ハーブティーと楽しい朝食
「おはようございます、クリスティア様」
「おはようございます、ローゼ……あれ?」
いつものようにローゼの挨拶を受けて目を覚ますと、目の前には見知らぬ部屋とローゼの顔があった。わたしは慌てて回りを見回すと、昨日のうちに学園へ移動してきたことを思い出した。
「ごめんなさい、見知らぬ部屋だったので少し慌ててしまいました」
少し照れながらローゼに顔を向ける。そしてまだ起きていないセレスタお姉様の方にも顔を向ける。
「セレスタお姉様もおはようございます!」
「もう食べられませんわ、クリス……」
「返事になっていませんよ、お姉様……」
セレスタお姉様は昨日と同じように寝ぼけているようで、よく分からないことを言っている。やはり朝は弱いらしいので、またあとで声をかけてみよう。
わたしはベッドから降りるとローゼにお願いして、エメラルお兄様に分けてもらったハーブティーを淹れてもらうことにした。
「ローゼ、ハーブティーをお願いできますか?」
「かしこまりました、クリスティア様」
ローゼが準備を始めると、ハーブのいい香りが部屋中に広がっていく。今年はローゼが近くにいてくれるが、来年からは自分で全てやらなければならない。そう思うとわたしは無性に寂しい気持ちになった。
「来年からは一人で支度をしなくてはならないのですね……」
「はい、クリスティア様。それでも今年は私がいますので、今年のうちに少しずつ学んでいけばいいのですよ」
そう言ってローゼは優しく微笑むと、ハーブティーをわたしに差し出す。一口飲むと爽やかなハーブの香りが口の中に広がって、ざわめいた心が段々と落ち着いて来た。
「そうですね。よろしくお願いします、ローゼ」
「ええ、誠心誠意仕えさせていただきます。クリスティア様」
ニコリと笑ったわたしを見て、ローゼも安心したように微笑みを浮かべた。
そうして色々ローゼに教えてもらいながら支度を進めていると、眠そうなセレスタお姉様がモゾモゾとベッドから起きてくる。
「……ごきげんよう、クリス」
「おはようございます、お姉様!」
支度をしていて声をかけるのを忘れていたわたしは、ハッとしてセレスタお姉様に挨拶を返す。
「それにしても、お姉様が寝ぼけているのは何だか新鮮な気持ちです!」
わたしがそう言ってクスクスと笑うと、セレスタお姉様は少し照れながらこちらを見る。
「仕方ないでしょう、朝は弱いんですもの……」
「そんなお姉様にはこちらを。ローゼ、お願いします」
「かしこまりました。クリスティア様」
ローゼに頼んでハーブティーをセレスタお姉様にも出してもらい、わたしはセレスタお姉様に笑顔を向ける。
「お姉様が少しでも早く目覚められるように、ローゼにハーブティーの淹れ方を教えてもらっているところなのです!」
セレスタお姉様に出したのは、先ほどわたしが淹れたハーブティーだ。それを聞いたセレスタお姉様はわたしを見つめて頬を緩める。
「わたくしのためにクリスが用意してくれたんですの? ありがとう、クリス」
「明日からも毎朝お姉様のためにハーブティーを淹れますね!」
わたしがそう言うとセレスタお姉様は一層表情を緩めて、ハーブティーを美味しそうに飲み始めた。
セレスタお姉様は一度ホッと息を吐くと、カップの中を見つめながら口を開いた。
「とても美味しいですわ……! クリスはハーブティーを淹れるのが上手ですわね。今まで淹れたことがあったのかしら?」
「いえ、初めてです! 実は『精神活性』のおかげで集中力が上がっているようで、すぐに覚えられたのです!」
草原でのお茶会の後、わたしは一週間の外出禁止を言い渡されてしまったので、部屋の中で少しだけ魔法の研究を進めていたのだ。
その結果、『精神活性』に流す魔力を増やすほど、集中力や記憶力、魔力制御の精度が上がることが確認できたので、それからは『精神活性』に流す魔力を多めにして過ごしているのだ。
それを聞いたセレスタお姉様は、少し呆れた様子で溜息をついている。
「クリス……草原でのことは反省していますの?」
「もちろんです! 次はもっと最小限の魔法で倒して見せます!」
草原で魔法を使った時は二人を守らなければならないという気持ちが強く、強力な魔法を使ってしまった。優しい魔法を使いたいとは思っているが、守るためにもある程度の魔法は使える必要があるのだ。
わたしが胸を張ってそう答えると、セレスタお姉様の溜息が大きくなった。
「まあ、危ないことをしなければ問題ありませんわ。それに学園にいる間はスピネル様とむーちゃんが守ってくれますもの。きっと大丈夫ですわ……」
セレスタお姉様は下を向いてブツブツと呟きだしてしまった。きっと草原のことがショックだったのだろう。わたしはセレスタお姉様を慰めるように優しく声を出す。
「安心してください、お姉様! お姉様のことはわたしが守ります!」
「むしろ、クリスは大人しく守られて欲しいですわ……」
二人で楽しく話しながら目覚めのハーブティーを飲むと、朝の支度をテキパキと進めていく。
