6日目2 笑顔のために
次でラストです
皆で楽しい食事を終えた後は『クリスの魔道具』を作る時間だ。私は助手にエメラルを連れて工作室へと向かった。
「今日は作るだけなんだよね、兄さん」
「そのことなんだが、少し設計図を変更しなくてはならなくなった。だからエメラルにはその間、素材の仕分けをお願いしたいんだ」
「分かった。素材は『空間収納』に入ってるの?」
「ああ、これから出すので少し待っていてくれ」
『空間収納』を開いて、中から素材を次々と取り出していく。ほとんどはカーネリア達が洞窟で採って来た素材だが、魔銀や宝石など魔道具の装飾に必要な素材も少し取り出しておく。
「これでいいかな……」
「兄さん大丈夫?」
「そこまで疲れてはいないさ。それよりエメラル、よろしく頼むよ」
「分かった。任せてよ、兄さん!」
仕事を任されたエメラルは元気良く返事をする。
カーネリア達はいつも素材を大量に持って帰ってくるのだが、素材別に分かれていないのでそのままでは少し使いにくいのだ。『空間収納』の中である程度は区別できるのだが、整理されていないので探す手間がかかる。
その整理をいつも手伝ってくれるのがエメラルだ。素材の仕分けに慣れたエメラルは指示しなくてもテキパキと動き出してくれるので、とても助かっている。
そんなエメラルを横目に見ながら、私も自分の仕事を進めていく。『空間収納』から『クリスの魔道具』の設計図を取り出し、先ほどセレスタと相談した安全装置を組み込んでいく。既に設計図に書き込んだ構築式を崩さないよう、慎重に安全装置の構築式を組み込んで準備は完了だ。
「良し、できた!」
「早いよ、兄さん……まだ仕分け終わってないんだけど」
「そうか……それならもう少し魔道具の見た目を考えておくから、エメラルはそのまま仕分けてもらっても良いかな?」
「分かった。あまり遅くならないように頑張るよ」
「済まない。慌てなくて良いからしっかり仕分けてくれ」
エメラルに声をかけて私はもう一度設計図と向き合う。
『クリスの魔道具』は腕輪型の単純な構造で、魔銀を使うことで大きさの調整機能を付けている。しかし、飾り気がないのでクリスが装着するには少し無骨過ぎると思っていたのだ。そのため先ほどいくつか装飾用の宝石を取り出したのだが……。
「エメラル、クリスに似合う宝石は何色だと思う?」
「そうだなあ……水色が良いんじゃないかな? 前にセレスタ姉さんから貰ってた指輪も水色の宝石が嵌ってたよ」
「ふむ……」
確かにクリスは水色の宝石が嵌った指輪を常に着けている。私もクリスに何度か見せてもらったので、指輪の意匠も覚えている。
「それなら……」
私は設計図に書き込まれていた魔道具の見た目を変更していく。あまり時間はないので急がなくてはならない。
クリスの喜ぶ顔を思い浮かべながらペンを動かしていると、昼食の鐘が鳴って少しした頃に設計図が完成した。
「良し、できた!」
「お疲れ様、兄さん」
「ああ、エメラルも手伝ってくれてありがとう」
無事に素材の仕分けを終えたエメラルの頭を軽く撫でると、仕分けされた袋ごと素材を『空間収納』にしまっていく。軽く『空間収納』を確認すると、しっかり仕分けされていることが分かる。
「今回も完璧だ。いつも助かるよ」
「ありがとう、兄さん」
「『クリスの魔道具』を作ったら昼食にしようか。エメラルも早くお茶会の準備をしたいだろう?」
「そうだね……クリス達がお菓子を用意するみたいだから僕はお茶を用意するよ」
「そうと決まれば早く作ってしまおう!」
私達は錬成器の前に立つと投入口へ素材を放り込んでいく。もちろん『魔力転化』で素材の品質は向上済みだ。高品質の素材を惜しみなく錬成器へと投入し、設計図を読み込ませたら準備完了だ。最後にボタンを押すと錬成器がゴトゴトと動き出す。
「良し、できた!」
「それじゃあ行こうか、兄さん」
