4日目2 人形の魔道具
「さて、もうひと頑張りするか」
誰にともなく呟いて図書室の扉を開ける。『空間収納』から借りていた本を取り出すと、空いているテーブルに着席する。『空間収納』に入れている物は劣化しなくなるため、借りていた物をしまうのにも丁度良いのだ。
「あの、アレキサンダー殿下……」
「む?」
さて、やるぞと気合を入れたところへ何者かが声をかけてくる。そちらへ首を向けるとそこには申し訳なさそうな顔をした司書のヘラが立っていた。
「どうかしたのかい?」
「いえ、図書室の本を『空間収納』にしまうのはおやめ下さいと前にも申し上げたはずですが……」
「そうだったかな……済まない」
私が謝罪するとヘラは「次からは気を付けて下さい」と言い残して受付へと戻っていく。確かに見栄えも良くないし、他の学生が真似する可能性もある。私以外に『空間収納』を使える学生がいるという話は聞いたことがないが、周囲の目もある。今後は気を付けることにしよう。
ヘラから注意を受けた私は気を取り直すと紙やペンを同様に『空間収納』から取り出して机の上に広げる。作業開始だ。
たまに本を確認しながら自分の経験と合わせて紙へとペンを走らせる。今作っているのは魔道具の説明書だ。そろそろ工作室で完成したであろう魔道具のことを思い浮かべながら手を動かし続け、夕食の時間少し前には数枚分の説明書が完成した。
「よし、できた!」
「アレキサンダー殿下、図書室ではお静かにお願いしますね」
「済まない……」
クスクスと笑いながらヘラは私に声をかけてくる。入学以来六年近い付き合いのヘラには私も頭が上がらないのだ。
机の上に散らばっている紙を束ね、ペンをしまうと借りていた本を返却し、その足でそのまま工作室へ入る。既に錬成器は動作を停止しており、中を覗くと魔道具が完成していた。
「さて、きちんと動くと良いんだが……」
普段から魔道具は作っているが、錬成器から取り出して初めて動かす瞬間は何歳になっても緊張する。構築式が誤っていたのではないか、設計図が間違っていたのではないか、そんな不安と自分の作った物が動き出す喜びを想像しながら魔道具に少しずつ魔力を流していく。
「やった、成功だ!」
目の前の魔道具は私の指先から流した魔力で動き始める。これで試運転は問題なさそうだ。
「あとはこれを使って動くかどうかだな」
その後も色々と調整を済ませていると、丁度良く夕食の鐘が鳴る。私はクリス達の驚く顔を想像しながら、先ほど作成した魔道具を『空間収納』に放り込むと食堂へと向かった。
食堂には既に三人が集合しており、和気藹々と会話をしているところだった。
「やあ、クリス、エメラル、セレスタ。随分と楽しそうだね」
「アレキサンダーお兄様!」
クリスが笑顔を浮かべてこちらに声をかけて来たので、それに答えるように頭を撫でてやる。私が着席するとセレスタとエメラルも今日の話を始める。
「クリスの体調には問題ありませんでしたわ、お兄様」
「僕の方からも報告することは特にないよ」
「そうか。何事もなかったようで良かったよ、二人共ありがとう」
私が二人に感謝の言葉を述べると、二人共嬉しそうに頬を緩める。
「むー!」
「ああ、もちろんむーちゃんもクリスを守ってくれてありがとう」
感謝の気持ちを込めてむーちゃんにおかずを少し分けてやると、むーちゃんはとても嬉しそうに小躍りをしている。
「それじゃあ、夕食を食べてしまおうか。食事が終わったら三人に見せたい物があるんだ」
「わあ、何でしょうか! 楽しみです!」
「もしかして、今日作ってた魔道具?」
「それは見てからのお楽しみだよ」
それから三人と一緒に楽しく食事を終えると、一息吐いたところで『空間収納』からある物を取り出す。
「三人に見せたい物は……これだ!」
私が取り出した物は手のひらほどの大きさの単純な作りの人形だ。それを見たセレスタは期待が外れたような顔で首を傾げている。
「これは……何ですの?」
「昨日お兄様が見せてくれた光の人形に似ていますね!」
