6日目1 作戦会議
翌朝、約束通り学園の制服を着たメディが部屋へ起こしに来てくれた。セレスタも一緒について来ている。私はベッドから体を起こすと二人へ挨拶をする。
「やあ、セレスタ、メディも。おはよう」
「お兄様! メディに鍵を渡すなんて何を考えているんですの!?」
開口一番怒られてしまった。目を覚ますにはちょうど良いが、セレスタは何をそんなに怒っているのだろうか。私が首を傾げているとセレスタはわなわなと震えて溜息を吐く。
「はあ……もういいですわ。お兄様もよく分かっていないようですし……」
「冗談だ、セレスタ。ちゃんと分かっているよ」
「いい加減にしてくださいませ、お兄様! わたくし怒りますわよ!」
もう怒っているじゃないか。そう思ったがその言葉は口に出さないのが賢明だと判断して、セレスタには微笑みで返す。それに追従するようにメディも微笑みを浮かべる。
「そうですよ、セレスタ殿下。アレキサンダー殿下のお茶目じゃないですか」
「はあ……メディも随分肝が太いですこと……」
「心配してくれたんだろう? ありがとう、セレスタ」
セレスタはまだ良く知らないメディが私の部屋に一人で入ることを心配していたのだろう。しかし、私はメディのことを疑ってはいないのでその心配は杞憂である。
ぷんぷんと怒っているセレスタの頭を軽く撫でてやると、彼女はそっぽを向いてしまった。まだ怒っているセレスタに代わるように前に出たメディが私の体調を確認を始める。
「殿下、お加減はいかがですか? 疲れなどは残っておりませんか?」
「ああ。メディの薬のおかげで今日も元気に過ごせるよ。ありがとう」
「殿下のためにもっとたくさんの薬を作れるようになりますね」
「二人共仲が良いですのね」
セレスタがじっとりと睨みつけてくるので、メディとの会話を切り上げるために咳払いをするとセレスタの方へ顔を向ける。
「それで? セレスタが来たのはメディのことだけじゃないんだろう?」
「ええ。メディから話を聞いたので、ついでに同行させてもらいましたの。本題はクリスのことですわ」
「セレスタもそう思ったか」
セレスタは私と同様の懸念を抱いたのだろう。彼女に視線を向けるとコクリと頷く。気が利くメディはそれを見て退出の準備を始めた。
「セレスタ殿下。アレキサンダー殿下とのお話が終わるまで、私は表で待機していますね」
「ありがとう、メディ。気を遣わせてしまいましたわね」
「私のことはお気になさらず、ゆっくりとお話しください。それでは」
メディが退出するのを見届けると、セレスタは真剣な表情で私のことを真っ直ぐに見つめてくる。
「まずはクリスの体調の報告ですわね。今は落ち着いているので特に問題はありませんわ」
「それは良かった。私も最後まで起きていられれば良かったんだが……」
「あの状況でお兄様を責める者はいません。むしろ問題なのはクリスの装着していた魔道具ですわ。本当にこのまま作っても問題ありませんの?」
やはりセレスタは周りをよく見ている。どう伝えた物かと思ったが、下手に話を逸らすよりもそのまま話して相談に乗って貰った方が良いだろう。
「分かっている。私も昨日同じ結論に辿り着いた。このままクリスの身を守る魔道具を作っても良いのかとね」
「それでお兄様はどう思いましたの? クリスの身を守るのは大事ですけれど、誰も止められない状態なのは正直不安ですわ」
確かに私の魔法を防げるのは身を守る魔道具としてこれ以上はない性能だが、反面誰にもクリスを止めることができないという問題が発覚した。
しかし、そのこと自体は特に問題だとは思っていない。昨日も無理やり魔法で止めようとしたから失敗しただけで、落ち着いていれば彼女は冷静に判断できただろう。
「私は作っても問題ないと判断したよ。本来であればクリスがあそこまで感情的に魔法を使おうとすることはほとんどない。それはセレスタも良く知っているだろう?」
