夜空に花を咲かせたい
会長はわたし達に教えるのが楽しいようで、目を輝かせながら手に持っていた杖をしまい込む。それにしても、会長はまだ三年生なのにどうしてこんなに魔法に詳しいのだろうか。
会長の口ぶりからすると応用魔法を教わるのが三年生、高等魔法に至っては魔法適正の問題もあって講義ではあまり取り扱わないはずだ。
「会長は随分と魔法に詳しいですが、どこで魔法を習ったのですか?」
今まであまり聞いたことがなかったが、良い機会なので会長に聞いてみることにした。
「前の高等魔法研究会の会長だよ。まだ一年生だった私に色々な魔法の使い方と楽しさを教えてくれたんだ。もう卒業しちゃったけど今頃何をしてるんだろう……」
そう言って遠くを見る会長はいつもよりも寂しそうに見えた。もしかしたら先ほどのスピネルとのやり取りは前の会長が会長にしてくれたことだったのかも知れない。
わたしはそんな会長の寂しさを察して、空気を変えるためにお茶を淹れ直す。
「会長! 新しいお茶です!」
「ありがと、クリス。あともう一つ言い忘れてたけど、応用魔法も高等魔法と同じように自分の適性の魔法しか使えないんだ」
会長の魔法適性は火と土で光属性には適性がない。そのため火魔法で応用魔法を見せてくれたのだと思うと、会長の行動が理解できた。
普段の会長であれば火魔法を室内で使うことを良しとはしないだろう。それが例え初級の火魔法だとしてもだ。
「だから会長は火魔法を使ったのですね? 会長なら安全のため光魔法を使うと思っていたので不思議だったのです!」
「そうだよ。私も火と土の魔法は得意なんだけど、他の属性の応用魔法は使えないんだ」
会長が肩を竦めながらそう言うと、何か気にかかることがあったのかスピネルが手を挙げて質問をする。
「それなら俺達はどうやって高等魔法を練習するんですか? クリスは全属性に適性がありますが、俺は火と光にしか適性がありませんよ?」
「それもちゃんと対策済みさ!」
そう言うと会長は壁際まで歩いていき棚の中から数枚の紙を取り出した。
「実はとある人に火と光の高等魔法について相談してね。スピネルとクリスのために簡単な高等魔法を教えてもらったんだよ!」
会長は自慢するように紙を広げて、それをわたし達に見せてくれる。そこには様々な火と光の高等魔法の使い方が書かれていた。
「わあ! ありがとうございます、会長!」
「俺達のためにわざわざ……ありがとうございます!」
「私じゃなくてお礼はその紙を書いてくれた人に伝えてあげて欲しいな。二人が喜んでたって知ったらきっとその人も嬉しいからね」
そう言いながら会長は紙の端を指し示す。わたし達が覗き込むようにしてそこを見ると、綺麗な筆跡でアレキサンダーお兄様の名前が書かれていた。
「教えてくれたのはアレキサンダーお兄様だったのですか!?」
「寮で私が困ってたら助けてくれたんだ。だから二人共、後でアレキサンダー殿下にお礼を伝えてあげてね」
「はい!」
その後はお茶を片付けて会長の講義が再開する。先ほど見せてもらった応用魔法の内容も学びながら高等魔法について教えてもらえたので、少し理解しやすくなっているのを感じた。
やがて日も落ちてきてそろそろ夕食の時間という頃に、会長の講義も終わりを告げる。
「それじゃあ、今日はこんなところかな。二人共、お疲れ様」
「今日はありがとうございました!」
「寮に戻ったら復習したいと思います」
「二人共勉強熱心で私は嬉しいよ。悪いけど片付けを手伝ってもらっても良いかな?」
「もちろんです! 一緒に寮へ戻りましょうね!」
「ええ……?」
会長は嫌そうな顔をしているが、恐らく今日も研究室に泊まって研究を続けるつもりだったのだろう。しかし、わたしがいる以上、そんな行為は見過ごせない。会長には何としても寮に帰ってもらうのだ。
「一緒に戻りましょうね!!!」
わたしが会長の目をじっと見つめていると、会長はふいっと目を逸らしてしまった。
