初めての応用魔法
メディが去り部屋に残されたわたしとスピネルは溜息を吐いて、気持ちよさそうに眠っている会長の姿を見つめる。
「まさかただの寝不足だったとはな……」
「はい……もっとしっかり確認するべきでした……」
わたしとスピネルはもう一度顔を見合わせると、机と椅子の準備を始める。
「とにかく寝不足の会長は放っておいて俺達は俺達で勉強でもするか」
「それもそうですね! しっかりと勉強して目を覚ました会長を驚かせてあげましょう!!」
会長も会長でわたし達のためを思って徹夜で研究していたのだろう。無理やり薬を飲ませてしまったが、しばらくの間はゆっくり眠ってもらいわたし達だけで勉強を進めることにしよう。
二人でそんなことを話しながら準備を終えたわたし達は、早速応用魔法の勉強に取り組み始めた。
会長の言った通り、応用魔法の構築式は属性魔法のそれを書き換えたものなので、高等魔法を勉強するよりも理解を進めやすい。
高等魔法はゼロから一を作り出す魔法だが、応用魔法は一を十にするための魔法だ。属性魔法という基本がある以上、それを基に構築式の内容を読み解いていけばよい。
「また試してみるか」
しばらくの間、応用魔法の基礎について書かれた教科書を二人で読んでいると、スピネルがおもむろに席から立ち上がり杖を取り出す。
「火よ青く燃えろ!」
スピネルは安全に配慮しながらも自分の杖から青い火を出して応用魔法を練習している。わたしも負けてはいられない。
「凄いです、スピネル! わたしも……!」
昨日は失敗してしまったがもう一度挑戦すれば出来るのではないか。そんな期待を抱いて、わたしも席から立ち上がりスピネルを真似して青い火の魔法を唱えてみる。
「青き火よ燃えろ!」
「やっぱり上手くいかないみたいだな……」
スピネルが見ている前で魔法を唱えてみたが、またしても魔法は不発に終わってしまった。やはりわたしでは会長の用意した構築式は合わないようだ。
「う~ん……上手くいきませんね……」
「それならそれで仕方ないさ。俺も付き合うから一緒に勉強していこう」
「そうですね!」
スピネルの励ましを受けたわたしはもう一度着席し、教科書へと目を通す。今開いているページには応用魔法と属性魔法の違いについて書かれていた。
実際に応用魔法を唱えることに成功しているスピネルに質問しながら、わたしは本のページをめくっていく。
「属性魔法と応用魔法の違いは構築式だけなんですよね?」
「ああ、魔力の使い方も普通の属性魔法と同じだ。あとはしっかり完成した魔法を思い浮かべるくらいだな」
「それなら構築式が理解できればわたしでも唱えられそうですね!」
「むしろクリスが使えない魔法があることの方が俺には驚きなんだが……」
そう言われても出来ないものは出来ないので仕方がない。スピネルの助言を聞きながら勉強を進めていくと、構築式をどう変えれば応用魔法を発動させられるのかが少しずつ分かってくる。
「それならここを変えれば良いのではないでしょうか?」
「確かに、俺が使った応用魔法もその部分が属性魔法とは違うな……」
「でしょう!? それなら早速試してみましょう!」
「待て、クリス!」
勢い良く席を立ったわたしがやる気満々で杖を構えると、慌てた様子のスピネルに止められる。
「会長が起きてからにした方が良いんじゃないか? 何かあったら大変なことになるぞ……?」
「確かにそれもそうですね。すみません、スピネル。気が急いていたようです」
「いや、早く新しい魔法を試してみたい気持ちは俺も良く分かる」
スピネルもわたしの魔法を楽しみにしてくれてはいるようだが、それはそれだ。既に完成している属性魔法と違い、自分で構築式を組み立てている以上応用魔法を使うには危険が伴う。
魔法を使うことばかり考えて周囲への影響を考えられなかったことを反省し、気を取り直したわたしはもう一度席へと座る。
「それならば会長が起きるまでにもっと勉強を進めましょう!」
「ああ、それがいい。もし魔法の実演が必要なら俺が唱えるから何でも言ってくれ」
「ありがとうございます、スピネル! それでは早速火の色を紫にした魔法を見たいのですが――」
そうしてスピネルと一緒に色々な魔法を試しながら勉強を進めていると、窓の外が赤く染まり始めていることに気が付く。
「あれ、もう夕方ですね!」
「やることがあると時間もあっという間に過ぎていくな」
