第157話 真夜中の商業ギルドと皆さんご存じのアレ
「さあ、奴隷解放だ」
というニィナさんの声、ここは東地区地下の商業ギルド、
わざわざ日付の変わるタイミングで隷属の首輪を解除してもらうため、
多めの金貨を払って聖女さんに準備してもらっている、おばさん眠そう。
「では解放は四人という事で」
そう言って濃い紅茶をのんだ男性、
商業ギルド奴隷部門の責任者もわざわざ残業だ、
終わったらさっさと帰って寝るらしい、頭が下がる。
(アンジュちゃんは浮かびながら寝てる)
今いる身内のメンバーは僕とニィナさんとアンジュちゃん、
奴隷ヘレンさんと奴隷バウワーさんと奴隷リューイさんほか二名だ、
クラリスさんは明日朝、早いので就寝中、ペロちゃんもすやすや、後は知らない。
「書類にミスは無いな?」
「はい、主人のサインも、奴隷本人のサインもきっちりと」
そうして程なくして日付けが変わり、まずはバウワーさんからだ。
「ではバウワーを奴隷より解放する!」
ニィナさんの宣言ののち聖女の魔法が首輪に照らされ、
難なく外れポトリと落ちた、これでもう人としての権利が復活だ。
「うう、嬉しいのう、よかった、本当に良かった」
「バウワー、そんなに泣かなくとも」
「これからも、よろしくお頼み申す」
ニィナさんの両手を握って喜んでいる、うん、解放して良かった。
「次は俺たちっす!」
「わかっておる」
せっつくリューイさんと他のふたり、ハオさんウィングさんもまだかまだかといった感じ。
「ではリューイから」
こうして残り三人も無事解放、抱き合いながら泣いている。
「ああ、ああ!」
ヘレンさんも混ざって涙、涙だ。
「さあ、用が済んだなら行こう」
ニィナさんに促され、感動もそこそこに商業ギルドから出て地上へ。
「さあバウワー、どこへ行こうが自由だぞ」
「……では自由に、これからもごやっかいになりますぞ」
「ああ、頼んだ」
狩り場は無理でも地味に留守番は重要だったりするからね。
「ニィナさん、俺たちはここで」
「災難だったな、もう悪女に騙されるなよ」
「はい、もうこりごりです、ありがとうございました」
妙にかしこまったリューイさんたちの挨拶、
頭まで下げたということは、まさか。
「リューイ!」
「ヘレン、済まなかったな、だが騙して金を巻き上げたのはコロメで、俺たちも騙されたんだ」
「私も連れて行って!」
「そんな金はねえよ、コロメに請求してくれ」
「そ、そんな、約束が」
あ、これは可哀想、と話に割って入ろうとするもニィナさんに止められる。
「約束なんかしてねえよ、提案はされたが、買い取れるってだけでヘレンを買うつもりは初めから無え」
「酷い! 騙したの?!」
「そもそも前に追放した時にも言っただろう、元々俺は、お前に恋愛感情なんかねえよ」
「言わされてたんじゃないの?! あんなに、あんなにも愛し合ったのに!」
泣きすがるヘレンさんを迷惑そうに、
降りかかったゴミでも払うようにはね除けるリューイさん。
「俺や俺たちが愛したのはヘレンが召還したサキュバスだけだ、ヘレンを一度も抱いた事なんざねえだろ!」
「そんな、わ、私はリューイたちのために、リューイのために」
「あの時も言ったがお前、気色悪いんだよ! でかいし」
あ、最後のそれはまずい!
「いやヘレンの事で、ヘレンだけの話っす、今のは」
ゴゴゴゴゴって感じの視線に怯えてる、
奴隷でなくなってもニィナさんは怖いよね、うん。
「サキュバスに未練はあるが、一緒に居たくない気持ちは変わらねえ、そうだよな?」
残り二人も頷いている。
「そんなワケっすデレスさん、アンジュさん、色々世話になりやした」
「は、はあ」
「ばいばーい」
「リューイ! リューイ? リューイ!!」
最後に僕たち全体に頭を下げて夜中の街へ消えて行った三人、
宿とかどうするんだろう、お金持ってたかなあ?
「うっ、うううっっ……」
泣き崩れるヘレンさん、
可哀想に、そっとタオルを差し出してあげる。
「ニィナさん」
「ああ、リューイ達から聞いたが、ヘレンは早い話が、リューイのストーカーだ」
「え、じゃあヘレンさんの一方的な」
「だがヘレンは当時レベル五十のサモナー、自分達が強くなるために我慢していた」
「じゃあひょっとして、ヘレンさんが抱かれなかったというより、リューイさんが拒んでいた感じですか」
捨てられたんじゃなく、最初から成立していなかった恋かあ。
「ううううう」
「アンジュ、そろそろ帰ろう」
「あーいあい」
ニィナさんの一言でみんな一瞬にして宿の居間へ、
ヘレンさんはうずくまったままだ、大きく肩を震わせている。
「部屋へ連れていくよー」
とアンジュちゃんがヘレンさんだけを連れて移動、
ほんっと便利だなあ瞬間移動、そしてすぐに戻ってきた。
「あ、リューイさんたちの部屋って」
「見るー?」
今度は僕を転移させる、
うん、何もない、綺麗さっぱり片付けられている、
忘れ物どころかゴミひとつない、立つ鳥後を濁さずってやつだ。
「もどるー」
と戻ったらバウワーさんが出て行く所だった、
僕も明日に備えてもう寝ないと。
「デレス、ヘレンは一日そっとしておいてやれ」
「わかりました、明日はクラリスさんを見送ってそれぞれする事を」
「ああ、大丈夫とは思うが気を付けるようにな」
どんな商談かすっごい気になるけど、
悪い話じゃなければ乗らないでもない、
いやコロメにはヘレンさんやリューイさん達を騙した賠償金が欲しいくらいだけれども。
「ではデレス、時間も無いので今夜は別々に寝よう」
「そうですね、おやすみなさい」
「おやすみだよー」
こうして僕は自室に戻り、寝間着に着替えてベッドに入る。
(リューイさんたち、まあ出て行った所で別働隊は惜しいけど、害はなかったよね……)
ニィナさんが餞別くらいは渡したかも知れないけど、
持って行かれた武器防具アイテムとかは無いはず、おやすみなさぁい……
……
「あ! 種ドロボーだー!!」