チェス大会
皆に向けて一年生代表の自己紹介が終わると、早速講義の時間だ。とは言っても初日なので教科書を使った講義ではなく、今後の流れなどを説明してくれるようだ。
ローレンツ先生はニコニコと笑いながら教室を見回す。
「まずは講義の流れです! 一年生は皆この教室に集まって講義を受けてもらうことになります! こちらが一週間の時間割なので後で見ておいてください!」
そう言ってローレンツ先生が各テーブルに一枚ずつ紙を配る。そこには時間割と学園での予定が書かれており、一週間六日のうち五日は講義、最後の闇の日は休養日となっているらしい。
「講義も一年生のうちは午前中だけになります! 午後からは研究会の活動をしても、お茶会を開いても構いません! 自分の好きなように過ごして学園の生活に慣れることを目標にしましょう!」
ローレンツ先生はそう言いながら楽しそうに教室を見回す。
「何か質問はありますか?」
「はい、ローレンツ先生」
そう言って手を挙げたのは挨拶で大魔法祭の話をしていたミステル様だ。何を質問するのだろうとわたしは興味津々で耳を傾ける。
「折角一緒のクラスになったのですから、親睦を深めるために国対抗で勝負をしませんか?」
「へえ……!」
その言葉を聞いたローレンツ先生は口元を楽しそうに歪める。
「つまり、ミステル殿下は大魔法祭の前哨戦をしたいってことですね!」
ミステル様はこちらをちらりと見ると頷く。ローレンツ先生は楽しそうにしているが、わたしにとってはあまりよろしくない展開だ。
何とか勝負を拒否できないかわたしが考えていると、別の場所からドロッセル様やシリウス様の声が聞こえて来た。
「あら? それはいいですわね! わたくし、クリスティア様と決着をつけたいと思っていましたの!」
「私も賛成です。大魔法祭まで三か月もありますから、それまでの順位をつけるのは面白そうです」
わたしがあたふたとしていると、わたし以外の代表は全員乗り気で参加を表明し始める。この流れではわたしも参加せざるを得ない。
わたしは溜息を隠して、さも参加するのが当然のように胸を張って口を開く。
「そうですね。ミステル様の言う通り勝負しましょう。お手柔らかにお願いしますね」
わたしがニコリと微笑んでそう言うと、ミステル様も目が笑っていない笑顔でこちらを見つめてくる。
ローレンツ先生はそれを見て何度か頷いてから口を開いた。
「それじゃあ、勝負をすることは決定ですね! それで勝負の内容はどうしますか? 大魔法祭と同じなら武術大会や魔法大会を開かないといけませんが……」
「そこまで大規模なものでなくても良いでしょう。参加者は各国代表の四人。これを使って勝負しようじゃないですか」
そう言ってミステル様が用意したのはチェスと呼ばれる物で、何種類かの駒を動かして相手の王を取った者が勝ちとなるゲームだ。わたしもルールは知っているが、実際にやったことはない。
それを見たドロッセル様はミステル様を軽く睨みつける。
「ミステル様、自分の得意なゲームで挑むのは少々卑怯ではなくて?」
「おや、ドロッセル様は自信がないのですか?」
「むしろミステル様が自信を無くしてしまうのではないかと心配しているのですわ」
ドロッセル様とミステル様は勝負が始まっていないのに、既に舌戦を繰り広げている。わたしは二人に巻き込まれないように席を立つと、同じように二人に巻き込まれないように移動してきたシリウス様に話しかける。
「シリウス様、チェスはお得意ですか?」
「得意というわけではないですね。嗜み程度ですよ」
「それなら良かったです。実はわたし、チェスはしたことがないのです……他の二人はとても強そうだったので安心しました」
「お手柔らかにお願いしますね、クリスティア殿下」
シリウス様はニコリと微笑みかけてくれる。皆が得意ならば大変なことになったであろうが、シリウス様がそう言うのであれば安心だ。
わたしがホッと胸を撫でおろしていると、試合の流れが決まったようだ。今回は総当たりでチェス大会をすることがローレンツ先生から告げられる。
