セレスタお姉様と黒い魔獣
ムイムイの群れに別れを告げたわたし達は、再び花冠を作り始めた。わたしとセレスタお姉様はお互いに贈り合う花冠を作っているところだ。
「できましたわ、クリス!」
「お姉様、わたしもできました!」
セレスタお姉様とわたしはほぼ同時に花冠を完成させた。お互いに顔を見合わせると、頭に花冠を乗せて笑いあう。
ちなみに最初に作った花冠はむーちゃんに被せてあげた。それが嬉しかったようで、むーちゃんはわたし達の周りをむーむー鳴きながらトコトコ駆け回っている。
わたしはそれを見て感嘆の息を吐く。
「トコトコと走っている姿もとても可愛いですね……!」
「そうだな。クリスに良く懐いているようだし、良かったじゃないか」
「確かに可愛いですわね……こっちへいらっしゃいませ、むーちゃん」
セレスタお姉様は先ほどのことを思い出したのか、少し苦い顔をしていたがむーちゃんの可愛さには勝てなかったようだ。笑顔で手を差し出すとむーちゃんのことを手招きする。
それに気付いたむーちゃんはセレスタお姉様にトコトコと駆け寄る。
「むー!」
駆け寄って来る姿を見てセレスタお姉様が笑顔になると、むーちゃんは直前で向きを変えわたしの方に飛び込んできた。
「きゃっ! もう、くすぐったいですよむーちゃん」
「む~!」
ペロペロと短い舌でわたしの手を舐めるむーちゃんを見て、セレスタお姉様は寂しそうな表情で差し出した手を見下ろしている。
「どうしてわたくしではなく、クリスのところに行くんですの!?」
「クリスが主人だからじゃないですか? セレスタ殿下」
「そんなことは分かっていますわ、スピネル様……」
そんなやり取りの後、しばらくすると空が少し曇ってきたので、お茶会の場所まで戻ろうという話になった。お茶会の場所は少し離れているが、遠目で見えるくらいの場所にある。
わたしはむーちゃんを抱えると、スピネルとセレスタお姉様の後ろについて歩き出す。
「止まってください、セレスタ殿下!」
少し歩いていると、急にスピネルが険しい声を出す。わたしがスピネルの方に目を向けると、前方に黒いハーゼが突然現れた。
スピネルの声に反応して、セレスタお姉様が驚いたように立ち止まる。
わたしは後ろからなので良く見えたが、セレスタお姉様は急な出来事に対処できていないようだ。
そんなセレスタお姉様に狙いを定めたのか、黒いハーゼがセレスタお姉様に向かって突進を始めた。
「危ない、お姉様!」
わたしがそう言うが早いか、ハーゼの突進を受けたセレスタお姉様は後ろへと吹き飛ばされる。
「お姉様!!」
わたしは時間が遅くなったような感覚の中、吹き飛んでいくお姉様を見ていることしかできなかった。
「火を与えよ!」
その間にスピネルは手甲を装備して、呪文を唱えていた。
「くそ! 間に合わなかった! クリスはセレスタ殿下の近くで様子を見てくれ!」
わたしはセレスタお姉様が飛ばされた先を呆然と見ている。まだ現実感はないが、セレスタお姉様の動かない体を見ていると、心臓が痛いほど鼓動を速めているのを感じる。
「セレスタお姉様……?」
フラフラとした足取りでわたしはセレスタお姉様に近づくが、セレスタお姉様はピクリとも動かない。頭が真っ白になり、手が震えてくる。
「セレスタお姉様!」
セレスタお姉様の近くに座り込み、怪我がないか確認する。呼吸もきちんとしているので、どうやら気を失っているだけのようだ。
動かなくなったセレスタお姉様を見たわたしは、心が強い感情に支配されていくのを感じる。楽しい時間を壊された怒り。セレスタお姉様を傷つけられた悲しみ。守ることができなかった自分自身への嘆き。
様々な感情に押し潰されそうになったわたしは、『精神活性』を全開にして必死で感情を抑え込む。
わたしが抱えていたむーちゃんは、飛び降りるとセレスタお姉様の体を一生懸命ぺろぺろと舐め始めた。その行為からはセレスタお姉様のために何かしたいという慈しみの気持ちが感じられる。
それを見つめながら、わたしはむーちゃんに命令する。
「むーちゃんはそこでセレスタお姉様の様子を見ていてください!」
「むー!」
むーちゃんにセレスタお姉様の様子を見てもらうことにすると、わたしはハーゼと向かい合っているスピネルのところまで急いで戻る。
