3日目 光よ人形となれ
「困ったなあ……」
「今日はどうしたの、兄さん」
朝食を食べながら考え事をしていたらエメラルに声をかけられた。どうやら考えていることが口から漏れてしまったようだ。
「ああ、昨日の実験でも完全には防げなかっただろう? どうすれば魔法を上手く防げるのかと思ってね」
「昨日の実験は本当に酷かったよ……兄さんってば所々燃えてたからね。髪の毛もチリチリになってたし……」
呆れた口調でそう言いながらエメラルは私に視線を向けてくる。確かに昨日の実験は興奮してしまった私のせいで酷い有様だった。最終的にセレスタが回復してくれたから良かったが、あれがなければしばらく回復に専念しなければならなかっただろう。
「セレスタに回復を頼んでおいて良かった。おかげで今日も元気に動けるからな」
「その一言で済ませる兄さんも大概だね……今日は実験しないんだよね?」
「ああ、今日は今までの実験で得た情報を図書館でまとめる予定だ」
今日はセレスタに実験を止められてしまった。回復魔法で外傷は治ったが、失った体力を回復できるわけではないので今日一日は安静にするようにと言われているのだ。
回復魔法をかけてもらった際もセレスタには怒られてしまったので、気を付けなければならない。
「まあ、セレスタにあそこまで言われてしまってはな……」
「セレスタ姉さん、物凄い怒ってたからね。クリスも謝りながら泣いてたし、兄さんはもっと反省した方が良いと思うよ」
エメラルが私のことを見る目が厳しくなったように感じるのは気のせいだと思いたい。とりあえず弟妹からの信頼を取り返すためにも私は魔道具作りに専念するとしよう。
「それじゃあ私はそろそろ講義棟に向かうよ。今日もエメラルは休みでいい。研究会に顔を出してきてはどうだい?」
「そうだね。あとで研究会に行ってみるよ」
朝食を終えた私はエメラルに別れを告げ、講義棟の図書館へと向かうことにした。
「さて、それじゃあ始めていこうか」
自分に気合を入れるため小さく言葉を口にして、『空間収納』から今までの実験結果や筆記用具を取り出す。それらを机に並べて準備は完了だ。私は早速実験結果の書かれた紙に目を通し始めた。
『結界の魔道具』は自分の周囲に薄い魔力の膜を纏わせることで術者自身を防御する効果がある。しかし、むーちゃんに魔法を打ってもらったところ氷と風の高等魔法を完全に防ぐことは出来なかった。
その点、『放出の魔道具』ではむーちゃんの高等魔法をも完全に防ぐことが出来た。しかし、使える回数に制限があるため、三回防ぐと効果が切れてしまった。そのため、私はむーちゃんの火魔法を防ぐのが遅れてしまい、昨日の実験ではセレスタの回復が必要な状況になってしまった。
『結界の魔道具』を常に発動しつつ、必要な時に『放出の魔道具』を発動する。これがクリスを守るための最適解だろう。そうなると魔道具を二つ装備する必要があるのだが……。
「何とか一つにまとめることが出来ないものか……」
今でも機能を簡略化して何とか携帯型の魔道具として独立させているので、これ以上の機能を追加するためには今より更に素材の品質を高める必要がある。
素材に関してはカーネリア達が戻ってくれば解決できるはずなので、後は二つの魔道具をどのようにして一つにまとめるかという部分である。
そうと決まればやることは一つだ。私はペンを手に取り、紙につらつらと計算を書き込んでいく。書き込む構築式の情報量を計算し、それに必要な素材の品質を割り出していくのだ。しばらく夢中になってペンを走らせていると昼食の鐘が聞こえて来た。
「……」
しかし、折角調子が出て来たので切りのいいところまで計算を進めてしまおうと、私はペンを動かし続ける。それからしばらく計算を続けていると、ペンがピタリと止まる。
「情報量が思ったよりも多いな……」
計算した結果、二つの魔道具の効果を持った構築式を作ろうとすると、かなり高品質な素材が必要になることが分かった。もちろん『魔力転化』で素材の品質を高めるのだが、それでも足りない可能性が出て来たのだ。
