第635話 とある異世界転生者その三 灰刀高貴(37)男性・声優の場合 前編
「はい本日の婚活パーティーにご参加の皆さん、おはようございます!
わたくし、司会を務めさせていただきます灰刀高貴と申します、
実はこの私も妻との出会いは婚活パーティーに近いような合コンでして……」
声優歴十五年、俺は地方でMCの仕事をしていた、
最近はイベント業が中心になっているがオーディションは隙あらば受け続けている、
テレビアニメより吹き替えの仕事の方が受かり易いが、生活はカツカツだ。
(それでも俺は、三人の子供を養わなければならない……)
この間までナレーションをやっていたテレビ番組が終わり、
妻にあまり内職をさせないためにも俺が頑張らないといけない、
仕事だけじゃなく子供の世話も……出来る事は何でもやらせて貰う。
(とはいえ、若い頃は無茶もやったなぁ)
例えて言うなら『声だけのAV男優』みたいな仕事もしたし、
オペレーターの仕事だというので行ってみたら単なるネット回線の勧誘電話って事もあった、
今の事務所に所属して芸名に変えてからは、そういったおかしな仕事は一切していない、はず。
(でも、オーディションはなかなか受からないんだよなー)
実際、『声優』として食っていける人数は一握りだ、
よく話に上がるのは声優のみで生活できるのは三百人程度、
おろらくイベントのMCや結婚式の司会もやっている俺はそこに入らないのかもしれない。
(入れたって倍程度のはず)
テレビアニメだって深夜にモブをやったくらいだ、
だがそのうち一作がおかしな仕事を色々とくれたっけ。
(あのアニメ自体、オンラインゲームの宣伝だったんだが・・・・・・)
そしてそのオンラインゲームの仕事もイベント含め貰えたのだが、
変則二クール放送されたアニメのDVD&ブルーレイの売り上げは、
酷い言い方をすれば『爆死』というやつだった、ゲームに関しては『大爆死』だろう。
(製作陣は良かった、声優も一流を揃えた、だが脚本が残念だった)
素材は良いのに料理人も良いのにコース料理のメニューが……
などと終わった仕事を今更どうこう言っても仕方が無いな、うん、
俺は今の仕事、そしてこれからの仕事を誠心誠意、一生懸命にやるだけだ。
「……という事でビュッフェ料理の他にカラオケも用意しております、
終盤には主催者提供によるビンゴ大会もありますので皆様、どうぞ御歓談下さい、
私も一曲、のちほど歌わせていただきますのでね、それではまた、私は一旦失礼させていただきます」
優雅な音楽がBGMとして流れ始め、
素敵な出会いを求める婚活パーティーの始まり……
と言いたいが、参加者はまあ色々と訳アリの群生体だ。
(これに関しては慣れたが、常連は本当に濃いんだよな)
顔見知りになった参加者も多い、
もちろんなかなか良い相手が見つからず、という純粋な人も居るが、
主催者側のサクラは別として、男にちやほやされたいというだけの参加女性も多い。
(ごくたまに出現する『当たり』が居ない事も無いが)
これは男女両方居るのだが、
結婚を匂わせて相手からお金だけを吸い上げるような参加者もいたりして、
被害者が乗り込んで騒動になった事がある、誰も止めに入らないので俺が行って殴られたりもした。
(その詫び賃で娘に誕生日プレゼントを買ったっけ)
まあそんな仕事をやっていても俺は声優だ、
所属事務所が声優事務所だから誰が何と言おうが声優だ、
俺は今日も声優として仕事をこなす、今日も、そしてこれからも。
(あっ、子供が走り回っている)
中には幼い子供を連れて参加している者も居る、
バツイチ・バツニといった結婚経験者はもちろん、
子供だけ居て結婚したことのない人も、そういった子供は無料でビュッフェ食べ放題だ。
(三人兄弟か、ウチと同じ人数だな)
そう思って会場から控室へ戻ろうとすると……
グラグラグラッ、
ガタガタガタガタガタッ!!
(……地震か!)
しかもこれは、かなり揺れている!
いや、徐々に徐々に揺れが強くなり、
四方八方から揺れる軋みが、音が大きくなる!
「みなさん地震です! テーブルの下に隠れて下さい!!」
子供三人が動けず集まってうずくまっている、
固まっている子供達自体が大きく揺れていて、その頭上のシャンデリアも大きく揺れる!
さらに大きく揺れる建物、そして頭上の特大シャンデリアがグラグラグラグラ……あ、危ないっ!!
「「「わああああああ!!!」
「伏せて!!」
落下するシャンデリア!
俺は思わず子供達の方へ身を投げ、
全身でその上に覆いかぶさった!!
ガッッ……シャーーーーンッッ!!!
「きゃああああああああ?!?!」
聞こえる周囲の悲鳴、そして背中に受けた大きな大きな衝撃、激痛!!!
いやこれ後頭部にもだ、両手両足も……なんてということだ、俺は、俺は……
おびただしい血が吹き出す、俺はこんな所で……あぁ、でも、でもこれで……妻と子供達に保険金が……下りる……か……な……
(最期にに心配する事がそれか……みんな……ごめん)
こうして俺は、
痛みから逃げるかのように……意識が途絶えた。