第一試合はシリウス様とミステル様の試合だ。教室の中央に用意された机で行われている試合をわたしはスピネルと一緒に観戦する。教室の前方では試合の様子を見やすいようにローレンツ先生がチェス盤を模した大きな紙に試合の経過を書いてくれるそうだ。
「どちらが勝つでしょうか、スピネル」
「さて、どうだろうな」
「それでは、一年生代表による国対抗チェス大会を始めます!」
スピネルが軽く肩をすくめると、試合が始まる。わたしは『精神活性』に魔力を流すと、集中して二人の試合からチェスの戦い方を学ぶことにした。
「お手柔らかにお願いしますね、ミステル殿下」
「お手並み拝見と行こうか、シリウス様」
第一試合は序盤こそミステル様が優勢だったが、中盤ではシリウス様が押し始め、最後にミステル様が押し返して何とか勝利という形になった。シリウス様はニコニコと笑いながらミステル様と健闘をたたえ合っている。
「お強いですね、参りました」
「……こちらこそ。またいずれ対戦しようじゃないか」
それを見ていたわたしはシリウス様に騙された気持ちでいっぱいだった。先ほど嗜み程度と言っていたのに、自信満々なミステル様と互角に戦えているのだ。その時点でわたしより強いのは明らかだ。
騙されたと思ったわたしは顔をひきつらせて、隣にいるスピネルに話しかける。
「スピネル、もしかしてわたしだけチェスをしたことがないのでしょうか……?」
「まあ、そうだろうな。とりあえず次はクリスとドロッセル殿下の試合だから頑張ってこい」
「そんなあ……」
「大丈夫だ、クリス。クリスならいい勝負にはなるだろう」
スピネルは小声でそう言ってわたしを送り出してくれる。わたしは覚悟を決めて教室の中央へと向かう。
第二試合はわたしとドロッセル様の勝負となる。わたしはドロッセル様と向き合って挨拶をする。
「お手柔らかにお願いしますね、ドロッセル様」
「ええ、よろしくお願いしますわ。負けませんわよ!」
ドロッセル様は目をギラギラと輝かせてわたしを見ている。わたしが何かしただろうか。心当たりが全くないので少し不安になってきた。
「第二試合、開始!」
そんなわたしの心配など露知らず、ローレンツ先生の号令がかかり第二試合が始まった。
試合が始まると、ドロッセル様はこちらに向けてガンガン攻め込んで来るので、それを捌きつつ守りを固めていく。『精神活性』を使って集中していても経験不足を埋めることはできない。
「中々やりますわね、クリスティア様!」
「ドロッセル様こそ……!」
ドロッセル様と会話を交わしながら、わたしは終盤に向けて盤面を固めていく。中盤になってくるとドロッセル様の攻め手が緩み始めたので、少しずつドロッセル様の手駒を削っていき、わたしは勝利の一手を指す。
「そこです!」
「そんな……! わたくしが負けるなんて……!」
「わたしの勝ちですね、ドロッセル様」
二人で健闘を称えると次は第三試合だ。わたしは続けて対戦することになっており、対戦相手がミステル様に代わる。対面に座ったミステル様に笑顔を向ける。
「よろしくお願いしますね、ミステル様」
「ああ、ドロッセル様は負けたようだが、僕はそう簡単には倒せないよ」
ミステル様がニヤリと不敵な笑みを浮かべたので、わたしも微笑みでそれに返すと第三試合が始まる。
先ほどの試合を見たミステル様は、わたしが得意なのは防御だと思ったのか、自分も防御に徹して守りを固めていく。だが、わたしは先ほどの試合で自分の防御とドロッセル様の攻撃を経験しているのだ。防御の穴はもう分かっている。
「む……嫌なところを攻めてくるな……!」
「わたしも負けるわけにはいかないのです!」
わたしは中盤にかけて穴を狙って攻め続け、終盤で一気にミステル様の防御を崩して勝利した。
「ありがとうございました、ミステル様」
「こちらこそありがとう。これでも自信があったのだが、クリスティア様は強いな……」
