体調不良と医療研究会
わたしとスピネルは一年生の出し物をバニラ達に任せて、やる気に満ちた状態で研究棟へと向かって歩いていく。今日はいつものわたしとは違うのだ。
「今日こそは会長に寮へ戻ってもらうよう説得するのです!」
「まあ、昨日も研究室に泊まったみたいだから当たり前だな」
スピネルは呆れたように溜息を吐いてそう口にする。しかし、会長を寮に連れ戻す理由はそれだけではない。
「はい! セレスタお姉様からもお願いされたので頑張らなくては!」
「セレスタ殿下にも言われたのか……」
セレスタお姉様の名前を出した途端、スピネルは苦い顔で研究棟の方を見る。その目は少し同情的な光を含んでいるようだ。わたしはそんなスピネルを見上げて、協力してもらうために声をかける。
「スピネルも手伝ってくださいね!!」
「ああ。ちゃんと連れて帰らないと後が怖そうだからな……」
そんな会話をしながら意気揚々と歩いていると、わたし達は高等魔法研究会に到着した。
会長に寮へ戻るよう伝えるのはもちろんのことだが、魔法の研究も進めていく必要がある。わたし達の代わりに一年生の出し物について考えてくれているバニラ達のためにも、自分に出来ることを頑張らなければならない。
扉の前に立ったわたしは扉の横にある魔道具に魔力を流しながら部屋の中へ声をかける。
「会長、いますか?」
こうすることで大きな声を出さなくてもしっかり部屋の中に声を伝えることができるのだ。
声をかけてから少し待っているとゆっくり研究室の扉が開き、中からぐったりした様子の会長が顔を覗かせる。
「いるよ……クリス……」
「会長!? どうしたんですか! 大丈夫ですか!?」
会長は疲れ切った様子で真っ青な顔色をしている。先ほどまでは会長に一言物申してやろうと意気込んでいたが、今にも倒れそうな会長の姿を見るとそんな考えは吹き飛んでしまった。
わたしが慌てて会長に近づくと、スピネルもつられるようにして会長を支えてくれる。
「大丈夫ですか、会長」
「ああ、スピネル。大丈夫だよ……」
会長は平気そうに手をひらひらと動かしているが、明らかに顔色が悪い。どうしたものかとスピネルに顔を向けると、スピネルも困った様子で会長を見ている。
「スピネル、会長は大丈夫だと思いますか?」
「いや、大丈夫じゃないだろう……」
「ですよね……医務室に連れて行った方が良いでしょうか?」
「そうだな。会長、立てますか?」
「うーん……」
会長はぐったりとした様子でスピネルに寄りかかっている。どうやら相当体調が悪いようだ。以前も高等魔法を使った直後に会長は体調を崩していたので、どうにも心配だ。
「それならわたしが医務室に行って人を呼んできます!」
体の小さいわたしでは会長の介抱は上手くできないので、スピネルに会長を見ていてもらい、わたしが医務室に人を呼びに行った方が良さそうだ。
そう思いスピネルに声をかけると、スピネルは申し訳なさそうな顔をこちらに向けてくる。
「……そうだな。悪いがお願いしても大丈夫か?」
「もちろんです! スピネルは会長を見ていてあげてください!」
「ああ、もちろんだ!」
スピネルの心強い返事を聞いたわたしは、むーちゃんを連れて研究室の外へ出る。
「行きますよ、むーちゃん!」
「うん!」
少し前までは自分も今の会長のように誰かに心配される立場だった。今の会長の姿は以前のわたしの姿だ。そう思うと早く何とかしてあげたい気持ちが大きくなり、歩く速度も速くなっていく。
そのまま研究棟の一階に降りて少し歩くと、医療研究会の研究室でもある医務室が見えてくる。
わたしは逸る気持ちを抑えて一度深呼吸をすると、扉の横にある魔道具に魔力を流し室内に声をかける。
「エデルシュタイン王国一年生、クリスティア・エデルシュタインです! 体調を崩した学生がいるので、誰か一緒に来てもらえないでしょうか?」
わたしが部屋の中に声をかけて少しすると、部屋の扉が開き中から見知った学生が顔を出す。
「クリスティア殿下、どうされました?」
「あれ? メディではないですか!」
医務室の中から顔を出したのは白い医療用の制服に身を包んだメディだった。
彼女はこの間の連休中にアレキサンダーお兄様が助言したところ固有魔法で薬を作れるようになり、それ以来アレキサンダーお兄様のために固有魔法の練習を頑張っている。
固有魔法を活用するためセレスタお姉様に相談して医療研究会に移籍するという話だったが、それは来年以降のはずだ。今は別の研究会に所属しているはずの彼女が何故ここにいるのだろうか。
そんなわたしの疑問を見抜いたようにメディは軽く微笑みを浮かべる。
「セレスタ殿下の勧めで今は医療研究会でも活動させてもらっているのですよ」
「そうだったんですね……大変だと思いますが頑張ってください!」
二つの研究会で活動をするのは大変そうだが、目的がはっきりとしているメディならきっと何とかなるだろう。
わたしの応援を受けたメディは優しい微笑みを浮かべて言葉を続ける。
「それでクリスティア殿下。何かお急ぎの用事だったのではありませんか?」
「そうでした! 実は――」
わたしが研究室で体調の悪そうな会長を発見したことを伝えると、メディは少し考えるようにして目を閉じる。
「それなら私が行きましょう」
「良いのですか?」
「はい。もし私だけで対処できなければ他の方にも手伝ってもらいます」
「ありがとうございます、助かります!」
わたしとしても知らない者が来るよりも、顔見知りであるメディが来てくれた方が安心できる。同行が決まったメディは一度医務室の中へと戻ると、白いバスケットを抱えて医務室から出てくる。
