草原の魔獣
「わあ! 見てくださいお姉様! 小さくて可愛いお花が咲いています!」
「クリス! あまり走ってはいけませんわ!」
わたしが小走りで花の咲いている場所に駆け寄ると、セレスタお姉様が注意してくる。スピネルはわたしの隣で楽しそうに笑いながら、花を覗き込んでいる。
「確かに綺麗だな……花冠でも作るか?」
「作れるのですか!?」
「ああ、前に妹に作ってやったことがあるからな」
そう言うスピネルはわたしを見て頬を緩めている。
「作ってやるから少し待ってな、クリス」
そう言ってスピネルは白くて小さな花を選んで、何本か茎から摘み取る。それから器用に手をクルクルと動かしながら、何本もの花を束ねていく。
少しするとスピネルの手元の花は、小さな花の輪となっていた。
「凄いです! 花冠になりました!」
「ほら、クリス。プレゼントだ」
「ありがとうございます! スピネル!」
わたしの反応を見たスピネルは楽しそうに笑いながら、それをわたしの頭に乗せてくれる。わたしは頭に乗せられた花冠を手に取ると、クルクルと回しながら見てみる。
「緑の中にある小さな花が可愛いですね……! スピネル、わたしにも作れますか?」
「ああ、作れるぞ。教えてやろうか?」
「それならわたしも作ってみたいです! 教えてください、スピネル!」
「よし! それじゃあまずは花を摘むか」
「クリス、わたくしも一緒に作りますわ」
「ええ、お姉様も一緒です!」
わたしはスピネルに花冠の作り方を教わりながら、セレスタお姉様と一緒に可愛い花を何本か摘む。
スピネルからもらった花冠は白い花だけだったので、わたしは近くに咲いていたピンクや黄色、オレンジの花も混ぜながら花冠を作る。
「できました! スピネル! セレスタお姉様!」
花冠作りに熱中していたわたしが顔を上げると、スピネルとセレスタお姉様が見当たらない。わたしが不安になって辺りをキョロキョロと見回すと、後ろの方から声がかかる。
「お~い、クリス! こっちだ!」
「クリスもいらっしゃい! この子達凄くモフモフしていて可愛いですわ!」
声の方へ振り向くと、スピネルとセレスタお姉様が雲のような物体に囲まれているのが見えた。また一人になってしまったかと不安だったが、そんなことはないようでホッとした。
花冠をその場に置いて二人の元へ小走りで行くと、雲のような物体の正体が分かった。
「お姉様、スピネル。これは……ムイムイですか?」
そこにいたのは雲のように白いモコモコの毛が特徴的な魔獣、ムイムイだ。
わたしも絵本で見たことがあるので知っている。その毛は魔布の原料にもなっており、人間と共存している大人しい魔獣らしい。
「ああ、ムイムイの群れが見えたから花冠作りを中断して、セレスタ殿下と触りに来たんだ」
「ええ、そうですわ! クリスも触ってみませんこと? フワフワしていますわよ!」
「むー……」
セレスタお姉様に触られているムイムイは、気持ちよさそうに鳴いておりとても可愛い。大きさは一抱えほどあるが、二人に撫でられているせいか怖さは感じない。
「可愛いですね……!」
「むー?」
わたしが目を輝かせて近づくと、群れの中からわたしの両手で抱えられる程の小さなムイムイが、トコトコとこちらに向かって歩いてくる。
足元まで来たムイムイはわたしを見上げると、首を傾げるようにして鳴き始める。
「む~む~」
「わあ! 鳴いてますよ、お姉様! 可愛いです!」
わたしは小さなムイムイに触るため、膝を曲げて屈む。左手を伸ばすとムイムイは嫌がらず、わたしの手にすりすりと頭をこすりつけてくる。
「む~?」
「お姉様、可愛いです! この子を城に連れて帰りましょう!!」
わたしは目の前の小さなムイムイが愛らしくてたまらない。手を動かして撫でると、それに合わせるようにムイムイも頭を動かす。
「名前はどうしましょう、お姉様! やはり鳴き声からとってむーちゃんがいいでしょうか!?」
「お待ちなさい、クリス! 連れて帰るのは許可できませんわ!」
わたしが名前を決め始めた辺りで、セレスタお姉様は慌ててわたしのことを止め始める。ちらりとむーちゃんの方を見ると楽しそうで、はしゃいでいるようにも見える。
「むいむい!」
「遅かったようですね、セレスタ殿下。クリスが名前を付けてしまったようです」
「クリス~!!」
「え!? 何かまずかったのですか!?」
わたしが慌ててむーちゃんから手を離すと、わたしから離れまいとピッタリくっついてくる。どうやらむーちゃんに懐かれてしまったようだ。仕方ないのでとりあえずむーちゃんを撫でておく。
険しい表情をしたセレスタお姉様の方を見上げると、わたしは首を傾げる。
「この子も離れたくないみたいですし、良いのではありませんか?」
「良くありませんわ! 勝手にムイムイを使い魔にしたことが知られたら、またお父様に叱られてしまいますわ!」
