高等魔法と応用魔法
三章開始です。遅めですが少しずつ更新していきます。
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連休も終わり、春の柔らかな日差しを感じる五月のある日。わたしはスピネルや会長と一緒に研究室で高等魔法の勉強をしていた。
「ここはこうやって構築式を組めばいいんだよ」
「ふむふむ……」
会長は口で説明しながら、壁一面に貼られた紙に高等魔法の構築式を書き込んでいく。構築式とは呪文の組み立て方を示す式で、これを知らなければ高等魔法を使うことはできないらしい。
「この辺りは属性魔法の知識が応用できるんだ」
「なるほど……」
わたしは『精神活性』を発動して集中力を高めると、会長の講義にしっかりと耳を傾ける。また、分からないところは手を挙げて積極的に会長へ質問していく。
「この構築式を覚えることができれば、わたしも高等魔法を使えるのでしょうか!?」
「うーん……使うことは出来るかも知れないけど、完全に使いこなすことは出来ないかな……」
「何だか難しい言い方ですね……何かあるのでしょうか?」
わたしが首を傾げながら再び質問すると、それを聞いた会長は一度頷いてその理由を説明してくれる。
「うん。属性魔法は基本的に空気中の魔力を使って唱えるから誰でも使えるんだけど、高等魔法は自分の魔力を使って唱えるから人それぞれ最適な物が違うんだ。だから、他の人の構築式を真似しても使える人と使えない人がいるんだ。自分に合わせて構築式を組み立てることが出来れば一人前って感じだね」
「なるほど……高等魔法も奥が深いのですね……」
確かアレキサンダーお兄様が『魔封じの腕輪』を作った時も設計図には構築式を使っていたはずだ。それを考えるとアレキサンダーお兄様の凄さが伝わってきて、右手に嵌めた『魔封じの腕輪』も今の自分には理解できない物凄い魔道具であることを感じた。
「それではこちらはどうなっているのでしょうか!?」
「ああ、これはね……」
わたしが会長に一生懸命質問をしていると、段々と疲れて来たのか隣でスピネルがぐったりと机に突っ伏す。
「ダメだ。全然講義に追いつけない……」
「頑張ってください、スピネル! 一緒に高等魔法を使えるようになると、約束したではありませんか!」
わたしが両手を握りしめてスピネルを励ますと、スピネルは顔だけをわたしの方へ向けてくる。
「そうは言ってもだな……一回で理解できるほど俺も器用じゃない。会長が説明してくれた構築式を覚えるので頭がいっぱいだ」
「確かにずっと高等魔法の講義を聞いてたら疲れるよね」
わたしはあまり気にしていなかったが、普通の講義の後に研究会でも会長の講義を受けているのだ。スピネルの疲れも当然だろう。わたしも集中していたせいか、少しお腹が減って来た。
わたしは今にも鳴りそうなお腹を慌てて押さえると、会長に休憩の提案をする。
「それでは少し休憩にしましょう! 会長、良いですか?」
「ああ、構わないよ。折角講義するんだったら、スピネルにもしっかり学んでもらいたいからね」
「ありがとうございます、会長……」
「そうと決まればおやつの準備です! 会長はお茶を用意してもらっても良いですか?」
「分かったよ。ちょっと待っててね。今持ってくるから」
会長がカップとポットを取りに行く間に、私はバスケットの中からお菓子を取り出す。今日のおやつはこの間焼いたクッキーの余りだ。ここに来る直前まで『保存の魔道具』に入れていたので、味も大丈夫だろう。
「お、この間のクッキーか。まだ残ってたんだな」
「はい! 少しだけですけど、会長にも食べてもらいたいと思ったのです!」
「ありがとうね、クリス。こっちもお茶の準備出来たよ」
会長が淹れてくれたお茶を机に置いて、お皿にクッキーを広げる。むーちゃんは自分を模したクッキーを見て、嬉しそうに会長の周りを飛んでいる。
「見て見て、リシア! これはクリスがボクの形に作ってくれたクッキーなんだよ!」
「むーちゃんもありがとうね」
「む~」
私以外の人にはむーちゃんの言葉は鳴き声にしか聞こえないので、会長は嬉しそうに飛び回っているむーちゃんを撫でながら感謝の言葉を伝えている。
お茶を一口飲んでクッキーを食べると、会長は先ほどの講義の内容についてスピネルに質問し始めた。
「それで? スピネルはどのくらい理解できた?」
「構築式をしっかり組み立てないと高等魔法は使えないってことは分かりました。でも構築式自体はまだよく分からないです」
「まあ、仕方ないよ。本当は応用魔法が出来るようになって、ようやく高等魔法が使えるようになるんだ」
「先は長いですね……」
スピネルは小さく溜息を吐くが、わたしは初めて聞く言葉に対してすかさず質問をする。
「会長! 応用魔法とは何ですか!?」
「あれ? クリス達に説明してなかったっけ? 応用魔法って言うのは属性魔法の構築式を自分で書き換えた魔法のことだよ。本当なら三年生で習うんだけど……見せた方が分かりやすいかな?」
そう言って会長は椅子から立ち上がると、魔法を使うために杖を取り出して構える。
「例えば火を出す初級の魔法があるよね?」
そのまま会長は呪文を唱えて魔法を発動させる。
「火よ燃やせ」
すると会長の杖の先から小さな火が出る。赤い火がゆらゆらと揺れているが、これはいつも見ている火の魔法と同じものだ。
