番外編 スピネルは王女を守りたい
気が付いたら10月が終わっていました。
本編がまだ上がっていないので番外編を上げます。(11月中には必ず……)
もう一話くらい別の番外編も上げたいなと思っています。
今回は一章と二章の間、春休み終盤のスピネルの話です。
もっと強くならなければならない。あの時の彼女と並べるように俺は今日も屋敷の庭で訓練をしていた。
「はっ!」
一回一回心を込めて拳を振るう。この拳は大切な人を守るための物。子供の頃からそう言われて育てられてきた。それがユーディライト家の役目なのだと。
「せいっ!」
集中を乱さないように息を吸い込むと、腰を深く落とし拳を突き出す。魔力で強化されたこの拳は岩を砕くことも可能だろう。その力はただ一人、あの小さな王女のために振るうと決めた。
「はあっ!!」
最後に一度大きく力を込めて正拳突きを繰り出して、訓練は一区切りとなる。俺は自らの体の中を流れる魔力を意識して整えていく。
俺が神様から授かった固有魔法は『肉体活性』。体内にある魔力を変換して自らの肉体を強化できる魔法だ。エデルシュタイン王国の剣として存在しているユーディライト家に相応しい固有魔法だと皆からは喜ばれた。
この魔法を使うことで肉体は鋼のように固くなり、単純な力も増強される。また少しではあるが回復力も高まるので、俺は常にこの魔法を発動するようにしている。
しかし、それだけの力を得られる魔法だけあって制御がかなり難しい。魔法を授かった後からひたすらに練習しているが、まだ一割程度しか力を発揮できていない。俺は自分の拳を見下ろして溜息を吐く。
「まだまだあいつには届かないか……」
町で迷子になっている彼女と出会った時は弱々しい少女だと思った。魔獣と戦闘する姿は王族として皆を引っ張って行く凛々しい王女に見えた。しかし、本当の彼女はお茶会の時に見せたようなごく普通の人間だったのだ。
そんな彼女が見せた魔法は今の俺では遠く及ばない物で、彼女に追いつくために春休みの残り時間を全て修行に費やすと決めたのだ。
『肉体活性』による体力の回復を待っている間にそんなことを考えていると、こちらに向かってトコトコと走って来る妹の姿に気が付いた。
「お兄様! お疲れ様です! 飲み物をお持ちしました!」
「ああ、ルチル。ありがとな」
「えへへ……」
俺は飲み物を受け取ると、もう一方の手でルチルの頭をグリグリと撫でてやる。頭を撫でてやるとルチルは殊の外喜んでくれるので、俺や兄上は何かあると彼女の頭を撫でてやることにしている。
「あの、お兄様……」
ルチルは何か言いたいことがあるようでもじもじと手を動かしている。
「どうした? ルチル。何か言いたいことでもあるのか?」
「その……今日はいつまで訓練しているのでしょうか? もし良ければお兄様と遊びたいのですが……」
ルチルは二つ年下の妹で年が近い俺に甘えてくることが多い。しかし、今の俺には時間がない。学園に向かうまでにクリスの護衛として相応しい実力を身に着けねばならないからだ。
俺もルチルに構ってやりたいのは山々だが、構っている時間がない。どう伝えた物かと逡巡した結果、兄上に遊んでもらうよう提案することにした。
「今日は確か兄上が家にいただろう。兄上に遊んでもらってはどうだ?」
「嫌です! スピネルお兄様と遊びたいです!」
俺の提案を聞いた瞬間ルチルが頬を膨らませて怒りだした。しかし、ルチルが怒るのももっともである。クリスの護衛を依頼されてからは殆ど遊んであげられなかったからだ。
神授式を迎えておらず、同年代の友人もまだ少ないルチルにはきっと寂しい思いをさせてしまったのだろう。申し訳ない気持ちを表情で示し俺はルチルに謝罪する。
「済まない……秋に学園から帰って来た時はたくさん遊んでやるから、今だけは許してくれ……」
「秋までなんて待てません! そんなにクリスティア殿下のことが大事なんですか!?」
怒りが収まらない様子のルチルだったが、その言葉を聞いた俺は正面からルチルを見つめて答える。
「ああ、そうだ。今回の依頼は陛下から直々に承った物だからな」
俺が真剣な表情でそう伝えると彼女は愕然とした様子で口を開く。
「そんな……お兄様は……お兄様はルチルよりもクリスティア殿下の方が大事なんですか!?」
