2日目 放出の魔道具
むーちゃんの氷魔法を我が身で体験した翌日、私は魔道具作りの方向性に悩んでいた。今は図書室でより効率的な魔道具の作り方について調べているところだ。
「うーん……」
「兄さん。昨日の魔道具を本番用に調整するのじゃダメなの?」
「それでもいいんだが、それで万が一クリスを守ることが出来なかったら悔やんでも悔やみきれない。できるだけ完成度を高めておきたいんだ……」
私は魔道具の設計図を睨みつけながら頭を抱える。もし敵がむーちゃん並の魔法を使ってきたらあの魔道具では防ぎきれない。どうしたものか……。
「そもそもむーちゃんの魔法を少し防げただけでも十分だと思うんだけど……」
「それはそうなんだが、もっといけそうな気がするんだ。実際設置型の『結界の魔道具』ならむーちゃんの氷魔法も防ぐことが出来るだろう? そう考えると魔道具の専門家として、携帯型の『結界の魔道具』でも、もう少し品質の高い物が作れるんじゃないか。そう思えてくるんだよ」
「兄さんがそこまで言うなら止めないけど……」
これは私の魔道具職人としてのささやかなプライドだ。そもそも最初の攻撃を防ぐことが出来ればむーちゃんやスピネルで対処できることの方が多いだろう。だが、折角作るのであれば限界に挑戦したい。そんな気持ちが私の中で膨れ上がっていくのを抑えることができないのだ。
「とりあえず、今日は『結界の魔道具』ではなく、『放出の魔道具』を作る方向で考えてみよう」
「そうだね……でも兄さんが満足するまで試作してたら、素材がなくなっちゃうからほどほどにしてね……」
エメラルが溜息を吐きながらそう言ったところで私達は工作室へと移動する。今日の試作開始だ。素材は昨日のうちに出しておいたので、今日は設計図を見ながら素材の選定をするだけだ。
「それじゃあエメラル。今日も頑張っていこう」
私はエメラルに声掛けをして一緒に素材を選んでいく。今日は『放出の魔道具』を作るつもりだが、基本的な材料は昨日とほとんど同じだ。違うのは設計図に書き込まれている構築式の部分になる。
昨日の反省を活かして、私は『放出の魔道具』の構築式をもう一度見直すことにした。構築式は魔法の発動に必要な詠唱部分のことで、これを書き換えることによって様々な魔法を魔道具に組み込むことが出来るのだ。
学園で習う基本的な属性魔法はこの構築式を誰でも使える形にしたもので、あまり応用は効かないがそれなりに種類があるので普通に暮らす分にはそれで問題ない。
しかし、高度な魔法を使おうとすれば構築式の理解は絶対に必要なので、高学年の魔法の講義では構築式の仕組みをまず初めに説明される。その構築式を組みかえることが出来れば魔道具作りの幅も広がるため、私も構築式の勉強は常にしている。
そのため大抵の物は作りだすことが出来るのだが、今回の魔道具は調整が難しい。何しろ使うのがクリスなのだ。自分で使うのとは違うので、下手な物を渡すわけにはいかない。
「どうしたものかな……」
「魔道具に使う構築式のことだよね?」
「ああ」
私が設計図を睨みつけていると横からエメラルが設計図を覗き込んでくる。エメラルも構築式の理解自体はまだできていないが、手伝ってもらう度に設計図の書き方も教えているので私が何に困っているのかは分かるようだ。
「発動のための魔力量の調整が難しいんだ。多すぎると魔力を使いすぎて倒れてしまうし、少なすぎるときちんと守れないかも知れない」
『放出の魔道具』は放出する魔力量が多ければ多いほど防げる魔法の種類が増える。しかし、当然ながら放出量が多くなれば自分の魔力が減ってしまうので、その辺りを上手く調整してやらなければならないのだ。
「よく分からないんだけど、相手の攻撃に合わせて使う魔力量を変えることは出来ないの?」
「それが出来れば良いんだけど、腕輪型だとそこまで複雑な機能を付けられないんだよ。基本的に出来るのは発動するか、しないかだけなんだ」
