高等魔法
会長が書き散らした紙を片付け支度を整えると、わたし達は研究室を出て訓練場へと向かう。わたしは会長に目を向けると、これから見せてもらう魔法について訊いてみた。
「会長は確か火と土の適性があるんですよね? どのような高等魔法が使えるのでしょうか!?」
「それは見てからのお楽しみだよ、クリス。凄いから楽しみにしててね!」
「分かりました! 楽しみにしています!」
楽しそうな会長と話しながら歩いていると、わたし達はいつの間にか訓練場に到着していた。
訓練場の使用状況を調べると、やはり別の研究会が使用しているようで、スピネルが壁に貼られている使用状況を横目で見ながら会長の方へ目を向ける。
「どうやら今日は武術研究会が使用しているようですね」
「そうか……残念だけど諦めてまた別の日にしようか」
「待って下さい、会長! 武術研究会なら何とかなるかもしれません!」
わたしが手を挙げながらそう言うと会長は首を傾げる。武術研究会はカーネリアお姉様が所属している研究会なので、説明すれば貸してもらえるかもしれないことを伝える。
「それなら、クリスからお願いしてもらってもいいかな?」
「はい! わたしも会長の高等魔法を見てみたいので頑張ります!」
わたしが胸を張ると会長も頷いてくれたので、わたし達は訓練場の中へ足を踏み入れた。
訓練場の中心部分は石畳の試合場となっており、武術研究会らしい者が剣や槍、盾を構えて訓練しているところだった。
わたしは訓練している者の中からカーネリアお姉様を探し始めた。キョロキョロと首を動かしていると、近くに居た男子学生が不審な者を見る目でこちらへ近づいてきた。
「君、どうしたんだい? 何か用かな?」
「はい! カーネリア・エデルシュタインはいますか? 妹のクリスティアが訪ねて来たと伝えてもらえれば分かると思います!」
「……分かった、少し待っていてくれ」
わたしが元気良くそう答えると、男はむーちゃんをチラリと見て動き始める。訓練を見ながら待っていると、少ししてからカーネリアお姉様がこちらに向かって歩いて来た。
「クリス、訓練場に来るとは珍しいな。何かあったのか?」
「はい、お姉様! 実は――」
わたしはカーネリアお姉様に訓練場に来た経緯を説明する。説明を聞いたカーネリアお姉様は、わたしの後ろに立っている会長に一度目線を移してから口を開く。
「そういうことならまあ良いだろう。訓練が一段落したら休憩を挟む。その間は使っても構わないから、少し待っていてもらえるか?」
「はい! ありがとうございます、お姉様!」
わたしがカーネリアお姉様から訓練場を使う許可をもらえたことに、会長はホッと胸を撫でおろす。
「ありがとう、クリス。私では許可を取れなかっただろうから助かったよ……」
「わたしも高等魔法を見たかったので気にしないでください!」
それからしばらくの間わたし達は訓練場の観戦席に座って、話しながら訓練が一段落するのを待った。
真上にあった太陽が沈み始める頃には訓練も休憩に入ったようで、武術研究会の者達もぞろぞろと観戦席に上がってきていた。
その様子を見ていると、他の学生と同じように観戦席に上がってきたカーネリアお姉様に声をかけられる。
「クリス! 訓練が一段落したので、少しなら訓練場を使っても構わないぞ!」
「ありがとうございます、お姉様! それでは会長、スピネル、行きましょうか!」
「それじゃあ皆、ついて来てくれ!」
カーネリアお姉様に案内されてわたし達は試合場に到着した。試合場の中央には石畳の場所があるが、今は休憩中のため誰もいない。あるのは会長の高等魔法を受け止めるために置かれている人型の的だけだ。
わたしが物珍しさから辺りを見回していると、会長がカーネリアお姉様に話しかけているのが目に入った。
「それでは私は魔法を唱えるため、結界の範囲に向かいます。カーネリア殿下、結界の魔道具の起動をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ。しっかり起動しておくからリシアは安心して高等魔法を発動してくれ」
「ありがとうございます、カーネリア殿下。クリスもスピネルもしっかりと私の魔法を見ておいてね」
「はい! 会長も気を付けてくださいね!」
わたしが手を振って会長を送り出すと、カーネリアお姉様が地面に設置された箱に魔力を注ぎ始める。
「お姉様、それは?」
「これは結界の魔道具だ。強力な魔法を発動すると、観戦席の方まで被害が出てしまうだろう? それを防ぐためにこの魔道具に魔力を注いで結界を張るんだ」
ちなみにこの魔道具もエデルシュタインで作られた物らしく、大地の魔力を結界として変換しているそうだ。わたしがその説明を聞いてまじまじと結界の魔道具を見つめていると魔力の供給が完了したようで、結界の魔道具が淡く光り始めた。
「……これで起動できるな。リシア! 準備は良いか!?」
結界の魔道具に手を当てたままカーネリアお姉様は石畳の上に到着した会長に声をかけた。
「はい! いつでも大丈夫です、カーネリア殿下!」
「それでは起動するぞ!」
二人で声をかけあうと、カーネリアお姉様が結界の魔道具を起動したようで、石畳の範囲が半透明な膜のような物に包まれていく。きっとこれが結界なのだろうと半透明な膜をわたしが見つめていると、カーネリアお姉様の声が響き渡る。
「結界を張ったぞ、リシア! もう魔法を発動しても大丈夫だ!」
「ありがとうございます、カーネリア殿下! それでは行きます!」