「そんなことはない。ルチルのことも大事だ。だけど、クリスティア殿下を一人にしておくわけにはいかないんだ」
クリスは元々体調が悪かったせいで、神授式にも出られていない。そのため、クリスには王国内の知り合いがほとんどいない。そんなクリスも俺と同学年で学園に通うことが決まっているが、まだ体調面で不安もある彼女を一番近くで守ることが出来るのは同学年で面識もある俺しかいないのだ。
俺の考えがルチルに伝わったのかは分からないが、彼女は目に涙を溜めて大きく頷いた。
「……分かりました。秋に帰って来た時は必ず遊んでくださいね!」
「ああ、必ず」
俺は涙でぐしゃぐしゃになってしまったルチルの顔を自分のハンカチで拭いてやると、ルチルの可愛い顔が良く見える。やはりクリスはルチルにどこか似ている。そう思うと余計に彼女を守らなければという気持ちが強くなるのだ。
「ほら、ルチルも泣き止んだのなら、兄上のところで遊んで来い」
「……最後にもう一度頭を撫でてください」
「全く、いくつになってもルチルは甘えん坊だな」
俺がグリグリと頭を撫でるとルチルは嬉しそうに微笑んでくれた。
それから少しして体力が回復してくると、休憩時間を終わりにして俺は訓練を再開する。次の訓練は魔法の使い方を学ぶことになっている。
「よろしくお願いします、父上!」
「ああ、よろしく」
魔法の先生である父上に頭を下げると、満足そうな顔で父上も軽く頷いてくれた。エデルシュタイン王国の騎士団長として忙しい父上が、俺のためにわざわざ時間を割いてくれたのだ。気を引き締めて訓練に臨まなければならない。
「まずはスピネルがどのくらい魔法を使えるようになったのか見せてもらおうか」
「はい、父上!」
「それでは魔力を流してみなさい」
父上に言われた通り手甲を嵌めた手に魔力を流す。『肉体活性』を普段から使っているため魔力の制御は多少慣れてきたが、まだまだ油断すると魔法は不発に終わってしまう。
「次に呪文の詠唱だ。お前の得意な火魔法を唱えてみなさい」
「はい」
父上に言われた通り俺は初級の火魔法を唱える。魔法の発動に必要なのはその効果をしっかりと想像することだ。俺は手のひらに火が出現する想像をして呪文を詠唱する。
「火よ燃やせ!」
ボウと音が聞こえそうな程の勢いで火が勢いよく燃え盛る。手の上に踊る火を見た父上は一度頷いて口を開く。
「……良いだろう。次は火の爪だ」
「はい、父上」
俺は魔力を操作し手のひらで燃えている火を消すと、次の魔法の詠唱を始める。父上からの指示は火の爪を纏う魔法だ。この魔法はまだ練習中だが、父上が見ている前で失敗は出来ない。
それにこのくらいの魔法は即座に使えるようにならなければ、きっとクリスは守れない。今の俺にはクリスを完全に守るだけの力はないのだから、少しでも追いつけるように努力しなければならないのだ。俺は一度呼吸を整えると手を覆う火の爪を想像し、呪文を詠唱する。
「火よ爪となれ!」
「む……」
少し魔力の制御が甘かったかもしれない。一度大きく燃え上がった火を集中して小さくしていく。手より少し大きいくらいに火の爪の大きさを調整すると、満足する結果だったのか父上は小さく頷いた。
「よし、次で最後だ。私に向けて爆破の魔法を放ってみなさい」
「え!?」
父上の言葉を聞いた俺は驚きで一瞬動きが止まってしまう。
「どうした、スピネル。打てないのか?」
「いえ……丸腰の父上にそのような魔法を放ってしまってもよろしいのでしょうか……?」
父上は杖を構えてすらいない。そんな父上に本当に攻撃性の高い爆破の魔法を使っても大丈夫なのだろうか。俺の躊躇いを見透かしたように父上はカラカラと笑う。
「はっはっは! まだお前に負けるほど私は老いてはおらんぞ。試しに打ってみろ、スピネル」
「分かりました、父上……!」
父上の挑発的な言葉に乗せられたのかもしれないが、そんな風に言ってくる彼に目に物を見せてやりたい。そんな一心で爆発する炎の玉を想像した俺は、そのまま手を父上の方へと向ける。
「火よ爆ぜろ!」
俺が呪文を唱えると手元に小さな火球が出現する。小さいこの火球はどこかにぶつかることで爆発するが、弱い魔獣であればこの魔法一発で退治できてしまう威力がある。そんな威力の魔法を父上に向けることに罪悪感を覚えながら、俺は父上の方をチラリと見る。
