ピクニックと研究室
講義を終えて寮に戻ったわたし達は食堂に入ると、昼食を受け取るためにカウンターに並ぶ。今日の昼食はおにぎりだが、中身の具は食べるまで分からないようになっているらしい。
「今日のおにぎりの中身は何でしょうね!」
わたしが今日のおにぎりの中身にワクワクしていると、スピネルが窓の方を見て口を開く。
「なあ、クリス。今日の昼食は外で食べないか? おにぎりだったら外でも食べられるだろう?」
「ピクニックみたいで楽しそうです! そうしましょう、スピネル!」
わたし達はカウンターで注文する際におにぎりを包んでもらい、バスケットに入れて外に向かうことにした。
おにぎりを受け取ってスピネルと一緒に外へ出ると、爽やかな風がわたしの頬を優しく撫でる。わたしの髪が風に揺れているのが何だかくすぐったくて、表情も緩んでしまう。
「早く行きましょう、スピネル!」
わたしは後ろをついて来ているスピネルの方を振り向いて声をかける。
「そんなに慌てなくても昼食は逃げないから落ち着け、クリス」
「そんなこと言われても楽しみなのだから仕方ありません! むーちゃんも早く食べたいですよねー?」
「むいむい!」
スピネルは苦笑しながらそう言うが、わたしは外で昼食を食べる高揚感からむーちゃんと一緒に早足で歩く。今日の昼食も水の庭にある庭園でとるつもりだが、新鮮味に欠けるため以前とは違う庭園に向かって歩く。
「今日も綺麗な花がたくさん咲いていますね!」
「ああ、天気も良いし気持ちが良いな……!」
しばらくすると目的地に到着する。辺りを見回すと綺麗な花が出迎えてくれて、それだけで外で昼食をとることにして良かったと思うくらいだ。
「早速座って食べましょう、スピネル!」
「そうだな、俺も腹が減って来たから楽しみだ」
わたしとスピネルは近くにあった長椅子に腰かけ、バスケットのふたを開けた。
「ほら、むーちゃん。おにぎりです! ゆっくり落ち着いて食べてくださいね!」
「むー!」
むーちゃん用のおにぎりを取り出したわたしは、椅子の座面に着地したむーちゃんに包みを解いて渡す。
「むいむい!」
目の前に食べ物を差し出されたむーちゃんは目を輝かせて食事を始めた。
「むーちゃんが嬉しそうで良かったな、クリス。さて、俺達も食べるとするか」
「はい!」
わたし達は二人で包みを開くとおにぎりにパクリとかじりつく。
「う!」
かじりついた瞬間、口の中に酸っぱい味が広がり思わず口を離してしまった。わたしが慌てて中身を確認すると赤い果実のようなものが入っていた。
わたしは驚いておにぎりを手に持ったままスピネルに顔を向ける。
「スピネル! なんですか、これ! とても酸っぱいです!」
「それは梅干しだな。果実を加工したもので酸っぱいけど美味しいぞ。お、こっちは魚の切り身が入っているな」
どうやらわたしの抗議は聞き入れてもらえなかったらしい。渋々梅干し入りのおにぎりを食べていると、スピネルが優しい目をこちらに向けて話しかけて来た。
「学園に来てしばらく経つが、クリスも少しは慣れて来たか?」
「はい! 食堂の食事も美味しいですし、同級生も皆良い人ばかりでした! それにお兄様やお姉様もいるので寂しくもありません!」
「それなら良かった。俺もクリスの学園生活を守れるように頑張るからな」
スピネルは素っ気なく言うと自分の手にあったおにぎりを頬張る。
そんなことをスピネルと話しながらおにぎりを食べ終わる頃には、最初苦手だった梅干しも段々と美味しく感じてきた。まるで学園に来てからの自分の気持ちのようで、少し梅干しが好きになったわたしはスピネルを見上げる。
「中々梅干しも美味しいですね!」
「そうだろう?」
わたしはスピネルと会話しながら二つ目のおにぎりに手を伸ばす。
こちらは先ほどスピネルが食べていたのと同じ中身のようで、焼かれた魚の切り身が入っていた。塩味の効いた魚はおにぎりと良く合っていて、みるみるうちにわたしの手に持ったおにぎりが小さくなっていく。
わたしが三つ目に手を伸ばすと、スピネルも新しいおにぎりに手を伸ばすところだった。わたしが伸ばした手を引っ込めると、スピネルがわたしに尋ねる。
