牧場と冷たいお菓子
しばらく草原を歩き続けると一軒の建物と広い草原で動き回る魔獣が見えて来た。わたしは指を差して隣のドロッセルに話しかけた。
「魔獣がいます! あそこが牧場でしょうか!?」
「きっとそうですわ! 早く向かいましょう、クリス!」
わたしとドロッセルは逸る気持ちを抑えつつ前方へ走り出した。
「到着ですわ!」
「到着しましたね!」
大きな牧場を前にして隣にいるドロッセルも喜色満面といった様子だ。わたしも一緒に喜ぶと、ドロッセルと並んで一緒に建物の方へ向かう。
「失礼します!」
声をかけながら建物の扉を開けると一人の男性がカウンターに立っていて、奥の方にはいくつかのテーブルが置かれており、先行していた学生達が休んでいるのが見える。
「おや?」
こちらに気付いた男性は柔和な笑みを浮かべてわたし達を見つめる。
「いらっしゃい。君達も魔法学園の学生かい?」
「はい、そうです!」
わたしが元気良く手を挙げて返事をすると、それを見たおじさんは一層笑みを深めながら頷いている。
「そうかい。ようこそランチャ牧場へ。君達も一休みしていくといい」
「ありがとうございます!」
わたしと男性が会話していると、わたし達に遅れてスピネル達も建物の中に入って来たので、皆で男性に挨拶すると彼も自己紹介をしてくれた。
「私はランチャ。この牧場で魔獣の世話をしているんだ」
そう言ったランチャはわたしの横をフワフワと飛んでいるむーちゃんをチラリと見る。
「先ほどから気になっていたんだが、そのムイムイは君の使い魔なのかい?」
「はい! 名前はむーちゃんって言います!」
「むー!」
花冠を落とさないようにしながら、前足を器用に上げてランチャに挨拶をするむーちゃん。その様子を見て一瞬驚いていたランチャだったが、すぐに口元を緩めて笑う。
「見ただけで良く懐いているのが分かるよ。もし良ければうちのムイムイも後で見て行ってくれ。きっと君のムイムイとも仲良くなれるだろう」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「む~!」
わたしはむーちゃんを撫でながらランチャにお礼を言う。その後はランチャに案内して貰って他の学生が休んでいた奥のテーブルに案内してもらう。
「あれ? 皆は何を飲んでいるのでしょう?」
わたしが座って辺りを見回すと、他の学生達が何かを飲んでいることに気が付いた。首を傾げているとスピネルがカウンターの近くに置かれている看板を指差す。
「クリス、皆が飲んでいるのはきっとあれじゃないか?」
そこには「搾りたてミルクあります」と書かれた看板があり、リントがニコニコと笑っている絵が一緒に描かれているのが見える。
リントはハーゼやムイムイと同じく大人しい魔獣だ。わたしはまだ見たことないが、ミルクを出すので牧場などで飼育されていることが多いそうだ。
わたしは普段飲んでいるミルクと牧場のミルクの違いを知りたくて、スピネルの方に顔を向ける。わたしはお金を持っていないので、スピネルに払ってもらうしかないのだ。
「スピネル……」
わたしの表情と声で言いたいことが分かったのだろう。苦笑したスピネルはヒラヒラと手を振ると椅子から立ち上がる。
「分かったよ、買って来るから少し待っていろ。皆も飲むか?」
スピネルが他の三人にも声をかけると皆嬉しそうに頷いた。しばらくしてトレイに六つのカップを乗せたスピネルが戻って来る。一つだけ小さいカップがあるが、あれはむーちゃん用だろう。
「皆、お待たせ。ミルクを貰って来たぞ」
「ありがとうございます、スピネル! 早速いただきましょう!」
わたしが目を輝かせると、スピネルも嬉しそうにわたしの前に二つのカップを置く。私の横を楽しそうに飛んでいたむーちゃんもわたしの膝に乗ってきて、ミルクを味わう準備万端だ。
わたしは皆にミルクが行き渡ったことを確認すると、カップに口をつける。むーちゃんも身を乗り出すと一緒にカップに顔を突っ込んでいる。
一口飲むと口の中に濃厚なミルクの風味が広がっていく。まろやかな口当たりと爽やかな後味でとても美味しい。わたしはあまりの美味しさに口を押さえると周りを見回す。皆の表情を見ると、皆も驚いた顔をして口々に感想を述べている。
