魔法学の講義
「さて、皆お待ちかねの魔法学の講義ですよ!」
ローレンツ先生がそう言うと皆の目が輝きだす。どうやら魔法学の講義を楽しみにしていたのはわたしだけではなかったようだ。ローレンツ先生は手に抱えた箱を教卓の上に置いた。
箱の中には講義で使う道具が入っているようで、わたしが箱に目を向けているとローレンツ先生は箱の中から一本のろうそくを取り出した。
「今日は教室の中でできる初級の属性魔法を練習していきましょう! まずはお手本を見せるので座ったまま見ていてくださいね!」
ローレンツ先生はそう言うと腰のベルトから杖を手に取り、ろうそくに向けて呪文を唱える。
「火よ燃やせ」
「おお……!」
すると、ろうそくの先端に火が付いた。それを見た周りの学生からどよめきが起こり、ローレンツ先生も満足そうな顔をしている。
「このように初級の火魔法では火をつけることが出来ます! 同じように初級の風魔法では風を起こし、初級の水魔法では水を出すことが出来ます!」
危ないから火魔法はまだ使ってはダメですよと言い加え、ローレンツ先生はもう一度杖をろうそくに向ける。
「風よ吹け」
「おお……!!」
ローレンツ先生がそう唱えると、ろうそくに向けて杖から風が吹いたようだ。ろうそくの火が揺らぎ、フッと消えてしまった。またしても学生からどよめきが上がる。
「はいはい! 静かにしてくださいね!」
ローレンツ先生が手で皆を鎮めると、杖を構えたまま今起こったことを説明する。
「今は杖の先から風を起こすように想像しながら、初級の風魔法を唱えました! このように起こる現象を具体的に想像して、呪文を唱えることが魔法の発動には必要です!」
その後も水魔法で盥の中に水を入れたり、光魔法で明かりをつけたり、闇魔法で暗闇を作り出したり、ローレンツ先生は各属性の魔法を実演してくれた。しかし、土魔法の実演はなかったので、学生の一人が声を上げる。
「ローレンツ先生、土魔法は見せてもらえないのですか?」
「土魔法は教室の中だと使いにくいので、また今度説明する予定です!」
ローレンツ先生によると属性魔法は空気中の魔力を使うため、自分に適性がない属性魔法は扱いにくいそうだ。ローレンツ先生には土属性の適性がないため、土が近くにある屋外ならともかく屋内では上手く発動しないらしい。
「私の属性は光なので土魔法は教室では上手く発動できません。土魔法に関してはまたの機会に教えますので、とりあえず今日は別の魔法を練習してみましょう!」
ローレンツ先生はそう言ってそれぞれのテーブルの上に一抱えほどの盥を用意してくれる。
「まずは水魔法の練習をします! 目の前にある盥に向けて水を出してみましょう!」
ローレンツ先生の言う通り、わたしはスピネルと一緒に立ち上がり盥に向き合う。
「スピネルは水魔法を使えるのですか?」
「使ったことはないが少しやってみよう。クリス、そこで見ていてくれ」
「分かりました! 頑張ってください!」
わたしが頷いて盥を見つめると、スピネルは少しわくわくした様子で盥に杖を向け、先ほどローレンツ先生に教えてもらった水魔法の呪文を唱える。
「水よ出でよ」
唱えた直後、スピネルの杖の先から手ですくったくらいの水が出て来た。水は盥のそこに当たるとパシャっと弾ける。わたしはそれを見て何とも言えない気持ちでスピネルに顔を向ける。
「……随分と少ないですね、スピネル」
「適性がない者が初めて使う魔法ならこの程度だと思うぞ? 皆も試してもらえるか?」
スピネルがそう言うと、同じテーブルについていた別の学生も盥に向けて呪文を唱える。確かに水魔法の適性がある者はコップ一杯分くらいの水を出せていたが、適性のない者はスピネルと同じかそれより少ないくらいしか出せなかった。
「適性がないとこうなるのですね……」
「まあ、クリスには無縁の話だな。魔力も高いし全属性の適性があるんだから」
スピネルが苦笑しながら肩をすくめる。確かにわたしには無縁かもしれないが、少ししょんぼりしている適性がない学生を見ると無縁とは思えない。わたしはその光景を見て、アレキサンダーお兄様のことを思い出していた。
アレキサンダーお兄様は、適性がない者でも空を飛ぶことが出来る魔道具を作りたいと言っていた。きっとアレキサンダーお兄様に限らず、魔道具の発展にはそう言った便利さを求める考えがあったのだろう。