「……とりあえず片付けをしようか。話はその後ってことで」
「分かりました!」
三人で机を端に寄せたり使った本を棚に戻したりと片付けをしていると、思い出したように会長が声を上げる。
「そう言えば二人は大魔法祭の予定は決まっているのかな?」
「俺は特にありません。なので、大魔法祭の間は会長の手伝いをするつもりですよ」
「わたしは大魔法祭について良く分からないので、スピネルと一緒に行動するつもりでした!」
会長の言う通りそろそろ大魔法祭の準備が始まる時期になりつつある。しかし、わたしは大魔法祭とはどのような物かも未だによく分かっていない。きょうだいやスピネルから話を聞いていても、お祭りの感覚が今一つ掴めないのだ。
そこで、去年も大魔法祭に参加していた会長に大魔法祭とはどのようなものなのかを尋ねてみることにした。
「大魔法祭とはどのようなことをするのですか?」
「そうだね……お菓子や食べ物の屋台や演奏会、武術大会に研究会毎の成果発表会……まあ、自分達の好きなようにお店を出して楽しむ人が多いかな」
「わあ! とても楽しそうです!」
屋台と聞くと以前スピネルと出会った時のことを思い出す。あの時はセレスタお姉様やローゼと逸れてしまい大変だったが、今となっては良い思い出だ。
屋台で食べたお菓子が美味しかったという記憶が蘇って、何だかわたしも楽しい気持ちになってきた。
「会長はどんな出し物をするのでしょうか!?」
「それがまだ決めてないんだよね、残念ながら」
会長は肩を竦めている。確かに会長しか高等魔法が使えない状態で出し物をするとなれば、爆発の魔法を見せるしかないが、それはあまりにも危険すぎる。恐らく許可も下りないだろう。
「うーん、困りましたね……どうしましょうか?」
「いっそのこと高等魔法研究会での出し物は無しにするか?」
「ええ!? 折角なので何かやりたいですよ!」
「そう言われてもなあ……」
そうして片づけをしながら出し物の相談をしていたが、特に良い案も思い浮かばない。このままでは高等魔法研究会での出し物が無しになってしまう。
「う~ん……」
何とか案を捻り出そうとしていると、先ほど貰った火と光の簡単な高等魔法が記された紙が目に入る。
「そうです! これに何か良い魔法が書かれているのではないでしょうか!」
「火と光の高等魔法か? でも会長は使えないのにどうするんだ?」
「それならわたし達が使えるようになれば良いのです!」
わたしが胸を張ってそう言うとスピネルも会長も目を丸くしてしまった。
「クリス、本気か?」
「そうだよ。まだ時間はあるけど、そんなすぐに出来ることじゃないよ?」
「でもやってみたいのです!」
わたしは折角の機会を逃したくなくて、アレキサンダーお兄様の紙に目を通す。すると、いくつか書かれている高等魔法の中に丁度良さそうな物を見つける。
「これです! これなら皆の目も引けそうです!」
「何々……花火の魔法? 火と光の魔法を空中で弾けさせて空中に絵を描く魔法か……確かに面白そうだね」
「会長もそう思いますか!?」
魔法の細かい部分を読み始めた会長を横目に、心配そうな顔をしているスピネルの方を向く。
「スピネルはどうしますか?」
「俺はクリスがやる気なら一緒にやるが……本当にやるのか?」
「はい! 是非やってみたいです!」
わたしがこの魔法を使ってみたいというのもあるが、これが成功すればきっと皆を笑顔にすることが出来るだろう。夏の夜空に咲く花を想像して楽しい気持ちになっていると、会長も紙を読み終わったようで顔を上げる。
「うん。良いと思うよ。面白そうだしね。でも私はこの魔法を使えないから、最後は二人に任せきりになっちゃうよ? もちろん魔法の練習には付き合うし、分からない部分も教えるけど……」
「大丈夫ですよ、会長! きっと大魔法祭までには使えるようになります!」
「まあ、クリスがそう言うなら私は止めないけど……スピネルはどうするの?」
会長とわたしがスピネルの方を見ると、スピネルは不敵な笑みを浮かべてわたし達を