そう言った会長は結界の向こう側で一度深呼吸をすると、杖を構えて人型の的に向かい合う。
会長は複雑な呪文を唱えながら魔力を杖の先に集めているが、魔力の集まり方が尋常ではない。講義で習った魔法とはけた違いの魔力が杖の先に集まっているのを見ていると、段々と恐ろしくなってきた。
わたしは隣に立っているスピネルの服の裾をギュッと掴みながら会長の方を見ていると、呪文の詠唱が終盤に差し掛かったようで最後に一度力を込めて言葉を発する。
「爆発!」
会長が呪文を唱え終えると、杖の先に集まった魔力が空気中の魔力と交じり合って赤と茶に光り輝く。変換されて魔力は魔法となって、会長から少し離れたところに硬そうな土の球が現れる。
「あれは一体なんでしょう……?」
わたしの呟きに反応したスピネルが返答するより先に土の球が熱を帯びたように赤くなり始めた。土の球が太陽のように光り輝き始めると、次の瞬間ドンという体の芯まで響くような大きな音が訓練場に響き渡り、土の球は前方の人型の的に向けて弾けた。
「ひゃっ!!」
「クリス!」
大きな音に驚いたわたしが頭を抱えてしゃがむと、それをかばうようにしてスピネルがわたしの前に躍り出る。
「あれ……?」
音が収まった後、わたしが恐る恐る目を開けると結界に守られて観戦席どころかわたし達のところまで魔法が届いていないことに気付いた。
「大丈夫だったみたいだな……」
「そうですね……ありがとうございます、スピネル」
わたしはまだドキドキしている胸の辺りを抑えながら立ち上がり、会長が立っている石畳の方を見ると、的になっていた人型の的は跡形もなく消し飛んでいた。
「あれが魔法なのですか……?」
「凄まじい破壊力だな……あれを見た後だとアレキサンダー殿下が高等魔法を使わないと言った理由がよく分かるな……」
わたしとスピネルがポカンと口を開けたまま会長を見ていると、会長はフラフラとした後地面に膝をついた。肩が大きく上下しており呼吸をするのも辛そうに見える。
「会長!?」
「恐らく魔力の使い過ぎだろう。結界を解除するので少し待っていてくれ!」
カーネリアお姉様がそう言った直後、試合場に張られていた結界が解除される。それを見たわたし達は慌てて会長に駆け寄り背中に手をあてる。
「会長! 大丈夫ですか!?」
「ああ、クリス……どうだった、高等魔法は……?」
意識はあるようだが目の焦点が合っていない。何だかぼーっとしている会長を見てカーネリアお姉様が口を開いた。
「やはり魔力の使い過ぎだな……おい、誰か手伝ってくれ! 医務室に運ぶぞ!」
カーネリアお姉様が会長を医務室に運ぶため、観戦席で見ていた他の者達に声をかける。何人かは倒れる会長を見ていたのか既に広場まで降りてきている。
そのまま会長は武術研究会の会員達に運ばれて行ってしまい、わたし達は広場の処理をするためそのまま待機することになった。
「お姉様、会長は大丈夫でしょうか?」
わたしは会長が心配でカーネリアお姉様に声をかける。
「しばらく休めば大丈夫だ。自分の魔力を超えた魔法を使うとああして倒れてしまうことがあるんだ」
「そうだったのですね……」
どうやら会長も高等魔法を完全には使いこなせていないようで、魔力を使いすぎてしまったらしい。魔法の訓練をしているとよくあることのようで、武術研究会の者は確かに手早く動いていた。
わたしが納得していると、カーネリアお姉様は石畳の上の焦げた跡を見て溜息を吐く。
「それにしても凄まじい威力だな。私でも一瞬ではここまでできないだろう」
「お姉様でもできないのですか?」
「ああ、私は高等魔法を使えないからな。以前クリスに見せた火柱でも、ここまでの威力は出せない」
そう呟くカーネリアお姉様は少し悔しそうにしている。
「とりあえず片付けは私がしておくからクリスは医務室に向かうと良い」
そう言ってカーネリアお姉様は医務室の場所を教えてくれた。
「ありがとうございます、お姉様! それでは失礼します!」
「俺も行くぞ、クリス!」
わたしはカーネリアお姉様にお礼を言うと、スピネルとむーちゃんを連れて医務室へと向かった。
医務室は訓練場の中にあり試合場からはさほど離れていなかった。わたしが扉を開けると横になった会長を医師らしき者が診察しているところだった。
「会長!」
「ああ、君の知り合いかね。魔法の使い過ぎで倒れただけなので、心配せずとも少し横になっていれば治るだろう」
医師はそう言って会長から離れていった。わたし達は会長に近付くと声をかけてみる。
「会長、大丈夫ですか?」
「クリスか……大丈夫だよ。まだ少しクラクラしているけどね……」
先ほどとは違ってまともに受け答えができているようでわたしはホッとした。わたしは会長に目を向けると、会長が倒れた理由について訊いてみる。
「一体どうしてこのようなことになってしまったのですか?」
「魔力が制御しきれなかったんだよ。周りに被害が出ないよう制御はしたんだけど、そうすると魔力の量が上手く調整できないんだ。私もまだまだ勉強が足りないな……」
会長はそう言いながら自分の手をぼんやりと眺めている。眉を寄せているのできっと悔しかったのだろう。
「ねえ、クリス」
会長はわたしの方をゆっくり向くと口を開いた。
「今回は失敗して倒れてしまったけど、いつか完全に制御できるようになってみせるよ。だからクリスも手伝ってくれるかな?」
「もちろんです、会長! これからも一緒に魔法の研究、頑張りましょう!」
「ありがとう、クリス」
わたしが会長の手を取ってそう宣言すると、会長も嬉しそうに微笑んでくれた。




