固有魔法と属性適性
先ほど頭に浮かんだ文字のせいで頭痛もするし、少しフラフラする。アロイス司祭に心配されながら祭壇を下りると、お母様がこちらに駆け寄って来るのが見える。
「クリス! 大丈夫ですか?」
お母様の手を借りたわたしは何とか姿勢を保つ。わたしはお母様に心配をかけないために、ニコリと笑うとできるだけ明るい声を出す。
「大丈夫です、お母様。先ほどの光が少し眩しかっただけですから」
「強がりを言うのではありません! 顔が真っ青ではないですか!」
顔色が悪かったため、わたしが強がりで笑っていることに気付かれてしまったらしい。
それなら体調が悪い事を隠す必要もない。わたしはお母様に寄りかかると、頭痛の理由を説明する。
「ごめんなさい、お母様。宝珠から光が溢れた時に、たくさんの文字が頭に浮かんできて、今もまだ頭痛がするのです……」
「それは……! クリス、今すぐ頭にその文字を思い浮かべてください!」
慌てた様子のお母様が言う通り、わたしは頭の中に文字を思い浮かべる。すると先ほどは浮かんでは消えていくだけだった文字が、はっきりと形になって読めるようになっていた。
息も絶え絶えになりながら、そこに書かれた文字をわたしは一つずつ読んでいく。
「『魔力活性』、『生命活性』、『精神活性』……この三つが浮かんできました」
「『魔力活性』……ですって?」
口にして分かったが、わたしはこれによく似た言葉を知っている。この三つはわたしが授かった固有魔法だ。
『魔力活性』と聞いたお母様が、先ほどより慌てた様子でアロイス司祭へと顔を向ける。
「アロイス司祭、クリスは一体どうなるのでしょうか!?」
「落ち着いてください、女王陛下。大丈夫です。クリスティア殿下、『生命活性』に意識を集中することはできますか?」
「やってみます……」
わたしは頭の中に浮かぶ魔法から、『生命活性』に意識を集中していく。すると魔力が『生命活性』に注がれる感覚があり、徐々に吐き気や頭痛が収まっていく。
少ししてお母様に手を離してもらうと、自分の足で立ってみる。
「これは……」
「クリスティア殿下、それが『生命活性』の効果です。『生命活性』を発動している間は生命力が上がり、病気への抵抗力が高くなります」
「これが魔法の力なのですね……」
わたしがさらに『生命活性』へ意識を集中すると、魔力がどんどん『生命活性』に注がれていき、重かった体が段々と軽くなっていく。
軽く手を開け閉めして、その場で足踏みをしても全く問題がないことを確認して、わたしは笑顔でお母様の方を振り向く。
「お母様! 『生命活性』を発動したら、とても体が軽くなりました!」
「クリス……!」
お母様は感極まったのか目に涙を浮かべて、わたしを抱きしめてくる。
お母様がぎゅっと強く抱きしめるので、このままではわたしは潰れてしまいそうだ。
「お母様! わたし、潰れてしまいます!」
「ごめんなさい。クリスが元気になったので、つい力を入れすぎました」
お母様はハッとしたように離れると、咳払いをして気持ちを立て直したようだ。潰されそうになったわたしは、何とか抜け出せたことにホッと一安心していた。
お母様も少し落ち着いたので、わたしはアロイス司祭に顔を向ける。
「アロイス司祭、何が起こったのでしょうか?」
「クリスティア殿下の授かった『魔力活性』は、普通の人であれば魔力が増えるだけなのです。しかし、クリスティア殿下は元々魔力が多いので、『魔力活性』の影響で体調を崩してしまったのでしょう」
「だから、宣誓の宝珠に触れた後から気分が悪かったのですね……」
「ええ。しかし、クリスティア殿下はとても神に愛されていますね。『魔力活性』と『生命活性』を同時に授かったことがその証です」
そう言ったアロイス司祭はとても嬉しそうな顔をしていて、お母様も嬉しそうにわたしを撫でてくれる。
そんな二人の様子を見て嬉しくなったわたしも、『生命活性』を授けて下さった神様に感謝の祈りを捧げる。
皆で一度笑いあうと、アロイス司祭は顔を引き締め、先ほどの言葉の続きを話し始める。
「ですが、クリスティア殿下、『魔力活性』は発動しないようお気を付けください。『生命活性』が発動できるので心配ありませんが、一人の時に倒れてしまうと誰も助けられません」
