二人の護衛
駆け足でスピネルの元にたどり着くと、わたしはスピネルに声をかける。
「スピネル! お姉様が目覚めました!」
「本当か!?」
「はい! お礼が言いたいそうなので、スピネルも一緒に来てもらえますか?」
「分かった! 行こう、クリス!」
わたしはスピネルと一緒に魔動車に戻ってくると、セレスタお姉様がむーちゃんを撫でていた。
「よしよし、むーちゃんは可愛いですわね~」
「む~」
何だかセレスタお姉様とむーちゃんが仲良くなっている気がする。わたしはそれを見てセレスタお姉様に声をかける。
「セレスタお姉様! スピネルを連れてきました!」
「ありがとうございます、クリス。スピネル様もクリスを守ってくださって、ありがとうございました」
セレスタお姉様はハッとした様子でむーちゃんから手を離すと、深々と頭を下げる。
それを見たスピネルは慌てた様子でセレスタお姉様に声をかける。
「頭をお上げください、セレスタ殿下! 私は何もしていません……いえ、何もできませんでした。私もクリスに助けられたのです……」
それを聞いたセレスタお姉様は不思議そうに首を傾げる。
「それはどういうことですか? スピネル様」
「これはなるべく伏せて欲しいのですが、実は――」
そこからスピネルは先ほどの戦いで起こったことを話し始めた。セレスタお姉様を守れなかったこと、自分では時間稼ぎしかできなかったこと、わたしが魔法で魔獣を倒したことなど全てだ。
それを聞いたセレスタお姉様の笑顔は、段々とひきつっていく。
「――ということなのです。魔獣を最終的に倒したのはクリスで、私は何もできませんでした」
「クリス、どういうことかしら? わたくしは魔法を使わないように言いましたわよね……」
「スピネルを助けようと思って魔法を使ってしまいました……ごめんなさい、お姉様」
わたしがしゅんとして頭を下げると、セレスタお姉様は仕方がなさそうに溜息を吐く。
「次は気を付けてくださいませ、クリス。以前にも言いましたが、自分の扱いきれない魔法は危険なのですわ」
「魔力の暴走ですか?」
「ええ、いつも今回のように上手くいくとは思わないことですわ」
そう言うとセレスタお姉様は優しく頭を撫でてくれる。セレスタお姉様はそのままスピネルの方を向くと話し始める。
「それとスピネル様にもお願いしたいことがございますの」
「何なりとお申し付けください。セレスタ殿下」
わたしの頭を撫でながら、セレスタお姉様はスピネルの方を向く。
「今回の魔法はスピネル様が使ったことにしてもらってもよろしいでしょうか?」
わたしが使ったと言うよりは、スピネルが使ったことにした方が色々と都合がいいそうだ。
「もちろんです、セレスタ殿下。既に従者にも私が使ったと伝えてありますし、クリスが使ったと言っても、誰も信じないでしょう」
それを聞いたセレスタお姉様は満足そうに頷き、言葉を続ける。
「それともう一つお願いがありますわ。学園ではクリスの護衛をしてもらえませんこと?」
「それについても了解しました。正式に依頼いただければ、ユーディライト公爵家の名の元にクリスを守ると誓います」
「ありがとうございます、スピネル様。入学前に依頼できるように手配しますわ」
わたしはむーちゃんを撫でながら、二人の話を聞いている。なんだか大変なことになっているなと思いながら、わたしがむーちゃんの顎の下をこちょこちょとくすぐると、むーちゃんは目を細めて楽しそうに笑っている。
「む~!」
「よしよし、むーちゃんは可愛いですね~」
「よしよしではありませんわ、クリス。ちゃんと聞いていますの?」
セレスタお姉様は溜息を吐きながらわたしに目を向ける。
「そのむーちゃんもクリスの護衛についてもらいますわ」
「何故ですか!? こんなに可愛いのに!?」
「可愛さは関係ありませんわ、クリス。恐らくむーちゃんはクリスの適性の影響を受けていますの」
使い魔は主の影響を強く受けるため、わたしと同じだけの魔法が使える可能性があるらしい。それが護衛とどうつながるのか良く分からないわたしは首を傾げる。
「先ほどわたくしが倒れている間、むーちゃんがずっと回復魔法をかけてくれていたのですわ」
「え!? むーちゃんがそんなことをしていたんですか!?」
わたしがまじまじとむーちゃんを見ると、心なしか誇らし気に胸を張っているように見える。
「ええ。倒れている時も、誰かの魔力が流れ込んで来るのを感じていましたわ。それが何だったのか、先ほどむーちゃんに触っていて分かりましたの」
「そうだったのですか……むーちゃんは凄いですね!」
「むー!」
わたしが両手で抱えたむーちゃんを高く掲げると、むーちゃんも楽しそうに足をパタパタと動かす。わたしがそれを見て微笑んでいると、セレスタお姉様は話を続ける。