これ以上の機能を増やそうとするなら、携帯型の大きさではなくなってしまう。鞄のように背負う形にすれば出来るだろうが、それをずっと背負わなければならないクリスが大変な思いをするだろう。折角守れるようになっても、それではクリスが可哀そうだ。
そうならないためにも腕輪型やアクセサリー型にしたいのだが、そうすると肝心の魔法が大雑把になってしまう。
「とりあえずクリスの魔力でも三回発動できるように設計してみるか……」
私は自分の考えをまとめるように呟くと目の前の設計図を軽く修正する。クリスの魔力を越える攻撃が出来る者はそう多くはないはずだが、念のため使用する魔力も多めに設定する。
「……よし、これでいいかな」
私は『放出の魔道具』の構築式を確認すると、早速錬成器の中に材料を放り込んでいく。もちろん『魔力転化』を使って素材の品質は向上してあるので、出来上がった魔道具も高い品質になるだろう。
材料を投入し設計図を読み込ませたら、ボタンを押して作業完了だ。後は錬成器が自動で作ってくれるので待っていれば良い。
「後は待つだけだな」
「今日は早かったね、兄さん。またクリスと姉さんを呼んでこようか?」
「そうだな……」
エメラルが昨日と同じようにクリスとセレスタを呼びに行ってくれるそうだが、出来上がるまでもうしばらく時間がかかりそうだ。恐らく昼食の頃には錬成が完了するだろう。時計をチラリと確認してから私はエメラルに今日の予定を伝える。
「今日は昼食の後で実験をする。それまではエメラルも自由時間だ」
「分かった。それなら後でクリスと姉さんに声をかけるよ。兄さんはその間どうするの?」
「私は講義棟の図書室でもう少し魔道具について調べてくるよ。エメラルも折角の休みなんだからクリスやセレスタと一緒に遊んでくるといい」
「良いの? 何か手伝った方が良いんじゃない?」
「調べるだけだから大丈夫だよ。ありがとう、エメラル」
私はエメラルの頭を優しく撫でてやる。エメラルは少し大人びて見えるが、実際にはクリスと一つしか変わらない。手伝いを申し出てくれるのは嬉しいが、クリス達とのんびり過ごす時間も彼には必要だろう。
私がそんな思いを込めてエメラルに感謝の気持ちを伝えると、エメラルは少し恥ずかしそうに微笑む。
「分かった。それじゃあクリス達と遊んでくるね!」
「ああ、兄としてクリスを守ってやってくれ」
そうしてエメラルを送り出した私は講義棟の図書室に足を運んだ。こちらの図書室は寮とは違い、基本的に本を借りることは出来ない。その代わり貴重な本が多いため、本格的に学ぶことが出来るのだ。
様々な分野の本が置かれている中を横切り、私が向かうのは魔道具の本がある棚だ。魔道具の専門書を見ていると心が躍る。いずれは自分自身でこの本に載るような魔道具を作ってみたいものだ。
そんなことを考えながら何冊かの本を流し読みし、必要な情報が載っていそうな本だけを手に取ると、閲覧のために設置されている机へと向かう。
今日学ぶのは魔道具の歴史と『結界の魔道具』についてだ。『放出の魔道具』は魔道具として調べるよりも魔力の扱いを調べた方が有益な情報が多いため、今日のところはこの二つに絞って調べることにする。
しばらくの間、本を読むことに没頭しているといつの間にか昼食の時間となっていた。遠くから聞こえてくる鐘の音で、本の世界から現実へと戻って来た私は、本を棚に戻し寮へ帰ることにした。
私としてはもう少し調べていきたかったところではあるが、セレスタ達を昼食に誘った手前あまり遅くなるわけにもいかない。心持ち早く足を動かして寮へと到着すると、ホールで待っている三人の姿が目に入った。
「あ! アレキサンダーお兄様が来ましたよ!」