そうなると魔法の構築式自体を見直さなければならない。今よりもっと最適化した魔法を作り出すため、私は席を立つ。高等魔法の参考書を見つけて席に戻ると再び計算を始める。
それを何度か繰り返しているうちに段々と構築式が最適化されていく。最終的に出来上がった構築式を設計図に書き込んだら完成だ。
「ふう……」
「終わったの? 兄さん」
一仕事終えた満足感に浸りながら一息吐くと、いつの間にか横に座っていたエメラルに声をかけられた。私は満面の笑みを浮かべてエメラルに魔道具の設計図を見せる。
「ああ、エメラルか。何とか完成したよ!」
「兄さん、凄い集中してたから声をかけられなかったんだ。それよりもう夕食の時間だよ。寮に戻らないとまた姉さんに怒られるんじゃない?」
「なんだと?」
ついさっき昼食の鐘が鳴ったと思っていたのだが、いつの間にか夕食の時間になっていたようだ。確かに窓の外は薄暗くなっているし、良く考えれば研究会に行くと言っていたエメラルが図書館にいるのもおかしい。
「もうそんな時間だったのか……」
「その調子だと昼も食べてないんじゃない?」
エメラルが心配そうにこちらを覗き込んできた。そう言われると段々と空腹感も増してきた。私は苦笑しながらエメラルの頭を撫でて席を立つ。
「それじゃあ片付けて寮に戻るとするか。済まないが手伝ってもらってもいいかい、エメラル」
「うん。早く行こう、兄さん」
エメラルに手伝ってもらって本を片付けると、私はエメラルと一緒に寮に戻った。
「アレキサンダーお兄様! エメラルお兄様!」
「やあ、クリス。今日も元気そうだね」
私達が食事を受け取っていつもの席に向かうと、既にクリスとセレスタは食事を始めているようだった。クリスの頭を軽く撫でてから席に着くとセレスタが私を睨みつけてくる。
「お兄様。今日は安静と言ったではありませんか。こんな時間までどこに行っていたんですの?」
「図書館で調べ物をしてたんだ。動き回っていたわけじゃないから許してくれ、セレスタ」
「そういう問題ではありませんわ。待っていたのに昼食にも来なかったではありませんか」
「研究に没頭してて気が付いたら夕方だったんだよ。済まない」
セレスタの言葉を軽視していたわけではないのだが、研究に集中してしまうとどうしても周りが見えなくなってしまうのは私の悪い癖だ。それで妹に心配をかけてしまったのは申し訳なく思っている。
「でもその代わりに魔道具完成の目途は立ったんだ。後はカーネリア達が戻ってきたらクリスのための魔道具を作れると思うよ」
「本当ですか! ありがとうございます、アレキサンダーお兄様!」
「はあ……」
セレスタは呆れたように息を吐いているが、クリスは嬉しそうに目をキラキラと輝かせている。そんな妹達に今日は何をしていたのか聞いてみることにした。
「クリスとセレスタは今日何をしていたんだい?」
「今日は魔法の練習を部屋でしていました! セレスタお姉様に回復魔法を教えてもらっていたのです!」
「昨日のお兄様の怪我を見て自分も回復魔法が使えるようになりたいとクリスが言い出しましたの」
ジロリとセレスタがこちらに目を向けて来たので、私は軽く肩を竦める。
「それで? クリスは回復魔法を使えるようになったのかい?」
「少しだけですが使えるようになりました! でもセレスタお姉様のようには使いこなせませんでした……まだまだです!」
「それは仕方ありませんわ。わたくしは固有魔法も使っているので、いくらクリスでもそう簡単には真似できませんわ」
確かセレスタとクリスの魔力量は同じくらいのはずだが、回復に特化しているセレスタを越えることは流石のクリスでも難しかったようだ。私が妹達のやり取りを楽しみながら食事を進めているとむーちゃんが急に鳴き始める。
「むーむー」
「ええ、そうですね! むーちゃんの魔法も凄かったですよ~」
「むーちゃんがどうかしたのかい?」