「ああ、出来上がるのが楽しみだ!」
我ながら単純だが、この待っている時間というのがたまらなく楽しみなのだ。これだから魔道具作りはやめられない。
食堂に到着すると既に人はあまりおらず、ゆっくりと昼食を食べることができた。エメラルと談笑しながらの昼食を終えると、ホールに出たところでエメラルが口を開いた。
「そう言えば朝からメディの姿を見てないね」
「そうだな。彼女は目立つからいればすぐに分かるはずなんだが……あ!」
まずい。メディのことを完全に忘れていた。彼女は今も私の部屋にいるのだろうか。冷や汗が流れ出るのをエメラルにバレないように祈りながら会話を続けていく。
「メディは部屋で休んでいるはずだ。昨晩は私の世話をしていたせいで十分に休めなかったからな」
「昨日は大変だったからね……それじゃあ僕は植物研究会に行ってお茶の葉を貰って来るよ」
「ああ、お茶会の時間には戻ってくるんだぞ」
平然とした顔でエメラルを送り出したが、内心では冷や汗が止まらない。放置していたこともそうだが、私の部屋でメディを寝かせていたとセレスタに知られるのは非常にまずい。彼女は怒ると怖いのだ。
今頃セレスタはお菓子作りをしているはずだ。クリスとスピネルも一緒だろう。三人は恐らく講義棟の調理室にいるので、しばらくの間は戻って来ない……はずだ。
とにかく急いで部屋に戻り、メディを部屋から追い出さなくてはならない。私は早足で部屋へと戻ると、深呼吸してからゆっくりと部屋の扉を開ける。
恐る恐る部屋の中を覗き込むと、メディがベッドで眠っているのが見える。どうやらあの後もメディは眠り続けていたようだ。
私はメディを起こさないように扉をゆっくりと閉めると、眠っているメディの元へ近付く。
「メディ、起きるんだ。メディ」
「むにゃ……殿下……」
メディの肩を揺すると、まだ夢を見ているのか寝ぼけたメディは私の手を引っ張って来る。
「メディ! 引っ張らないでくれ! うわ!」
「殿下ぁ~」
そのせいで体勢を崩した私はメディに覆い被さる形でベッドに倒れ込んでしまう。目の前にはメディの綺麗な顔があり、心臓の鼓動が早くなっていくのを感じる。これ以上はまずい。そう頭では分かっているのだがメディから目を離すことが出来ない。
そんなことをしている間にメディが私の背中に手を回して密着するような姿勢になった。私は慌ててメディの顔を見るが、彼女の眼は閉じたままだ。
「おい、メディ! お前本当は起きているんじゃないだろうな!?」
「殿下……」
そのままメディは私のことを思い切り抱きしめてくる。これはまずい。メディが寝ていようが、関係ない。何とか引きはがそうとするが、メディの力が思ったよりも強く引きはがせない。
「は、な、れ、ろ~!」
そんなことをしていると部屋の扉をノックする音が聞こえた。その音に心臓が跳ねるが、今この状況を見られるのは絶対に良くない誤解を招く。誰だか知らないが早く帰ってもらおう。
私は努めて平静な声を出すと、扉に向かって話しかける。
「だ、誰だ?」
「クリスです! クッキーが美味しく焼けたので、アレキサンダーお兄様にもお裾分けしたくて来ました!」
ドアをノックしていたのはクリスだった。クリスの焼いたクッキーは食べたいが、今入って来られるのは非常に困る。ここはひとまずお引き取り願おう。
「そうか……でも私だけ食べたら他の皆に悪いだろう? お茶会の時に貰うから私のことは気にしないでくれ!」
「そうですか……折角上手くできたのですが、仕方ないですね……」
クリスが扉の向こうでしょんぼりしているのが声からも分かる。申し訳ない気持ちはあるが、こちらはこちらで危機なのだ。こうしているうちにもメディの抱きしめる力がどんどん強くなっている気がする。
そんなことも露知らず、扉の向こうからは別の人物の声も聞こえて来た。
「ちょっとお兄様、クリスが悲しんでいるではありませんの! 早くここを開けてくださいませ!」