「どうした、スピネル。打たないのか?」
やはり父上に向かって攻撃性の高い魔法を打つのは躊躇してしまうが、俺は父上を信じて火球を父上の方へと飛ばすことにした。
「父上! いきます!」
俺がそう言うと先ほど作り出した火球は父上に向かって一直線に飛んでいく。今にもぶつかりそうになった瞬間、父上に向かって飛んでいた火球が急にその姿を消す。
「え……?」
「はっはっは! やはりスピネルでは私に傷をつけることは出来なかったようだな」
父上は楽しそうに笑っているが、俺はそれどころではない。今の俺が使える魔法の中でも攻撃性の高い火球を消されたことが衝撃的で、俺はその場に立ち尽くしてしまう。
「さて。それではスピネル、講評の時間だ」
父上は俺の魔法を見てある程度満足したのか、それぞれの魔法について感想を述べ始めた。
「最初に見せてもらった火の魔法だが、発動するまでの時間がまだ長いな。初級の火魔法は想像しなくてもすぐに出せるくらいまで練習しなさい」
「はい……」
確かに初級の火魔法は即座に出せるようにしておかないと、いざという時に困るだろう。他の火魔法の基礎ともいえる魔法だ。これからは発動の正確性だけではなく速度も重視して訓練していこう。
「次に火の爪だが、発動する際に魔力の制御が乱れたな。普段から魔法を使うようにして魔力制御の練習をするようにしなさい」
「はい……」
まだ魔力制御も甘い。『肉体活性』に常に魔力を流しているとはいえ、まだ魔法を使うのに慣れていないのも原因かもしれない。ともかく父上の言っていることは納得できるので、ひたすら訓練を繰り返すしかないだろう。
「次に爆破の魔法だが……どうして私に効かなかったのか分かるかな」
「魔力の差……でしょうか」
「その通りだ。正確に言うと当たる瞬間に魔力を放出して防いだのだが、相手の魔力の方が多い場合はこのようなことも起こりうる。私を傷つけられるくらいまで成長しなさい、スピネル」
「はい!」
やはり父上には敵わない。そして魔力による防御は何も父上に限ったことではない。今後クリスを襲って来た敵がそのような技を使ってくる可能性もあるということだ。
そんな父上を見て俺は更に精進をしなくてはならないと思わされた。それだけでも今日の訓練は有意義だっただろう。そんなことを考えていると父上が俺の頭に手を置いた。
「最後になるが、スピネル。お前は根を詰めすぎだ。もう少しゆっくりと過ごしてもいいだろう」
「ですが父上……俺はクリスを守らなければならなくて……」
「それは分かっている。訓練に手を抜くつもりもない。しかし、ルチルを泣かせるような者が本当にクリスティア殿下をお守りできるのか?」
「それは……」
俺とルチルの先ほどのやり取りを父上はどこかで見ていたのだろう。恥ずかしさで顔から火が出る思いだ。確かに父上の言う通り身近な者を大事にできない者が誰かを守ることは出来ないだろう。
「良いか、スピネル。頑張るなとは言わない。スピネルが頑張っているのを知っているからな。だが、もう少し余裕を持ってもいいのだ」
「はい、父上。ご指導ありがとうございました!」
その後父上と軽くやり取りをして、今日の訓練は終了となった。夕食の席、久しぶりに家族全員が揃う食卓で兄上はルチルに付き合わされたのか少し疲れているようだった。そんな兄上を横目に見ながら俺はルチルへと顔を向ける。
「ルチル、明日は時間を作るから俺と一緒に遊ぼうか」
「本当ですか! スピネルお兄様! それでしたら町に行きたいです!」
「良いよ。それじゃあ明日は町を案内してやろう」
「やったあ! ありがとうございます、お兄様!」
ルチルに町を案内しながらでも魔法の練習はできる。体を鍛えるのはルチルと遊んでいない時間にやればいいんだ。今日の父上の言葉を聞いて俺はそのことに気が付くことができた。
「スピネルはいつも町に遊びに行っていたからな。たくさん案内してもらうといいぞ、ルチル」
こっそりと抜け出していたつもりだったが父上にはバレていたようだ。それを聞いた皆が笑い始めると温かい空気が流れてとても楽しい夕食だった。
俺も今はクリスには追い付けないが、いつかは追いついて見せる。その時まで一番近くで彼女を守り続けることにしよう。自分の心に誓いを立てて、俺の春休みは過ぎ去っていった。