「スピネルは自分の適性以外の魔法も上手に使いたいと思いますか?」
わたしはスピネルを見上げて質問する。それを聞いたスピネルは溜息を吐くようにして言葉を吐き出す。
「それは上手に使えるなら使いたい気持ちはあるさ。だけど、実際にはできないからな。それに俺は火と光の二つに適性があるから神様に文句は言えないだろう?」
「そうですね……」
スピネルは自分の魔法を受け入れているような顔でこちらを見てくる。それで言えば『生命活性』で生かされているようなわたしも文句を言えない。他の者に悪いと思うのではなく、他の者を助けることでより便利で暮らしやすい世界を作っていこうとわたしは誓う。
そんな決意を密かにしていると、ローレンツ先生がわたしの方へ向かってきた。
「クリスティア殿下、何やら難しい顔をしていますがどうしました?」
「いえ、もっと頑張らねばならないと思っていたのです!」
ローレンツ先生は盥を見ると納得したように頷く。
「確かに初めての魔法であまり上手くできないのかもしれません。ですが、練習していけば必ずできるようになります!」
「あの……ローレンツ先生?」
「それではクリスティア殿下も頑張って魔法の練習をしましょうね!」
どうやらローレンツ先生はわたしが水魔法を使えなくて悩んでいると思ってしまったようだ。誤解を訂正する暇もなく、ローレンツ先生は別のテーブルに向かって歩いて行ってしまう。
スピネルも困ったような表情でローレンツ先生の方を見ている。
「クリスもとりあえず水魔法の練習をしてみたらどうだ?」
「それもそうですね。見ていてください! スピネル! むーちゃん!」
わたしも見ているだけではなく練習をするため、自分の杖を腰のベルトから手に取る。盥に杖を向けると透明な宝石がきらりと輝き、わたしに自信を与えてくれる。いつ見ても綺麗な宝石に密かな満足感を覚えながら、杖の先に魔力を集めて水魔法の呪文を唱えた。
「水よ出でよ」
次の瞬間、杖の先から大量の水がドバっとあふれ出す。
「わわっ! いっぱい出ました! スピネル!」
「集中しろ、クリス! 盥から溢れないように水を止めるんだ!」
スピネルの言葉に頷くと、わたしは杖に流していた魔力を徐々に減らしていく。幸い盥がいっぱいになる頃には杖の先から出ていた水を止めることが出来た。
「どうですか、スピネル! きちんと盥をいっぱいにできましたよ!」
わたしが盥をいっぱいにしたことに満足していると、スピネルが感嘆の溜息を吐いた。
「やはり適性も魔力もあるクリスの魔法は凄いな……」
「ありがとうございます、スピネル!」
「むー! むー!」
むーちゃんもわたしの成功を喜んでいるのか、短い前足をピコピコ動かして嬉しそうだ。盥をいっぱいにした後はスピネルの光魔法を見たりしているうちに講義終了の時間となっていた。
「鐘がなったから今日はここまでにします! 盥に出した水を各自で捨てたら今日はもう帰っていいですよ!」
そう言ってローレンツ先生は素早く教室を出て行ってしまった。わたし達はそれを聞いて水が並々と入った盥を見つめる。
「……これを捨てに行かないといけないのですか?」
わたしが水を大量に出したせいで盥はかなりの重さになっている。どうしようかと途方に暮れていると、それを見かねたスピネルが気合を入れて盥をヒョイと持ち上げる。
「クリスは危ないから俺が持って行こう」
「スピネル、重くないですか?」
わたしがスピネルを心配して声をかけると、スピネルは大したことなさそうに笑う。
「これくらいなら平気だ。しっかり鍛えているし固有魔法もかけているからな」
「スピネルの固有魔法ですか?」
そう言えばわたしはスピネルの固有魔法について訊いたことがなかった。スピネルは一度頷くと口を開く。
「ああ、俺の固有魔法は『肉体活性』。クリスの『生命活性』と近い魔法で、肉体を強化することができるんだ」
「そうだったんですね……それならお願いしても良いでしょうか?」
「ああ、もちろんだ。任せてくれ!」
そう言って笑顔を見せたスピネルは盥を持ちあげると、教室の外へ水を捨てに行ってくれた。わたしは教室にいないスピネルに代わって他の学生達と帰りの支度を進める。
片付けと支度を終える頃には盥を空にしたスピネルが戻って来た。
「待たせたな、クリス。帰ろうか」
「はい!」
スピネルが盥を教室の隅に置いたのを見届け、わたし達は昼食のため寮に戻ることにした。