クリスがニコニコと笑顔を浮かべながら私に向かって手を振って来てくれた。他の二人も少し嬉しそうにしているのを見て、私は更に歩調を早める。
「済まない、三人共。待たせてしまったかい?」
「いえ、全然待ってないです! 先ほどまではエメラルお兄様とセレスタお姉様と一緒に遊んでいました!」
クリスの話を聞く限りエメラルはあの後クリスとセレスタに声をかけて仲良く遊ぶことが出来たようだ。エメラルにチラリと視線を向けるとエメラルも満更でもなさそうな顔をしている。
「三人が仲良しで私は嬉しいよ。それじゃあ昼食にしようか」
「はい!」
三人と合流した私は昼食を食べながら、午前中に三人が何をしていたのか聞いてみる。
「今日はお茶を飲みながらカードで遊んでいましたの。やはり『精神活性』を発動したクリスにはどうしても勝てませんでしたわ……」
「凄かったね……何回やってもクリスに勝つのは無理だと思ったよ……」
どうやらセレスタは『精神活性』を発動したクリスに対抗するため、エメラルと協力して戦ったようだがそれでも負けてしまったようだ。悔しそうにしながらパンを齧るセレスタのことを微笑ましく思いながら私は三人の話に耳を傾ける。
「でもエメラルお兄様もセレスタお姉様も楽しそうにしていたではありませんか!」
「クリスと遊ぶのは楽しいけど、全力を出されると勝てないのが悔しいんだよ……」
「それにむーちゃんも結構強かったですわね。流石に魔法は使っていないようでしたが、何度か負けそうになりましたもの」
「む!」
三人に加えてたまにむーちゃんもカード大会に参加していたようだ。自分が褒められたことに気が付いたむーちゃんは食事をしながら胸を張っている。
「へえ、むーちゃんが強いのは意外だね。むーちゃんにもクリスと遊んでくれたお礼をあげなければならないかな」
そう言って私がむーちゃんのお皿におかずを分けてあげると、むーちゃんは目を輝かせる。
「む~!」
「ありがとうって言ってますよ、アレキサンダーお兄様!」
「それは良かった。むーちゃんにもいっぱい食べてもらわないとね」
私がそう口にすると、セレスタが少し怖い顔をして私を睨みつけてくる。
「……お兄様、今日は何をなさるおつもりですか?」
「そんな顔をするものじゃないぞ、セレスタ。今日も試作の魔道具を試すだけさ」
そろそろ午前中に作成した魔道具も完成している頃なので、どのような魔道具に仕上がったのか思いを馳せているとセレスタが溜息を吐く。
「はあ……危ないことはしないでくださいませ、お兄様」
「そうは言っても作るのに失敗したら危ない目に遭うのはクリスだ。しっかりと魔道具の性能を評価しないとね」
私の言葉を聞いてセレスタだけでなくエメラルやクリスまでもが私のことを胡乱気に見つめてくる。三人の様子がおかしいが何か変なことを言っただろうか。
「でも昨日のアレキサンダーお兄様の様子を見ていると……」
「うん。実際に自分で魔法を受けてみたいだけに思えるよ」
「ですわね……わたくしも注意して見ないと危ないかもしれないですわ」
「三人共酷いじゃないか。私はクリスのために実験しているというのに……」
どうやら昨日の実験が原因で、私は自ら魔法を受けて喜ぶ人間だと思われていたようだ。そう思われるのは私としても遺憾である。
「良いだろう。今日の実験で汚名をそそいで見せよう。三人共、兄の雄姿をしっかりと見届けてくれ!」
私の宣言を聞いても三人はまだ半信半疑のようだが、私は本気だ。今日は兄として相応しい姿を弟妹達に見せてやる。
◇
「くくく! ははははは! もっとだ! もっと強い魔法を打ってくれ!」
「やはりダメでしたわね……」
「むーちゃん! もうやめてください! アレキサンダーお兄様が燃えています!」
「姉さん! 呆れてないで早く回復してあげて! 兄さんが!」
私は燃えてしまったが『放出の魔道具』は想定通り動作し、実験はしっかりと成功した。




