4日目1 リシアの相談
翌朝、私は自分の部屋の机で目を覚ます。結局昨日は寮の図書室で何冊か本を借りてきて、その本を読んでいるうちに机で眠ってしまったようだ。痛む体を伸ばしながら準備を整え、『空間収納』に本をしまうと朝食へ向かう。
「おはよう、皆」
「おはようございます! アレキサンダーお兄様!」
元気良く挨拶をしてくれた妹の頭を軽く撫でてから席に着く。どうやら昨日はあの後クリスとセレスタで人形を作り出す魔法の練習をしていたようだ。三人と会話しながら朝食を終えると、クリスが胸を張って昨日の成果を報告してくれた。
「昨日アレキサンダーお兄様が帰った後、光の人形を作れるようになったのです!」
「本当かい? それは凄いな……」
疑っているわけではないがあまりにも魔法の習得が早い。これも『精神活性』の恩恵だろうか。私がその場にいたであろうセレスタに目を向けると、彼女も微笑みながら首を縦に振る。
「わたくしも見ていましたわ。クリスが光の人形を作れるようになったところを」
「私が頑張ってるのを見て、会長が助言してくれたのです!」
「会長? ああ、リシアのことか」
リシアはセレスタと同学年でクリスの所属している高等魔法研究会の会長を務めている人物だ。研究に没頭しているため寮ではあまり見かけないが、昨日は寮に戻って来ていたのかもしれない。
「会長が作ってくれたのは土の人形でしたが、それを見て作り方を学んだのです!」
「光の人形を作るのに土の人形で覚えられたのかい?」
「はい! 魔力の流し方や安定させる方法を教えてもらったおかげで、きちんと作れるようになったのです!」
普通魔法を新しく覚える際には同じ魔法を真似して作るものだが、クリスは別属性の魔法でも問題なく覚えることが出来たようだ。人形作りは魔法の形を変えて留める必要がある中級魔法なので、そんなに簡単ではないはずだが……。
クリスが一晩で作れるようになった人形に興味があった私は、クリスの方に目線を向けて魔法を見せるようお願いした。
「それじゃあ、クリスがどんな人形を作れるようになったのか見せてもらおうかな」
「分かりました! 見ていてくださいね!」
私がお願いするとクリスは自信満々の様子で腰の杖を引き抜いて、テーブルの上でピタリと止める。
「光よ人形となれ!」
クリスが呪文を詠唱すると、杖の先から光が溢れ形を変えていく。徐々に光は形を整え、最終的にむーちゃんを模した光り輝くものへと変形した。
「どうですか、アレキサンダーお兄様!」
クリスは興奮した様子で自分が作り出した光るむーちゃんをテクテクと歩かせている。まだあまり複雑な動きは出来ないようだが、使えるようになったばかりでこれならば十分上出来だろう。
「凄いじゃないか、クリス!」
私が褒めて欲しそうにしているクリスの頭をグリグリと撫でてやると、クリスも嬉しそうに頬を緩める。しかし、それを見たセレスタは言葉を失ったように頭を抱えている。何かあったのだろうか。
「どうしたセレスタ。クリスが折角魔法を披露してくれたのに」
「そうですよ、お姉様! 見てください! 可愛いでしょう……!」
首を傾げているむーちゃんと同じ姿勢を光るむーちゃんに取らせるクリスの姿はとても微笑ましい。そんな呑気な気持ちで私がテーブルの上を見つめているとセレスタが口を開く。
「クリス、昨日は人の形しか作れませんでしたわよね……一体いつの間にむーちゃんの形を作れるようになったんですの?」
「今朝起きた時にむーちゃんの寝顔を見て閃いたのです! お姉様が起きるまでにこっそり練習していました!」
こっそり練習をするというところがむーちゃんとよく似た行動で私は一人で笑ってしまう。この主あって、この使い魔ありと言ったところだろう。
呆れた顔をしているセレスタを横目に見ながら食後のお茶を飲むと、皆の今日の予定を聞いてみる。
「皆は何をして過ごすんだい?」
「わたくしはクリスと一緒に遊ぶつもりです。光の人形ならわたくしも作れますので、色々形を変えてみたいと思いますわ」
「今日もお姉様と遊べるのですね! 嬉しいです! むーちゃんももちろん一緒ですからね!」
「むー!」
仲の良い二人は特に心配しなくても大丈夫だろう。話に加わってこないエメラルの方に顔を向けるとエメラルはクリスとセレスタの方を見つめていた。
「エメラルも二人と遊びたいのかい?」
「そうなのですか!? 一緒に遊びましょう、エメラルお兄様!」
「でも僕が一緒でも良いのかな?」
「断る理由がありませんわ。三人だったら庭でお茶会をしても良いかもしれませんわね」
「お茶会ですか! それなら美味しいお菓子を用意しないといけませんね!」
三人は楽しそうにお茶会の相談を始めてしまった。セレスタ達はともかくクリスにはあまり表に出て欲しくないのだが、折角の良い天気なのにずっと室内にいるのも気詰まりだろう。そう思った私は『空間収納』から二つの腕輪を取り出す。