「ええ、病床でも気を遣って気丈に振舞っていたクリスですもの。普段であればクリスも我慢できたでしょう。今回の件はクリスをあそこまで怒らせたヘリオドールお兄様が悪いですわ」
セレスタは呆れながらそう言うが、その瞳にはクリスに対する心配の色が見える。
昔からクリスは私達に心配をかけないように笑顔でいることが多かった。セレスタは病弱だった頃のクリスを良く知っている。身を守る魔道具を着けないことで、クリスの自由が奪われるとなれば思うところがあるのだろう。
「ですが、お兄様でもクリスを止められないとなると、他の誰にも止めることは出来ませんわ……」
「昨日はメディの力を借りて何とかなったんだろう? 同じやり方は通用しないのかな?」
「『精神活性』でクリスが落ち着くのを待って、メディの睡眠薬をクリスに無理やり飲ませました……もう二度とやりたくありませんわ」
セレスタは昨日のことを思い出したのか悲しそうな顔になる。彼女はきょうだいの中でも一番クリスと過ごす時間が長いので、クリスを抑えつけるようなことはやりたくなかったのだろう。
私は泣きそうな顔をしているセレスタの頭を優しく撫でた。
「私がいながら済まなかった。セレスタに辛い思いをさせてしまったな」
「いえ……わたくしのことは良いんですの。ただ、これ以上クリスの自由が奪われることは嫌なのですわ……」
「それは分かっている」
セレスタがクリスに我慢させたくないと言う気持ちは痛いほどよく分かる。悲しそうに頭を下げるセレスタの頭を撫でながら、何とか出来る方法がないか考えてみる。
今回のことで改めて分かったが、クリスの魔力量は規格外だ。もし『魔力活性』を全開にすることがあれば太刀打ちできる者は学園にはいないだろう。そうなった時のためにも何かクリスの魔力を抑え込む仕掛けが必要なのだが……。
「『結界の魔道具』……」
『結界の魔道具』は使えるかもしれない。私が思いついたことをポツリと呟くと、それを聞いたセレスタは顔を上げる。
「え?」
「『結界の魔道具』を改造すれば何とかなるかも知れない」
『結界の魔道具』は魔力を消費して周囲に魔法防御を展開する魔道具だ。少し構築式を変えれば装着者の魔力を多く消費することで、魔法を使えない状態にも出来るだろう。
「それは本当ですの?」
「恐らく。だがその仕組み……安全装置を使うのは緊急時だけだ。普段はただ身を守る魔道具として動作させる。そうすればクリスは自由に活動できて、緊急時にはクリスを止めることが出来る」
追加で安全装置を魔道具に組み込むためには高品質の素材が必要だが、それに関しては昨日受け取った物がある。『空間収納』を確認すると、受け取った中に高品質の素材も少なからずあるので何とかなりそうだ。
「うん。何とか作れそうだ」
「ありがとうございます、お兄様!」
「安心するのは早いよ、セレスタ。まだ完成したわけじゃないからね」
「はい! わたくしに出来ることは何でも協力しますわ!」
「ああ。よろしく頼むよ、セレスタ」
それからセレスタに軽いお願い事をするとメディに部屋へ入るように促した。
「お呼びでしょうか。殿下」
「ああ。メディのおかげで話し合いも終わったよ」
「それは良かったです。セレスタ殿下もお疲れでは? 何かお飲み物をお持ちしましょうか?」
メディがセレスタに向かって声をかけると、それには及ばないと言った様子でセレスタは首を横に振る。
「わたくしは結構ですわ。それではお兄様、また後程お会いしましょう」
そう言ってセレスタは部屋から去っていく。セレスタには夕方までクリスの注意を引き付けてもらう役目を言い渡したので、何とか頑張って欲しいところだ。
「セレスタ殿下も元気になられたようで安心しました」
ホッと息を吐くメディを見て私も一安心する。とりあえずクリスの問題は後にして今は疲れた様子の彼女に休んでもらうことにしよう。
「メディも疲れているだろう? 少し休んで来ると良い」
「私は殿下のお傍にいられればいつも元気です……」