「それは何でしょう?」
「医療用のバスケットです。薬などの道具が入っているのですよ」
「そうだったんですね!」
メディは微笑みながら白いバスケットを軽く横に振る。メディの言葉にわたしはホッと胸を撫でおろし、早速研究室へと向かうことにした。
「それでは研究室へ向かいましょう! メディ!」
「かしこまりました。クリスティア殿下」
逸る気持ちを抑えながらも心なし早足で、わたしはメディと一緒に高等魔法研究会の研究室へと向かって歩きだす。
研究室に向かう道すがら、わたしはメディの持っている白いバスケットについて聞いてみた。
「そのバスケットは医療研究会のものですか?」
「はい、そうですよ。医療研究会の会員は皆このバスケットを使うのです」
「なるほど! 今メディが着ている制服と同じようなものですね!」
横を歩くメディは白い医療用の制服を身に着けている。以前セレスタお姉様が同じ服を着ていたこともあるので、医療研究会の活動中はこの服装に着替えるようだ。
わたしが制服の話をすると、メディは嬉しそうに自分の服を見つめる。
「はい。セレスタ殿下の計らいで、この制服を着て他の学生と同じように過ごせるようになりました」
「そうだったんですね……こんなに短い間にセレスタお姉様から信頼されているなんて凄いです!」
「ありがとうございます、クリスティア殿下」
わたしの言葉を聞いたメディは少し照れたように微笑みを浮かべている。
セレスタお姉様だけでなく、わたしもアレキサンダーお兄様もメディが授かった固有魔法については高く評価している。多くの人をその力で救える可能性を持ったメディのことをセレスタお姉様が気にかけるのも当然のことだろう。
メディがセレスタお姉様に認められていることが分かり、嬉しくなったわたしは続けて質問をする。
「そのバスケットの中にある薬もメディが作ったのですか?」
「いえ、これは医療研究会で作っているものですね。私の固有魔法ではまだ完全な薬は作れないのです」
「そうなのですか? でも以前アレキサンダーお兄様には薬を作っていましたよね?」
「はい。ですがまだ練習中なので、他の人に使うことはできないのです……」
アレキサンダーお兄様に渡した薬のことを思い出したのか、メディは少し困ったような表情で苦笑いを浮かべる。
効果の高い薬を作り出すことができるメディの固有魔法だが、相応に使いこなすのは難しいようだ。固有魔法の難しさはわたしも良く知っているので、メディの言葉に同意するように頷きを返す。
「そうだったのですね……アレキサンダーお兄様のためにも、もっと上手く作れるようになると良いですね!」
「はい。ありがとうございます、クリスティア殿下!」
アレキサンダーお兄様の役に立ちたいと思って努力しているメディを陰ながら応援しようと思って歩いていると、いつの間にか高等魔法研究会の研究室へと到着していた。
「到着しました! ここです!」
高等魔法研究会の研究室に到着したわたしは扉の横にある魔道具に向かって声をかける。
「スピネル! 人を呼んできました!!」
わたしが声をかけるとすぐに扉が開く。どうやらスピネルもこちらの到着を待っていたようで、部屋の中からすぐに顔を出す。
「クリス! 早く中に入ってくれ!」
「はい! メディ、よろしくお願いします!!」
「失礼します」
メディを研究室の中に招くと、椅子に座ってぐったりとしている会長の元へ案内する。
「会長! しっかりしてください!」
「うーん……クリス……」
会長はぼんやりとしており今にも倒れそうだ。わたしが声をかけると辛そうに声を出す。
「医療研究会の学生を連れてきたのでもう大丈夫ですよ!」
「はい、もう大丈夫です。それでは少し失礼しますね」
辛そうにしている会長の返事を待たず、メディはバスケットの中から体調を診る魔道具を取り出して会長の額に当てる。魔道具に魔力を流すと魔道具が薄く光り始め、少しすると測定の結果が出たようだ。
会長の額から魔道具を外してじっと見つめたメディは、その結果に目を丸くして驚きを隠せないようだ。
「これは……!」
「メディ! 会長は大丈夫なんですか!?」
わたしがメディに勢いよく問いかけるとメディは静かに答える。
「寝不足ですね」
「え?」
「寝不足です。きっと昨日の夜しっかりと眠らなかったんでしょうね」
「うーん……」
表情には出ていないがメディの呆れた様子がこちらにも伝わってくる。彼女は近くの机に置いていた白いバスケットの中から液体の入った小瓶を一つ取り出し、わたしに手渡す。
「この薬を飲めばぐっすり眠れるので、薬を飲ませてゆっくり休ませてください」
「うーん……まだ研究が完成してないのに眠るわけにはいかないよ……」
会長はぐったりした様子のままわたしに声をかけてくるが、それが寝不足によるものだと分かった今、会長に対する同情の気持ちも段々と薄れてくる。
わたしはじっとりとした視線を会長に向けて小瓶の蓋を開ける。
「いいから早く寝てください!!」
「クリス……もが!」
わたしが小瓶の中身を無理やり会長に飲ませると、会長はそのまま目の前にある机に突っ伏して眠り始めてしまった。全く人騒がせな会長だ。
目の前の眠っている会長を見下ろしたまま、わたしはメディに謝罪を述べる。
「すみません、メディ。こんなことであなたに手間をとらせてしまって……」
「いえ、私も一つ勉強になりました。何かあったらまたお呼びくださいませ」
「はい! ありがとうございました!」
わたしが礼を伝えると、彼女も頭を下げてそのまま研究室の外へと去っていった。