スピネルもわたしと同じように窓の外を眺めてそんなことを口にする。窓の外から室内に目線を戻したスピネルは、机に突っ伏して眠っている会長の方へ目を向ける。
「それにしても会長はまだ起きないのか?」
「ちょっと起こしてみましょうか。流石にこのまま会長を置いてはいけませんからね」
わたしは勉強する手を一旦止め、会長の傍へと駆け寄る。先ほどは無理やり薬を飲ませてしまったので少し申し訳なく思っていたのだ。
「会長、そろそろ起きてください!」
「う、うーん……」
軽く会長の体を揺すると机に突っ伏していた会長がもぞもぞと動き出した。そのまま会長は眠そうな目をこちらへと向けて口を開く。
「ああ、おはよう。クリス。ぐっすり眠れたよ」
「おはようございます、会長!」
どうやらメディのくれた薬はばっちりと効いたようだ。会長も眠そうではあるが先ほどと比べると随分調子が良さそうな顔色をしている。
「それより、さっきはよくも無理やり薬を飲ませてくれたね……」
怒ったような声を出した会長は眠そうな目を一度擦ると、わたしを睨みつけてくる。
ただ、こちらも睨まれっぱなしではいられない。目に力を込めてわたしも会長を睨み返す。
「元はと言えば会長がきちんと休まないのが悪いんです!」
「私は研究を進めたかったのに!」
「あんな状態ではどちらにせよ研究は進みませんでした! しっかり休んでください!」
体調を心配するわたしと研究を進めたかった会長で言い争いをしていると、研究室の扉が開く。どうやらスピネルが誰かを招き入れたようだ。
誰が来たのだろうとわたしが入り口の方を覗き込むと、そこにはセレスタお姉様が立っていた。
「あら、随分と楽しそうな会話をしていますわね。リシア」
「セ、セレスタ殿下!? 一体どうしてここへ?」
「メディから話は聞きましたわよ。寝不足でクリスに迷惑をかけたそうですわね?」
「いや~、それは勘違いと言うか何と言うか……」
流石の会長もセレスタお姉様には頭が上がらないようで、しどろもどろになりながらセレスタお姉様に弁解をしようとしている。とは言え診察をしたメディからの報告があったのであれば、会長に勝ち目はないだろう。
セレスタお姉様は会長の話を聞いてなお、ニコニコと笑顔を浮かべながら会長に詰め寄った。
「リシア。わたくしは成績が優秀なら講義に参加しないのは個人の自由だと思いますの。もちろんその時間を研究活動に費やしても口出しはしませんわ」
「は、はい……」
「でも他の者に迷惑をかけるなら別ですわ。あなたの研究活動を王女の権限で禁止した方が良いかしら?」
「そ、それだけは!」
クスクスと笑うセレスタお姉様の言葉を聞いた会長は、寝不足だった時よりも顔を青ざめさせてセレスタお姉様を見つめている。
もちろんセレスタお姉様も本気で会長の研究活動を制限しようとは思っていないだろう。しかし、わたし達王族には他の者を正しく導くための権限と責任があるのだ。
会長が責められているのはわたしが会長に対して強く言えなかったせいでもあるので、自分の至らなさを感じてしまう。
そんなわたしをチラリと見たセレスタお姉様は会長に対して命令を下す。
「良いでしょう。リシア、これからは研究室に泊まることを禁止します。研究活動以外の時は寮で生活してくださいませ」
「はい……」
寮で生活するように言い渡された会長はしょんぼりと頭を下げているが、それは普通の学生がやっていることだ。この学園が放任主義とは言え会長のような生活を送っている方が珍しいのだ。
会長が項垂れたのを見たセレスタお姉様は更に命令を付け加える。
「それと……わたくしにも高等魔法を教えてくださいませ」
「はい……え? セレスタ殿下に私が魔法を教えるのですか?」
「ええ、わたくしはまだ高等魔法が使えませんもの。魔法が得意なあなたに聞くのは当然ではありませんこと?」
そう言うと悪戯っぽくセレスタお姉様は微笑みを浮かべる。それを聞いた会長は真剣な表情でセレスタお姉様を見つめている。
「もちろん時間がある時で構いませんわ。まずはクリスやスピネル様と一緒に大魔法祭の出し物を完成させてくださいませ」
「……かしこまりました、セレスタ殿下。殿下の信頼を裏切らないよう私も精進いたします」
「ええ、クリスのこともよろしくお願いしますわ」
最後にそう付け加えるとセレスタお姉様はこちらに向かって歩いてくる。
「クリスもしっかりと他の者に注意できるようにならないといけませんわよ」
「はい、お姉様!」