「実は今日むーちゃんが水魔法で遊んでいるところを見せてもらったのです!」
「水魔法で遊ぶ?」
一体何が起こっていたのだろうと私が興味本位で質問すると、むーちゃんが胸を張って魔法を詠唱し始める。
「むーむ!」
むーちゃんが詠唱を終えると、テーブルの上に小さな水でできた人形が現れる。この魔法は水を操作して人形を作る魔法だ。以前講義で習い、私も練習したことがある。
「むー!」
そのままテーブルに出現した人形を見ていると、人形は軽やかに躍り始めた。ステップを踏みながら時には宙返りなども交えて踊る人形は見ているだけで楽しい気持ちになれる。
しばらく踊っていた人形は最後にペコリとお辞儀をすると動きを停止する。それを見たクリスは目を輝かせて私の方を見つめてきた。
「凄いでしょう? むーちゃんは私達にこれを見せるためにこっそり練習していたそうなのです!」
「む~」
むーちゃんが隠れて練習していたことを指摘すれば良いのか、高い魔法制御力を持っているのを褒めれば良いのかよく分からなかったので、とりあえずクリスとむーちゃんの頭を撫でてやることにした。
「ああ、クリスもむーちゃんも凄いぞ」
「お兄様に褒められました! やりましたね、むーちゃん!」
「む!」
そんなこともありながら楽しく食事を終えると、私も先ほどのお返しとしてクリス達に魔法を披露することにした。
「先ほどの魔法は光属性でも出来るんだ。見たいかい?」
「そうなのですか! 見てみたいです!」
どの属性でも出来るのだが火属性をこの場で使うのは躊躇われたので、私の一番得意な光属性で先ほどの魔法を再現して見せる。杖を取り出すと先端をテーブルの上に向けて私は呪文を詠唱する。
「光よ人形となれ」
魔法が発動すると、先ほどむーちゃんが作り出したのと同じようにテーブルの上に一体の光り輝く人形が登場する。それを見たクリスは目を輝かせているし、セレスタやエメラルも興味深そうにその人形を見つめている。
「むーちゃんと同じじゃ芸がないから私はこうしようかな」
「わ! 人形が剣を持ちました!」
正確には剣ではなく光の形を剣に見えるよう変えただけだが、クリスは楽しそうに喜んでくれる。
「カーネリアの剣舞をこの人形に再現させてみよう」
私はそう口にすると杖を指揮者のように動かしてみる。以前訓練中のカーネリアが剣舞をしていた姿を思い出しながら光の人形に剣を振らせる。
踊るように身を躱しながら剣を振るう光の人形にクリスは興味津々のようだ。気が付くと私達の座っているテーブルの周りには人だかりができていた。
最後に思い切り突きをさせて光の人形の剣舞は終了だ。剣を手元に引き寄せてペコリとお辞儀をさせると、クリスだけではなく周りで見ていた学生達からも拍手が沸き起こる。
「凄いです! アレキサンダーお兄様! まるで人形が本当に生きているようでした!」
クリスは水色の瞳をキラキラと輝かせて私のことを見つめてくる。少し興奮しているようなので彼女の頭を軽く撫でてやると、クリスは気持ち良さそうに目を細める。
「クリスも練習すればこのくらい出来るようになるさ」
「はい! 私もお兄様と一緒に遊ぶため頑張って練習します!」
クリスがニコニコと無邪気な笑みを浮かべて可愛いことを言ってくれたので、もう一度グリグリとクリスの頭を撫でてやる。
遠くの方からこちらを見ているのは一年生の学生達だ。まだ魔法が上手く使えない彼らにとってこのような魔法を見る機会はあまりないのだろう。私は光の人形を動かして彼らに向けて手を振って見せる。
「わあ! 可愛い!」
一年生達もその動きを見て喜んでくれたようで、こちらに向かって笑顔で手を振り返してくれた。
こんな風に皆が魔法をもっと好きになってくれれば良いなと思いながら周囲を見回すと、観客の輪に入ることが出来ず光の人形を羨ましそうに見ている低学年の学生がいることに気が付く。彼女は確か二年生だったはずだ。
遠巻きに見ていたその学生は私と目が合うと慌てて踵を返し、食堂の外へと去ってしまった。