「これは……味が濃厚でとても美味しいですわ!」
「ああ、今まで飲んだミルクの中で一番美味しいかもしれない」
「これが牧場でしか飲めない新鮮なミルクなんですね……」
「むー!!!」
むーちゃんもいつになく喜んでいるようで、普段よりも楽しそうな鳴き声を出している。そのままカップに勢い良く顔を突っ込んだむーちゃんを横目に見ながら、スピネルの方を見ると、スピネルも嬉しそうに口元を緩めている。
皆で美味しいミルクを飲んでいると、ランチャがこちらに向かってくる。ニコニコと笑みを浮かべたランチャはわたし達を見回し、嬉しそうに口を開いた。
「その顔を見ると、うちのミルクは美味しかったようだね?」
「はい、とても美味しかったです!」
わたしがそう言うと他の皆もそれに合わせて頷いた。わたし達が喜んでいるのを見てランチャはとても嬉しそうだ。
「そんな君達に食べてもらいたい物があるんだけど、食べていくかい?」
「いいんですか?」
「ああ、うちのミルクを使ったお菓子で、色々な人に感想を聞いているんだ。どうする?」
そう言ってランチャはわたし達の反応を待っている。皆、お菓子に興味津々のようで目をキラキラと輝かせており、そんな皆を見たわたしは代表してランチャに返答する。
「食べたいです! よろしくお願いします!」
「分かった。今持ってくるよ」
わたしがそう答えると、ランチャは一度大きく頷いてカウンターの奥に下がっていった。
しばらく楽しく話しながらミルクを飲んで待っていると、ランチャがトレイを持ってこちらへと向かって歩いて来た。
「さあ、これが皆に食べてもらいたいお菓子だよ」
そう言ってランチャはコトリコトリとテーブルの上にお皿を置いていく。そこには冷たそうな白い塊が乗っているのが見える。わたしが首を傾げていると、ドロッセルが嬉しそうな声を上げる。
「まあ! これはアイスクリームですわね!?」
「ドロッセルはこのお菓子を知っているのですか?」
ドロッセル以外は皆知らなかったようで、皆はドロッセルの方を見ている。ドロッセルは皆に説明するように口を開く。
「ええ! ファルベブルクでは有名なお菓子ですわ!」
「そちらのお嬢さんはファルベブルクの子だったのかい。うちの牧場で作ったアイスクリームは美味しいから溶けないうちに食べると良いよ」
アイスクリームはファルベブルク発祥のお菓子で最近広まり始めたそうだ。アイスクリームを見たことがないわたし達に向けて、ドロッセルがアイスクリームの説明をしてくれる。
「アイスクリームはミルクを冷やして作ったお菓子で、口の中に入れると優しく溶けていってとても美味しいんですの……!」
「それは美味しそうですね!」
ドロッセルの説明を聞いているだけで美味しいことが伝わってきて、わたしはゴクリと唾を呑む。それに気付いたドロッセルはハッとして話を切り上げる。
「話は後にしてアイスクリームを食べてしまいましょう! ランチャ様の言う通り溶けてしまいますわ!」
「そうですね! ランチャ、いただきます!」
皆でランチャに礼を言って、お皿と一緒に置かれたスプーンでアイスクリームを掬って口に運ぶ。ひんやりとした白い塊は口の中に入ると解けるように溶けていく。それと同時に優しい甘さと濃厚なミルクの味が口いっぱいに広がっていき不思議な食感だ。
わたしはアイスクリームの溶ける余韻を楽しみながら口からスプーンを取り出すと、そのままランチャの方を向いて感想を伝える。
「ひんやりとしてとても美味しいです! この牧場のミルクで作ったからでしょうか? とても濃厚なミルクの味が口いっぱいに広がっていきました!」
「ええ、ファルベブルクの町でもこんなに美味しいアイスクリームは食べたことがありませんわ!」
「む~」
皆で口々にアイスクリームの感想を言うと、ランチャも嬉しそうにそれを聞いている。話すことが出来ないむーちゃんも、アイスクリームをペロペロと舐めて満足そうだ。
「それは良かった。ファルベブルクの子にそう言って貰えると嬉しいよ」
ニコニコとしたランチャが満足そうにカウンターの奥に戻っていくのを見ながら、しばらくの間わたし達はアイスクリームの冷たさを楽しんだ。