「クリスはどっちにするんだ?」
「それでは、右のおにぎりにします!」
わたしは右のおにぎりを手に取るとパクリとかじりつく。すると、中身は一つ目と同じ梅干しだった。先ほどは美味しく感じてきたが、やはり急に食べると酸っぱさに驚いてしまう。
「酸っぱいです、スピネル……」
「そんな目で見るな、クリス。まだ食べてないから俺のと交換するか?」
「いえ、大丈夫です。驚いただけで梅干しが嫌いなわけではありませんから!」
そんな風に昼食を終えたわたし達は、午後の日差しを浴びながらのんびりと庭園の花を見ていた。
「午後はどうするんだ、クリス? 研究会に顔を出すか?」
「そうですね……むーちゃんの調査も手詰まりですし、そうしましょうか」
むーちゃんの調査も必要なことだが、エメラルお兄様が言っていた通り、寮の図書室にある本では大した情報は得られなかった。
わたしは溜息を吐いて講義棟の方角を見る。
「講義棟の図書室に行ければいいのですけど……」
「ああ、俺達はまだ行けないからな。エメラル殿下やアレキサンダー殿下にお任せするしかないのが心苦しいところだ」
学園に入学したばかりの一年生は慣れてないということもあって、講義棟の中での活動が制限されている部分が多いのだ。講義棟の図書室に入れるようになるのは、七月以降になるようだ。
なので、今は急ぎでやらなければならないことはないのだ。魔獣研究会に行くことも考えたが、むーちゃんの調査はお兄様達にお願いしているので、高等魔法の研究を進めたい気持ちが強い。
わたしは立ち上がるとグッと伸びをしながら、椅子に座ったままのスピネルを見る。
「それではそろそろ行きましょうか、スピネル」
「そうだな」
スピネルはそう言って立ち上がると、わたしと同じようにグッと伸びをする。
二人揃って伸びをしたことが何だか面白くてわたしがクスクスと笑っていると、スピネルが決まりの悪い表情をする。
「ほら行くぞ、クリス」
「はい、スピネル!」
わたし達は昼食を入れて来たバスケットを忘れずに持つと、研究棟へと向かうことにした。
高等魔法研究会の研究室に到着したわたし達が扉をコンコンと叩くと、扉はガチャリと音を立てて開く。そこから出て来たのは眠そうな顔をした会長だった。
「はいはい……ってクリスとスピネルじゃないか。今日はどうしたんだい?」
「今日は研究できることがないか探しに来ました! それより会長こそこんな時間から研究室にいたのですか?」
今は昼食の時間が終わって上級生は午後の講義が始まる時間だ。どうして会長がいるのだろうとわたしは首を傾げる。
「私は成績優秀だからね。必要な講義以外は出席を免除されているんだ」
「そう言えばセレスタお姉様からそんな話を聞いていました!」
わたしがポンと手を打つと会長も満足そうに頷いた。
「分かったところでクリスとスピネルも入りなよ、歓迎するよ」
「ありがとうございます、会長!」
わたし達は会長に招かれて研究室の中に入る。
「少し散らかっているけどゆっくりしていってね」
「はい! お邪魔しま……す?」
わたし達が研究室に入ると、足元に紙や本がたくさん散らばっているようだった。足の踏み場もないとはこのことで、研究室というよりも会長の部屋のようになっている。
「これが少しですか……?」
「会長……」
わたしとスピネルが揃ってリシアに白い目を向けると、会長は視線を逸らしてしまう。そう言えば寮でも会長の姿を見た記憶がないので、もしかしたら講義がない時はここで生活しているのかもしれない。
「会長はもしかしてここで暮らしているのですか?」
「食事と入浴の時は寮に戻っているよ……?」
会長は目線を逸らしたままそう口にする。その会長の様子を見ると寮にきちんと戻っているかも怪しいものだ。わたしは溜息を吐くとスピネルに目を向ける。
「スピネル、とりあえず足の踏み場もない研究室を片付けようと思うのですけど……」
「ああ、さっさと片付けて研究を始めよう」
「済まない、二人共……」
わたしとスピネルはお互いに顔を見合わせると一度頷き研究室の掃除を始める。