ハーゼの突進を食らいそうになったスピネルを見て、先ほどのセレスタお姉様が吹き飛ぶ姿を思い出した。
スピネルまで同じ目に合わせるわけには行かないと思ったわたしは、腰から引き抜いた杖をハーゼに向けて呪文を唱える。
「土の槍よ」
その瞬間地面からハーゼに向かって、鋭い土の槍が飛び出す。慌てて魔法を放ったため狙いが逸れて直撃させることはできなかったが、ハーゼの突進を阻むことは出来た。
土の槍を見てわたしが向かって来たことに気付いたスピネルは驚いたように鋭い声を出す。
「クリス!? セレスタ殿下の近くに居ろって言っただろう!」
「ごめんなさい、スピネル。スピネルまでセレスタお姉様のように吹き飛ばされると思ったら、魔法を止められませんでした」
わたしがそう言うと、スピネルは仕方がなさそうな顔をわたしに向けた。
「だが助かった、ありがとう。セレスタ殿下は大丈夫なのか?」
「見たところ怪我はありませんでした。気を失っているようだったので、今はむーちゃんに見てもらっています」
「それなら早くこいつを倒して、セレスタ殿下の元に向かおう!」
「はい!」
スピネルは手甲、わたしは杖を構えてハーゼと向かい合う。黒いハーゼは魔獣退治の際にカーネリアお姉様が倒すところを見ている。
「スピネル! 時間を稼いでハーゼの隙を作ってください! わたしが魔法で倒します!」
「……分かった。クリスも気をつけろよ!」
不承不承といった様子でスピネルが頷くと、わたしは杖に魔力を集め始める。わたしが思い浮かべるのは相手を燃やす火魔法だ。
準備を終えてスピネルの方を見ると、スピネルが手甲で弾きながらハーゼを殴りつけたところだった。わたしは大きな声でスピネルに合図を出す。
「スピネル! 準備ができました!」
「分かった!」
そう言うとスピネルはハーゼをもう一度殴りつけてその場から飛びのいた。それを見たわたしはハーゼに向けて呪文を唱える。
「火よ燃やせ!」
次の瞬間ハーゼに火がつき、燃え上がる。ハーゼは苦しそうにもがいているが、これだけでは倒せない。続いてわたしはもう一つの呪文を唱える。
「風よ渦巻け!」
ハーゼの周りに渦を巻くように、風の檻を発生させる。すると火は勢いよく燃え盛り、ハーゼを中心とした火柱が高くそびえたつ。それを見たスピネルは驚きのあまり口をポカンと開けたまま固まってしまう。
「な!?」
火柱に閉じ込められたハーゼは苦しそうにもがいているが、次第に動きが緩やかになっていき完全に止まる。それを確認したわたしは杖に注ぐ魔力を徐々に減らしていく。
魔力が途切れた魔法の火は段々と小さくなっていき、そこには黒い塊が残っているだけだった。わたしがホッとした気持ちで黒い塊を見つめていると、スピネルが声をかけてくる。
「クリス! 今のはなんだ!?」
わたしはビクッと肩を震わせる。スピネルにも怖い思いをさせたかもしれない。わたしはスピネルの方に顔を向けると慌てて説明を始める。
「スピネル……! 今のは火魔法と風魔法を合わせた魔法で、魔獣を倒すときにカーネリアお姉様が使っていたのです!」
「そう言うことを聞いているんじゃない! あんなに強力な魔法を使ってもし制御できなかったらどうするつもりだったんだ!」
「ごめんなさい……」
その言葉を聞いてわたしがシュンと縮こまると、今度はスピネルが慌てて謝罪をする。
「あ……こっちこそ悪い、クリス。俺も気が動転して少し言いすぎた。助けてくれてありがとうな」
スピネルはそう言っていつもの笑顔を浮かべると、わたしの頭に手を置いて優しく撫でてくれたが、その手は少し震えていた。そこでわたしはスピネルが無理をして笑ってくれていることに気付いた。
初めて魔獣と戦い、わたしの強力な魔法を目の当たりにしたスピネルも怖かっただろうに、それでもいつも通りに接してくれるスピネルの優しさがとても温かかった。
「それより、急いでセレスタ殿下のところに向かおう!」
スピネルの言葉にわたしはハッとする。セレスタお姉様も先ほどは大丈夫そうだったが、今はどうなっているか分からない。
「急ぎましょう、スピネル!」
わたし達がセレスタお姉様の元にたどり着くと、むーちゃんが頑張ってセレスタお姉様を舐めているのが目に入る。先に向かったスピネルがセレスタお姉様の容態を確認してくれている。