着替えも終わり出発の準備が整うと、わたしはむーちゃんを抱えワシャワシャとお腹を撫で回す。こうするとむーちゃんはとても喜ぶのだ。
「むーちゃんは今日も可愛いですね~」
「む~む~」
わたしがむーちゃんとじゃれていると、扉の前で立ち止まったセレスタお姉様が焦ったような声を出す。
「クリス! そろそろ行かないと、パンとスープだけになってしまいますわ!」
「それは大変です! 早く行きましょう、お姉様! むーちゃんも行きますよ!」
「むー!」
むーちゃんを抱えたまま、わたしは慌ててセレスタお姉様の後を追う。
食堂では決められた時間に行かないと食事が質素になる、と寮監のフローラが最初の注意で言っていた。具体的にはパンとスープだけになるらしい。
まだ春休みなのでのんびりしても誰も咎めないが、食事がパンとスープだけなのは嫌なので、わたしとセレスタお姉様は少し急いで食堂へ向かう。
食堂に到着すると少し来るのが遅かったせいか、昨日の夕食時と比べると閑散としている。
わたしがキョロキョロと辺りを見回すと、エメラルお兄様とアレキサンダーお兄様が談笑しているのが目に入った。
「エメラルお兄様! アレキサンダーお兄様!」
「おや、クリス。それにセレスタも。今日は随分のんびりしてたんだね」
「とりあえず二人とも食事をもらってきたら?」
「そうさせてもらいますわ。クリスもむーちゃんを席に置いたら行きますわよ」
「分かりました! エメラルお兄様! むーちゃんをよろしくお願いしますね!」
「うん。ほら、むーちゃん。こっちにおいで」
「む!」
エメラルお兄様が手を広げると、むーちゃんはぴょんとわたしの腕の中から飛び出してエメラルお兄様の腕の中に収まった。それを見届けると、わたしとセレスタお姉様で食事を受け取りにカウンターへ向かう。
「お姉様は何を食べるのですか?」
「わたくしはこれにしますわ」
そう言ってセレスタお姉様が指差したのは、今日のおすすめであるトマトとレタス、ベーコンのサンドイッチだ。
「美味しそうですね……わたしもそれにします!」
わたしはセレスタお姉様に続いてサンドイッチを少し多めに注文する。出て来たサンドイッチを受け取ったわたしは料理人に礼をして、エメラルお兄様達が座っているテーブルに戻った。
席に戻ると、エメラルお兄様がむーちゃんとじゃれていた。エメラルお兄様はむーちゃんを撫で回しているようで、何だか楽しそうだ。
「よしよし、むーちゃん!」
「む~!」
むーちゃんも嬉しそうに足をピコピコ動かしているので、食事中はエメラルお兄様に世話をお願いすることにした。
「エメラルお兄様。わたしが食べ終わるまで、むーちゃんの面倒を見てもらってもいいでしょうか?」
「構わないよ、むーちゃんも良いよね」
「む~」
エメラルお兄様とむーちゃんの仲が良いようで何よりだ。わたしはその光景を見ながら、サンドイッチを小さな皿に取り分けテーブルに置く。
「さあ、むーちゃん! ご飯ですよ!」
「む~~!!」
「わあ!」
ご飯を前に出されたむーちゃんが大喜びで皿に飛びつきそうになるのをエメラルお兄様が必死に抑えている。
「む~!む~!!」
「クリス! むーちゃんに大人しくご飯を食べるよう命令して!」
「分かりました! むーちゃん、大人しくご飯を食べてください!」
「む~!」
わたしがそう言うと、むーちゃんも分かったようで頷いて大人しくご飯を食べ始める。それを横目に見ながら、わたしとセレスタお姉様も朝食を口にする。
「いただきます!」
ゆっくりと食事を食べながら、今日の予定を皆と話し合う。今日のサンドイッチは野菜がまだ瑞々しく、シャキシャキとしていてとても美味しい。中に挟まっているベーコンも塩味が効いており、パンとの相性はバッチリだ。
「わたくしは研究会に顔を出したいので、朝食後は研究棟へ向かいますわ」
「僕とアレキサンダー兄さんはクリスと一緒に行動するつもりだよ。むーちゃんの魔道具を作る約束もしたからね」
「それでは、私はフローラのところで工作室の利用申請をして来ようかな。エメラル、クリスの食事が終わったら工作室まで一緒に来てくれないか?」
どうやら、工作室などを使う場合には事前に申請しなければならないらしい。その言葉を聞いたわたしとエメラルお兄様はアレキサンダーお兄様に申請をお願いすることにした。
「分かったよ、アレキサンダー兄さん。また後でね」
「よろしくお願いします! アレキサンダーお兄様!」
「ああ、任せてくれ。それじゃあまた後で」
アレキサンダーお兄様は軽く手を振ると、スタスタと食堂から出て行く。
しばらくして、わたしとセレスタお姉様が食事を終える頃には、むーちゃんも食事を終えて満足そうにエメラルお兄様に抱えられていた。むーちゃんを撫でながらエメラルお兄様はわたしに目を向ける。
「それじゃあ、食器を片付けて工作室に向かおうか」
「はい、エメラルお兄様!」
「クリスもエメラルも怪我しないよう気を付けてくださいませ」
セレスタお姉様の見送りを受けて食器を片付けたわたし達は、工作室へと向かうことにした。