「クリスと同じだけの適性があって回復魔法まで使えるのですから、むーちゃんを護衛にした方が良いと思いますわ」
むーちゃんは使い魔なのでどちらにしてもずっとわたしの側にいる。それならわたしを守る方が良いとセレスタお姉様は判断したのだろう。
その言葉を聞いたわたしはむーちゃんを見つめる。いくら護衛に向いていてもむーちゃんが戦いたくないのなら、わたしは戦わせるつもりはないのだ。
「それは分かりますが……むーちゃんは戦いたいのですか」
「むー!」
そう私が聞くとむーちゃんは短い前足をピコピコと動かす。その攻撃で倒せる魔獣はいないと思うが、どうやら戦う気はあるようだ。わたしはその可愛い動作に口元を緩めると、セレスタお姉様の方を向く。
「どうやら戦うつもりはあるみたいです」
「護衛と言ってもスピネルがいないときだけですわ。それ以外はペットとして傍に置いておけばいいですわ」
「それなら分かりました……よろしくお願いしますね、むーちゃん!」
「むー!」
こうして学園ではスピネルとむーちゃんの二人が護衛をしてくれることになった。
「スピネルもよろしくお願いします!」
「元々学園でも傍にいるつもりだったから、護衛になっても何も変わらないさ。よろしくな、クリス」
話し合いも一段落したところで、スピネルが疑問に思ったことを口にする。
「それにしても、さっきの黒い魔獣はどこから出て来たんだ? 直前になるまで感知の魔道具が反応しなかったせいで、気付くのに遅れたんだが……」
「わたくしは急に出てきたように思いましたわ。でも黒い魔獣が急に出てくるなんて聞いたことがありませんわね……」
セレスタお姉様によると、魔獣は大地の魔力が多い土地で体に魔力を浴び続けることで徐々に黒い魔獣となるらしい。それは以前森に行った時に見た、小さいシュヴァインが茶色の毛皮だったことからも明らかだ。
しかし、今回は違う。黒い魔獣がいきなり目の前に現れたのだ。そんなことは本来起こらないはずだと皆で首を傾げる。
「わたしも後ろで見ていましたが、急に出現したように見えました。その後お姉様が吹き飛ばされたので、あまり細かい部分は覚えていませんが……」
皆で話し合っても答えは出ない。騎士団で手伝いをしているカーネリアお姉様なら何か知っているかもしれないので、あとで話を聞くことにしてその場は切り上げることになった。
とりあえずセレスタお姉様にはむーちゃんの面倒を見ながら魔動車で待機してもらうことにして、わたしはローゼを探しに向かう。
ローゼはお茶会の片付けをしているとスピネルから聞いていたので、お茶会の場所に向かうとすぐに見つかった。わたしはローゼに駆け寄ると、声をかける。
「ローゼ! セレスタお姉様が目を覚ましました!」
「本当ですか、クリスティア様!?」
そう言って驚くローゼの目には薄っすらと涙が浮かんでいる。仕事とはいえ目を覚まさないセレスタお姉様から離れて、お茶会の片付けをしなくてはならなかったのだ。ずっと心配だったのだろう。
わたしはそんなローゼの優しさを感じながら、セレスタお姉様の話をする。
「今はむーちゃんに様子を見てもらって、わたしがローゼに知らせるために走ってきたのです」
「……むーちゃんとはどなたでしょうか?」
そう言えば色々あって、むーちゃんの説明をローゼにしていなかったことを思い出した。
「わたしが先ほど使い魔にした小さなムイムイです! 回復魔法を使えるようで、お姉様の治療をずっとしていたそうなのです」
「あの小さなムイムイはクリスティア様の使い魔だったのですね……」
ローゼは思い出すように視線をわたしから逸らす。勝手にむーちゃんを使い魔にしたことを注意されるかと思っていたが、そんなことはなかった。
「とにかくセレスタお姉様が目覚めたのです!」
「それでは早くお茶会の片付けをして、魔動車に戻らなければなりませんね」
そう言ってローゼは笑顔を浮かべると、てきぱきとお茶会の片付けをしている。わたしも少し手伝いながら、お茶会の片付けを進めていく。
片付けを終えたわたしとローゼは、軽く会話を交わしながら魔動車へと戻る。ローゼの両手にはお茶会用の道具がぶら下がっており大変そうだ。
「ローゼ、わたしも少し持ちましょうか?」
「いえ、大丈夫です。クリスティア様に持たせるわけには参りません」
「そうですか……わたしもアレキサンダーお兄様のように『空間収納』が使えたら、お茶会の準備も楽にできると思うのですけど……」
「その気持ちだけで十分嬉しいです、クリスティア様。早く戻らないとセレスタ様がお待ちですよ」
「それもそうですね。行きましょう、ローゼ!」
そんな話をしながらわたし達は、セレスタお姉様の待つ魔動車に向かって急ぎ足で戻っていった。




