第143話 クラリスさん育成とそうか、そういう手もあるのか。
地下二百二十二階、経験しかうま味のない狩場へやってきた。
「ふんっ! ふぬっ! とあっ!」
巨大なベルセルクソードを振り回すニィナさん、
古くから手慣れたプライドソードで敵を斬り裂く僕、
後ろでクラリスさんは結局、ボス戦でしか使いたくないと言っていた超高性能杖、
クリスタルエンジェルスタッフを持って僕らを補佐してくれている。
「こ、今回は三人パーティーですし、それに妖精の指輪もつけていますから」
少数精鋭とはいえ最近この三人のレベル上げをおろそかにしていた、
戦ってはいたので身体が鈍ってはいないのだが、やはり強くはならないと。
「……クラリスさん、やはりその杖は常備して下さい、そのかわり」
「はい、なんでしょう」
「いえ、これは自分に言い聞かせるんですが、
本当に必要最低限でしかマリウさんに依頼するのは、もうやめにしましょう」
目の前の敵『シャドウスブルスパティウム』を斬りながら決意する、
立体的な影の塊みたいな、ガス体みたいなよくわからない敵で
油断して取り込まれた者はどこかへ消えてしまうという恐ろしい相手だが、確実に取りこぼさなければ問題ない。
「左ななめ後ろから四体来てます!」
「はあっ!」
クラリスさんの的確な指示でニィナさんが倒す、
手応え的にはあまりないが、ちゃんと斬ると霧散するので倒せてはいる、はず。
「アンジュ! とりあえず……いやすまない」
敵が多くなってきた所でニィナさんが居ない仲間を呼んでしまった、わかる。
「僕が一気に倒してきます、その間に引きましょう」
「ああ、すまない」
はりきって視界に入るシャドウなんたらを全て倒し僕らは一旦引いた。
「ついてきてはいないようです」
「ああ、油断してパーティがひとりいつのまにか居ない、とかあるらしいからな」
「ごくまれに他のシャドウから出てくる運の良い人も居るみたいですが」
そうでない人は一体どこでどうしているのだろう?
中は真っ暗とは生還者の話らしいけれども。
「……よし、もうこのあたりなら安全だろう」
「はいお水です、クラリスさんも」
「ありがとうございます」
少し落ち着いて僕らは語り合う。
「ここ、取り込まれる即死みたいなリスクのある代わりに経験が凄く良いらしいですから期待できますね」
「そうだな、終わったらクラリスの全情報をあらためて聞いてこよう」
「私としてもこの杖に頼るには悔しい思いがありますが」
たまに通る人影にビクッとするが、
これから狩りに行く知らないパーティーだった、軽い会釈で通って行く。
「ふむ、デレスよ、まずコロメよりレベルを上げる件だが、アンジュではなくデレスを上げるというのはどうだ?」
「僕ですか、確かにいまレベル八十ですし、コロメが八十から九十と推測すると、アンジュちゃんより早く上回れるかもですね」
「ああ、デレスの持っている簡易鑑定もレベルアップして詳細にわかるようになるかもしれん」
その手があったかあ、でも確実性ならアンジュちゃんだよね。
「でもまあ僕が上がった所で、コロメの嘘を暴いてもその立証が難しいので」
「だな、それで高級鑑定水晶の作成だが、前の、アンデッドダンスドラゴンの魔石があっただろう、あれはどうだろう」
「ニィナ様、あれは闇属性が強すぎます、魔石の浄化に相当な手間がかかるかと」
警戒しながらのクラリスさんの意見、そうか難しいかあ。
「確かに普通の鍛冶屋では無理だろうが、しかし」
僕を見るニィナさん。
「あ、マリウさんですね、確かに彼女ならなんとかしてしまいそうな気はします」
ぎりぎりレベル百まで鑑定できる水晶ができれば、もしや。
「デレス、正直これ以上、デレスの精神を壊したくは無い」
「そうですわデレス様、いっそデレス様の方が、デレス様の顔に麻袋を」
「その手があったかー! ってちがーう!! まあそのあたりは覚悟を決めて吹っ切ります、ただ回数は極力減らしたいです」
これが心が強くて女性を騙すような行為に抵抗が無い人間なら、
大量の金貨を貢がせるがごとく武器防具アイテムを強くさせまくって、
そのたびにめいっぱい抱いたりするのだろうが、僕はそんな酷い男になりたくもないし心も強くは無い。
(ニィナさんたちが心配と嫉妬をしてくれているのは、あきらかだし)
「よし、今夜、ニィナスターライツとして魔石を持って相談に行こう」
「みんなで行くんですね、了解しました」
「デレス様、デレス様の貞操は私達でお護りしますから」
いやもう手遅れなんだけれど、まあいいか。
「さあ、階層をひとつ下げよう、今日はクラリスの育成だからな」
「クラリスさんが新しい魔法を覚えるまで行きたいですけど、どうでしょうね」
「深追いしてデレス様やニィナ様に何かあるといけませんから、無理はしないでおきましょう」
こうして二百二十三階でさっきの上位種『シャドウアルトロディメンシオーネ』も倒しながら、
クラリスさんの経験値をどんどんどんどん上げて行く僕らであった。
(時間を忘れちゃうな~)
夢中で狩っているうちにふと看板が見えた。
『この先、東Sエリア緊急昇降機』
こんな所にこんなものが、と先を確認すると確かにあったが無人だ、
おまけに外は安全エリアもない、乗ってみたいが今は時期じゃないかな。
「デレス、これに乗っても問題は」
「ええ、ないみたいですが警備付きでさっさとAエリアに送られるみたいです」
「非常脱出装置のようなものですわね、場所を覚えておきましょう」
アンジュちゃんが居ればなー、と思いながら僕らは来た道を戻ったのだった。
(さあ、もうひと踏ん張りだ!)