「セ、セレスタ!? どうしてここに!」
「どうしてもこうしてもありませんわ。クリスがクッキーを渡したいと言うのでついて来ましたの」
セレスタは既に怒っているような雰囲気が伝わってくる。そもそもセレスタはお茶会までクリスのことを引き付けておく約束だったはず。何故クリスを連れて私の部屋に来ているのかが理解できない。
しかし、今は考えるよりも何とかこの場を切り抜けなくてはならない。
「とりあえず今はダメだ、セレスタ、クリス! 今は……そう! 今は着替え中なんだ! だから早く帰ってくれ!」
「お兄様……」
「もう、お兄様! 開けますわよ! クリスをこれ以上悲しませないでくださいませ!」
「ダ、ダメだ、セレスタ! 今はダメなんだー!」
部屋の鍵を閉め忘れたことを悔やんでももう遅い。私の叫びを無視してセレスタが後ろにクリスを連れて部屋に入って来た。扉を開けたセレスタは私達の姿を見てピタリとその場で立ち止まる。
「お兄様……これは一体?」
「お姉様、どうしたのですか? お兄様がどうかしたのですか?」
セレスタが立ち止まったせいでクリスは部屋の中が見えていないようだ。それは良かったのだが、セレスタの付近の温度が氷魔法を使ってもいないのに急激に下がっていくのを感じる。
「クリス、あなたは外で待ってなさい」
「え? お姉様?」
セレスタはクリスを部屋の外へ追い出すと、杖を手に取りニコリと私に向かって微笑む。
「お兄様……? 何か弁明はありますか?」
「待て、待ってくれ、セレスタ! 誤解なんだ! だからその杖を下ろしてくれ!」
「問答無用ですわ! 反省してくださいませ!」
最初から許す気がないセレスタは杖を振り下ろすと呪文を唱える。それはセレスタが唯一使える相手を傷つける魔法だ。
「光よ癒せ!」
本来ならば相手を回復する光魔法だが、セレスタが本気で唱えると、強力過ぎて相手の魔力を乱してしまう。その結果、体中に激しい痛みが走る。
「ぐあああ!」
体の魔力がぐちゃぐちゃにかき回される感覚と共に私はベッドへ倒れ込む。
「え!? アレキサンダー殿下!?」
倒れる瞬間、何とか体を捻ったのでメディとぶつかるようなことはなかったが、私の悲鳴で目を覚ました彼女は私とベッドで横になっている状態である。
「何がどうなっているんですか~!?」
状況をまだ理解できていない彼女は目を白黒させて困惑の声を上げた。
◇
体の痛みを耐えながら起き上がると、私はメディと一緒にセレスタと向かい合う。こんなことになった事情をセレスタに説明すると、セレスタは呆れたように溜息を吐いた。
「お兄様……いくら何でも女性を自室のベッドに眠らせるのは良くありませんわ……」
「申し訳ない……」
「それにメディも。お兄様をお慕いしているのは分かりますが、お兄様に迷惑をかけてはいけません」
「すみません……セレスタ殿下」
「とりあえず何もなかったことは分かりましたわ。ですが、ここは学園です。節度を持ったお付き合いをしてくださいませ」
「はい……」
私とメディはそんな関係ではないが、何とかセレスタの怒りは収まったようだ。今回の件は私の責任も大きいので、反省しなければならないことも多い。
「はあ……とにかく表に待たせているクリスを中に入れますわよ」
「ああ。そう言えばセレスタはどうしてここへ? お茶会まではクリスを引き付けておく約束だったろう?」
「……お兄様に迷惑をかけたお詫びにクッキーを渡したいとクリスにお願いされましたの」
どうやらセレスタも妹の頼みは断れなかったようだ。それならば仕方ない。結局、私達きょうだいはクリスに甘いのだ。
「それじゃあクリスを呼ぶとしよう。一人で待っているのは寂しいだろうからね」
「ええ……クリス、もう入って来て良いですわよ!」
セレスタが呼びかけると、クリスは扉を開けて恐る恐るといった様子で部屋へ入って来る。