「普通に唱えるとこうなるわけだ」
「そうですね! よく見る火の初級魔法です!」
わたしがそう言うと、会長も頷く。そこで会長は一度火を消すと、もう一度呪文を唱え直す。しかし、今度は呪文が少し違っているようだ。会長の詠唱を聞き洩らさないように、わたしは『精神活性』に魔力を流して集中力を高める。
「火よ青く燃やせ」
同じように会長の杖の先から火が出るが、今度は火の色が青色になっている。普通に魔法を唱えても火の色が変わることはないので、わたしだけでなく隣で見ていたスピネルも目を丸くして驚いているようだ。
「わあ! 凄いです!」
「これが応用魔法だよ。少し呪文が違うだけに思えるかもしれないけど、使えるようになるまでは結構大変なんだ」
「そうなんですね……他の色にも出来るのですか?」
「出来るよ。見ててご覧」
わたしのお願いを聞いてくれた会長は、その後も呪文を何度か唱え直し黄色や緑、紫など別の色の火を見せてくれた。
「わあ……凄いです!」
会長の唱える応用魔法を見て、自分でも唱えてみたくなったわたしは勢い良く席から立ち上がる。
「会長、わたしもやってみたいです!」
「クリスに出来るかな?」
会長はそう言って挑戦的な瞳をわたしに向けてくる。そこまで言われてしまってはわたしも引くわけにはいかない。これでもわたしは魔法が得意なのだ。きっと出来るに違いない。
わたしは会長の挑戦を受けることにして、自信満々に答える。
「きっと出来ます!」
「それじゃあクリスも唱えてみようか。呪文は分かるかい?」
「はい! 先ほど会長の詠唱を聞いて覚えたので大丈夫です!」
会長と言葉を交わして杖を構えると、先ほどの会長と同じように呪文を唱えてみる。最後に魔力を込めて、青い火が杖の先から出るところを想像したら魔法は完成だ。
「青き火よ燃えろ!」
しかし、想像していたような青い火は出なかった。わたしの魔法は不発に終わったのだ。
「あれ!? 失敗してしまいました……」
わたしは呪文を失敗したことが無かったので慌てて杖の先を見つめるが、一向に火が出てくる気配はない。
会長と同じ呪文を唱えたはずなのにどうしてだろうと首を傾げていると、会長がクスクスと笑い始める。
「クリス、呪文が間違ってたよ」
「本当ですか!? ちゃんと出来たと思ったのですが……中々難しいですね……」
「さっきも教えたけど、これが人による構築式の違いだね。私とクリスじゃ魔法適性や魔力量が違い過ぎるから、そのまま真似しても呪文が上手く構築できなくて発動しないことがあるんだ」
今まで大抵の属性魔法は『精神活性』のおかげもあり一度見れば真似できたのだが、人によって呪文が変わる応用魔法や高等魔法はそう簡単にはいかないらしい。
『精神活性』が万能ではなかったことを知って少し衝撃を受けたが、それ以上に魔法の奥深さを感じて心が躍る。
「うーん……難しいですけど、やはり魔法は楽しいですね!」
「クリスは筋が良いからすぐ出来るようになるかもね」
そこまで言うと笑顔の会長はスピネルの方をチラリと見る。
「でも、もしかしたらスピネルはすぐにでも唱えられるかも知れないね」
「え? クリスが出来ていないのに俺が出来るわけないですよ」
スピネルがわたしの方を見ながら呆れたようにそう言うと、会長は緩く首を横に振った。
「そんなことないよ、スピネル。さっきも言っただろう? クリスは優秀過ぎて私の構築式が合わないのさ。でもスピネルなら魔法適性も魔力量も私に近いから出来るかも知れない」
会長が微笑みを浮かべながらそう言うと、スピネルも覚悟を決めたようで会長の目をじっと見つめる。
「分かりました。そこまで会長が言ってくれるなら俺もやってみたいです!」
「よろしい。それじゃあ私が詠唱するから、それに続いて詠唱してみてね」
「はい!」
会長が一節ずつ区切りながら呪文を詠唱して、それに続いてスピネルが詠唱する。それを何度か繰り返すと、二人の詠唱が完了する。
「ほら、スピネル。最後だ。しっかり魔力を注いで、青い火が出るところを想像してご覧?」
「火よ青く燃えろ!」
会長に続いてスピネルが詠唱を終えると、スピネルの杖の先で青い火が燃え始める。会長の物と比べると小さく不安定だったが、きちんと発動している以上スピネルの魔法は成功と言えるだろう。
「わあ! 凄いです、スピネル! ちゃんと青い火が出ていますよ!」
「ああ……俺にも出来るんだな……」
スピネルはまだ自分が応用魔法を唱えられたことを信じられないようで、呆然としながら手元の青い火を見つめている。
そんなスピネルのことを優しい眼差しで見つめながら、会長は微笑みを浮かべる。
「良かったね、スピネル。これでクリスよりも一歩先に進めたね」
「はい! ありがとうございます、会長!」
「やりましたね、スピネル! でもわたしも負けていられません! すぐに追いついて見せますからね!」
「ああ!」
わたしがスピネルを見上げてそう言うと、スピネルも嬉しそうに笑ってくれた。スピネルに先を越されたのは少し悔しいが、わたしも頑張って早く応用魔法を使えるようになりたいものだ。
気合を入れてスピネルと一緒に笑い合っていると、会長もニコニコと笑顔を浮かべてわたし達に話しかけて来る。
「二人共やる気が出たようで良かったよ。これからもその調子で頑張ろうね」
「はい!」