「もしかして兄さん、これって……」
「ああ、エメラルの考えている通り……これは魔法の人形を模した魔道具さ!」
人形を作る魔法は中級魔法のため低学年の学生にとっては扱いが難しい。しかし、魔道具であれば話は別だ。機能が制限される代わりに魔力を流せば動かすことが出来るので、まだ上手く魔法を使えない学生にも楽しんでもらえるのだ。
今日一日かけて作っていた『人形の魔道具』を三人に見せると、クリスはキラキラとした瞳を魔道具に向けて、セレスタはどのように動くのか興味津々な様子で、エメラルは何故か私の方に目線を向けてくる。
三者三様の反応を受けた私は、続いて『空間収納』からいくつかの小さな球と説明書を取り出す。透明な中に様々な色が見える小さな球を見たクリスは、更に興味津々と言った様子でこちらを覗き込んでくる。
「アレキサンダーお兄様、それは何ですか?」
「これが大事なんだよクリス。良いかい? よく見ておくんだ」
見せびらかすように黄色の光が中に見える小さな球を摘まむと、そのまま魔道具の背中部分に空いた穴に嵌めこむ。カチリと音がして小さな球が人形に固定されたことを確認した私は、人形の頭から魔力を流して魔道具を起動する。
起動のための魔力が流れた魔道具は、背中に嵌められた小さな球から魔力を引き出すと、黄色の光を纏って立ち上がり、前へと歩き出した。
「わあ! 可愛いです!」
「これは光の人形ですの?」
「今はね」
「今は?」
不思議そうな顔をしたセレスタの言葉には微笑みを返し、同じように人形を見ているエメラルの質問に答える。
「でも歩くしかできないの?」
「そこは腕の見せ所さ、見ててご覧」
私は杖を取り出して、魔法の人形に向ける。すると、それに反応するようにして人形はこちらに向けて手を振って来た。
「手を振ってますよ!」
「この人形は起動の魔力を与えた者がある程度制御できるように作ってあるんだ」
なので、杖を右に振ると右へ歩き、左に振ると左に動く。上に振ると小さい体を動かしてぴょんと跳ねさせることもできるのだ。
「可愛いですね~」
「でもこれだと光属性の適性がある者しか遊べないのではなくて?」
「そのために用意したのがこれさ!」
私は先ほど人形の背中に嵌めこんだ小さな球をセレスタの方へ見せる。
「これは……よく見ると中に魔石が入ってますのね」
「そう。これを付け替えることで光属性以外の人形にも出来るんだ」
物は試しだ。私は動き回っている人形の動きを止めると、背中に嵌められた小さな球を取り外す。その瞬間人形が纏っていた光は霧散し、元の簡素な人形に戻ってしまった。
「ああ……光が消えてしまいましたね……」
「そこでこれを嵌めるんだ!」
残念そうに人形を見つめているクリスの目の前で赤色の光が中に見える小さな球を嵌める。すると、赤色に変わった人形は再び立ち上がり、今度は温かな火を纏い始める。
「今度は火の人形になりました! でも火属性は危ないのではないですか?」
「大丈夫だよ。これは見かけだけの火だからね。触っても熱くないのさ」
私が人形に触ってるのを見て、クリスも興味津々に人形の手を取る。
「確かに熱くはないですね。少し温かく感じるだけです!」
「そうだろう? 安全に配慮して作っているからね」
そんな風に人形の説明をしていると昨日と同じように周りに人が集まって来る。そこで私はエメラルにも人形を動かしてもらうことにした。
「エメラルは確か人形を作る魔法をまだ使えなかったよね?」
「うん……」
「それならこの人形で練習してみないかい?」
「僕で良いの?」
「エメラルが良いんだ。是非やってみて欲しい」
クリスやセレスタでは魔法の人形を作れてしまうので、できて当然だと思う者もいるだろう。しかし、魔法の人形をまだ作れないエメラルが人形を動かしているのを見れば、他の者もやってみたいと思ってくれるはずだ。
私のお願いを聞いたエメラルはコクリと小さく頷くと、緑色の小さな球を手に取った。
「分かった。やってみるよ」
「良かった。それじゃあ遊び方を教えよう」
