第185話 二分のギルドとカヤヤ村ダンジョン
「本当に申し訳ございません」
ようやく解放された僕たちに深々と頭を下げる、
ここカヤヤ村の出張冒険者ギルド責任者ピンチェさんだ、
赤茶色の髪、サイドテールに大きなピンクのリボンをつけた、
アンジュちゃんの鑑定によればまだ二十二歳の女性で経験人数はひと……
「いや構わん、立場的に仕方が無いのだろう」
「その、私も昨年、チャンミオから来たばかりで深い所まではわからないのですが」
「シュッコで聞いた話だと、なんでもここムームー帝国のお局様が幅を利かせているそうだが」
深いため息をつくピンチェさん、
いつもは明るくて活発な女性なのだろうけれども、
今回ばかりは心労の様子が伺える。
「私の知っている限りの情報ですが、ムームー帝国は本当に広くて冒険者ギルドも多く、
したがってギルド職員も七割が現地の、ここムームー帝国の国民となっているんです」
「まあ仕方がない事だな、逆にこの規模で三割が国外からというのが多いくらいだ」
「はい、実はムームー帝国の冒険者ギルドは、あまりにもムームー帝国の意向に沿い過ぎていて、
本来、冒険者に対して中立公平であるべき冒険者ギルドが、私物化と言って良いまでに」
帝国、というくらいだから、それくらいはするんだろうな。
「それで外部から三割も」
「はい、主に要職に、ギルドマスターやサブギルドマスター、
さらにはここカヤヤ村のような簡易出張所の場合の所長もですね、私の事ですが」
「先ほど、人払いしていたが他の職員は全員、この村の者か」
「四人いまして三人はそうですが、ひとりは中央のママムーからの派遣で、
おそらくその方が今回の件を急いで中央へ伝えたのだと思います、秘密が守れず申し訳ありません」
またもや頭を下げる、申し訳なさそうに。
「ピンチェ嬢、私も同情する、今回の場合、上も冒険者ギルドだからな」
「はい、生まれも育ちもムームー帝国でギルド職員一筋、
おまけにムームー帝国女帝、女王ズッキ=フェゴーティン様が懇意にしていらっしゃる、
帝都ママムー冒険者ギルドならび全体統括サブギルドマスターであらせられる……」
「さっき兵士から聞いたストレーナ様とかいうお局様だな」
ニィナさんの言葉に頷くピンチェさん、髪のリボンだけじゃなく、
ギルド職員服のあちこちにピンクのアクセサリーをつけているのが、かわいい。
「それでニィナ様、先ほどの中央からの兵隊はいったい何と」
「聞かされていないのか、そうだな、とりあえず最初の約束は守れと伝言を聞いた」
「最初の約束、と申されますと?」
ここで、すすすっとクラリスさんが出てくる。
「実はわたくし、女神教の信徒でして、こちらに同じ女神教の冒険者パーティーが戻ってこられないと聞き、
ムームー帝国と交渉した結果、わたくしどもが代わりに魔王を倒すという約束を」
「そ、それは大きく出られましたね」
「はい、おそらくその事を言っているのかと」
あの兵士、妙に僕らについて詳しかったんだよな、
入国手続きとかこのカヤヤ村でやったんだけれど、
ポーター免許だけで過ごそうと思ったら黄金勇者のカードも出せと言われたり、
通常で調べられる鑑定水晶以上の事も知っていて気味が悪かった、ドワーフの姫とはその後いかがですかとか。
(姫はいいとして、黄金勇者てなんだよ……)
上級勇者をこっちの国としてはそう呼ぶらしい、
確かに冒険者カードが金色だからね。
「なるほど、ニィナスターライツの皆さまはプレッシャーをかけられた訳ですね」
「ああ、国が出国を許していない者を出した以上、それ相応の働きはしてもらうが、
その前にしなければいけない働きをしろと、要はそういう内容を告げられた」
「つまり、魔王を二体倒す必要があると」
「これからを考えれば三体だな、まだあと重要な11名が控えている」
ヘレンさんが一緒に居てくれるから大丈夫だと思うけどなあ、
わざわざ大きい方の隠匿カーテンも預けてあるし。
それと、最重要が六人、重要が11名ってだけであと他に89名も出たい人がいるんだっけ。
「わかりました、魔王といっても七大魔王では無いですよね?」
「だな、もちろんそちらも両方倒すつもりではいるが」
「とりあえずこの村の近くにひとつ、そこそこ遠くにもうひとつあります」
資料を持ち出し目を通すピンチェさん、
小規模の仮設みたいな冒険者ギルドであっても、
そこを外部から任されているんだから、優秀な人なんだろうなあ。
「あーーーー!!」
と、この声はアンジュちゃんだ。
「ど、どうしたの?」
「消されちゃったー」
見ると物置部屋の魔方陣が綺麗さっぱり消されてしまい、
なんだかよくわからない荷物の箱がそこそこ置かれていた、
おそらく裏の小屋に作った方も兵隊によって消されているだろう。
(逃がさないってことか……)
「申し訳ありません、その、今回、国の兵士が、
いえ、ストレーナ様がやった事は、時間がかかりますが、いくらでも取り消せますので」
「そうなのか」
「はい、当然ですがサブギルドマスターよりギルドマスターの方が権限は上なので」
「そういえばキカエデからの派遣と聞いたが」
よく覚えているねニィナさん。
「はい、現在のギルドマスターはイゼッカ様という男性の方です」
「強いのか」
「いえ、冒険者経験も軍隊経験も無い、普通の真面目な方で」
そういうタイプの人も普通に出世するのか、
冒険者ギルドのギルマスって元冒険者だとか、
そうでなくてもあきらかに強そうな人が多いけれども。
「頼りになるのか、それで」
「そうですね、これだけ規模の大きな国にある組織ですと、
トップには個人の力よりも事務能力と計算能力が求められるので」
「でもそれでは冒険者の気持ちがわかるのか」
「わ、私にそれを問い詰められましても」
「はっ、す、すまない、ピンチェに罪は無いな」
でもニィナさんの気持ちもわかるよ。
「この国の冒険者ギルドはイゼッカ様を頂点とする外部からのギルドマスター派と、
ストレーナ様を頂点とするこの国、ムームー帝国出身の職員からなるサブギルドマスター派と、
内部でも二分されております、もちろん完全に全員そうという訳ではありませんが」
少なからずも中立派がいるのかな?
あとは外部から来たのにムームー帝国側とか、その逆とか。
「ちなみに前のギルマスはどうして退任したのだ」
「それは、帝国側、ストレーナ様側に主導権を奪われてしまったのと、あとは……」
「何かあったのか」
「最終的にストレーナ様に泣かされて、逃げてしまったそうです」
こっわ!
「軟弱だな」
「五十代後半の、いかつい武闘士様だったそうですが、元冒険者の男性で」
「それで今のギルマスは冒険者上がりでは無いのか」
ストレーナ様とかいうお局様の想像が膨らむな、悪い意味で。
「そのような訳ですので、兵隊の勧告、国の勧告であっても後で取り消させる事はできますが、
すでにされてしまった事はどうしようもありませんし、国との約束をさせられたとなるとそれはまた別になってしまいます」
「わかった、ではとりあえず、この村のダンジョンをふたつとも攻略しよう」
こうして僕らはとりあえず、
カヤヤ村ダンジョンについての説明を受けたのであった。