ウィルと楽しく舞台を見よう
魔導車から降りたわたしが辺りを見回すと、広場の中は活気に溢れていた。わたし達と同じように町へ遊びに来た学生達が楽しそうに笑っている。
少し離れたところには町の入り口があり、賑やかな町の熱気がここまで伝わってくる。まるでわたし達を歓迎してくれているようで心が浮足立っていく。
「さて、それではどこから行きましょうか!!?」
わたしがわくわくとした気持ちを抑えきれず皆の顔を見回すと、皆も嬉しそうに微笑みを浮かべた。
そんな中スピネルは苦笑しながらわたしの肩をポンと叩く。
「そんなに張り切ってると町に入る前に疲れるぞ」
「でもスピネル! とても楽しそうです!!」
わたしが町の方を指差してはしゃいでいると、スピネルはニッと口の端をあげてわたしの頭をぽんぽんと撫でる。
「ああ、そうだな。今日は皆が案内してくれるんだ、だからその前に疲れたら勿体ないだろう?」
「確かにそうですね……!」
スピネルの言葉も一理ある。わたしは『精神活性』に魔力を流し、一度深呼吸をするとざわついていた心がすっと落ち着きを取り戻す。
「それでは早速行きましょう、皆!」
わたしは皆にニコリと微笑むと町の入り口へと足を向けた。
町に入ると広場で感じていた活気は更に勢いを増す。たくさんの店が並ぶ街並みを眺めながら、わたし達は邪魔にならないよう道の端へ皆で集まった。
「わあ、凄いです……! いつもこのように賑わっているのでしょうか!?」
休日のせいもあるのか、エデルシュタインの町より活気づいているようにも思える。辺りを見回すと知らない店ばかりで一日ではとても回り切れなさそうだ。
わたしがきょろきょろと辺りを見回していると、スピネルがわたしの手をしっかりと握ってきた。
「おい、クリス。急にどこか行くんじゃないぞ」
「分かってますよ、スピネル!」
わたしが今にも走り出しそうな顔をしていたのだろうか。スピネルから注意されてしまった。
スピネルは以前にも町でわたしが迷子になったため心配してくれたのかもしれないが、今日は他の皆もいるのだ。迷子になることもないだろう。
わたしはスピネルを安心させるため、胸を張ってスピネルに言葉を返す。
「皆がいるので大丈夫ですよ! むーちゃんもいますしね!」
「うん!」
わたしが目を向けるとむーちゃんも楽しそうにくるくる空中で回る。スピネルはともかくむーちゃんがわたしから離れることは絶対にないので、何も心配いらないのだ。
「むーちゃん!!」
「わーい!!」
今日は安心して過ごせると確信したわたしは傍らを飛んでいるむーちゃんとじゃれ始めた。
「うーん……でもなあ」
それを聞いてもなおスピネルは心配そうにこちらを見つめている。そんなスピネルの表情を見たレオナが少し考えてからすっと手を挙げた。
「スピネル様がそこまで心配されるのであれば、殿下にブラウをお貸ししますわ!」
「ブラウを? 良いのですか? レオナ」
「殿下のためですもの、構いませんわ! ブラウ!」
「ぴい?」
そう言うとレオナはブラウにこちらへ来るよう指示をする。すると、了解したかのようにブラウは楽しそうにパタパタ羽ばたきながらこちらへ飛んできた。
「ぴ~」
「わあ、可愛いです!!」
差し出した手にブラウが留まり、くりくりとした瞳でこちらを見上げてくる。わたしは今日一日お世話になるブラウに挨拶をした。
「よろしくお願いしますね、ブラウ!」
「ぴ~」
ブラウは首を傾げながら理解したと言わんばかりの鳴き声を上げる。傍らにロートを連れたレオナは自信満々と言った様子でにこやかに笑っている。
「ブラウとロートは心が通じ合っていて、離れていても連絡が取れますの! 殿下がもし迷子になってしまってもこれで安心ですわ!」
「そうだったんですね! ありがとうございます、レオナ!!」
「まあ、それならいいか……」
わたしがレオナに礼を言うとスピネルも納得したように頷いている。
「そうですよ、スピネル! もう少しわたしを信じてください!!」
「でも前のことがあるだろ? クリスが張り切ってると余計不安になるんだよ」
「まあ! そんなことありませんよ!」
失礼なスピネルに頬を膨らませたわたしが抗議していると、少し離れてバニラと話をしていたウィルが時計を一度見てからこちらに声をかけてくる。
「なあ、そろそろ行かないか?」
「あ……そうですね! 遅くなってしまってすみません、ウィル!」