「スピネル! お姉様の様子はどうですか!?」
「分からん……だが呼吸は安定しているし、見たところ外傷もない。クリスの言った通り気を失っているだけのようだ」
「そうですか……良かった……!」
わたしがホッと溜息を吐くと涙がこぼれ始める。それを見たスピネルは以前と同じように、自分のハンカチでわたしの涙を拭ってくれる。
「もう泣くな、クリス。クリスのおかげで俺もセレスタ殿下も無事だったんだ」
わたしの涙を拭き終えたスピネルは、頭をぐりぐりと撫で回してくれた。これで全部終わったのだとわたしが一息つくと、遠くからローゼがスピネルの従者と一緒に駆け寄って来るのが見えた。
「クリスティア様! ご無事ですか!?」
「ローゼ! わたしは無事ですが、セレスタお姉様が攻撃を受けてしまったのです!」
そう言ってわたしは気を失っているセレスタお姉様をローゼに診てもらう。その際に外傷がないらしいこと、呼吸が安定していることをローゼに伝える。
「……確かに外傷も無さそうですね。クリスティア様が回復魔法をおかけになったのですか?」
「わたしは魔獣と戦っていたので、回復魔法はかけていません」
「そうですか……分かりました。魔動車を近くまで持ってくるので、クリスティア様は少々お待ちください」
そう言ってローゼは魔動車の元へ走っていった。スピネルの方を見ると、年かさの従者に怒られているスピネルの姿があった。
「スピネル様! 無茶をしないで下さい!」
「そんなこと言っても、殿下が危険にさらされたんだ。戦わないわけにいかないだろう」
「それでもあのような規模の魔法を使うなんて……一歩間違えば命に関わるところだったのですよ!」
「あれは……無我夢中で呪文を唱えたら、強力になってしまったんだ。許せ」
スピネルはちらりとわたしに目を向けると、人差し指を立てて口元に持っていく。どうやら先ほどの魔法はスピネルが使ったことにするらしい。
それからしばらくむーちゃんと一緒に、セレスタお姉様の手を握って待っていると、ローゼが乗った魔動車がわたし達の近くまで来た。
ローゼは魔動車から降りると、板のような物を持ってこちらに向かってくる。
「クリスティア様。セレスタ様はまだお目覚めになりませんか?」
「はい、ローゼ。先ほどから手を握っていたのですが、まだ目覚めていません」
「分かりました。とりあえず魔動車に乗せましょう。スピネル様、お手数をおかけしますが手伝っていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろんだ」
そう言うとローゼはセレスタお姉様を板の上に乗せ、スピネルと一緒に魔動車の客室に運び込む。
少しするとスピネルとローゼが魔動車から降りて来たので、わたしが入れ替わる形で乗り込むと、座席に横たわっているセレスタお姉様の姿があった。
「お姉様……」
わたしがぎゅっと手を握ると、セレスタお姉様の温かさを感じる。むーちゃんもわたしの手から飛び出すと、セレスタお姉様の手を一生懸命舐め始めた。
しばらくそうしていると、ピクリとセレスタお姉様の手が動いた。
「ん……」
「お姉様!」
ゆっくりと目を開けたセレスタお姉様は、辺りをキョロキョロと見回し始める。その姿を見たわたしは頬に熱い物が流れ始めるのを感じた。
「ここは……?」
「魔動車の中です、お姉様!」
安堵の涙を流しているわたしと目が合うと、セレスタお姉様はホッと一息を吐いた。
「良かった……クリスは無事でしたのね。急に魔獣が出てきたと思ったら、気を失ってしまったので、クリスが心配でしたの……」
セレスタお姉様はそう言うと、わたしをぎゅっと抱きしめる。全身がセレスタお姉様の温かさに包まれたわたしは、セレスタお姉様を抱きしめ返す。
セレスタお姉様は一度体を離すと、わたしの目を見て口を開いた。
「とにかく無事で良かったですわ、クリス。スピネル様にもお礼を言わなければなりませんわね」
「少し待っていてください、お姉様! スピネルを呼んできます!」
わたしはセレスタお姉様から離れるのを名残惜しく思いながら、魔動車を降りるとスピネルの元へと走った。




