高等魔法研究会
訓練場を後にしたわたしとスピネルは、研究会の展示がある運動場まで戻ってきた。
「次は高等魔法研究会ですね! 高等魔法をよく知らないのでとても楽しみです!」
「なんでも複数属性の魔法を組み合わせたもので、強力な魔法が使えるようになるらしいな」
スピネルは手に持った高等魔法研究会の紙に目を通しながら歩いている。わたしもその横でむーちゃんと一緒に高等魔法の説明を聞く。
高等魔法は複数属性の魔法を同時に発動して、組み合わせることで使える強力な魔法のようだ。わたしはそれを聞いて以前にカーネリアお姉様が使っていた魔法を思い出していた。
「火柱の魔法のようなものでしょうか……! 早く見たいですね、スピネル!」
「ああ、そうだな。俺も楽しみだ」
わたしとスピネルが高等魔法に思いを馳せて歩いていると、高等魔法研究会の展示場所に到着した。
「いらっしゃい」
そこには一人の女子学生がポツンと座っており、展示場所には数枚の大きな紙が貼ってあるだけのようだ。他の研究会で魔法の実演や巨大ムイムイの模型などを見た後だったので、それがとても地味に見えてしまう。
高等魔法と書かれていたのでもっと派手な展示物を期待していたわたしは、首を傾げて座っている女子学生に話しかける。
「あの、高等魔法研究会はこちらで間違いないですか?」
「そうだよ」
素っ気なく言いながら顔を上げた女子学生は眠そうな目をこちらに向けてくる。
「高等魔法に興味があるのかい?」
「はい!」
「君達は一年生だよね?」
「はい! エデルシュタインのクリスティアとスピネルです! それと使い魔のむーちゃんです!」
わたしが今日一日で慣れてきた自己紹介をすると、女子学生は驚いたように目を丸くする。
「これは失礼した。私はリシア、リシア・レピドライト。エデルシュタインの三年生で高等魔法研究会の会長だ。ようこそ、クリスティア殿下」
「よろしくお願いしますね、リシア!」
リシアがわたし達に自己紹介したのを受けて、わたしは改めてリシアに話しかけることにした。
「それで高等魔法研究会はどのようなことを研究しているのでしょう?」
「そこに貼ってある紙の通りだよ」
そう言ってリシアはやる気なさげに紙を指差した。研究内容はしっかりしているようだが目の前のリシアはあくびを噛み殺して眠そうにしている。
「あの……リシア以外の会員はどこにいるのでしょうか……」
わたしは眠そうなリシアから話を聞くのを諦め、周囲をキョロキョロと見回す。しかし、周囲に他の研究会の展示はあっても、高等魔法研究会の会員の姿は見えない。
「探しても無駄だよ。高等魔法研究会には私以外の会員はいないからね」
「え!?」
わたしは驚いて大きな声を出してしまったので慌てて口を塞ぐ。わたしが知らないだけで普通のことなのかと思いスピネルを見上げると、スピネルも不思議そうな顔をしている。
「リシア様だけってことはないでしょう?」
「それが私だけなんだよね、残念だけど」
溜息を吐きながらそう言葉にすると、リシアは高等魔法研究会の人気がない理由を教えてくれた。
高等魔法は複数の属性を組み合わせる性質上、前提条件として複数属性の適性が必要になる。その上、高等魔法の構築は難しいため、ある程度魔法に精通していなければならない。加えて、研究成果として提出できるものが少ないため、研究活動としても人気がないようだ。
それを聞いてわたしは高等魔法研究会に人が少ない理由が理解できた。一年生では魔法も十分に扱うことは出来ないし、上級生はわざわざ面倒な高等魔法研究会には移動してこないのだ。
しかし、その分強力な魔法を使えるようになるし、わたしの目的である複数属性の魔法の研究も進められそうなので、リシアの話はとても心惹かれる内容だった。
「それで今はリシア一人なんですね……」
「そうなんだ。去年までは最上級生の先輩が一人いたんだけど、卒業しちゃったからね」
そう言って眠そうな目を瞬かせるリシアは、新しい会員を増やすことを諦めているようで寂し気に笑う。
その笑い方は知っている。わたしが病で臥せっていたころに良くしていた笑い方だ。それを見たわたしはリシアに問いかけることにした。
「リシアはどうして高等魔法研究会をやめなかったのですか? 先輩が卒業した後に別の研究会に入ることもできたはずですよね?」
「それはそうなんだけど……私はこの研究会が好きだからね。一人になっても高等魔法の研究を続けていきたいと思ったんだ」
リシアはそう言いながら展示されている紙に目を向けた。それは先ほどまでの眠そうな目ではなく、何かを思い出すような優しいまなざしだった。
わたしも病気のままだったら、今のリシアのように寂しい思いをしていたかもしれない。そう思うとわたしにはリシアのことが他人事のようには思えなかった。
そんなリシアの姿を見て、わたしは決意を込めた瞳をスピネルへ向ける。
「スピネル、わたし高等魔法研究会に入りたいと思います!」
「良いのか? さっき会長が言ったように、あまり人気はない研究会のようだぞ?」
「それでもわたしはこの研究会にします! 高等魔法は難しいかもしれませんが、とても楽しそうですから!」
リシアを放って置けなかったこともあるが、何より高等魔法を研究してみたいのだ。わたしが胸を張ってそう言うと、スピネルも仕方なさそうに眉を寄せながら口元を緩める。
