スピネルの到着
春休みの最終日、ホールを通ると学生達で人混みが出来ており、何だかざわついているようだった。一緒に食堂に向かうところだったセレスタお姉様も不思議そうな顔をこちらに向けてくる。
「何かあったのでしょうか?」
「そうですわね……聞いてみましょうか」
わたし達は近くにいた学生に話を聞くことにした。
「何かあったのですか?」
「これはクリスティア殿下。実はユーディライト公爵家のご令息が到着されたそうで、皆が一目見ようと集まっているようですよ」
「ユーディライト公爵家……」
それを聞いたわたしがセレスタお姉様に視線を向けると、セレスタお姉様も一度頷く。わたし達は人混みを見つめると目的の人物の元へ向かった。
わたしが王族らしくゆっくりと人混みの中心に近付いていくと、それに気付いた皆が道を開けてくれる。少し見ない間にたくましくなったように思える少年を見つめて、わたしはニコリと微笑む。
「スピネル様、お待ちしておりました」
「ええ、クリスティア殿下。私もお会いするのを楽しみにしておりました」
久しぶりに聞くその声は町で助けてくれたときと同じように優しさがこもっており、それを聞いたわたしは満面の笑みをスピネルに向ける。
「ようこそ、魔法学園へ! 歓迎します、スピネル!」
「こちらこそよろしく、クリス!」
わたしの笑みに負けないくらい、満面の笑みでスピネルも笑いかけてくれた。
二人で挨拶を交わした後はセレスタお姉様も加えて食堂で話をすることにした。スピネルは長旅の後で少し疲れているようだったので、先に席に座って貰っている。
「これとこれをお願いします!」
わたしはカウンターで飲み物を受け取ると、スピネルとセレスタお姉様が待っている席へ向かう。
「二人ともお待たせしました!」
「ありがとな、クリス」
お礼を言いながらスピネルは軽く手を上げる。その手には以前のお茶会で見せてもらった手甲が装着されており、赤い宝石がキラリと光る。
「スピネル、その手甲は以前見せてもらったものですよね?」
「ああ、クリスの護衛をすることになったからな。ずっと着けているように父上に言われたんだ」
そう言ってスピネルは手甲の装着された手をわたしに差し出す。護衛の訓練をしていたためか、以前より硬くなったように感じ手をマジマジと見ていると、セレスタお姉様が咳払いをする。
「スピネル様はクリスの護衛はちゃんとできますの?」
「もちろんです、セレスタ殿下。私はそのために春休み中鍛えていましたから。無論学園でも訓練は続けていきますが、今できることは全てやったつもりです」
「それなら良いですわ。クリスをお願いしますわね」
セレスタお姉様もスピネルのことを護衛と認めてくれたようだ。わたしが嬉しい気持ちで頷いていると今度はスピネルが咳払いをする。
「それでクリス。さっきから気になってたんだが、それはなんだ?」
「それとは何のことでしょう……?」
スピネルが指差す先にはむーちゃんがいるだけだ。むーちゃんが可愛らしく前足を振っており、とても和む光景だ。
スピネルはむーちゃんに名前を付けた場面にも立ち会ったはずだ。何がそんなに気になるのだろうと、わたしは首を傾げる。
「とぼけるな、クリス! なんでむーちゃんが飛んでるのか聞いてるんだ!」
そう言われるとむーちゃんが飛べるようになったことは、まだスピネルに伝えていなかった。わたしはポンと手を打つと胸を張って春休みにあったことをスピネルに話し始めた。
「――ということで魔導器を装着したら、飛べるようになったのです!」
「そう言うことを聞きたかったわけじゃないんだが……クリスだから仕方ないな」
スピネルは呆れたように苦笑すると、先ほどカウンターで貰った飲み物に口を付ける。
「そう言えばむーちゃんもクリスの護衛なんだろ?」
「ええ、スピネルがいない時は護衛をしてもらうことになっています!」
わたしがそう言うと、スピネルは頬を緩めてむーちゃんの方を見る。
「それなら俺も安心だ。むーちゃんも一緒に頑張ろうな」
「む~!」
それからしばらくはスピネルが春休み中にしていた訓練の話などをして、話題は学園での生活に移り始めた。
「明日から講義が始まるが、クリスはどの研究会に入るかもう決めたのか?」
「きょうだいにも聞いたのですけど、実際に見てみないとまだ決められないですね……スピネルはもう決めたのですか?」
「俺は火魔法研究会か武術研究会で悩んでいるが、クリスの入る研究会によっては同じところでも良いと思ってるぞ」
スピネルはそう言ってからかうようにニヤリと笑った。
「むーちゃんが空を飛べるようになったみたいに、クリスと一緒だと面白い物が見られそうだからな」
「な! そんなことありませんよ! スピネル!」
「ははは!」
わたしが頬を膨らませて抗議すると、スピネルは楽しそうに笑った。そんなことをスピネルが口にするならわたしにも考えがある。わたしもニヤリと口元を歪めてスピネルの方を向く。
「そんなことばかり言っているとカーネリアお姉様に言いつけますからね!」
「な! それはずるいだろう、クリス!」
そんな風にわたしとスピネルが話していると、呆れた表情でセレスタお姉様が話に加わる。
「明日には研究会の紹介もありますから、そこで決めれば良いですわ」
「研究会の紹介ですか?」
「ええ。毎年入学式の日に講義棟の中庭で、それぞれの研究会が揃って一年生を勧誘しますの。そこでなら色々な研究会を見ることができますわ」
「なんですか、それは! とても楽しそうです!」
わたしがワクワクした表情でセレスタお姉様を見ると、クスリと笑ってセレスタお姉様は言葉を続ける。
「わたくしも医療研究会で勧誘しますので、興味があったらクリスも来てくださいませ」
「もちろんです、お姉様! スピネルも一緒に見て回りましょうね!」
「ああ、実は俺もクリスを誘おうと思ってたんだ。よろしくな」
そんな風に三人でワイワイと話していると横から誰かに声をかけられる。
「あの……私達、クリスティア殿下にお話があるのですが……」
「え?」
わたしがそちらを向くと少年と少女の二人が立っていた。背格好からして一年生だろう。
「あなた達は?」
わたしが声のした方に顔を向けると、少年と少女はわたしの目を見つめて自己紹介を始めた。
「私は一年生のマリンです!」
「僕も一年生でプレナと言います。マリンは双子の妹です」
「私達、クリスティア殿下と仲良くなりたいのです!」
二人は講義が始まる前に一度わたし達に挨拶したかったようだ。わたしとスピネルは顔を見合わせて二人に挨拶を返す。
「初めまして。クリスティア・エデルシュタインです。これからよろしくお願いしますね、マリン、プレナ」
「俺は神授式以来か。よろしくな、二人とも」
「スピネルは二人と初対面ではなかったのですか?」
わたしが目を丸くして驚いていると、スピネルは頷く。
「ああ、クリス以外の一年生は大体顔見知りだ。神授式の他にお茶会もあったからな」
わたしは神授式に出ることができなかったので、スピネル以外の一年生をほとんど知らない。それに学園に到着してからもきょうだいと行動していたので、他の者も話しかけにくかったのだろう。今回もスピネルがいたから話しかけてもらえたのだと納得する。
「そうだったのですね……」
わたしは神授式に出られなかったことを少し残念に思いながら、二人に向けて口を開いた。
「何はともあれよろしくお願いしますね! マリン、プレナ!」
「はい!」
「よろしくお願いします、クリスティア殿下、スピネル様」
こうして春休みの最終日はスピネルに加えて、新しい友達が二人もできたのだった。