「……」
「どうかしたのですか? アレキサンダーお兄様」
クリスは自分でも先ほどの魔法を練習しているようだったが、形を維持できずに人形がすぐに崩壊してしまっている。幸い作り出しているのは光の人形なので、辺りは汚れていないが、これが水の人形ならテーブルの上は水浸しになっていただろう。
そんなクリスは私が難しい顔をしているのに気が付いたのか、こちらを向いて心配そうに声をかけてきた。私はクリスの頭をグリグリと撫でまわすと何でもないと伝える。
「さて、それじゃあ私はそろそろ部屋に戻ろうかな」
「あ、待って兄さん。それなら僕も一緒に戻るよ」
私が席を立つとそれにつられるようにしてエメラルも一緒に立ち上がる。私は一生懸命練習を続けるクリスとそれを見守っているセレスタにも声をかける。
「セレスタ。クリスが無理しないようによろしく頼む」
「ええ、お兄様。わたくしが責任を持って連れて帰りますわ」
とりあえずクリスのことはセレスタに任せておけば大丈夫だろう。クリスが頑張って光の人形を作り出すのをまだ見ている学生はいたが、先ほどよりは数も減っている。
人混みを抜け出して、ホールに出るとエメラルが私に話しかけてくる。
「兄さんはさっき何を気にしてたの?」
「エメラルにも気付かれていたのか。もう少し表情を取り繕えるようにならなければいけないな」
感情の機微に敏いクリスだけでなく、エメラルにも気付かれていたということは先ほどの私は随分と気持ちが顔に出てしまっていたようだ。
「皆が楽しそうにしている中、輪に入れない学生がいたんだ。もしかしたら混ざりたいのに混ざれない理由があるのかと思ってね」
「もしかしてその子って二年生だった?」
「ああ、そうだ。心当たりがあるのか?」
「僕と同じ学年だからね。ちょっと固有魔法が特殊らしくて、積極的に魔法を使おうとしないんだ。そのせいで実技の成績もあまり良くないみたい」
「そうか……」
私は歩きながら顎に手を当てて考える。固有魔法は神様から授かる魔法で、個人によって性能が全く違う。もちろん同じ固有魔法を持った者もいるが、その者しか持たない魔法を授かることもある。私の『空間収納』やクリスの『精神活性』もその一つだ。
その魔法が私達のように使いやすい魔法であれば良いのだが、危険性が高い魔法を授かってしまった場合は扱いに困ってしまうこともあるだろう。
「エメラル。エメラルにとって魔法とはどのようなものだい?」
「生活を支えてくれる神様からの贈り物だと思ってるよ。兄さんは違うの?」
「私もそう思っているよ」
だからこそ思うこともある。私達が生活をしていく上で魔法や魔力は必要不可欠なものだ。大地の魔力で魔道具を動かし、自分の魔力で魔法を使う。それが生活をしていくためには絶対に必要なのだ。
しかし、魔法があるからこそ格差も生まれてしまう。魔力が高い一部の者は貴族として生活し、その中でも最上位の者が王族である。先ほどの固有魔法についてもそうだ。人によって魔力の量や固有魔法が違うため、それが差を更に広げている。
魔道具の発展や誰でも使える属性魔法があるおかげで魔力の格差を感じることは少ないが、実際に魔法を使う場面では目に見えて差が生まれてしまうこともある。その差を少しでも埋めるために私は魔道具作りを始めたのだ。
そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にかエメラルの部屋の前に到着していた。
「さあ、エメラル。部屋についたよ」
「うん。ありがとう、兄さん。ここまでついて来てくれて」
「兄なんだから弟の世話を見るのは当然だ」
私がそう口にするとエメラルは口元を緩める。そんな弟の頭を軽く撫でると、私は就寝の挨拶をエメラルにかける。
「おやすみ、エメラル」
「おやすみなさい、兄さん」
エメラルが部屋の扉を閉じたことを確認すると、私は元来た道を戻って寮の図書室へと向かう。
「さて、もう少し頑張るとするか」