メディは微笑みを浮かべながらそう言っているが、顔には疲労の色が濃い。昨日も慣れない魔法を使って無理をしていたのだろう。それに気が付かなかった自分を責めつつ、彼女を部屋に帰そうともう一度言葉をかける。
「メディ。部屋に帰りなさい。これは王子としての命令だ」
「でも、そうしたら殿下のお世話は誰がするのですか? まだ本調子ではありませんよね?」
「私なら大丈夫だから……ほら帰るんだ!」
「嫌です! 私は殿下のお傍にいます!」
無駄に頑固なメディは私にくっついて離れようとしない。まるで駄々をこねる子供のようだと思ったが、そもそも彼女はエメラルと同い年でまだ子供だ。固有魔法を使えるようになって前向きになった後は大人びた雰囲気になったが、歳相応の我儘を言うこともあるだろう。
しかし、それはそれだ。私は離れないメディを何とか引きはがそうとする。
「ええい! 離れないか!」
「いやです~!」
「あまり我儘を言うと無理やり引きはがすぞ!」
「殿下はそんなことしません!」
信頼してくれるのは嬉しいが、このままではメディに看病されて一日が終わってしまう。まだやらなければならないこともあるので、それは良くない。
私は杖を引き抜くとメディに向ける。済まない、メディ。
「闇よ眠らせろ!」
「あ……でんか……」
睡眠の魔法が効いたようで、メディはポスっと可愛い音を立てて私のベッドへと倒れ込む。しばらくすれば目を覚ますだろうが、とりあえず彼女には眠っていてもらうことにしよう。
「ゆっくりお休み、メディ……」
メディに優しく布団をかけてやり食堂へと降りると、既にクリスとセレスタが楽しそうに食事をしているのが見える。
そんな二人の楽しそうなやり取りを見た私も、食事を受け取り二人の傍へと腰を下ろした。
「やあ、クリス。昨日は大変だったね」
「あ……アレキサンダーお兄様……お体の方は大丈夫ですか?」
「ああ、セレスタとメディに診てもらったからね。もうすっかり元気だ」
私が笑顔でそう言うとクリスもホッとしたようで、ニコリと微笑みを返してくれた。
「昨日は申し訳ありませんでした。わたしのせいで滅茶苦茶になってしまって……ヘリオドールお兄様にもあとで謝らないといけません……」
「ヘリオドールには謝らなくて良いよ。悪いのはあいつだ」
素っ気なくそう言い放つとクリスはクスクスと笑ってくれた。クリスは相手に気を遣うのが上手いので、表情を見ているだけでは我慢しているのか分かりにくい。細かい部分まで注意しないといけないが、とりあえずは大丈夫そうだ。
クリスの様子を自分の目で確認できた私は昨日の魔道具がどうなったのかを聞いてみることにした。
「昨日作った『灯りの魔道具』はどうしたんだい?」
「先ほどお姉様と一緒に飾ってきました! 可愛くなくても初めて作った魔道具なので、やはり記念に飾りたかったのです!」
「そうか……大事にしてあげてくれ」
あれを部屋に飾ることになったセレスタには申し訳ないが、クリスが喜んでいるなら今はそれでいいだろう。セレスタもあの魔道具を見ているうちに愛着が湧くかもしれないからな。
「あら……?」
話に上がったセレスタはというと、辺りをキョロキョロと見回して誰かを探しているようだ。
「どうかしたかい? セレスタ」
「お兄様、メディは一緒ではありませんの?」
「メディなら……部屋で寝てるよ」
流石に私の部屋で眠らせているとセレスタに伝えることは出来ない。適当に言葉を濁していると、それを聞いたセレスタは心配そうな表情で天井をチラリと見上げる。
「そうですの? 確かに一晩中お兄様の看病をしていましたものね。今日くらいはゆっくり休ませてあげましょう」
「残念です。メディにもお礼を伝えたかったのですが……」
「次会った時に言えばいいさ。彼女もそのくらいのことは気にしないだろう」
そんな話をしながら和やかに食事していると、問題のヘリオドールの姿が食堂の入口に見えた。彼も反省しているようで、しょんぼりと肩を落としているのが目に見えて分かる。