「外に出るのは構わないけど、クリスはこの腕輪を付けてくれないか?」
「良いですけど……これはアレキサンダーお兄様が試作していた魔道具ですよね?」
「ああ、今日一日くらいならその魔道具で十分足りるはずだ」
私はクリスの腕に魔道具を通すと使い方を教える。魔道具を起動した瞬間は魔力を吸い取られる感覚があるので、一瞬具合が悪そうな顔をしたクリスだったが、すぐに元の笑顔へと戻る。
「大丈夫だと思うが、セレスタはクリスに異変がないかしっかりと見ておいてくれ」
クリスの魔力でも使えるように計算して作った魔道具なので、問題はないはずだが誤動作してクリスの魔力が枯渇してしまう可能性もある。そのことをセレスタに注意すると、セレスタは真剣な表情で頷いてくれた。
「分かりました。必ずクリスを守って見せますわ」
「ありがとう、セレスタ。よろしく頼む」
クリスから聞いた限りではスファレという女は他の者に危害を加えるつもりはないそうだ。ただし、クリスは別だ。狙われているのが分かっている以上、どんなことがあっても守らなくてはならない。
回復魔法や医療の知識があるセレスタが側にいれば、クリスの体調管理に関しては問題ないだろう。問題は本当に敵が来た場合だが……。
「エメラルも敵が来たらすぐに私を呼びに来てくれ。今日は寮の図書室か工作室にいるようにするから」
「分かったよ、兄さん。任せて」
エメラルにも十分注意するように告げると私は席を立つ。
「とは言っても本当に来るかどうかは分からない。折角の休みなんだから三人は楽しくお茶会をしてくれ」
「はい! ありがとうございます、アレキサンダーお兄様!」
クリス達の見送りを受けて食堂を後にすると、私は昨日の夜借りた本を図書室に返却しに行く。
『空間収納』から取り出した本を抱えて図書室に入ると、今借りている本を返却して別の本を探しに行く。目的の本は決まっている。『魔法人形の作り方』だ。
この本は先ほどクリスが見せてくれた人形を作る魔法を紹介している本で、様々な形や動かし方の詳細などが載っている本だ。私も以前人形を作る魔法を勉強している時にこの本は読んだことがある。
パラパラと本をめくり欲しい情報がきちんと載っていることを確認すると、その本を借りてそのまま工作室へと向かう。
工作室に到着した私は、設計図用の紙を『空間収納』から取り出す。その他にもいくつかの素材を取り出すと、本を広げて設計図を書き始める。
魔道具作りに必要な設計図は借りた本には載っていなかったが、魔法人形を作り出すための構築式は書かれていたので、それを基に設計図を作成していく。
しばらくの間、夢中になって設計図に構築式を書き込んでいると、昼食の時間を知らせる鐘の音が聞こえた。昨日のことがあるので、流石に二日続けて昼食を抜かしたらセレスタに怒られそうだと思いながらもペンを動かす手は止まらない。
「もう少し……切りの良いところまで進めたら行くから……」
誰が聞いているわけではないが、一人言い訳をしてペンを動かしていると設計図がどんどんと完成に近づいていく。この調子ならもう少しで魔道具の作成に取り掛かれそうだ。
そのまま一心不乱に設計図を作成していると、昼食の時間が終わる前に何枚かの魔道具の設計図が完成していた。最後にそれらを確認したら、工作室での作業は終了だ。
「ふう……」
あまりにも夢中で机に齧りついていたので少し体が痛む。今朝も机で寝てしまったのでその影響もあるかもしれないが、念のため後でセレスタに体調の相談をしてみよう。
軽く伸びをしながら椅子から立ち上がると、体を解して錬成器の前に立つ。事前に取り出しておいた素材を錬成器に投入し、作成した設計図もまとめて錬成器に読み込ませる。
「これで良し、と」
余った素材や紙、ペンを『空間収納』に放り込むと工作室の後片付けはあっという間に終わった。最後に錬成器に貼り紙をして、私は食堂へと向かう。
食堂に入ろうとすると、クリスやエメラルと話をしながらこちらに向かって来るセレスタに声をかけられた。
「あら? お兄様、今から昼食ですの?」
「ああ、やっと魔道具作りが一段落したからね。セレスタ達はこれからお茶会かな?」
「ええ。午前中はお菓子の相談をしたり、三人で魔法の練習をしていましたの」
「アレキサンダーお兄様も魔道具作りが終わったなら一緒にお茶会しませんか?」
クリスが首を傾げながら私をお茶会に誘ってくれた。そのこと自体は嬉しいのだが、今はまだやることがあるので、お茶会に参加することは出来ない。
「済まない。もう少しやることが残っているんだ。また今度ご一緒させてもらうよ」
「それは残念です……それでは次は一緒にお茶会しましょうね!」
そう言うとクリスはニコリと微笑む。申し訳なさから軽くクリスの頭を撫でて私は食堂の中へと入る。
「私はそろそろ行くよ。楽しいお茶会の報告を待っているね」