説明書を読みながらエメラルに人形の扱い方を教える。それを聞いている周りの学生も口には出さないが、やってみたいとうずうずし始めているようだ。
「それじゃあ、やってみてもらえるかい? エメラル」
「うん」
エメラルは小さな球に魔力を込めると、人形の背中に嵌めこんだ。その瞬間人形の体は緑色に変化し、風を纏い始める。
「おお~」
「出来たよ、兄さん!」
「良し。次は実際に動かしてみよう」
エメラルに杖を出してもらうと、説明書に書かれている通りに動かしてもらう。右に左に杖を動かし、最後は上に振る。その度に指示通り人形は動き回っているのが分かる。
「僕でも出来たよ!」
「そうだな。それじゃあ見ている皆に向かって手を振らせてみよう」
「うん!」
楽しそうにはしゃぐエメラルを見て、私はこの魔道具を作って良かったと感じる。こういう喜びを得るために私は魔道具を作り始めたのだと自信を持って言えるだろう。
そうして楽しそうに人形を動かしていたエメラルだったが、しばらくすると人形は急に動きを止めてしまう。
「あれ? 兄さん、動きが止まっちゃったよ?」
「背中の球の魔力が切れたんだね」
小さな球に込めることが出来る魔力は極わずかな物で、人形が五分以上動作できないように設計してある。この動作もきちんと想定通りだ。
エメラルによる人形操作も終わると、私はテーブルを囲んでいた他の学生に声をかける。
「見ての通りこの魔道具は魔法の練習をするために作った物だ。魔法が苦手な物でもこの魔道具で練習すれば少しずつ魔法も上手くなっていくだろう。いくつか同じ物を用意したので、皆仲良く魔法の練習をしてほしい」
そう伝えると学生達は目を輝かせて私のことを見つめてくる。それに答えるように私は同じ魔道具をいくつか『空間収納』から取り出した。
「ありがとうございます、アレキサンダー殿下!」
主に低学年の学生達から感謝の声が上がり、私の魔道具で喜んでくれる学生達の顔を見て幸せを噛みしめる。
「それじゃあ、クリス、エメラル、セレスタ。三年生までの学生で使いたい者がいたらこれを貸してあげてくれ」
「はい、お兄様!」
三人に人形を渡すと三年生までの学生がクリス達の元に殺到して、人形の貸し借りが行われる。しばらくすると食堂のあちらこちらで人形を動かす学生の姿が見えるようになった。
私が満足気にそれを見ていると、人形を貸し終えたセレスタが声をかけてくる。
「それで、お兄様はどうしてこのようなことをしたんですの?」
「どうして、とはどういうことかな? 私はただ皆がもっと身近に魔法を感じられればいいなと思っただけだよ」
「……まあ、言いたくないのなら良いですわ。皆、楽しそうにしていますもの」
クリスやエメラルは既に他の学生と一緒になって人形で遊んでいる。こういうことを通して他の学生達との距離が近づいてくれればいいと思ったのも事実なので、私はセレスタに微笑みを向ける。
皆が楽しそうにしているのを見て気が抜けたのか、体が少しだるくなってきた。私は体調についてセレスタに相談してみることにした。
「そう言えば、昨日変な寝方をしたせいか体が痛むんだよ。少し診てくれないか、セレスタ」
「だから安静にと申し上げましたのに……良いですわ。体の力を抜いてくださいませ」
文句を言いたそうなセレスタではあったが、医療行為については真面目な妹だ。私はセレスタのそういうところをとても高く評価している。
「それではいきますわ、お兄様」
「ああ、よろしく頼む」
セレスタが私の両肩に手を置いて軽く魔力を流してくる。それによって魔力の流れに不調はないか、体調に異常はないかというのを確認してくれる。少ししてセレスタは手を離すと、不思議そうに首を傾げる。
「どうかしたのかい? セレスタ」
「いえ……よく分からなかったので、もう一度検査してもよろしいでしょうか」
「ああ、何回でも良いよ」
セレスタにも分からないことがあるのだろうかと思いながら、もう一度体の力を抜いてセレスタの魔力が体内を巡るのを感じる。セレスタも先ほどより集中していたのだろう。少し疲れた顔をしているが、検査を終えた後はやはり眉を寄せている。