ヘリオドールはクリスの目の前まで来ると、クリスに跪いて謝罪の言葉を述べ始めた。
「クリス。昨日は済まなかった。一生懸命作った物を笑われたら誰だって怒るよな……」
「許しません! ……というのは冗談です。もう気にしていないのでヘリオドールお兄様も頭を上げてください」
クリスがそう言うとヘリオドールは悲しそうな顔でクリスを見上げる。
「良いのか? クリス。俺はお前が望むなら何でもやってやるぞ?」
「確かに笑われたのは悲しかったですけど、もう大丈夫です! だからヘリオドールお兄様も元気を出してください!」
そう言いながらクリスが席を立つ。いつもとは逆にヘリオドールの頭をクリスが撫でると、感極まったのかヘリオドールはクリスに抱き着いた。
「クリス! こんな兄貴で済まない! これからはもっとクリスに優しくするからな!」
「ええ、もっと甘やかしてくださいね。ヘリオドールお兄様!」
二人は抱き着いてグリグリと頭を撫で合っている。仲が良いのは良いことだが、ここは食堂だ。じゃれ合うのはできれば部屋でして欲しかった。
二人の仲の良いやり取りを黙って見ていたカーネリアは咳ばらいをしながら二人を注意する。
「二人共仲が良いのは分かったが、皆が見ている。とりあえず席に座れ」
カーネリアの言葉にハッとした二人は恥ずかしそうに席へ座るときょうだいでの食事を再開する。食事を再開した私達だったがカーネリアがテーブルを見てポツリと呟く。
「そう言えばエメラルとスピネルはどこにいるんだ? 姿が見えないようだが……」
「さっきから近くにいたけど、恥ずかしくて近寄れなかったんだよ……」
「おはようございます、カーネリア殿下」
「スピネル! おはようございます!」
「ああ、クリスもおはよう。今日も元気そうだな」
エメラルとスピネルも席に着いたところで、私は今日の予定について説明することにした。
「学園に来てから皆でお茶会をする機会がなかったので、今日は夕方からお茶会をしようと思うのだが、皆の予定はどうだろうか?」
「私は賛成です! ヘリオドールお兄様とも仲直り出来ましたからね!」
「ああ、そう言うことなら俺も賛成だ! クリスのために町で美味しいお菓子を買って来るからな!」
クリスとヘリオドールに続いてエメラルとカーネリアも賛成の意を示す。
「僕も良いよ。今日は暇だからアレキサンダー兄さんの手伝いでもしようかな」
「私は研究会に顔を出すが、お茶会があるのなら夕方には戻って来よう」
皆のことを見回してセレスタも頷く。もし皆が賛成しなかったらセレスタと私で誘導する作戦だったので、皆が前向きに参加してくれるのは嬉しい誤算だ。
「皆が賛成ならわたくしも異論はありませんわ。クリスと一緒にお菓子を作るのもいいかもしれませんわね」
「本当ですか!? お菓子を作るのは初めてですが頑張ります! もちろんスピネルも一緒ですからね!」
そう言ってクリスは笑顔でスピネルの顔を見る。しかし、スピネルの方は予想外だったようで、一瞬動きが止まってしまう。
「え? でも俺は皆の中に入ってないだろ?」
「何言ってるんだ? スピネルも入ってるに決まってるだろ?」
「そうだぞ、スピネル。遠慮するな。お前もきょうだいみたいなものだ」
きょとんとしているスピネルにカーネリアとヘリオドールが声をかける。この三人も洞窟に出かけたことでより仲を深めることができたようだ。
「……ありがとうございます。それじゃあ俺も手伝うぞ、クリス。放っておくと心配だからな」
「そんなことないです! どっちが上手く作れるか勝負しましょう! 審判はセレスタお姉様です!」
「セレスタ殿下はクリスを贔屓するに決まってるだろ! 審判はむーちゃんだ!」
「む~?」
わいわいと話し始めた皆の姿を見ているとホッと一息吐くことができた。きっとこれからも今のように皆で支え合いながら歩んでいけるだろう。
「皆、盛り上がるのは良いが、とりあえず食事を済ませてしまおう。お茶会の話はそれからでも遅くない」
「はい!」