確かにウィルの言う通り町についてから少し時間が経ってしまっている。皆で町を回れる時間は限られているので、ウィルの気持ちももっともだ。
わたしが慌てて謝罪すると、ウィルは特に気にしてないようで軽く手を振る。
「いや、気にしないでくれ! それに殿下達が話していたおかげでちょうどいい時間になったからな!」
「時間、ですか?」
わたしが首を傾げるとウィルがにやりと笑う。ウィルは大げさに両手を広げると町の中心部を指し示した。
「ああ! まずは俺のおすすめの場所を案内しよう!」
元気に歩き出したウィルに続くようわたし達も歩き出した。わたしの体が小さくあまり早く歩けないので、速度はゆっくりだが皆でわいわいと町を見て歩く。
久しぶりのお出かけだが、わたしにとってはほとんど初めてのお出かけでもある。わたしは心が躍るのを抑えきれない。
「あ! 見てくださいスピネル! あれは何ですか!?」
「バニラ、バニラ! あのお菓子は美味しそうですね!!」
「可愛い魔獣がいます!! レオナ! 一緒に触りに行きましょう!」
町を歩いているとたくさんの楽しそうなものが目に入る。わたしが目を輝かせて飛び出しそうになる度、スピネルがわたしの手をグイっと引っ張る。
「クリス……?」
スピネルはわたしのことをじっとりと睨みつけてくる。これではまたスピネルに心配をかけてしまう、そう思ったわたしは慌ててスピネルに笑顔を向ける。
「あっ……すみません! まずはウィルの案内してくれるところに行かないといけませんね!!」
「ああ。別に今日回り切れなくてもまた今度来ればいいんだ」
スピネルはぶっきらぼうにそう言ったが、その表情は優しい。わたしがまた町に来る時にはきっとスピネルも一緒に来てくれるのだろう。そう思うと自然と頬が緩む。
「それもそうですね!! ありがとうございます、スピネル!!」
礼を言われたスピネルはポリポリと照れ臭そうに頬を掻く。そんなわたし達を置いて先を歩いていた三人がくるりとこちらを振り向く。
「おい二人とも! じゃれてないで早く行こうぜ!」
「じゃれてない! クリスのお守りは大変なんだ!」
「スピネル! わたしを子ども扱いしないでください!!」
スピネルの照れ隠しにわたしが怒り、わいわいと騒がしくなりながらもわたし達は何とか目的の場所へと到着した。
「ここですか、ウィル?」
ここがウィルの紹介したかった場所なのだろうか。見上げなければ全体が分からないほど大きな建物だ。外からでは何をする建物なのか良く分からず、わたしは首を傾げる。
「ああ! クリスティア殿下にも是非劇場を知って欲しくてな!」
「劇場!? これがあの劇場なんですか!?」
劇場と言えば広い舞台とたくさんの席があり、劇を見ることが出来る場所だ。わたしは今まで劇を見たことがないのでとても楽しみになって来た。
物語の中でしか見たことがない劇場を目の前にしてわたしが目を輝かせていると、ウィルも嬉しそうにしている。
「その顔を見ると……気に入ってもらえたみたいだな!」
「はい! ありがとうございます、ウィル!」
わたしが興奮のあまり両手を握りしめてウィルに礼を述べていると、楽しそうなレオナ達に声をかけられる。
「ほら、殿下! 折角ウィルが案内してくれたんですもの! 早く中に入りますわよ!」
「そうですよ! 今日は『愛と哀しみのユリアーネ』が見られるのです!」
レオナはいつも通り賑やかだが、普段物静かなバニラも少し興奮気味だ。それに彼女の言った題目にはわたしも心当たりがある。
「『愛と哀しみのユリアーネ』ですか!? わたしも知っています!!」
『愛と哀しみのユリアーネ』とはエデルシュタインで一時流行していた物語で、わたしも学園に入学してからこっそり読んだことがある。
公爵令嬢のユリアーネが婚約者となった王子アルフリートと幼馴染の伯爵家子息コンラートの間で恋と決められた結婚に揺れ動く様が描かれており、貴族令嬢達に大人気だったそうだ。
わたしはコンラートの優しいところが好きだったので、最終的にユリアーネが令嬢としての義務を選んでアルフリートと結婚したのは少し残念だった。物語の中でくらい好きな人と幸せになって欲しかったと思ったものだ。
「わたしとしてはユリアーネとコンラートが結ばれて欲しかったですね!」
「分かります、殿下! コンラート様の優しさは美しいですよね!!」