先ほどまでの楽しい気持ちが吹き飛ぶような言葉を、アロイス司祭は口にした。
わたしは顔を真っ青にしながら、アロイス司祭を見つめる。
「それではわたしはどうすれば……」
「大丈夫です、クリスティア殿下。今もきちんと発動できているのですから、常に『生命活性』を発動できるように練習すれば良いのです」
アロイス司祭は微笑むとそう言った。わたしは下を向いて自分の小さな手を見つめると、一度強く握りしめる。アロイス司祭へ向き直ってわたしは宣言する。
「分かりました、アロイス司祭。わたし、『生命活性』をいつも発動できるように頑張ります!」
「ええ。クリスティア殿下ならきっとできますよ」
アロイス司祭にそう言われお母様の方を見ると、お母様も一度頷いて微笑んでくれた。
「ええ、クリス。わたしも一緒に練習しますから心配いりませんよ」
「ありがとうございます、お母様!」
明るい気持ちになったわたしはお母様に抱き着く。少しの間抱き着いていると、お母様が苦笑しながらわたしの頭を撫でる。
「クリス。そんなに強く抱き着いたら、わたし潰れてしまうわ」
「真似っこですか? お母様」
お母様と顔を見合わせてクスクスと笑い合う。気を持ち直したわたしは『精神活性』についてもアロイス司祭に聞いてみる。
「アロイス司祭、『精神活性』はどのような魔法なのでしょうか?」
「『精神活性』は聞いたことがないですね。恐らく『精神強化』と似た魔法だと思われますが……」
顎に手を当てて少し考えたアロイス司祭はそう口にした。教会の司祭でも知らないならば、すぐには分からないのだろう。
しかし、『精神強化』は本で見た覚えがある。わたしは元気良く手を上げてアロイス司祭に答える。
「『精神強化』は魔法図鑑に載っていたので知っています! 確か集中力を上げたり、精神系の魔法を防いだりできるのですよね?」
「よく勉強されていますね、その通りです。なので、『生命活性』をきちんと発動できれば、生活する分には問題ないでしょう」
「ありがとうございます! アロイス司祭!」
わたしはホッとして固有魔法の確認を終える。生命力を上げる『生命活性』、魔力を上げる『魔力活性』、精神力を上げる『精神活性』の三つがわたしの固有魔法だ。
「こうして並べてみると、自分にしか効果がない固有魔法ばかりですね……」
「それでも三つも固有魔法を得られる方はあまり多くはないのですよ、クリスティア殿下。嘆くのではなく喜ぶべきことです」
わたしが固有魔法について整理していると、苦笑したアロイス司祭はそう言った。
「そうなのですね……それでは、神様に感謝しましょう!」
その話を聞いたわたしが神様に感謝の祈りを捧げていると、再びアロイス司祭は口を開く。
「それにクリスティア殿下は全属性の適性がございますので、そちらを勉強していけば良いのではありませんか?」
「わたしは全属性の適性があるのですか!?」
「はい。神に宣誓した際に宝珠が様々な色に輝いていたのは、宝珠に触れている者の属性適性を表しているのです」
そう言われてわたしが宝珠に触れている間に光っていた色を思い出す。火の赤、水の青、風の緑、土の茶、光の黄、闇の紫。確かに六色に光輝いていた。
わたしは全ての属性魔法に適性があることを聞くと、感動の涙があふれる。
「それではわたしは、全ての属性魔法に適性があるのですね……!」
「はい。ですがきちんと練習をしなければ、属性魔法を使うのは難しいです。魔法を使えるかどうかはクリスティア殿下の頑張り次第ですよ」
アロイス司祭も嬉しそうにニコニコと微笑んでいる。わたしはそれを見て涙を拭うと、より一層の感謝を神様に捧げる。
そうして全ての魔法を確認すると、わたしはとてもすっきりした気持ちになった。
一度深呼吸をすると、空気と一緒にわたしの気持ちも綺麗になっているようで、気持ちがいい。周りを見回すと、なんだかキラキラと輝いているようにも見えてきた。
「これでクリスも元気になりますね。一緒に頑張っていきましょう、クリス」
「はい、お母様!」
わたしはお母様と一緒になって笑う。
これからのことはまだ分からないが、今までよりも楽しく過ごせるような気がして、わたしはとても晴れやかな気持ちで祭壇を見つめると、神様に感謝を捧げた。