホワイトブロンドの目立つ色で、センターパートにしており、後ろは軽くパーマをかけているようなセットだった。ふわふわとした今どきの子という感じの髪型をしている。服装も大きめのシルエットのカーディガンにシャツ、緩めのワイドパンツといった、髪型も含め一見、大学生のような風体をしている。男は眉を釣り上げ怒っているようだが、可愛らしい容姿のためにあまり迫力がなく、ぷんぷんという効果音すら聞こえるようだった。
「ちょっと先輩!何、無視してるんですか!」
どうやら、先輩というのは三十日月のことだったらしい。当の本人は目線をあらぬ方へと背けている。
「全く…今、高天原で騒ぎになってますよ。先輩何やらかしたんです?天津神どもに先輩呼んでこい!って凄い勢いで怒鳴られたんですけど…。」
男は呆れたように言う。
ちょくちょく分からない単語が出てきたが、どうやら三十日月は何かやらかしたらしい。男がふと下の方を凝視する。視線の先には、例の壊れたセグウェイがあった。男が顔を青くする。
「こ…これって、まさか神器じゃないですよね…!?御殿で似たものを見た気がしますけど…。」
「ああ…えっと、気になって、ちょっと拝借して乗り心地を試しみてさ〜…でも、これはダメだね!途中で壊れちゃったし、多分偽物だよ、偽物!」
三十日月は焦って弁明をしだす。というかこのセグウェイ、神器?だったのか。神器と聞くと何か凄い武器といったイメージがあるが、目の前のセグウェイはそのイメージからは程遠く、めちゃくちゃに壊れてしまっている。
「何してるんですか!!!ああ、神器を窃盗した上、破壊するなんて…!」
「故意じゃない!事故だ、事故!」
目の前で自称神だと言ってる者たちがギャーギャーと早朝から言い合いをしている。これでは始発で帰ろうとして朝から騒いでいる街中の酔っぱらいとあまり変わらない。
「あ、あの〜…。」
千秋は恐る恐る2人に声をかける。2人がバッと勢いよく千秋の方を見る。
「?…ああ、先輩まだ仕事残ってたんですね。早く回収して戻りましょう。」
と男の方が言う。
「いや、違うよ。これも説明すると長くなるんだけど…その、この人は死者の魂じゃなくて、人間だ。」
三十日月がそう言った後、しばらく静寂に包まれる。
「魂じゃなくて、人間…?」
男の方が困惑しながらもゆっくり言葉を反芻させる。
「そうそう!実は色々あって、この人に触れちゃってさあ!だから私も君のこともハッキリ見えてるってわけだよ。」
男はそれを聞くと、口から泡を吹いて卒倒してしまった。真面目な性格のようなので、彼にとってどうやら三十日月が人間に触れたというルール違反はキャパオーバーだったらしい。
三十日月は倒れた男を見て、やべっというような表情をするが、ぽかんとして2人を見ていた千秋に対して、男の紹介を始める。
「あー…えっと、明に紹介するよ。この男は後輩の死神で、新月 雅って言うんだ。」
そう言うと、倒れてる男の腕を無理やり上げて、よろしくね!と裏声で付け足す。
これが黎以外で見た、初めての死神との出会いであった。