わたしの返事を聞いたセレスタお姉様は少し満足気に微笑みを浮かべて、研究室から退出していった。
セレスタお姉様を見習って、わたしもより一層王女として頑張らなくてはならない。
「ふう~~」
そんな風に決意を新たにしていると、どっと疲れた様子の会長が椅子の背もたれに体を預け大きく息を吐く。
「あ~緊張した……セレスタ殿下は迫力があるから怖いんだよなあ」
「そうですか?」
「クリスはセレスタ殿下に可愛がられてるからそう思わないだけだよ!」
会長は必死な表情でそう言って来るが、わたしにとってのセレスタお姉様は優しいお姉様だ。他の者に対しても叱ることはあるかもしれないが、基本的には優しく対応している。
会長が叱られるようなことをしているだけではないのか。そう思ったわたしは同意を求めてスピネルの方へ顔を向ける。
「そんなことありませんよね? スピネル」
わたしが先ほどから黙っているスピネルに声をかけると、スピネルはびくりと体を跳ねさせる。
「あ、ああ。そうだな……」
スピネルは必死で言葉を絞り出して、わたしから目を逸らそうとしている。もしかしてスピネルもセレスタお姉様のことが苦手なのだろうか。
歯切れの悪いスピネルの様子にわたしが首を傾げていると、仕方なさそうな表情を浮かべた会長の咳払いが研究室の中に響く。
「とにかく! 私も手伝うから大魔法祭に向けて、二人も一緒に頑張ろうね!」
「はい! もちろんです!」
わたしが元気良く返事をすると会長は嬉しそうに目を細め、わたしの頭を撫でてくれた。
温かな会長の手のひらの感触を受けたわたしは、先ほどまで勉強していた成果を手元に引き寄せる。
「そういえば会長! わたし達で応用魔法の勉強を進めていたのです!」
「クリスが頑張ったんです。間違ってないか確認してもらえませんか? 会長」
「本当かい? どれどれ……」
わたしとスピネルが会長の目の前に応用魔法の構築式が書かれた紙を差し出すと、会長は真剣な顔つきで紙に書かれた文字に目を通し始めた。
普段からそういう真面目な顔を見せてくれればセレスタお姉様に叱られずに済むのに。
そんな失礼なことをわたしが考えているうちに会長は構築式の確認を終えたようで、目を軽く押さえながら細い息を吐く。
「うん、大丈夫だと思うよ」
「本当ですか!?」
わたしが喜び、笑顔を浮かべると会長はもう一度わたしの頭を撫でてくれた。
「やっぱり凄いね、クリスは。こんなに早く応用魔法を理解できるなんて思わなかったよ」
「わたしだけの力ではありません! 会長が分かりやすく教えてくれて、スピネルが一緒に勉強してくれたから出来たことです! 二人のおかげですよ!!」
「そう言ってくれると俺も嬉しいな」
三人で顔を見合わせてひとしきり笑うと、会長が窓の外を見て固まった体をほぐすように大きく伸びをする。
「う~ん……それじゃあ寮に戻りがてら少し外で練習していこうか!」
「はい! よろしくお願いします!!」
先ほどまで赤かった空も段々と闇に包まれ始めている。少し魔法の練習をしてから寮に戻る頃には、ちょうど夕食の時間になっているだろう。
わたし達は手分けして研究室の片づけをすると、必要な物を持って研究室の外へ出る。皆が外に出たことを確認した会長は、扉の横にある魔道具に腕輪型の鍵をかざす。
「これで良し。さ、帰ろうか」
その光景を見て不思議に思ったわたしは首を傾げる。
「会長、今のは何ですか?」
「研究室の鍵をかけたんだよ。クリスだって寮で鍵をかけたことあるでしょう?」
「そうではなく、それは寮の部屋の鍵ですよね? どうしてその鍵で研究室の鍵をかけられるんですか?」
「ああ、そのことか」
質問の意味がようやく理解できたように、会長は両手をぽむと打ち合わせた。
「この鍵は魔道具だからね。設定すれば色々なところの鍵を開けたりも出来るのさ」
「そうだったんですか!? 知らなかったです……!」
「基本は寮の部屋の鍵だけど、他にもいくつか使い道はあるんだ」
学園にはまだまだ知らないことがたくさんありそうだ。わたしが驚いていると会長は楽しそうに笑いながらわたし達の顔を順番に見回す。
「そうだね……ちょうどいい機会だからクリスとスピネルにも研究室の鍵を登録してあげた方が良いかもね」
「良いのですか?」
「もちろんだよ。ただし悪用はしちゃダメだからね」
「そんなことしませんよ」
「ありがとうございます、会長!」
わたし達が了承の意を示すと、会長は自分の腕輪に魔力を込めてこちらに差し出す。