意気消沈と言った様子のミステル様をその場に残してわたしはスピネルの元に戻る。
「おかえり、クリス。随分相手をボコボコにしていたな」
「負けたらエデルシュタインの学生が肩身の狭い思いをするのでしょう? そんなことはわたしが許しません!」
「容赦のないところがカーネリア殿下にそっくりだな、クリスは」
意地悪な笑みを浮かべてそう言ったスピネルにはお仕置きが必要だろうか。わたしはスピネルに冷ややかな目を向ける。
「その容赦のないカーネリアお姉様に、スピネルの訓練は厳しくするように伝えておきますね」
「やめてくれ、クリス! 俺が悪かった!」
そんな会話をしているとドロッセル様が中央の席に座り、ミステル様と向かい合う。第四試合はこの二人の対戦だ。
「お手柔らかにお願いしますわね、ミステル様!」
「こちらこそよろしく。連敗するわけにはいかないから本気で行かせてもらうよ」
睨み合った二人が挨拶をすると、ミステル様が最初の一手を指して試合が始まる。
最初のうちはドロッセル様が攻撃を仕掛けていたが、手番を経るごとにドロッセル様の攻め手はなくなり、そのままミステル様が防ぎきることで勝利し第四試合は終わった。
「やはりミステル様はお強いですわね……」
「ドロッセル様こそ。ここまで粘られるとは思わなかったよ」
そのままドロッセル様が席に残るとシリウス様が着席し、お互いに一言交わす。
「シリウス様、本気で来てくださいませ!」
「私はいつだって本気ですよ?」
挑戦的なドロッセル様に対して、ニコリとシリウス様が微笑むと第五試合が始まった。
シリウス様はバランス良く攻撃と防御を混ぜる戦い方をしている。中盤に差し掛かるとドロッセル様の攻撃を捌きつつ攻撃を仕掛け、そのままシリウス様が押し切る形で勝利となった。
「皆、凄いですね……」
わたしがそう呟くとスピネルが優しく声をかけてくれた。
「クリス、あと一戦頑張って来いよ」
「もちろんです、スピネル!」
わたしは中央のテーブルへと向かう。第六試合はわたしとシリウス様の試合だ。
「先ほどは嗜み程度と言っていましたのに、随分とお強いのですね」
「クリスティア様ほどではありませんよ。まさかお二人に勝つとは思っていませんでした」
「お互いに頑張りましょうね、シリウス様」
「ええ、クリスティア様。私も簡単には負けませんよ」
わたしとシリウス様は笑顔で火花を散らして挨拶を交わすと試合開始だ。
シリウス様は攻撃と防御を上手く混ぜてくる戦い方で他の二人と比べれば戦型が読みにくい。しかし、ここまでシリウス様の試合を見て来たので、戦い方の癖は分かっている。
攻撃と防御を両立するということは、その分どちらも中途半端になるということだ。強い駒を倒してシリウス様の戦力を削りつつ、防御を突破して王を取る。わたしの勝ちだ。
シリウス様はニコリと笑うとわたしの健闘を称えてくれた。
「参りました。クリスティア殿下はお強いですね」
「こちらこそ、シリウス様は戦い方が読みにくかったので大変でした」
「そうは見えませんでしたが……」
「とてもいい試合でしたね! それじゃあ一年生代表は前に並んでください!」
全ての試合を終えると、ローレンツ先生からチェス大会の結果発表だ。一年生代表の四人がローレンツ先生と向き合う形で前に並ぶ。
「これで全試合終了ですね! 結果は……三勝したクリスティア殿下が優勝! おめでとうございます、クリスティア殿下!」
ローレンツ先生が拍手をすると、教室内にいた他の学生も拍手をする。最終結果はわたしが三勝、ミステル様が二勝、シリウス様が一勝、ドロッセル様が〇勝だ。
試合を見ていた学生達が次々に口を開いて、思い思いに労いの言葉をかけ始める。
「凄いです、クリスティア殿下!」
「シリウス様が負けたのは悔しかったですけど、素晴らしい試合でした!」
「ドロッセル殿下、気を落とさないで下さい……」
「ミステル殿下も強かったです!」
こうして一年生代表の四人で行われたチェス大会は幕を閉じた。