「使い魔ですか?」
わたしは聞き覚えのない言葉に首を傾げる。
「ええ、そうですわ。使い魔というのは――」
セレスタお姉様によると、魔力を流しながら名前を付けることで魔獣は従属契約を結ぶことができ、その状態の魔獣を使い魔と呼ぶそうだ。使い魔はペットとして飼うこともできるし、戦闘訓練をして護衛にすることもできるらしい。
わたしはそれを聞いて、勢いよくセレスタお姉様を見上げる。
「わたし、むーちゃんを戦わせるつもりはありません!」
「気にするのはそこではありませんわ!」
セレスタお姉様は疲れたような顔をして説明を続ける。
「クリスはわたくしがあげた指輪を着けていますわね? そこから魔力が流れて、そのムイムイはクリスの使い魔となってしまったようですわ……」
「ムイムイではなくむーちゃんです! お姉様、ちゃんと可愛がりますから、城へ連れて帰ってもいいですか?」
わたしが上目遣いでセレスタお姉様を見つめると、セレスタお姉様は顔を両手で覆って、わたしから目を逸らす。
「そ、そんな目で見てもダメですわ!」
「お願いします、お姉様!」
わたしは目を潤ませて、セレスタお姉様を再度見上げる。セレスタお姉様はそれを見ると、一瞬頬を緩めるが、すぐに険しい顔に戻ってしまう。
「どこでそんなおねだりの仕方を覚えたんですの!? ダメと言ったらダメですわ!」
そこまで言われてしまうと、わたしもこれ以上迷惑をかけることはできない。仕方なくむーちゃんから手を離す。
「ごめんなさいね、むーちゃん。わたしではあなたを飼うことはできません……」
わたしは目に涙を溜めながら、伸ばした手を引っ込めてむーちゃんに別れを告げた。それを見ていたスピネルがセレスタお姉様に耳打ちする。
「セレスタ殿下、本当にいいんですか? クリス、もう泣きそうですよ」
「……」
「わたしの事は気にせず、群れの皆と一緒に幸せに生きてくださいね……」
わたしが涙ながらに離した手を握りしめて胸元にあてると、セレスタお姉様が苦しそうに呻き始めた。
「うっ……」
「セレスタ殿下?」
「もういいのです、スピネル……わたしが名前を付けてしまったのがいけないのです……さあお姉様、わたし達もお茶会に戻りましょう……きっとむーちゃんも群れの中にいる方が幸せでしょうから……」
わたしは俯きがちに立ち上がり目元を手で拭うと、泣きたい気持ちを堪えてセレスタお姉様に笑いかける。それを見たセレスタお姉様は我慢できなかったようで、大きな声を出した。
「もう! 分かりましたわ! 連れて帰ればいいのでしょう!?」
「お姉様、いいのですか……?」
「良くはありませんが、仕方ないでしょう! 使い魔の契約もされているようですし、あとのことは連れて帰ってから皆で話し合いますわ」
そう言うとセレスタお姉様は溜息を吐いて、わたしをむーちゃんの方へ向ける。すると、むーちゃんもわたしが連れて帰ってくれることを理解したのか、こちらへと駆け寄ってくる。
「む~!」
「むーちゃん!」
駆け寄ってきたむーちゃんをわたしは抱きとめる。わたしとむーちゃんは生き別れになった親子のような、感動的な再開を果たしたのだった。それを見たセレスタお姉様も、少し涙ぐんでいるようだ。
すると、わたしとむーちゃんが抱き合っているところに近づいて来たスピネルが、意地の悪い目をわたしに向けてくる。
「それで、クリス。どこまで演技だったんだ?」
「何のことですか? わたしはむーちゃんとの別れが寂しかっただけです」
とぼけたようにスピネルに答えるとセレスタお姉様は愕然とした顔でわたしを見てくる。別に騙したつもりはない、セレスタお姉様の心に届くように言葉と仕草を選んだだけだ。
「クリス!? ウソ泣きだったんですの!?」
「ウソ泣きではありません。悲しかったのは本当ですもの」
わたしが抱きかかえたむーちゃんの頭をぐりぐりと撫でまわすと、むーちゃんも嬉しそうに手足をパタパタと動かしている。
「まあセレスタ殿下の了承も得られたんだから、連れて帰って大丈夫だろう。何かあったら俺が証人になるから心配しなくていい」
そう言ったスピネルの表情は楽しそうで、わたしの頭をぐりぐりと撫でまわしてくる。スピネルにとっては、わたしもムイムイのように可愛がるものなのだろうか。
わたしが不満を込めて目で抗議すると、スピネルはさらにぐりぐりと手を動かし始める。
「もう! クリスもスピネル様も嫌いですわ!」
そんな中、わたしのおねだりに負けてしまったセレスタお姉様は、ぷんぷんと怒って一人で歩きだしてしまう。
「待ってくださいお姉様! 謝りますから、機嫌を直してください!」
「クリスにも困ったもんだな……セレスタ殿下、一人では危ないのでお待ちください!」
わたしとスピネルはセレスタお姉様を追いかけて、花の咲いていた場所へと戻ることにした。