「何か問題でもあったのかい?」
「いえ、問題……そうですわね、問題はありませんでしたわ。でも何だか魔力の流れが少しおかしいような気もしましたの。わたくしの勘違いならば良いのですけど……」
「セレスタで分からないなら、他の者にも分からないさ。私の魔力が多いから、分かりにくかったのかもね」
「そうですわね……」
とりあえず問題はないと言いながらも、セレスタは自分の両手を見つめて悔しそうな顔をしている。そんな妹を慰めるため、私は彼女の頭に手を乗せる。
「大丈夫だ。私はセレスタのことを信じている。ここ最近魔力を使いすぎたり、食事を抜いたり、夜更かししたりしていたから体調が万全じゃなかっただけさ」
そんな私の言葉を聞いたセレスタは一度困ったような顔をして、軽く溜息を吐いた。
「全くお兄様ったら……今日はゆっくり休んでくださいませ。軽く回復はしましたけれど、無理をしてはいけませんわ」
「分かったよ、セレスタ。ありがとう」
セレスタの頭をグリグリと撫でて私はエメラルの元へ向かう。
「皆、楽しんでもらえているかな?」
「はい、アレキサンダー殿下。素敵な贈り物をありがとうございます!」
「あ、兄さん! 今、皆と一緒に人形で遊んでいたところなんだ!」
エメラルの周りには二年生の学生達が集まっており、皆思い思いに人形を動かして遊んでいる。
「喜んでもらえたようで何よりだ。それで、皆にお願いがあるんだけどいいかな?」
「はい、何でしょうか?」
「実はその人形をもっと改良して次の大魔法祭で販売する予定なんだ」
「本当ですか!? まだ入学していない妹にも見せてあげたいと思っていたので、嬉しいです!」
キラキラとした目を向けてくる学生に微笑みを向けて続きを話す。
「だから何か遊んでいて気になったことがあったら私に教えてくれないかな? そうすればもっといい物が作れると思うんだ」
「分かりました! 皆でたくさん遊ぶようにしますね!」
「取り合いで喧嘩したらダメだよ。皆仲良くね」
続いてクリスのところに顔を出すと、彼女は彼女で自前の魔法人形を作り出してむーちゃんの魔法人形と一緒に踊らせて遊んでいるようだ。
「あ、お兄様! 見てください、むーちゃんとの踊りを!」
「む~」
魔法人形を自在に動かしてむーちゃんも自慢気な様子だ。そんなクリス達を見て他の一年生は魔道具の人形を少しずつ動かせるよう練習しているようだ。
「ははは、クリスはいつも楽しそうだね」
「はい! お兄様達のおかげで私はいつも楽しいです!」
「それなら良かったよ」
「む~!」
「もちろんむーちゃんのことも忘れてないですよ。いつもありがとうございます!」
むーちゃんを撫で回しているクリスの頭を撫でると、他の一年生にも声をかける。
「やあ、楽しんでもらえているかな?」
「はい。難しいのでまだあまり上手く動かせませんが、これから少しずつ練習していきます」
「クリスティア殿下のように自由自在に動かすのが目標です!」
「わたくしもむーちゃんと一緒に踊ってみたいですわ!」
皆それぞれ楽しんでくれているようで私としても喜ばしい。先ほど二年生にも伝えたことを一年生にも伝えると快く引き受けてくれた。これでしばらくすれば改善点も見つかることだろう。
私は皆が遊んでいるのが見える位置に座ると、しばらく食堂の中を眺めて過ごした。就寝時間が近づいて来ると学生達も慌ただしく部屋へと引き上げ始める。
「皆、遊んだ魔道具は袋にしまって壁際の棚に置いていくように!」
「はい!」
学生達は丁寧に人形を袋に片付けるときちんと棚に置いてくれた。袋にしまう直前に人形の頭を撫でている者もおり、今日一日で随分と気に入ってくれたようだ。それを見ると、なるべく早く商品として売り出せるようにしなければという思いが強くなる。
「それじゃあ私達も部屋に戻ろうか」
最後の片付けがきちんとできていることを確認して私達四人も部屋へと戻ることにした。