見つめ返してくる。
「クリスがここまで言うなら当然俺もやりますよ、会長。それにクリスを一人にはしておけないからな」
「本当ですか、スピネル!? ありがとうございます!」
「ああ、一緒に頑張ろうな。クリス」
スピネルはそう言うとわたしの頭をわしゃわしゃと撫で回して来る。会長はそんなわたし達を見て微笑ましそうに笑う。
「クリスもスピネルも仕方ないなあ。そうと決まれば、私も全力で二人の手伝いをするから三人で頑張ろうね!」
「それならボクも混ぜて!」
「そうですね! むーちゃんも入れて三人と一匹で頑張りましょう!」
三人と一匹で大魔法祭に向けての目標を決めると、次は具体的にどう進めていくかという話になる。
「大魔法祭まであと一か月くらいでしょ? それまでに魔法を完成させようとすると、放課後は毎日研究室に来てもらうことになるかな……」
「そうですよね……流石にアレキサンダーお兄様にずっと教えてもらうわけにもいきませんからね」
「殿下もお忙しいからな。頼めば教えてくれるかもしれないが、それはクリスも嫌だろう?」
「はい、お兄様に迷惑はかけたくありません!」
アレキサンダーお兄様も大魔法祭では『人形の魔道具』を販売することになっているため、そこまで時間の余裕はないだろう。いつもアレキサンダーお兄様にはお世話になっているので、あまり時間を取らせるようなことはしたくない。
誰か他に花火の魔法を使える者がいれば良いのだが……。そんなことを考えていると、むーちゃんが高等魔法の書かれた紙をじっと見つめていることに気が付いた。
「むーちゃん? 何をしているのですか?」
「うーん……クリス! この魔法だったらボク使えるかも知れないよ!」
「本当ですか!?」
「どうした、クリス。むーちゃんが何か言ってるのか?」
「はい! むーちゃんが花火の魔法を使えるそうなのです!」
「え!? それは本当かい、クリス?」
もしむーちゃんが使えるのなら、それを手本にして練習することができるかもしれない。そう思ったわたし達は研究室の片付けを終えると、研究棟の外へと出る。
外に出ると日は傾き始めており、ちらほらと学生達が寮に向かって帰っていくのが見える。そんな中、わたし達は開けた場所へと移動してむーちゃんに魔法の実演をお願いする。
「それではむーちゃん! やってみてもらえますか?」
「分かった! いくよ!」
わたしがお願いするとむーちゃんはむにゃむにゃと呪文を詠唱し始めた。わたしもそれを聞いて『精神活性』を発動するが、呪文の構築式が上手く読み取れない。やはり高等魔法を真似するにはまだ勉強が足りないようだ。
そうして少しするとむーちゃんの詠唱が終わり、足に着けた魔導器が淡く光り始める。
「花火!」
むーちゃんがばっと足を上に向けるのと同時に、むーちゃんの足先から小さな火の玉が上空へと打ち上げられた。
それを見たわたし達が三人揃って上空に目を向けると、ぱあんという乾いた音と共に火の玉が弾け小さな光の花が空に咲く。
「わあ! とても綺麗です!」
「ああ、これなら絶対に目立つぞ!」
わたしとスピネルが興奮して空に打ちあがった光の花を見ていると、会長もうっとりとした様子で空を見上げていた。
「凄い! こんなに綺麗な魔法があったなんて……」
「会長! 是非これを皆にも見せてあげましょう!」
「これなら話題になること間違いありませんよ!」
そんな風にわたし達が話している横で、むーちゃんは調子に乗って追加で何発も花火を打ち上げている。色とりどりの花が空に咲く度に研究棟から寮に帰る途中の学生達が立ち止まって空を見上げる。
きっとこれが完成すればもっとたくさんの人を笑顔に出来るだろう。それはどんなに楽しいことか考えるだけで、わたしの表情も緩んでいく。
「分かった。皆で頑張ってこの魔法を完成させよう!」
「はい!」
夜空に咲く花を見ながら、わたし達は大魔法祭に向けての決意を新たにした。