「分かった。クリスがそこまで言うなら止めはしない。ただし条件がある」
「条件ですか?」
「ああ、俺も高等魔法研究会に入ることだ」
「……良いのですか?」
わたしの選択のせいでスピネルが入りたい研究会に入れなくなったのではないか。そんな心配を込めてスピネルを見上げると、スピネルは満足そうに頷く。
「ああ。言っただろう? クリスと一緒だと面白くなりそうだって。それにクリスを一人にすると何をしでかすか分からないからな」
そう言いながらもスピネルがわたしのことを案じているのが伝わってきて、それがとても嬉しかった。
そんなスピネルの気遣いを受け取ったわたしは大きく頷く。
「分かりました! スピネルも一緒に頑張りましょうね!」
「ああ!」
「二人共、本当にいいのかい? 高等魔法は難しいし研究成果も出にくいよ?」
リシアがわたしとスピネルの会話が途切れたのを見計らって話しかけて来たので、わたしは笑顔を向ける。
「はい! わたしとスピネルは高等魔法研究会に入ります!」
「君達も物好きだね。一応確認するけど二人は複数属性の適性はあるんだよね?」
「はい! わたしが全属性でスピネルが火と光属性です!」
「クリスティア殿下は全属性なんだね! それは素晴らしい!」
わたしが全属性と伝えた途端、リシアがカッと目を見開いてわたしを食い入るように見つめて来て、少し怖い。
わたしの腰が引けていることに気付いたのか、リシアは表情を元に戻し、一度咳払いをすると口を開いた。
「とにかく、ありがとう。クリスティア殿下、スピネル様。私しか会員はいないけど一緒に頑張ろうね」
「はい! よろしくお願いしますね、会長!」
わたしと会長は握手をすると、どちらともなくお互いに笑い合う。そこでわたしは会長に一つ提案をすることにした。
「あ、わたしのことはクリスで良いですよ!」
「俺のことも呼び捨てで大丈夫ですよ」
「分かったよ、クリス、スピネル。これからよろしくね」
ずっと他人行儀に呼ばれるのもむず痒いので会長に名前で呼んでもらえて良かった。わたしとスピネルが顔を見合わせてホッと胸を撫でおろすと、会長もニコリと微笑んでくれた。
「それじゃあ会員になってくれるクリスとスピネルに詳しいことを説明しようか……とは言っても高等魔法を見せたりは出来ないんだけど……」
「どういうことですか? ここで見せてもらうことは出来ないのですか?」
わたしが首を傾げながら他の研究会では魔法を見せてもらったことを告げると、会長は首を緩く横に振った。
「それは出来ないんだよ、クリス。私が使える高等魔法は攻撃魔法だからね。ここで使ったら皆吹き飛んじゃうんだ」
「それはダメです! 危ないのでやめてください!」
わたしが慌てて止めると会長は苦笑する。
「最初から使うつもりはないよ、クリス。だから、今日は高等魔法がどんなものか少し説明しようと思うんだ」
「分かりました、よろしくお願いします!」
わたしとスピネルが近くに置かれていた椅子に座ると、会長は高等魔法について説明をしてくれる。
しかし、魔法の基本的な講義すら受けていない状態のわたしには、会長の言っていることがほとんど理解できなかった。理解できたのは先ほどスピネルが説明してくれた、複数の魔法を組み合わせると高等魔法を発動できるということだけだ。
わたしは隣に座っているスピネルに助けを求める。
「スピネル、ほとんど分からないのですが……」
「大丈夫だ、クリス。俺も最初の方しか分からなかった」
「まだ少し難しかったみたいだね……とりあえず基本的な魔法の講義が終わったらまた詳しく説明するよ」
会長が苦笑しながらそう言ってくれた。どうやら本格的に高等魔法を研究するのは魔法の講義を受けてからの方が良さそうだ。
わたしが俯いてそう考えていると、会長は眉を下げてわたし達の方を見回す。
「やっぱり入会はやめるかい?」
「いえ、そんなつもりはありません! 複数属性の適性があるのですから、是非高等魔法を研究したいです!」
「そうかい。それなら良かったよ」
会長はホッとしたように胸を撫でおろす。どうやらわたしが俯いていたので研究会に入らないのではないかと思わせてしまったようだ。
「会長! わたしもスピネルも研究会をやめるつもりはないので、安心してください!」
「そうです、会長。俺達は好きでこの研究会に入ると決めました。なので、やめるつもりはありません」
「二人共、ありがとう! それじゃあ今日はこの辺りで終わりにしようか。そろそろ夕食の時間みたいだしね」
会長がそう言って片付け始めたのでわたしとスピネルが辺りを見回すと、確かにどこの研究会も片付けをしているところだった。どうやら会長の話を聞いている間に随分と時間が過ぎてしまったようだ。
わたしは一人で片付けを始めた会長に声をかける。
「それならわたし達も片付けを手伝います!」
「俺達に何かできることはありませんか?」
「ありがとう、二人共。その気持ちだけで十分嬉しいよ。貼ってある紙を片付けるだけだから、二人は夕食のために寮に戻って大丈夫だよ」
会長は眠そうな目を優しく細めてそう言った。
「分かりました……次は手伝わせてもらいますからね!」
「その時はよろしくね、クリス。スピネルも」
「もちろんです。これからよろしくお願いします、会長」
わたしとスピネル、むーちゃんは会長に別れを告げると、寮へと戻ることにした。