「それじゃあ二人とも順番に腕輪を出して?」
「はい!」
会長に言われた通りにわたしが腕輪を差し出すと、会長の腕輪からほんの少しの魔力とそれ以外の何かが流れ込んでくる。一度瞬きをしている間に魔力の流れは止まり、会長は満足そうに腕を振った。
「はい、これでクリスも鍵の開け閉めができるようになったよ。試しにやってみてごらん」
「ありがとうございます!」
会長の言われた通りにわたしの腕輪を鍵にかざすと、少しの魔力が流れて解錠されたことが分かる。実際に研究室の扉に手をかけると、しっかりと開けることができた。
「わたしの方は大丈夫そうです! ちゃんと鍵を開けられました!」
わたしが扉を開けていると、スピネルも腕輪の登録も終わったようでこちらに歩いてくる。
「それなら俺が鍵をかけよう」
「よろしくお願いしますね、スピネル!」
わたしが鍵の前から移動すると入れ替わるようにしてスピネルが腕輪を鍵にかざす。扉が閉まっていることを確認したスピネルはわたし達に声をかけてきた。
「俺も大丈夫です」
どうやらスピネルも無事に鍵の登録が完了したようだ。会長も無事に鍵の登録が出来たことにホッと胸を撫でおろしている。
「良かった。今後は二人も自由に研究室に出入りしていいからね」
「分かりました! ありがとうございます、会長!」
この研究室には珍しい魔法の資料が多いので、自由に出入りできるようになるのはとてもありがたい。強いて言えばわたしが会長のように研究室に籠りきりになってしまう可能性があるが、スピネルも入れるのであれば特に問題はないだろう。
「それじゃあそろそろ行こうか。あまり遅くなると夕食に遅れちゃうからね」
「はい!」
鍵の登録を済ませたわたし達は寮に向かって歩き始め、以前むーちゃんに花火の魔法を見せてもらった広場へと到着する。
会長は軽く辺りを見回して、光の魔法でわたし達を照らしてくれる。
「ここで良いかな……クリス、早速試してごらん?」
「はい!」
「落ち着いてやれば大丈夫だよ。クリスならきっと出来る」
会長の許可を受けたわたしは杖を腰から引き抜き、杖にはまった透明な宝石に祈るように魔力を込めていく。
二人の力を借りて勉強した魔法の成果がこれから明らかになるのだと思うと少し緊張する。
「クリス、緊張しなくて大丈夫だ。会長もそう言っていただろう?」
緊張しているわたしに気付いたのか、スピネルがわたしの肩に軽く手を置いて声をかけてくれた。
「ありがとうございます、スピネル。わたしは大丈夫です!」
わたしが笑顔でそう返すと、スピネルも軽く微笑みわたしから距離を取る。
二人の応援を受けてわたしの心は温かな気持ちに包まれていく。失敗しても二人がいれば大丈夫。そう思ったことで自然と緊張していた体から無駄な力が抜けていく。
「いきます!」
杖に十分な魔力が流れたことを確認して、わたしは呪文を詠唱していく。一音ずつ間違えないように。会長の教えとスピネルの協力、そしてわたしの力で紡いだ構築式をなぞるように発音する。
想像するのは青い火だ。スピネルや会長が見せてくれた温かくて優しい火。想像した次の瞬間、魔力は杖を通して魔法へと変換される。
わたしは最後に力を込めて、魔力を杖の先端に集めるようにして放出する。
「火よ青く燃えろ!」
わたしが呪文を唱え終えると、杖の先に小さな青い火が灯る。わたしは初めて応用魔法を唱えることが出来たのだ。
「やりました! スピネル、会長!」
それを見た会長とスピネルも嬉しそうな顔をしている。きっとわたしも笑顔になっているのだろう。
わたしは杖の先に灯っている青い火を名残惜しく思いながら消すと、二人の元へと駆け寄る。
「おめでとう、クリス!」
「まさかこんなに早く成功するとは思わなかったよ!」
二人からの祝福の言葉が耳に届くと、少し遅れて魔法が成功した実感がわたしの中に生まれた。
「ありがとうございます、二人とも!!」
「まだもう少し練習は必要だと思うけど、唱えられたならあとは繰り返すだけだよ」
「ああ、これで一緒に練習出来るな。クリス!」
そう言って会長はわたしの成功を褒めてくれた。スピネルも少し興奮しているが同様に喜んでくれている。
会長は自分のことのように喜びながら笑顔をわたしに向けてきた。
「今日はクリスの応用魔法成功記念だね! 早速寮に戻って夕食にしよう!」
「はい!」
初めて応用魔法を使えた喜びを胸に、わたし達は寮への道を足取り軽く戻っていった。