「あの、お兄様大丈夫ですか? 何だか凄い悲鳴が聞こえたのですが……」
「ああ。着替え中にセレスタが入って来たので、驚いて少し転んでしまったんだ。もう大丈夫だよ」
「そうですか……? それなら良いのですが……」
適当にそれらしい理由を告げると、少し不審に思いながらもクリスは納得してくれたようで一人頷いている。
「あ! メディもいたんですね! 昨日はありがとうございました!」
「無理やりお止めする形になってしまい申し訳ございませんでした。クリスティア殿下もお元気そうで良かったです」
「私は元気なのでメディが気にすることはありませんよ! それより、メディにも昨日のお礼にクッキーを渡そうと思っていたのです! 受け取ってもらえますか?」
「まあ……とても嬉しいです。ありがとうございます、クリスティア殿下」
クリスとメディも仲良くなれたようで何よりだ。二人の微笑ましいやり取りを見ているとクリスがテクテクと私の方にも歩いて来る。
「お兄様も! はい!」
「これは……むーちゃんかな?」
「はい! セレスタお姉様と一緒に頑張って作りました!」
「良く出来ている。ありがとう、クリス。とても嬉しいよ」
クリスから受け取ったクッキーはむーちゃんの形をしており、彼女が頑張って作ったのが伝わってくる。私は感謝の気持ちを込めてクリスの頭を優しく撫でる。
「今日はセレスタお姉様とスピネルに手伝ってもらったので、次は一人でも作れるようになりたいです!」
「クリスなら出来るさ。そう言えばスピネルはどこに?」
「スピネルはまだ調理室です! 今はお茶会のために準備して貰っています!」
クリスとセレスタは私にクッキーを渡すためにわざわざ準備を抜け出して来てくれたようだ。そう思うと二人への感謝の気持ちがより強くなる。
「二人ともわざわざありがとう。それなら二人共スピネルを手伝ってあげた方がいいんじゃないかい?」
「お兄様に渡せたので私達も戻ります! お茶会を楽しみにしていてくださいね!」
「ああ、楽しみにしているよ。また後でね」
クリスとセレスタを見送ると部屋には私とメディの二人が残される。私がメディの方を向くと、彼女はビクッと肩を震わせる。
「メディも部屋に帰って休みなさい。今度は私の言うことを聞けるよね?」
「はい……私の我儘で殿下に迷惑をかけてしまい、申し訳ありませんでした……」
泣きそうな顔をした彼女の頭を軽く撫でると、彼女は目を丸くして私を見上げてくる。
「メディが私のために色々としてくれることはとても嬉しい。それは偽りない本心だ」
「殿下……」
「でも、セレスタの言った通りここは学園だ。きちんと節度を守らないといけないよ」
「はい……あの、私はまだ殿下のお傍にいてもよろしいのでしょうか……?」
「もちろん。ただ、今朝のような強引なことは今後しないように。守れるかい?」
「はい! 私はいつでも殿下と共にあります!」
メディも気を取り直したようで私に笑顔を向けてくる。彼女には皆を救う力がある。その原動力が私なのだとしたら、彼女が恥ずかしくないように私も努力しなければならない。
「それじゃあ、メディは部屋に戻りなさい。昨日は私のせいで休めなかったのだから、今日は私のためにゆっくり休むんだ」
「殿下の寛大なお心に感謝いたします。それでは失礼いたします、殿下」
メディがいなくなって私は部屋に一人になる。色々と問題はあったが、今日で連休も終わりだ。それなら最後くらいは皆に笑顔でいてもらいたい。
「良し! もうひと頑張りだ!」
言葉を口に出して気合を入れると部屋の外へと歩き出す。『クリスの魔道具』改め『魔封じの腕輪』がそろそろ完成している頃だろう。意匠にもこだわったのでクリスが喜んでくれると良いのだが……。
そんなことを考えながら作った魔道具をクリスに渡す準備をするため、私は工作室へと歩き出した。