わたしが自分の感想を述べると、うっとりとした様子のバニラがわたしの両手をがっしりと握りしめてきた。それを聞いたレオナもうきうきした様子で話に加わってくる。
「殿下はコンラート様のような殿方が理想ですの? わたくしはアルフリート殿下の力強さも素敵だと思いましたわ!」
「いえ! 分かっていませんね、レオナ様! アルフリート殿下は強引過ぎます! ユリアーネのことを考えてくれるコンラート様の方が良いに決まっています!!」
「あら、分かっていないのはバニラの方ではなくて? アルフリート殿下は将来国を背負って立つお方。あれくらいの力強さがあった方が良いと思いますわ!」
「だからといってそれがユリアーネの幸せにつながるとは思えません! 私にはユリアーネがコンラート様を置き去りにして、アルフリート殿下に嫁がなければならない苦悩が良く分かります!」
レオナの言葉を聞いたバニラは興奮した様子でレオナのことをキッと睨みつけ、段々と口論のようになっていく。
こんなことで二人の仲が険悪になるのはまずいと思ったわたしは慌てて二人の間に割って入る。
「わ! 落ち着いてください、バニラ! レオナも!!」
「そうだぞ、三人とも。そろそろ開演の時間なのにこんなところで何してるんだ」
どこからかやって来たスピネルも溜息を吐きながら二人の間に割って入り、二人の手に何やら細長い紙を握らせた。それを見た二人は途端に静かになる。
わたしは静かになった二人を見てホッと息を吐く。
「スピネル、それは?」
「観劇するための入場券だ。クリスの分もあるぞ」
そう言ってスピネルはわたしにも細長い入場券を渡してくれた。どうやらわたし達が建物の前で話し合っている間にウィルが入場券を用意してくれたようだ。
入り口の方に軽く手を振っているウィルの姿が見えたので、わたしが手を振り返すとウィルも笑顔を浮かべる。
「後でウィルにもお礼を言わなければなりませんね!」
「そうしてくれ。とにかく劇場の中に入ろう」
「分かりました、レオナとバニラも行きますよ! 話し合いは劇が終わった後です!」
わたしが強引に二人の手を引っ張ると、二人とも仕方なさそうに笑ってわたしの後をついて来てくれた。
入り口で入場券を渡し劇場の中へ入ると、学園の講堂ほどの広さの空間が広がっている。前の方には大きな舞台があり、隣り合った客とぶつからないようにゆったりとした感覚でずらっと椅子が並んでいる。
「わあ……!!」
今からここで劇が始まるのだ。そう考えると気持ちが高ぶってくる。わたしがきょろきょろと辺りを見回しているとスピネルに肩を叩かれる。
「クリス、俺達の席はこっちだ」
「ここで見るのではないのですか?」
「ウィルが良い席を取ってくれたんだ」
「ああ、こっちだ! ついて来てくれ!」
楽しそうなウィルの言う通り、わたし達もそれに続いてトコトコと歩いていく。階段を上り通路をしばらく歩くと、目的の席へと辿り着いた。
「わあ……!」
「どうだ、凄いだろう!」
そこは箱のようになっている二階の席で、前後三人ほど座れる高級そうなソファが用意されていた。舞台にもほど近いここなら劇も良く見えそうだ。
わたしがきょろきょろと席を見回していると、レオナとバニラに両手を引っ張られる。
「クリスティア殿下、座りましょう!」
「ええ! こんな良い席ですもの、きっと殿下も楽しめますわ!」
「え? わっ!」
きゃあきゃあと賑やかな二人に連れられてわたしはトスンとソファへ座る。ふかふかしたソファの感触に驚いていると、肩の辺りに浮かんでいたむーちゃんとブラウもすかさずわたしの膝の上に乗ってきた。
「でも……」
この席を用意してくれたウィルに断らなくても良いのだろうか。わたしがウィルの方を振り向くと、彼は気にするなと言うように笑っている。
「三人が好きなように座っていいぜ! 俺はスピネルと一緒に後ろの席に座るからな」
「ああ。ウィルの気持ちを汲んでやってくれクリス」
「分かりました! ありがとうございます!」
ウィルがそう言うのならお言葉に甘えて前の席へ座らせてもらうことにしよう。わたしが礼を言うとウィルも小さく頷いてくれた。
それから皆でソファに座り他の客の迷惑にならないように小さな声で話していると、劇場の中がシンと静まりかえる。
それに気付いたわたし達が舞台に顔を向けると、ゆっくりと舞台の幕が上がった。