「はい!」
三人とすれ違いに食堂へ入ると既に閑散としており、ほとんど人は残っていなかった。さっさと食事をして私も工作室に戻ろうと思っていると、意外な人物が昼食を食べていることに気が付いた。
私はカウンターで食事を受け取るとその人物の目の前の席に腰を下ろす。
「ここに座っても良いかな、リシア嬢」
「アレキサンダー殿下!?」
おどけた調子で話しかけると、リシアは目を丸くして私のことを見つめてくる。彼女にはクリスがお世話になっているので一度話してみたいと思っていたのだ。
「君とは一度話がしたいと思っていたんだ。そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
「は、はい……」
とは言ってもリシアは少し緊張しているようだ。年上の王族が急に話しかけてきたのだ、驚くのも無理はないだろう。緊張を解すために私は高等魔法の話をリシアに振る。
「リシアは高等魔法が得意らしいね。クリスやセレスタから話は聞いてるよ」
「あ、ありがとうございます! でも私なんてまだまだです……」
「そんなことはない。同学年のセレスタでも使えない高等魔法を君は使えるんだ。もっと自信を持って良いよ」
「殿下にそう言ってもらえるのはとても嬉しいです。ありがとうございます」
リシアは軽く微笑みながら感謝の気持ちを伝えてくる。とりあえず話の切っ掛けとしてはこんなところで大丈夫だろう。私は本題のクリスについて切り出した。
「ところでクリスは研究会で上手くやっているかい?」
「はい。クリス……クリスティア殿下もスピネルも真面目に魔法の練習をしています。飲み込みも早くて魔力も多いので、近いうちに高等魔法も習得出来そうです」
「そうか、それなら良かった」
リシアという人物が優れた成績で高等魔法を使えることは分かっていたが、クリスやスピネルとも仲良くできているのなら研究活動の部分は彼女に任せておいて問題ないだろう。
それにクリスの魔法適性を考えたら高等魔法を使えないのは勿体ないので、数少ない高等魔法を使える者として彼女が先生になることは個人的にも喜ばしく思う。
そんなことを考えながら食事を口に運んでいると、リシアがおずおずとこちらに話しかけてくる。
「あの……アレキサンダー殿下も高等魔法をお使いになられるのでしょうか?」
「ああ、私は光と火の高等魔法を使えるよ」
「光と火ということはスピネルと同じ適性なのですね……」
私の適性を聞いたリシアは少し考え込むように顎に手を当てている。
「それがどうかしたのかい?」
「実は私の適性が火と土なので、スピネルに教えられる高等魔法を多くは知らないのです。お恥ずかしい話ですが……」
「何も恥ずかしいことなんてないさ」
高等魔法は本人の適性にあった物しか使うことは出来ない。なので、自分の適性以外の高等魔法を知っている者の方が少ないはずなのに、彼女は自分の適性以外の魔法も勉強していたということがその言葉から伺える。
「それでリシアが私に聞きたいのは、光と火の高等魔法を練習する方法かな?」
「はい。殿下がご多忙なのは存じ上げておりますが、よろしければご教示頂けないでしょうか……?」
そう言いながらリシアは真剣な眼差しを私の方に向けてくる。彼女もまだ三年生だ。本来ならまだ上級生に色々と教わる立場なのに、一人で研究会を支えなくてはならなくて大変だったのだろう。そう思うと彼女の頼みを断る気持ちにはならなかった。
「分かった。私の方で練習に使えそうな高等魔法をいくつか選んでおくよ」
「ありがとうございます、殿下!」
リシアはホッとしたような表情で胸を撫でおろしている。彼女のように努力をしている者が大変な思いをしているのは私としても放っておけない。
「昨日もクリスが世話になったみたいだからね。そのお礼だと思ってくれればいい」
「ありがとうございます。これからも国のために頑張ります!」
そう言ってリシアが神妙な面持ちをしていたので、私は慌てて彼女を止める。私は別にそこまでの覚悟をリシアに負わせるつもりはない。その姿勢は嬉しいが、学生の間くらいは自由に勉強して欲しい。
「そんなに堅苦しく考えないで大丈夫だよ。君は今のまま頑張ってくれ」
「はい!」
そんな風に彼女としばらく会話をしていたら結構時間が立っていることに気が付く。まだやることが残っている私は昼食を手早く済ませると彼女に別れを告げた。
「今日はありがとう、リシア。これからもクリス達のことをよろしく頼む」
「私の方こそありがとうございました。また機会がありましたら高等魔法についてもっとお話しさせてください」
最後までリシアは魔法の話をしていたが、それも彼女らしさだと思う。クリスやスピネルも高等魔法を頑張って覚えようとしているようだし、私も頑張らなければならない。そう思うと足取りも軽く図書室へと向かうことが出来たのだった。




